映画『mentor』レビュー

 メインの三人で描く人間模様が俊逸でした。
 自らが引き起こした失火事件に対する罪の意識と、加害者に対する復讐心。それとどう向き合ってきたかで拓海と龍之介、あるいは埜本さんの15年が語られるのですが、贖罪の重みに耐え切れなくなって自分の人生を押し潰してきた拓海のそれは、嫌な言い方になりますが、世間が求める被害者の末路に相応しく、実に正しい物語として観客に届けられます。そんな拓海と偶然に再会し、超弩級の赦しを与える埜本さんに覚える異常は、自分だったら絶対ムリという認識に基づき、いつ、その態度が豹変するのか。どう瓦解するのかという私たち観客の性悪な期待へと変わっていく。引き込まれるような本編のドライブ感は、間違いなくこの二人のやり取りが生み出すものです。一般的に是とされるポジティブなはずなのに、どこかズレてる。何かがおかしい。正しいことばかり口にするアイツに何で、こんなに腹が立つんだ?
 滑稽に思えるやり取りを笑いながらも、頭の中で湧いてくる疑問はとてもシリアスな領域に踏み込んでいく。この辺りの塩梅の上手さが本作最大の褒めポイントですね。ブラックジョークにコーティングされた見た目を信じて噛み砕いたら、逆に痛い目を見ます。
 この二人に比べると、磯村勇斗さん演じる龍之介は目立たない立ち回りをすることが多いですが、だからこそ、龍之介の視点からは色んな見方が可能になります。埜本さんをメンターと仰ぐ拓海を鼻白んだり、成熟した人間の振舞いを続ける埜本さんのことをとことん疑えたりと、観客が物語の中を出たり入ったりできる余白を作るという点で龍之介は劇中の水先案内人になってくれます。その一方で龍之介が内心で抱えるものが表に現れると、埜本さんの有り様とか、嘘くさく思えたものが急に信じられるようになったりして、劇中の真実性が増していく。こんなに色んな意味で助けになってくれるキャラクターは観たことがありません。
 実はあの火事の原因は〇〇だったという事実が明らかになり、三人の人生が狂い出す展開になった時も、彼の崩壊っぷりが一番興味深く、消えることのない罪の意識、誹謗外野から飛んでくる中傷の声その他諸々のノイズを振り払うようにして初めて彼は的に集中することができたのだと理解できる。残る二人も、実は全く同じなんですよね。前述したとおり小学生からの15年間を贖罪に捧げてきた拓海にとって、事件の真相は、だから空っぽな自分を再確認する絶望でしかなかったですし、埜本さんにとっては自分を律することに努めてきた「これまで」を否定する刑の執行でしかなかった。彼らにとって、罪の意識とその赦しが人生の全てだったんです。このあまりにも残酷な認識が劇場内で共有されると、向こうに映るもの全てが惑い、躓き、イカれてるようにしか見えなくなる。
 ついには誰も彼もが行き詰まり、もう「あの時」に戻るしかなくなった、誰もがそう思った時に現れる真の意味でのメンターは、ぐっと歯を食いしばるべきヒューマンドラマです。その重い一発をボディに喰らった格好で泣き腫らす綾野剛さんの演技たるや。人によっては「なんだよ、それ」と思われるシーンだったはずなのに、あの崩れ落ち方、赦され方を目の当たりにすると下手な批判は口にできない。そこから畳み掛けるエンディングにおいては宗教めいた集団を作り上げた拓海と、その応援を受けて再び的を射抜こうとする龍之介の姿を撮るという挟撃をかましてくるんですよ?龍之介が憧れていた「いつも面白いことを考えるカッコいい拓海」がメンターとなって、見知らぬ連中を率いている。埜本さんの涙と見比べると、余りにも薄っぺらい笑顔。衣装も真っ赤に燃えている。そこに被さる、龍之介が放ったアーチェリーの弓が的を射抜く音。堂々巡りに似た螺旋。終演に至るまでのその流れがこれ以上ないってくらいの〆方にしか思えなくて、圧倒されるばかりでした。
 『私はあなたを知らない、』でも同じテーマが取り上げられていましたが、説得力という点では本作の方が上というのが正直な感想です。こんなにぶ厚いストーリーを楽しめるとは思ってもみなかった。もし集客を狙ったキャスティング云々で本作を避けている方がいるのなら、単純に時間の無駄なのでさっさと劇場へ足を運んで下さい。観れば分かりますから。とてもいい映画です。興味がある方は是非。お勧めです。

映画『mentor』レビュー

映画『mentor』レビュー

①結末に触れる内容となっております。事前情報なしに鑑賞したい方はご注意下さい。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-19

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