理想の写真撮れなかった!

 有坂さんはマッチングアプリで出会った10コ年上の男の人だ。趣味はおそらくパチンコと競馬。私に有坂さんから連絡が来るときは大抵、「勝ったのでご飯を食べに行こう」という内容だった。
 普通、マッチングアプリで男の人とマッチするときには、趣味がギャンブルの男の人は避けるだろう。私もちゃんと有坂さんのことをクズじゃないかと警戒した。当の有坂さん本人も「俺みたいな人間になっちゃダメよ」とクズ特有のセリフをよく私に言ってくる。
 有坂さんは確かにギャンブル中毒だ。クズかもしれないけれど、それは私にはあまり関係のないことだし、そんなことよりも私には有坂さんの好きなところがたくさんあった。
 例えば、おしゃべりなところが好きだ。
 私たちは近所に住んでいる。新しく建つ建物の話や好きな食べ物の話、ジェネレーションギャップを感じる学生時代の話が盛り上がった。有坂さんのおしゃべりは、私のことを気遣ってくれているからか、とても楽しく感じるのだった。有坂さんは気遣い上手だと思うけれども、本人から気遣っているオーラが出ていなくて、まるっきり素で話しているように振る舞ってくれるところも好きだ。
 
 有坂さんに出会って半年経つ頃には、私は有坂さんのアパートに定期的に行くようになっていた。
 有坂さんはいつでも「ああ、来たのね。いらっしゃい」と気の抜けたあいさつをして私を中に入れてくれた。
 有坂さんのお家は、生活感はあるが片付いていてゴミはしっかりまとめられている。
 テレビの前に小さなちゃぶ台、その奥にせんべい布団だ。私はいつも有坂さんの隣でスマホをいじっていた。有坂さんは私のことを特別気にするわけでもなく、何気ない顔でテレビを見ながら酒を飲んでいた。
 有坂さんは私の名前を、セックスの時にしか呼ばない。それ以外のときは「きみ」だ。

 

 夏。
 有坂さんの家はクーラーの調子が悪いようで蒸し蒸しする。私の、有坂さんの家へ行く足は遠のいていた。
 出勤中の暑い日差しに照らされて、ふと頭の中にイメージが流れた。有坂さんはひまわりが似合いそうだ。
 有坂さんの、薄茶色に染めている猫っ毛は、まぶしい光に照らされたらキラキラするに違いない。
 有坂さんがおしゃべり中に見せる少年みたいな無邪気な笑顔が好きだ。ひまわりに似合う!
 私は有坂さんに「今日家行きます」と唐突なメッセージを送った。数分後に「どうしたの? 何かあった? 俺は今日休みでいつでも家いるからいつ来ても平気だよ!」と有坂さんからメッセージが来ていた。有坂さんは、メッセージが優しい。
 私はメッセージを送り返すのが面倒で、適当なスタンプを押して仕事に向かった。

 仕事の後に有坂さんの家に行くと鍵が開いている。
 有坂さんは居なかった。入っていいのか分からずに玄関の外で突っ立っていると、「入らんの?」と有坂さんのぶっきらぼうな声がした。
 「今日仕事だったんでしょ? きみが来るって言うし夕飯どうしようかなーって思って、まあ、買い物してきた。テキトーな惣菜だけど」
 夕日がオレンジでまぶしい。「お疲れさま」と有坂さんの声が聞こえた。有坂さんは背が高いので立っていると声が遠く感じる。

 「ひまわり畑に行きたいんです」と言えなかった。おそらく有坂さんは「いいよ」と言ってくれる、気がする。いや、でも、有坂さんとデートをしたことがなかった。初対面もファミレスだった。それに有坂さんはカフェとか花とか、そういうものに興味がなさそうだ。いつも、朝はスポーツ新聞の競馬の欄になにか書き込んでいるし、昼は競馬のテレビを見ているし、夜は「俺は競馬は嫌い」と言いながら酒を飲んでいる。ひまわり畑と有坂さんに共通点が見出だせなかった。
 この日、私は有坂さんとスーパーの割引惣菜の夕食を食べて、セックスをして、眠った。
 
 深夜、日が変わった頃、トイレに起きたあとにうまく寝付けなくて布団でもぞもぞしているときに思いついた。
 有坂さんの手を縛って、ひまわり畑に連行したい。
 幸いなことに明日は有坂さんも私も休みだ。私はいびきをかいて眠っている有坂さんの両手をタオルで縛ってみた。大きな男の手が、窮屈そうに結ばれている。有坂さんは目を開けない。私は小さな声で鼻歌を歌って、有坂さんの縛られている両手の輪の中に入り込んで、有坂さんのゆっくりした鼓動を聞きながら目をつむった。

 
 起きると視線を感じた。
 「きみってば面白いこと考えるね」
 有坂さんがこちらを見ていた。
 「ちょっとさ、ものすごくトイレにいきたいからほどいてくれる? 話はそれから一応聞くよ」
 私が寝ぼけまなこをこすっていると、有坂さんは縛られた手で私の背中を撫でながら言う。
 「それとも今日はこのままずっと俺の介抱をしてくれるの? そういうプレイなら、それでもいいよ」
 思い出した。ひまわり畑に連行するために有坂さんの手を縛ったのだった。プレイを所望していたわけではなかったから急いで縛り目をほどく。両手が自由になった有坂さんは、私よりもさらに急いだ様子でトイレに駆け込んでいった。そんなに我慢していたならば、起こしてくれてよかったのに。

 トイレから出た有坂さんは特に怒った様子もなく私に尋ねてきた。
 「また縛る?」
 私はしばらく考えて首を横に振った。
 「有坂さん。今日、私とひまわり畑に行きましょう」

 有坂さんは返事一つで了承してくれた。
 「ねえ、連行ごっこはもういいの?」とにやにや笑って私をいじってくる。私が「じゃあ、逃げちゃわないようにこうします」と手をつなぐと、有坂さんの手がぴくりと一瞬動いて、観念したように私の指に絡みついた。
 
 一駅先の国立公園のひまわり畑だ。
 青空が見えていた空は、公園に向かっている道中にどんどんと分厚い雲に覆われていった。
 有坂さんをひまわりのそばに立たせて写真を撮ってみるが、曇っているし、有坂さんに「笑ってください」と言ってみても、彼は写真慣れしていないぎこちない笑みを浮かべるだけだ。

 この日は、駅ナカで売っていた美味しそうに並ぶ総菜を買って、有坂さんの家で2人で食べた。昨日の総菜よりやや美味しい。
 ひまわり畑で撮った写真を見返していると、有坂さんが私のスマホを覗いてきた。
 「こんなのが撮りたかったの? ほんと、変わった子だねえ」
 「違うんですよ。もっとキラキラした写真が良かったんです」
 「キラキラぁ? 俺にキラキラ要素ってある? かっこよくないじゃん、俺」
 有坂さんが自虐するのを無視して写真を見た。顔の造形の話ではないのだ。もっと、有坂さんの、陽に照らされるふわふわした髪の毛とか、笑ったときの口角の柔らかい感じとか、長いまつげとか。そういうのがひまわりに似合うと思ったのだ。

 有坂さんとは、緩やかなペースで関わっている。ひまわり畑に行ったあと、このような特別な場所に行くことはなかった。有坂さんがギャンブルで勝ったらおいしい外食を食べる。そうじゃないときは有坂さんに呼ばれない。私は自分のペースで有坂さんの家に行っては、自分の家のようにくつろいでいた。
 
 秋。
 この日も有坂さんの家に行った。休みの日でしたいことがなかったから、有坂さんに連絡してみると、「俺も休みだよ! 家にいるからいつでもいらっしゃい!」と、やはり対面で話すときよりも増して優しいメッセージが数分で届いた。
 家に上がるとまた鍵が開いていた。相撲が流れていて、有坂さんはそれを夢中になって見ていた。今月はもうパチンコをする資金がないらしい。

 「きみは最近どこか出かけてる?」
 有坂さんはおしゃべりなので私にいろいろ聞いてくれる。私の休みの予定は特に聞いてくる。私は一人でカフェやカラオケ、ラーメンやプラネタリウム、なんでも行くからそれを聞くのが面白いようだ。
「特に出かけてないですね。行く予定もないです」
「ふぅん。最近は外に出ないの? ほら、国立公園、そろそろコスモスが咲くんじゃない?」
「コスモスねー」
 私はそれほど花に興味があるわけではない。一人で公園に行くことは無い。花畑にも興味がない。ひまわり畑に行ったのは、有坂さんを撮りたかったからなのだ。
 「最近、あまり外に出る気がないですね」と呟いた。
 有坂さんの手がビール缶から離れて私の手に控えめに触れた。
 「一緒に行く?」
 「え?」
 そういうことを言う人じゃないと思ったから聞き返してしまった。
 「い、いや、きみは花とか好きでしょ。だから。あと、夏に行ったときのリベンジ、みたいな」
 「花が好きってわけでもないです」
 私は有坂さんにコスモスをイメージしたことがないから、有坂さんの写真を撮る必要性も感じない。
 「そうなの? ああ、でもさ、デート。だって、あそこなら安いし」
 デート。
 「今度は俺がきみを撮ってみるよ。白いワンピースとか着てみない?」と、有坂さんが冗談っぽく笑って言った。有坂さんの手の温かさは心地いい。有坂さんの大きな手が私の指の間を優しく撫でている。
 「ワンピースが好きですか?」
 「まあ、定番は好きよ」
 普段私はパンツスタイルが多い。私は「なにそれー」とつぶやきながら、スマホアプリのカレンダーで休みの日を確認した。


 ひまわり畑のときの反省を生かして、天気予報を見て、快晴の日を選んだ。
 2ヶ月ぶりの公園だ。ピンクと白のコスモスの他に濃いピンクだとか色が混ざったのとか、いろんなコスモスが咲いていた。
 有坂さんは慣れない手つきで写真を撮った。パシャパシャと数回私を撮っては見返して首を傾げている。

 有坂さん、すぐに撮るのを飽きると思ったけれど、思ったよりも長い間カメラに夢中になっている。そのくせに「こういうポーズをして」だとか「笑って」と言った指示は一切してこない。
 私は手持ち無沙汰になってコスモスの花弁に顔を近づけた。ふと有坂さんの顔をみると、キラキラ光る陽射しに照らされて、私の一番好きな笑顔の彼がいた。思わずワンピースのポケットからスマホを取り出して彼を撮った。
 有坂さんはびっくりして口を開けたあと、「シャッターチャンスだったのに」と残念そうに肩を落としていた。

 家に帰って2人が撮った写真を確認した。有坂さんの撮った私の写真は何故か全体的に暗い。私がふと撮った有坂さんの写真はぶれていて何が写っているのか分からない。
 「うん! 実物のほうがいい!」
 2人で有坂さんの部屋の畳に寝そべり伸びをした。それからもう一回写真を見返して、「うまく撮れない!」と顔を見合わせた。いたずらっぽく有坂さんが笑う。スマホで写真を見ているから、この好きな顔は撮れなかった。

 デートというのは境目がはっきりしないまま終わったようだ。いつものような日常の雑談に戻った。来週の休みに何をするのか有坂さんに聞かれたので、実家に帰ると言った。
「大事だね」
「そうですね。ばあちゃんが高齢なので、たくさん会っておきたいんです」
「俺らもいつ死ぬかわかんないよね。俺なんか、いっぱい酒飲んでるし、次に君がここに来たときには、床に腐った状態で寝てるかも」
「確かに」
 有坂さんは私と喋るときにいつも、少しだけれど目線を上に反らしている。目線がぴったり合わないことは、私はとても安心できた。なんでも緊張せずにしゃべることができる。
「有坂さんが死んだら、棺桶にひまわりを入れます。前のリベンジです。死に化粧して穏やかな表情をさせられているほうが理想の写真が撮れるかも」
「なにそれ、物騒な女!」
 サイテー! と言いながら、有坂さんが大きな口を開けて笑った。有坂さんの、欠けているのに一向に歯医者に行こうとしない右の上前歯が見えた。
 今だ! と思ってスマホを向けた。

 
 夜。
 有坂さんが隣で眠っている。有坂さんはあまり睡眠時間が長くない。普段は私のほうが先に眠って、遅くに起きる。今日はコスモス畑で私を撮って疲れたんだろうか、有坂さんは私より先に寝息を立てた。
 
 暗がりのなかで今までに撮った写真を見返した。曇り空のひまわり畑で固い笑みを浮かべる有坂さん。
 有坂さんが「リベンジ」とか言って、ひまわりの花束を突然買ってきたからツーショットを撮ったが、私はすっぴん。それに自撮りに慣れていないから有坂さんが強張った表情で、しかも2人の顔両方が見切れている写真。
 ブレブレのこれは、コスモス畑で私を撮る優しく笑う有坂さんだ。それから、スクロールしていくと、変な姿勢でテレビを見る有坂さん、有坂さんはややかっこよく撮れたが生活感のある部屋がすべて写ってしまっているバエない写真、ドライフラワーにしてみたものの失敗してくたびれた花束のひまわり、不満げな顔の有坂さんとフライパンに乗った真っ黒のホットケーキ、なぜだかある私の寝顔の写真、歯磨きをしながらカメラに近づく有坂さん。
 私は思わず布団のなかで小さく足をパタパタ動かした。
 今日撮った、一番上の写真をタップする。有坂さんの顔がドアップで写っている。
 前歯が欠けた、笑っている有坂さんって、へんなかお!

了

理想の写真撮れなかった!

理想とはなんでしょうか。
私は小説を書くときに、理想を夢見ます。いつも頭にアイデアのイメージがあって、「これになったら最高!」と思うのです。
この小説を書くときも、「タオルで手首を縛られた有坂が私にひまわり畑へ連行される! 電車の中で異様な光景!」とはじめに想像しました。
それ通りにはなりませんでした。
こちらのほうがいいとか、そういう理由ではないです。技術不足や手癖です。
「理想の小説にならなかった!」は、小説を作るたびに私の脳みそに浮かびます。
でも、私が作った小説が増えることは嬉しいし、どれも好き、見ていると幸せで、振り返るとこの小説たちは頭の中のアイデアと同じくらい素敵なんじゃないかと思います。「理想の写真撮れなかった!」は、そういう理想じゃないものを愛する気持ちを込めた小説です。

理想の写真撮れなかった!

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-20

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