招き猫にブタ

 世界には、猫にまつわる神怪の類いが数多く存在する。
 古代エジプトの猫神バステト、アイルランドの猫の妖精ケット・シー。
 日本の招き猫もその一つと言っていい。
 近年のインバウンド増加と共に海外にも知られるようになり、東京都世田谷区の地味な住宅街であった豪徳寺周辺は、いまや土産物屋も立ち並ぶ小さな観光スポットである。
 豪徳寺。
 そう、こここそは、招き猫の発祥とも言われる寺院なのだ。
 その歴史は江戸時代にさかのぼりーー


「どうでもいい」
 不機嫌に。
「あとでウィキでも見るし」
「見ればー」
 余裕の。
「『蚊遣り豚』で検索……」
「!」
 ぎょっと。
「やめてよ!」
 ヒステリックに。
「アタシの話なんかしてないでしょ!」
「そーそー、オレの話だったー」
「く……」
 屈辱の。
「やー、最近もう、愛されちゃって愛されちゃって」
 にやにや。
「愛されちゃって愛されちゃって」
 にやにやにや。
「愛されない誰かと違って」
「誰がよ!」
 限界。
「アタシだってねえ!」
「アタシだって?」
「く……」
 続く。言葉が。
「が……」
「が?」
「がんばってる」
「どこでー?」
「どこででもよ!」
 もはや。
「一家に一台でしょ!」
「コタツかよ」
「真逆でしょ!」
 ますます。
「アタシの夏、日本の夏でしょ!」
「どこの日本ー?」
「どこにでもある日本よ!」
 どこにでもは。
「ないし……」
「おー、言ってやれ、言ってやれ」
「………………」
 どこから。
「……増えてる」
 なんで。
「番号!」
「いち!」
「に!」
 増えてる。
「二……」
 数が。
「なんで」
「買ってきたから」
「買ってきた!?」
「おみやげかなんかで」
 そうだったのか。
「それ以外でさー」
 さげすみの。
「こいつ、買うやつなんているわけが」
「どういうこと!」
 憤慨の。
「むしろ、おみやげのほうがイレギュラーでしょ!」
 そうなのか。
「あるじゃん。外人が日本のもの何でもめずらしがって」
「ここ、日本の家でしょ!」
 その通りで。
「何でもない日本の文具とか人気らしいぜー」
「アタシは文具か!」
 じゃあ、何なんだ。
(そうだよ……)
 そもそも。
「何なんだ」
 口に。
「は?」
「え?」
 ダブルだ。
「いや……」
 この状況。
「増えてる」
 あらためて。
「あんた」
 指を。
「『あんた』ぁ?」
 たちまち。
「どういうこと」
「ど、どういうことって」
 こっちが。
「こういうやつなんだよ」
 わけ知り顔で。
「ないでしょ」
 当然の。
「『あんた』とか」
「ご、ごめん……」
「『ごめん』もない!」
 ええっ!?
「じゃあ」
 何が。
「あなた」
 真顔で。
「ぬいぐるみと会話しちゃうタイプでしょ」
「は?」
「さびしくて」
「い、いや」
「それともハト?」
「ハト!?」
「公園にいるハトに餌あげながら、しかも『ぽっぽー』とかじゃなくて普通に会話するっていう」
 そんなアブないこと。
(……ううん)
 この状況が。
 すでに。
「最近めずらしくねえらしいぞ、ぬいぐるみとお話し」
「そうなの?」
「一緒にお泊まりしたり」
「やだー。きもちわるーい」
 おまえらが。
「言うな」
「は?」
「え?」
 また。
(く……)
 強く。出れない。
 だって。
(ハトと会話……)
 同じ。
「何なんだ」
 もう。
「そうです」
 こちらに。
「オレが招き猫です」
「アタシが蚊遣り豚です」
 増えてるよ!
「か……」
 カヤリって何!?
「豚……」
 そこだけは。
「豚って呼ばないで」
(ええぇ……?)
「じゃあ、何て呼べばいいんだよ」 
「蚊遣り豚」
 だから、それがわからないんだって!
「豚」
「違う」
「ぶたわない」
 何だ、それは。
「おまえは豚だ!」
「!」
「この豚め!」
「ひぃぃっ」
(な……)
 何なんだ。
「……そうよ」
 屈辱の。
「豚が豚と呼ばれるだけで、それはもう悪口なのよ」
 言い方だと。
「豚……」
 あらためて。
「豚なの?」
「くっ!」
 いや、悪口で言ったつもりじゃ。
「どうせ、アタシは豚よ」
 だから。
「女王様にでもなったつもり?」
 ぜんぜんない。
「それとも神様?」
 どうして。
「神様はオレだろ」
 あんたも。
「じょーぉだん! あんたのどこが神様なのよ!」
「神棚に飾ってあるだろ」
 そういう家も。
「商売の神様だもんな」
 商売繁盛の。
「つか、何よ?」
 さげすみの。
「おまえ、何してくれんのよ」
「蚊を落とすわよ!」
 そうなのか。
「違うだろ」
 ちっちっ。
「蚊を落とすのは、あくまで蚊取り線香」
「くっ……」
「おまえはただの容れ物」
「ただのって」
「つまり!」
 ビシッ!
「おまえがいなくても蚊は落とせる!」
「ああっ!」
「おまえは必要ない!」
「ああぁっ!」
「この豚め!」
「ああぁーーっ!」
 いや、最後のはただの悪口で。
「くっ」
 がくっ!
「アタシが……ただの豚」
「蚊を落とせない豚はただの豚だ」
 違うだろ。
「豚が……」
「やめてよ!」
「いや」
 わからないから。
「蚊を落とす?」
「あなたも!」
 にらまれる。
「落とせないって!」
「事実だし」
「キーーーーッ!」
「違うだろ。『ブー』だろ」
「ブーーーーッ!」
 ノリいいな。
(じゃなくて)
 進まない。
「豚が蚊を落とす」
「そうよ」
「……知らない」
「!」
 がくぅっ!
「し、しし、知らない……」
 そんなにか。
「どうやって?」
 イメージが。
「ヒヅメで?」
「どんな偏見持ってるのよ!」
 偏見なのか。
「鼻息?」
「惜しい」
 惜しいのか。
「口だよな」
「口?」
「口からもわぁって煙出して」
 口から……煙!?
「怖い……」
「なんでよ!」
 抗議の。
「人間だってタバコ吸ったら煙出すでしょ!」
「最近は電子加熱の」
「なんで、子どものくせに詳しいのよ!」
 そんなことより。
「それって、タバコみたいなこと?」
「タバコみたいな……」
 口にして。
「うーん」
 考えこむ。
「そうかな?」
「違うんじゃね?」
 相談が。
「違うって」
 じゃあ、何?
「体内から」
「体内!?」
 ますます。
「それって」
 体内から出るーー
「おなら……」
「口からって言ったでしょ!」
「えっ、おまえ、口から屁をこくミュータント?」
「豚よ!」
 違いが。
「ブータント」
「それ、完全に悪口だから!」
 確かに。
「やめてよ」
 思わず。
「わかったから」
 何もわからないってことが。
「わかったならいいのよ」
 いいんだ。
「えーと」
 それで。
「何してるの」
「夏を待ってる」
 なに、その昔のサーファーみたいな。
「チューブに頼めば」
 知らない。
「あー夏休み」
 何?
「こっちは夏働いてんのよ! 働けってのよ!」
 どこに向かって。
「……ごめんなさい」
 働いてなくて。
「そうよ」
 ふんぞり返り。
「感謝しなさい、あたしがいることに」
「………………」
 そんなに。
「いなくても」
「は?」
「だって」
 あんまり。
「蚊とかって見ないし」
「はぁ!?」
 あり得ないと。
「日本の夏でしょ!」
 日本の夏だけど。
「うちは」
 マンションの高い階にあって。
 だから、たぶん。
「あんまり虫とか出ないし」
「ゴキブリ!」
「出ない」
 見たことない。
「そんな……」
 くらくらっ。
「日本にそんな家があったなんて」
 あるよ。
「じゃあ。ハエ取り紙なんかも」
 なに、ハエトリガミって?
「神様?」
「違う」
 ダブルで。
「だって、蚊を取る神様だっているんだから」
「取るんじゃないわよ、落とすのよ!」
「あと神様じゃねえよ、豚だよ」
「やめてよ、豚が神の対極にある的な言い方!」
 わからない。
「とりあえず」
 指さし。
「何なの」
「猫だ」
「豚よ」
 何も。
「……違うし」
「違うぜ」
「違うわ」
 また。
「招き猫だ」
「蚊遣り豚よ」
(増えちゃってる……)
 それだけは。

招き猫にブタ

招き猫にブタ

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted