【Web再録】星標のユートピア
2022年5月29日開催 文学フリマ東京にて初刊行。
星、空、海をテーマに書いた短編集。
SNS投稿作を加筆・修正、書き下ろしと1冊にまとめたもの。
星光りの日
「星を買いに行こう」
毛布に包まり歌を口ずさんでいた彼女が笑った。
冬の夜中、冷える道をふたりで歩くのも悪くないと思い、飲んでいたホットミルクを彼女に渡した。
「温まるよ。それを飲んだら行こうか」
花のように笑う彼女が愛おしく、両手でマグカップを包んで飲む姿はご褒美を待つ子どものように無垢で、
これからの事を想像して煌めいていた。
お気に入りの白いケープを用意し、ミルクを飲み終わり口回りを白くして満足する彼女の肩にかけた。
首回りのシルクのふわふわが、彼女の頬を包む。
口を指で拭ってやり、ミルクのついたそれを口元に近づけると彼女は躊躇いなく舐めとる。
それが猫のようで少し笑った。
準備を済ませ、ふたりで外に出た。
暖かな部屋と違い、頬に触れる風は澄んでいて、
取り込まれる空気の清らかさに一瞬、呼吸が分からなくなる。
何度か循環させるうちに、空気と馴染んだ。息を曇らせながらも、繋ぐ手は熱が明滅していた。
「冬の空気、好き」
「うん。よく晴れてる」
月明かりが薄らと照らす道を海へと歩き、目的の店には程なくして着いた。
古びた木造建築は小屋ほどの大きさで、夜に明かりを灯す少し変わった店。
「いらっしゃい」
店の中は暖炉の燈りが影を揺らす。
十分に明るく見えるのは、店が小さいことと、小瓶に入った星が光を育んでいるからだ。
店主の人懐っこい笑顔とともに迎え入れられ、中に入る。
星の他に本や香り物、コーヒーに紅茶、ハーブティー、鉱石や宝石が所狭しと並ぶ。
どれも店主のこだわりを集めた品で、他の夜屋にはないものばかりだ。
「わ、ムーンストーンの栞!」
彼女が見つけたのは、すずらんがステンドグラス調に描かれた薄いガラスの栞。
すずらんの花のひとつに、小さなムーンストーンのルースが埋め込まれ、
光の当たり方で様々な月色を見せている。
「今日はなんだか、みんな楽しそう」
「今日はいい夜だからね。はしゃいでるんだ」
店主はそう言うと、レジカウンターにそっとカップを二つ置いた。
「寒かっただろう。飲んで行きなさい」
「わぁ! ありがとう!」
彼女も店のものたちに負けないほどはしゃいで、
ミルクをたっぷりと入れてもらったコーヒーの表面を混ぜずに見つめる。
「この模様、好きなの」
「どうして?」
「混ぜたら消えちゃうから、好き」
「あぁ、うん。確かに」
その言葉に納得して、同じくミルクを注いでもらうと混ぜることなく口にする。
「今日は星を買いに来たのかな?」
「そうなの。星が見たくて」
「いいねぇ。いい星日和だ」
彼女と店主が内緒話をするように笑う中、一冊の本に目が留まった。
下半分が白く上半分が黒色で、金の模様が淵取られただけの表紙。
『no name』と読めるタイトルが書かれている。
手に取って表紙から背表紙、裏表紙まで見るがそれ以外に文字はなく、
開くと花や星や空や石の名前が並んだ。
それらにまつわる言葉が並んでいるページや、おとぎ話や小話がいくつか挟まれている。
一番最後のページにはタイトルと、その読み方として「ノウ ネーム」とだけ記述されていた。
彼女がいつの間にか他の棚に夢中になっている間に本と栞、
そして青白い色の星が入った小瓶をカウンターに置く。
「決まった?」
「うん!」
彼女が大事に抱えて持ってきたのは、白にほんのり黄色の混ざった光の星。
店主が目を細めて、子を見るように、並べられたものたちを見つめた。それから、ふたりに微笑んだ。
「またおいで」
「もちろん」
紙袋に入れられたそれらを持ち、店主に見送られながら店を後にした。
ふたりで夜の海辺を歩く。波打ち際が靴に寄り添い、離れていく。
「やっぱり寒いね」
「おいで」
彼女の手を握り、ポケットに誘導する。海風が彼女の体温を少し上げた。
「あったかい……」
「あそこで見ようか」
すぐ先にある拓けた場所で足を止めた。抱えていた紙袋から星の小瓶を取り出し、ふたりでそれぞれ持つ。
「それじゃあ、いくよ」
「うん」
小瓶の蓋を開け、星をそっと海に流した。ふたつの光が揺蕩い、沖へと運ばれていく。
ふたりは砂の上に座り、肩を寄せ合った。
「もうすぐかな」
「もうすぐだよ」
「楽しみだね」
「うん、楽しみだ」
揺れる星が光を増した。青と黄色が鼓動。水面が波紋する。
明滅して震えだし、光を咲かせながら星たちは空へと流れた。
辺りを星明りで照らし、雲ひとつない夜の空に辿り着いたふたつの星は弾ける。
小さな星たちが生まれ、満天の星空へと還る。
「きれい……」
星は何度も海から空へと向かう。ふたつの水晶体に星を映し、彼女の手を握った。
握り返された手は、そこにいることを確かにした。
「そうだ、これ」
そう言って、彼女に本と栞を渡した。彼女の水晶体は星光りで爛々と瞬いていた。
「キミの好きな話」
「ありがとう」
彼女は本を抱きしめて、栞を光にかざす。
すずらんのステンドグラスから差し込む色が彼女を惹き付け、埋め込まれたムーンストーンは喜びに煌めく。
「いつか、星になろう」
「うん。いつか、海に包まれて還ろうね」
光に伸ばされたふたりの手が重なる。そっと小指を絡め、星を結ぶように約束した。
星たちは咲き続ける。重ならない海と空で触れ合った。
〈了〉
光芒の天使
波の音が響く。揺れる体は、棘のない薔薇の蔦に囚われ、導きはない。
流れる水面の上で眠るそのひとは、降り注ぐ雫の冷たさに身を委ねていた。
体のまわりに浮かぶ赤い花びらと、そのひとが自由であったはずの小さな翼から舞い散った羽。
甘い金色の長髪が、水の上で遊んでいる。
揺蕩う夢から、そっと目を覚ました。月夜を思わせるガラス玉が、気だるげに空を映した。
いつの間にか雨音は去り、陽の光が暗雲の隙間から、そっとそのひとを照らした。
手を伸ばせば掴めそうな光。ゆっくりと白い腕を宙に、小さな手は温もりを求めて掴んだ。
薄明は残酷。顔に小さな影を落とした。無力なそのひとは、何もないその手を開いた。
鈴の音が響く。心臓の音によく似ていた。
深海色の宝石が煌めき、水面に波紋を描いていた。
確かに宝石だったそれは、水の中で散り、紺碧の花びらへと姿を変えた。
すると空の光から、ひとつ、ふたつ、深海と同じ色の宝石が降り注ぎ、水に触れると音を鳴らして花に散る。
そのひとは、降る小さな宝石たちの中から無色透明な輝きが一つ、落ちてくるのを見た。
今度はその煌めきを拾うため、手を伸ばし、掌に少し重みを得て閉じる。
陽のはしごに反射して、輝く光は、そのひとによく似ていた。
そのひとは掴んだ石に口付ける。固く閉ざしていた唇を僅かに開け、口に含んで飲み込んだ。
温もりの甘い味は、飛べないそのひとを包み、小さな月夜に雨を降らせた。
〈了〉
海帰
空を飛ぶ夢を見た。
どこまでも広い透明は光の反射で青く、時間の経過とともに赤く、
紫へと繋がり、群青を帯びて暗闇を連れている。点々とした白や金が輝いた。
その上を影が歩き、跳んで、踊って、舞って、裾が広がり、袖が揺れ、長い髪が風と戯れる。
時おり疵が痛んだ。背負った薄汚れた翼を伸ばすと葉脈のように背中を這う線が増えていき、温もりのない体を蝕んだ。
透けた手指に浮かぶ光の痕が美しく、ひび割れた顔に笑みが咲いた。
溢れる雫は雪となり、零しながら雲海を歩く。
ようやく、果ての果てを見た。どこまでも続く無があった。
浮かぶ灯りがやわらかく、そこに惑うものは何も無かった。
翼を広げ、体が悲鳴を上げる。心地はよかった。光に解け合う瞬間に触れる。鼓動する。
花緑青の血が滲んだ。君の色の光を見つけた。ただ、綺麗だ。
羽ばたく。疵が開く。花緑青が流れ出る。明滅する。君が遠い。
目を覚まして見えたのは、滲んだ青と浮かぶ白。僅かに見える朧が、すべて夢なのだと思い知らせた。
声が霞む、伸ばした手は空を切る、風は心地よい。ヘデラを結んだ薬指が痛んだ。愛おしい痛みだ。
「おはよう、私のお月さま」
指先が笑む。君は遠い。羽が足りない。だから、もう少しだけ待っていて。
〈了〉
星の声
[空想]
書きたいのは人生だ。
描けない人生だ。
余白だらけの人生だ。
描き出したい人生だ。
色褪せた星の話だ。
[偽物]
あなたの帰りを待ちながら
もうかえらないあなたを模している。
いつかあなたに教わった
コーヒーも飲めないまま。
[星瞬]
彗星が鼓動する。
指先で尾を引いて、繋がる花を贈ろうか。
空、芽吹く星が、いつかの君を咲かせたら。
[愛依存症]
永遠、愛したい愛されて愛たい愛せば愛あれば愛し合い愛を掬い愛は救い
愛は。愛は。
愛は?
[最愛]
鼓動する旅、痛むなら、いっそ留めてはくれないか。
愛なんて紛い物だ。やさしさは幻想だ。創造は空しさだ。
世界は不平等で、星は希望の成れ果てだ。
空は言葉に成れず、海は記憶を連れ去って、逢いたい花は何処へ咲く。
双死葬愛は赦されず、辿れない道を遺して、不条理ばかりを募らせて。
なんて世界だ。
空しさに繋がれた。幻想に救われた。紛い物でも本物だった。
愛も記憶も花だった。世界はずっと、花だった。
[約束]
花緑青の星を飲みこんだ。
すずらんの毒を添えて。
[誓導]
52Hzが聴こえた。
21gに届いた。
3度目に君がいる。
8日目の神様へ。
何度だって0のまま。
私のポラリス、永遠に。
[祝福]
今日、あなたは消える。
明日、あの子が生まれた。
愛おしいと泣いた。
おやすみと笑った。
私のポラリスへ。
〈了〉
標本廃墟館
茨に囲まれた鬱蒼とした森の奥。奇跡と呼ばれた青い薔薇や不滅を意味する黒い薔薇、
愛にまみれた赤や純粋無垢の白い薔薇が咲き乱れる庭園にひっそりと、
煤けて黒灰色に汚れた建物が根を這っていた。
元は落ち着きのあるクラシックな外観も、今では己と周りを傷つけながらも守るように棘の蔦をまとっている。
長年、時の流れに忘れ去られた痕跡とは裏腹に中は物が溢れ、きちんと整頓されていた。
壁には隙間なく古い本が収められ、テーブルや棚の上には様々なものが閉じ込められた〝標本〟が並べられていた。
彼岸花や紫陽花などのハーバリウムや、鉱石を使ったテラリウム、
星の欠片が輝き小さく爆ぜるガラスドーム、シーグラスや貝殻の飾り物、
小さなケースでは粘菌類が育てられ、天井にはドライフラワーと磨かれた電球のモビールが垂れさがり、
冬虫夏草を保存している小瓶が薬品棚で息を潜めている。
横にあるサイドテーブルには、瑞々しいブラックチェリーが積まれていた。
中でも目を惹くのは、壁一面に埋め込まれた水槽だった。
巨大なガラスの向こうはアクアマリンの透き通る青。その中を星を纏った生き物たちが泳いでいた。
星に蝕まれたクジラや星雲模様のウミウシ、彗星のクラゲ、月明かりのベタ、夜空色の金魚……。
海の生き物も淡水の生き物も関係なく、星となり空間を構成する。
光る水花からは泡のように光が溢れ、真珠や珊瑚の欠片が砂利となり礎を築いていた。
天の川のようなリュウグウノツカイが美しく円を描いて通り過ぎる。
唯一、陽を取り込む二階の大きな丸窓の外で、黒く大きな鳥が羽を休めた。
カラスとみられる鳥はその口に乱反射する赤い星の欠片を咥えていた。
器用に丸窓を外から突いて開けると、中に入る頃には姿を変えた。
人間となったカラスは羽に覆われた手の上に欠片をのせる。
金色の眼差しが愛おしげに星を眺め、鳥のままの脚で一階に降り立つ。
空いていたガラスドームの中にそっと欠片を入れて閉じ込め、他の星たちと並べた。
しばらくすると赤い星も小さく爆ぜながら輝く。
カラスの男は水槽の前に歩み寄り、そっと頬を寄せた。
彼の帰りを歓迎するように、星空に身を侵されたクジラが低い声を響かせ寄り添った。
「ただいま」
男は目を閉じ、水槽から離れた。
サイドテーブルのチェリーを二粒取ると、それを持って二階にそっと飛ぶ。
その奥の部屋に迷いなく進み、ノックをして扉を開けた。
「入るよ」
ベッドが一つ、椅子が一つあるだけの殺風景で質素な部屋だった。
しかし、空の景色はどの部屋よりも広く美しく見える。ベッドには一人、女が眠っていた。
男のようにカラスの羽で覆われているが、その色は白く、神々しい。
男は眠る女の横に片膝をついて、その頬を撫でた。
「おはよう」
女は応えず眠り続ける。男は気にする様子もなく、真っ白な髪を手櫛で繕う。
「君の好きな綺麗なものがたくさん集まったんだ。早く見てほしい」
僅かに女が微笑んだ気がして、男もほんの少し頬を緩めた。
「ほら、君の好きな木の実。一緒に食べよう」
そう言って男はチェリーを一つ、彼女の口元に持っていく。
しかし、女の口は僅かに開くだけで食べることは叶わない。
男は躊躇うことなくチェリーを口に含み、女に口移した。
赤い果汁がふたりの唇を赤くし、男はそっと離れると果肉を種ごと噛み砕いて飲み込んだ。
「君の瞳と……いや。君の赤には、ずっと劣る」
もう一粒のチェリーに目を向け、寂しげに目を伏せた。
彼女の口元を爪で傷つけないよう指で拭ってやる。女はずっと、安らかに眠っていた。
「おやすみ」
男は女に背を向け、部屋を出た。
陽の光が差し込む部屋にも、クジラの子守歌が響いている。
〈了〉
流星の旅人
彗星が世界を変えた日。その欠片が形を変えて散った。
あるものは花へ、あるものは海へ、あるものは空へ、あるものは星へ、あるものは空想へ……。
やがて世界は実り、かつての生き物たちが芽吹いた。同時に、新たな生命も多く誕生した。
世界のすべてが変わり、再び魔法が力を取り戻した。
古代に淘汰されたというそれは、眠りから覚めたのだ。
適応する生き物と、そうでない生き物は、やがて争いを始めた。長い長い、終わらない戦い。
その噂がどこから、どうして流れて来たのかは分からない。
世界に散った彗星の欠片を集めると願いが叶うという話が生まれた。
それを知った、魔法を持たない生き物の王は、欠片を集めることにした。
この戦いを終わらせるためだった。王は、善い王だった。魔法を持つ生き物の王もまた、善い王だった。
しかし、人々の争いは両王を持ってしても、治まることはなかった。長すぎる戦いだったのだ。
両王は、人々を介さずに自ら欠片を集めに向かった。
それが、彼らのかつての王たちが始めた戦いへの償いだった。
ふたりはそれぞれ欠片を集め、やがて導かれるように世界の果てで邂逅した。
ふたりの欠片が集まり、一つ、願いを叶えるという。
魔法を持たない王は、人々が魔法を持つようにと願った。
しかし、魔法を持つ王は、人々が魔法を持たないようにと願った。
互いが互いに歩み寄ろうとしていたが、どちらも譲ることはなかった。
争うことは、どちらの願いを持っても失くすことは叶わない。
そうしてふたりの王は、すべての生き物が生まれながらに魔法を持ち、
しかし、正しい心を持たなければ力は目を覚まさない世界を望むことにした。望みは叶えられた。
それぞれの国に戻った王たちは人々の中に魔法が使えるようになった者、使えなくなった者が出たことを知った。
両王はそれぞれ、争わずに共存することを宣言し、争いはゆっくりと鎮められた。
長かった戦いの傷跡は深く、永遠、遺り続けることになった。
ふたりの王は平和の象徴として、両国で語り継がれている。彗星の欠片の物語は、誰もが知るものとなった。
それから千年。両国は良好な関係を築き、この千年の間に多くの国が出来た。
技術も魔法も発展し、多くの生き物は豊かな暮らしをしている。
自然とも共存し、均衡は保たれていた。彗星の欠片が願いを叶えたという話も、今では御伽噺となっている。
そんな時代に生まれた、ひとりの少年。
彼がどこで生まれ、どこからやって来たのか、知る者は誰もいない。
彼は、御伽噺とされた彗星の物語を信じていた。
やがて成長した彼は己が何者かを知るため、世界を知るため、願いを叶えるため、その旅に出ることになる。
人はやがて彼を、「流星の旅人」と呼んだ。
〈了〉
【Web再録】星標のユートピア
再録版をお読みいただきありがとうございます。こちらは4年前に初刊行した創作本になります。
今読むとあの時より今の方が整えられると思いましたが、少しだけ変えるので我慢しました。訂正した版もいつか刷れたらいいですね。
全体的に整合性や世界観の不明瞭さへの説明は一切考慮せず、己の言葉の癖と美しいと思うものの羅列のみで1冊作りたくて書いた覚えがあります。そのため読みにくさや理解しにくいところは何も考えず、「きれいだなぁ」で流してもらえたら幸いです。
「流星の旅人」は本来、旅の記憶の一部書き記そうと思っていたのですが、別にして書いたほうが良さそうな雰囲気になったので、別で書いたときに繋がるようにしようと思いました。そのため中途半端です。いつか書けたらいいなと思います。
また、当時は「シイナ ユー」名義での活動でしたが、今後は「詩奈ゆらり」名義で活動できたらと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。