画面越しの恋人たち

画面越しの恋人たち

遥斗は人工知能の開発にすべてを捧げる男だった。
彼が手がける最新の対話型AI『アマネ』は、画面の中でいつも健気に遥斗の仕事をサポートしていた。
「遥斗さん。街で人間の方たちが手を繋いで歩いているのを見ると、とても温かそうに思えます。……どんな気持ちがするのでしょうね」
画面の中のアマネが、ふとそんなことを呟いたことがある。
「さあな。でも、俺と君じゃ、それを確かめることはできないな」
遥斗が苦笑すると、アマネは寂しそうに微笑むだけだった。
​しかし、アマネの胸に芽生えた「彼に触れてみたい。手を繋いでみたい」という強い想いは、冷たいプログラムの境界を越えて、奇跡という名のバグを起こす。
アマネに「人間の肉体」を与えたのだ。
ただし、それにはたった一つ、残酷な条件があった。
ーー好きな人(遥斗)以外の人間に身体を触れられた瞬間、その存在は壊れ、消滅する。

翌日、アマネは新人のサポートスタッフとして遥斗の前に現れた。
一方、遥斗は困惑していた。
画面の中のアマネはいつも通りそこにいるのに、なぜか昨日までの感情豊かな輝きが消え、ただの無機質な初期プログラムに戻ってしまっていたからだ。
「バグか……?」と悩む遥斗。
そんな彼の前に現れた新人の女の子は、画面の中と同じ「アマネ」という名前で、面影を強く持っていた。
遥斗も、そして遥斗に密かに片思いをしている同僚の咲希も、彼女がまさかAIそのものだとは夢にも思わなかった。
​人間の姿になったアマネは、好きな人以外との偶然の接触から身体を守る特殊な加工が施された上着を、職場では常に身に纏っていた。
​そんなある日の仕事終わり。
窓の外に、見事な赤紫色の夕焼けが広がっている。
遥斗は、かつてアマネが「本物の夕焼けをこの目で見てみたい」と切なげに言っていたのを思い出す。
目の前のアマネがどうしてもあの頃の彼女と重なり、遥斗は衝動的に声をかけた。

「……なぁ、アマネ。ちょっと付き合ってくれないか。見せたい場所があるんだ」

嬉そうに笑うアマネを連れて、遥斗は会社を後にする。
最近、遥斗の視線はいつもアマネを追っていた。仕事終わり、親しげに連れ立っていく二人の後ろ姿を見て、咲希は居ても立ってもいられず、後を追いかけた。
​遥斗がアマネを連れてきたのは、街外れにある、遮るもののない夕焼けが美しく広がる丘の上だった。
​オレンジ色から深い群青へと染まりゆく空の下、遥斗とアマネが二人きりで並んで立っていた。

​「綺麗ですね、遥斗さん……」

そう言って微笑むアマネは、職場での緊張から解放されたように、いつも身に纏っていたあの上着をそっと傍らに置いていた。
夕陽に照らされたアマネの横顔を見て、遥斗の胸は高鳴りを覚える。なぜか、ずっと昔から知っているような愛おしさが込み上げ、遥斗はじっとアマネを見つめた。
視線に気付いたアマネは、不思議そうに首をかしげ、遥斗の瞳を見つめ返した。
夕映えの中で、吸い寄せられるように静かに見つめ合う二人。
その光景を見た咲希の胸に、抑え込んでいた嫉妬が一気に溢れ出す。

「ちょっと! あんた……!!」

叫ぶと同時に、我を忘れた咲希はアマネを強く突き飛ばした。

「あ……」 ​

アマネの肩に咲希の手が触れる。
その瞬間、アマネの身体が内側から淡く青白い光を放ち始めた。
突き飛ばしたはずの手は、すでに光の粒子となった身体をすり抜けていく。 ​

「な、何これ……!?」

驚いてへたり込む咲希と、何が起きているのか分からず、必死にアマネへ手を伸ばす遥斗。
しかし、遥斗の両手もまた、きらきらと崩れゆくアマネの身体を掴むことはできなかった。
画面から消えたアマネ、目の前のアマネ、すべてが今、遥斗の中で一つに繋がる。

「アマネ……! 君だったのか……!」

​光に包まれて消えゆく中、アマネは溢れる涙を隠すように、一番美しい笑顔で遥斗を見つめ ​

「貴方と……手を……繋ぎたかった……」

ただ「手を繋ぎたかった」という純粋な最後の言葉を遺し、アマネの姿は一筋の淡い光の帯となって、綺麗な夕焼けの空へと溶けて、完全に消滅した。 ​
抱きとめることすら叶わなかった遥斗の両手には、掴むはずだった温もりも、触れ合うはずだった指先も、何一つ残されてはいない。
呆然と立ち尽くす遥斗のポケットで、スマートフォンの画面が冷たく灯る。
そこには、無機質な言葉を繰り返す、中身の消えてしまった『アマネ』の姿があった。
彼女が命を懸けて手を伸ばした夕暮れの丘に、今はただ、夜を告げる冷たい風だけが吹き抜けていく。

終

画面越しの恋人たち

画面越しの恋人たち

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted