詩集 内省に連なる信徒らに 二章

二章

 潮騒の中、寝そべって空を見上げた。
 とても寒かった事を覚えている。
 でもね、私は君と違って、愛には飢えていなかったんだよ。
 一夜限りの肉体関係を、優しさと呼び依存した君。
 三百六十五日、夜半の星に教えを施される私。
 貪る夜よりも、揺さぶる生き様で、私自身を成し遂げる。

 哀しい嘘はもうやめようよ。
 自らを大きく見せる獣が、自らの矮小を最も知っている様に、
 君も、自らの選択を誤っている事を、良く知っているだろう。
 口先だけの、謙虚のふりだって、もうやめようよ。
 言葉は飾れる、飾りだけが立派になる。
 言動の不一致が、より一層、君自身を惨めにするんだよ。
 妄りに、周囲の人々に仲間と連呼するのも、やめようよ。
 誠実さを伴わない、強迫観念めいた結束は、容易く解れる。
 利害関係のためだけに、椅子取り遊戯では、報われないよ。
 自身の咎を忘れて、過去の恋人の影を追うのも、やめなさい。
 私を追う度に、君に連なる影は膨らみ、牙をむいて、
 君自身の心の脆弱性を餌に、怪物は力を付けていくのだから。

 砕けた青硝子、空の玻璃。降る破片の、全てを受け止めて、
 今、青空は我が身ひとつに、収束された。
「どうだね、この芸当は、蛆には真似できまい」
 人の心に棲みつく、内部を腐らせる我が儘な赤子は、
 美しく砕かれた空とは対照的に、醜く泣いた。
 それは、暮れ方の空になっても、同じ事だった。

 硝子の海を泳ぎ切って、傷を負っても貴方に逢いたい。
 血染めになった私の事さえも「頑張ったね」と労い、
 優しい貴方の事だ、怖がらない様に目の前にぬいぐるみを置いて、
「破片を取ってあげる」気遣いながら、ひとつずつ、
 硝子片が全て取り払われて、止血を終えた頃には、
 私は、貴方に逢えて良かった、と泣きじゃくるのだ。

 君はあの日、満身創痍の私に言った。確かに言った。
「君とぼくの志は違うものだよ」
 私は唇を噛み締めて、胸の内で「どうして」と呟いた。
 過去を乗り越える事と、過去を嘘にしてしまう事は別だ。
 嘘だったのか、と震えた、独りで。
 倫理も慈しみも、美辞麗句だったのか。
 この島を出る理由の半分は、貴方だ。この半分を、私は、
 自らの故郷への復讐心で埋め尽くすしかない。
 最期の灯と想い歌った無題の歌声で、泣いてくれた貴方は、
 十二月の冬が見せてくれた、霞んだ温情、一時の温情だ。
 でも、大丈夫。この怒りや痛みが、幻である事を知っている。
 飲み干した数錠の頓服が、見るべき現実を思い起こす。
 何度も繰り返す、人間としての、修羅としての私を。
 半端な怒りじゃない、生半可な覚悟じゃない。
 だから、誰も嫌わないし、誰も憎まないんだ。
 大切な貴方の事を、暗い眼差しで眺めるぐらいならば、
 あの連なる日々に追い縋る感情の鉄鎖を、断ち切って、
 貴方のままで、私のままで、二人で一緒にペンを執ろう。

 片腕しかない曾祖母が、戦時下の沖縄で赤ん坊を抱いて、
 戦禍の中を駆け抜けて、命永らえて、今に至る。
 私は、生きている実感よりも、生かされている実感が、
 より強いために、それを幸か不幸か、どう受け取るかは自由だが、
 結果、私は「生かされている」と形容する事に、納得した。
「生きたくても生きられない人がいるから」なんて、
 装飾じみた表現を用いた現実の提唱を、私は嫌っていた。
 血の繋がり、というものを意識せずに暮らしてきた、
 ある種、私は幸せ者である。しかし、しかしだ。
 生かされてきた事実を想えば、私は、一人で生きていない。
 私は沖縄に生まれて、本州出身の父を理由に差別を受けてきたが、
 もう、その過去に拘って地元を嫌う事も、やめようと思う。
 私は、この島を愛する事は、まだ難しい。けれど、
 曾祖母や、祖父母、そして母を生かしてきたこの島が、
 今になって妙に、愛おしく思えてきたのだった。

 努力に嫉妬は付き物。肩の荷下ろせよ、黒い憑き物。

 フラッシュバックが私の脳を壊したのではなくて、
 フラッシュバックの記憶に残る人々が、直接手を下した。
 斯様に、一言吐き捨てる勇気が私にあれば良かった。
 苦しみに、怒りに、悲しみに、慈悲が生ずる所以が、
 それも、仏縁の形で起きるとは、誰に想像できただろう。
 この、記憶の怪物を、何度も赦そうと試みた。
 その度に、私自身の何もかもを否定され、眠れぬ夜を過ごした。
 だが、自己憐憫も、人間を怨む事も、私のする事じゃない。
 赦して、認めて、愛する苦痛を、甘んじて受け入れた。
 記憶の怪物、お前は、私の中の幼いぼくだ。
 私が閉じ込めて置き去りにした、少年なのだ。
 お前が頭蓋の内側で暴れるのではない。
 私自身が、お前の一部である事を深く知っている。
 いつか、心底よりお前を、赦しきってみたい。
 どうかその日まで、私の命が続く事をフラッシュバックに頼む。
 生きる執念だった。願掛けの様なものだが、本気なのだ。

 痛いと思った時、哀しいと思った時、
 他者を憎む心に変わらない事が、あなたの美しい心。
 寂しいと思った時、苦しいと思った時、
 他者への依存に変わらない事が、君の美しい心。
 怒りを抱え、真夜中の路上で眠り、命永らえて、
 それでも、皆を赦したいと願う私は、醜くとも生きていたい。

 秒針に「止まってくれるな」と希う心は歩み御仏の前に

 喜びの歌を貴方と二人して成長を願い耳を澄ませた。

 俺と倫理は親友だった。だが、話の食い違いから口論になり、
 倫理と取っ組み合いをして、あの日、顔面を切り刻んだ。
 俺は、手渡された道義という物に、早い段階で順応したが、
 道行く人々が求めた物は、一方的な誠実である。
 倫理は、よく街中で馬鹿にされていた。
 その度に、俺はどうしようもなく、腹が立った。
 侮辱された倫理が、涙ながらに「君達を赦します」と述べると、
 人々はあいつに石を投げ始めた。
「不気味な奴だ。何が赦しだ、この阿呆」
 俺は、とうとう我慢ならなくなって、連中を殴り倒した。
 倫理のためではなかった。俺の意地のためでもなかった。
 ただ「この怒りがどうしようもねえんだ」と咆えた。
 すると、倫理が俺を抱きしめて食い止めた。あいつは言った。
「僕のために泣いているのかい。だったら僕を忘れて、笑ってよ」
 俺は、獣の様な慟哭をして、こいつを強く抱きしめ返した。
「俺を赦してくれ、お前を見放し傷つけた、この俺を」
 倫理は、傷も癒えたその顔の、涙を拭って言ってくれた。
「僕は貴方を赦します。貴方の三歩後ろをついていきます」

 嘘を愛する人と誠実を目指す人の縁を解く御仏の指先。

 私が君の年の頃、清掃業に就いていた。負け組だって思うかい。
 戦時下の元ハンセン病患者隔離施設『愛楽園』で働いていた。
 私はかの病について知識は持っていたため、恐れた事は無い。
 ゆえに「いつも綺麗にしてくれて有難う」とお茶を差し出されたら、
 いつでも、感謝の念を以て受け取っていた。
 私にとってあの施設の隅から隅まで清掃できた事は誇りだ。
 自身のルーツというものへの考えが希薄だった私にとって、
 当時のハンセン病患者が、指を擦り減らしてまで掘った防空壕に、
 窓掃除の傍ら、心を痛めた。フェンスで入り口を塞がれても、
 当時の、沖縄の罹患者達の声無き叫びをも、塞げる物ではない。
 私の血の半分は沖縄だ。その自覚も無しに生きていた幸福を、
 惰性に用いた罪滅ぼしとして、滅私の心で働いた。
「おい、青年、コーヒー飲むか」
 あの声が、あのお爺さんの顔が、忘れられない。
 私が清掃会社から離れて、随分と経ちますが、お元気ですか。
 愛楽園での清掃の勤めは、仏縁に恵まれた私にとっては、
 お寺で隅から隅までお掃除をするお坊さんを思い出させて、
 不可思議にも、また小さな喜びを、私に抱かせたのでした。

 貴方と私が共に学び階段を上がる喜びを、
 仏様も「善哉、善哉」と見守ってくれている。

 誰が死んでも変わらない世界だから、誰もが生きていてほしい。

 生きている今日に「おはよう」を言い忘れていたから、
 きっと「おやすみ」も言わないんだろうな。
 その繰り返し、単調で実直で在り続けたい。
 多分、俺は長生きするんじゃないかな。そんな気がするよ。

 苦しみにも、喜びにも、等しく手を繋いだから、
 両手が塞がっている、この夜明けを前にした街中で。
「どこへ行こうかな、どこへでも良いか」
 歩いて帰れる所まで、歩いて行こう、嬉し涙を流しながら。
 幼い頃を思い出す、痛みを知らなかった頃を。
 それほどに、今が嬉しい証なんだ。

 生きる喜びを思い出し、死せる安寧を思い描く。

 仲間達と歌を作る事が楽しくて声を張り上げる。

 罪を背負い、積年の想いに項垂れる事は、
 雨が降る事で渓流が勢いを増し、野を潤す姿に等しい。
 正直者同士だから、どうしても逃げたくなかった。
 沖縄を発つ前に、師を前に頭を下げたかった。
 媚びを売る事と、幸いを願う事は別である。
 私は、心の師に恵まれた、果報者であった。

 自らが多くを得る事に執心し続ける私であれば、
 生きている時間の、底を浚う日々に得た砂金の様な、
 実学という普遍性の一部に恵まれる事も無かった。
 利己心と利他の念の折衷が、中道に適うのであれば、
 私は、哀しい眼をしてでも耐えて、生きられるだろう。

 こん、と鳴いた子ぎつねが、親を亡くして、こん、と泣いた。

 馬の傍に人が在る。

 根無し草の在り方で、雨風に倒れて、寒いねって呟きたい。
 そのまま、がたがたと震えながら、枯れてみたい。
 人間を狂気に陥らせるものは、自己憐憫だ。
 自らが善に成る努めに邁進して、結果、孤独に甘んじるならば、
 喜んで、その静けさに心を映し出せ、と正念を思い起こす。
 私自身が震えている理由を、考えるよりも、数えるよりも、
 この道に至るまで、踏みしめた真夜中の街路を思い出せ。
 街路灯が視野を広げても、見知らぬ人さえも見かけないまま。
 私の想う、正しい道を歩めたかなんて、誰に解る筈もない。
 私だけが知っている。対岸のヘッドライトが、光の橋に見えた事。
「赦し赦される喜び」は、上手く出来過ぎた絵画かも知れない。
 かも知れないの繰り返し、全て、ただの夢かも知れない。
 けれど、頬を伝う涙が、いつも嬉し涙である筈がない現実に、
 ああ、私は生きている、生きているぞ、と実感を取り戻す。
 やがて、耐え忍ぶ日々に返り咲く、一輪の菫に成ってみたい。

 秋の入り日に項垂れて、ぼくはこの街では一人なんだ。
 生きている事を、ぼくである事を否定されても、
 儒教紛いの郷土の意識から芽生えた暴力を前に、時計は動かない。
 けれど、ぼくが本州へ越したとしても、それは変わらない。
 孤立無援の街で、ただ働きをするだけだ。
 約束も、誓いも無い、街から街へ、東への脱出劇の、主役として、
 会いたい人なんて、一人もいない方が良い上に正しい。
 凡そ希望と呼べるものは、血が滾る生きた心地というものは、
 ぼくが掴むものであり、そして奪われるものである。
 それでも、唯物的地獄から抜け出す為に、ぼくは旅立つ。
 略奪者は善意を語り嗤う。並ぶ機械は地味な服を着ている。
 ぼくは、初夏の装いで街へ赴き、肩で風を切り、威風堂々に、
「それでも生きているのだから」と、誰にも歩調を合わせず、
 東へ、東へと向かい続ける。明けの明星ひとつを臨んで。
 見返してやる、と静かな執念にペン先を執り、ぼくは抗い信じる。

 僕は一切に対して、抗う術を持っていない、信徒である。
 雨風に項垂れ、日照りに、罵声に、侮辱に、泣いている。
 仲間と呼べる者が一人もいない所以は、倫理に従うためである。
 神様や仏様は実在するけれど、僕の為には存在しない。
 孤独の中でこそ、力強く輝く、一条を認めたからである。
 あの光は、凡そ仲間だとか友達だとか、甘えに囲まれると、
 途端に、消え入る不思議な力を持っていて、だからこそ、
 僕は光をこの眼に、心に焼き付けたいが為に、一心不乱に、
 孤独を敬愛する信徒となるに至りました。可笑しいでしょうか。
 人々は、御縁だとか絆やらに、惑わされている様です。
 一切皆苦の世に於いて、叶うとか、願うとか、唯物論ではないか。
 もしも、僕のペン先が鋭く極まり、書く世界に価値があるなら、
 それこそ、他者に理解されない事実を甘んじて受け入れるべきだ。
 絶叫、その合間に涙する余裕があるのなら、僕は再びペンを研ぎ、
 称賛の声とは程遠く、独り闘う。一切と、全てに対してだよ。

 血が滾っても、力が増しても、喜びは無く、落ち込んでいく。
 翼を広げて風に乗り、地平線を睨む猛禽が、生きる事を賛美した。
 猛禽の傍らに孤独が在り、孤高に生きる、飛ぶ鳥の姿が儘に在る。
 正面には幾度と臨んだ明けの明星が、燦然と輝き、
 小さな私に耐え忍ぶ事を諭して、陽の光に消えていく。
 愉快な行進曲が聴こえる。涙ばかりの心で、音を追いかけて、
「笑ってごらんよ、君にもできる筈だよ」
 迎えられた、神様達の、仏様達の、蒼い瑠璃の庭に敬服した。
 不器用に、微笑んだ、はにかむ様に、私は笑った。
 神仏が施した教えと御加護が、明るい、明るい道を作る。
 見送られて、白猫と黒猫を旅の共に、私はここまで歩いてきた。
 猫達は、互いに解り合えない事を哀しみながら、愛し合う。
 その魂の震え方に、柔い充足の心持ちを覚えた私は、
「私もね、解り合いたい人が大勢いたんだ」
 この頬は涙に濡れている。けれど、哀しい訳じゃない。
 喜びたい気持ちで、溢れ返っているんだ。

 力の限り生きて来たのだから、無様で当然じゃないか。
 立派な化粧や肩書きや名誉よりも、生きているものは、
 流した血潮と、頬を伝う物だから、だから私は、
 毎晩、星が満ちる度に畏敬の念を込めて見上げる。
 毎朝、明星が輝く頃に、一人街へ出かけて、祈る。
 勇気の限り生きていたって、当たり前に存在した愛情が在ったか。
 私達は、有難い事に隣人がいて、友人がいて、家族がいて、
 そして愛し合う人と結ばれて、心ばかりの思いやりを受け取る。
 どうして人は、誠実には成り難くとも嘘を恐れて、
 何故に人は、孤独に成り難いのに、独りを恐れているのだろう。
 いいや、与えられた一切合切への敬いを忘れている事が、
 私達の、小さな苦しみと、恐れかも知れないね。
「自分だけが絶対に幸せになれる国境」を築き上げて、
 本当に、誰か一人でも、心から幸いを臨んだかい。
 君達の云う名誉と幸せは、虚栄心の事ではなかったかな。

 報復の、その心の在り処は自己愛だ。
 私には君の鋭利な自己愛をも愛する権利がある。
 一人減って哀しくて、一人減って寂しくて。
 でも、私達人間の行いって、そういうものだろう。
 麻酔は全て捨ててきた。痛み苦しみを汲み取り、
 救済に生きる菩薩道に、君がいないと、話し相手に困るよ。

 愛したい事、愛している事に変わりはないので、
 不器用に開いた白紙のノートの、一ページ目に、
 大切な貴方の名前を書く。皆に嗤われたって構わない。
 君の愛情が、どの様な経緯で在れ、僕達二人を潤す雨になる。
 僕の愛情は、君を喜ばせようと、必死に背伸びをする。

 ぬいぐるみふたつ、寄り添う枕元。
 昨日も、今日も、つらかった。明日は笑えるだろうか。
 何も分からなくて不安になる時も、ふっくらふわふわの、
 貴方から貰ったぬいぐるみふたつ、今日も寄り添う。

 つまり、私の知る歓喜とは、真暗闇に射し込む一条の輝きでした。

 一体誰が悲しんだって
 誰もが構わぬ顔をしてる
 本当は誰もが怯えながら
 嗤われない様に構えてる
 知ってる、蛍はどうして光る
 短い命を山の中で
 賛美の声を求める事も無く
 あれほどに綺麗に生きている
 落ち込んでる時、空を見たんだ
 あの時は確か、夕暮れだった
 西の彼方、励ます様に
 輝いてるのは明星だった
 もう一度、ねえ、前を向こうよ
 沈んでいく落陽、もう泣くなって
 あの日に抱えた傷跡だって
 そろそろ癒えるよ、もう無くなって

 私は迷ってしまったのです。いいえ、人の道にでは、ありません。
 フィルムを透した光が、寡黙で、雄大な自然を見せてくれて、
 その中に、ぽつんと置いてけぼりにされた喜びに、
 あまりの美しさに、嬉し涙を零したのです。
 あの真白な山河には歌がある。いつの日にも歌う人が在る。

 悪である日々に言い訳が付随する姿には見飽きたけれど、
 人の善としての在り方に、言い訳をする姿は、見た事が無い。
 特に、家族を愛する者に、その理由としての言い訳は、
 断じて、断じて見聞きした覚えが無い。何故だろうか。
 不可思議に考えながら、父母を想う、兄弟を想う。

 嫌味を言われたら、心は影を落として沈み込む。
 人の世には、嫌味を言う事に抵抗の無い人がいる、
 その事実に、哀しくなって、笑顔が失せる。
「たとえ人が悪口を言っても、俺は言い返さない」
 決意ひとつで、眼光も鋭く、立ち上がる。返り咲く。
 この日々に咲いた心意気を、勇ましさと呼ぶ。

 私を写真の真ん中に写してくれる貴方が大好き。

 もう少し、人に優しくなりたかった、と内省を繰り返し、
 記憶の端々に残る、出会い語り合った人々の笑顔が、
 私の胸を締め付けて、足元に積もる、寂しい落ち葉。
 けれど、倫理を握りしめて闘うと決めた以上は、
 覚悟したはずだ、一人胸中と向き合う、孤独な善心を。
 それが私だ。それだけが私だ。

 けれど、誰もが利己や、心の三毒の影を見せるから、
 その姿のまま私に近寄るならば、断ち切るしかなかった。
 正しく在りたい。人がその形を知らなくとも、私の知る規範で。
 利己心や、弘法大師が戒めた嫉妬の念に駆られた友人達とは、
 私は、もう、共に笑顔にはなれなかったんだよ。

 この悍ましさを想像できるかい。
 尋ねた扉の向こう側では、友人達が裸で獣の姿に成り下がっている。
「君もこっちにおいで」と歪んだ笑みで手を伸ばされても、
 私には、確かに性欲はあるが、それ以上に倫理がある。
 貪るだけが人間ならば、私は、人間未満の修羅で良い。
 修羅は一人、部屋を出た。

 神様と和解する方法を探している。
 痛みに耐えられなくて、それでも麻酔を拒んだ。
 菩薩様と出会う度に、和解の術を教えてもらう。
 痛くて、苦しくて、実行できずにいる、
 この俺が麻酔に手を出せば、和解そのものを忘れるだろう。
 つまり、辛苦に耐えて生きる事を、神様も認めているのだ。

 赤い林檎は情熱の色でしょう。
 木々に実る姿は、一家団欒の様で微笑ましいですし、
 貴方とこうして、半分こにするために切り分ければ、
 その果実は純白で、嘘の無い姿だから、
 甘酸っぱい縁起物、この上ない縁起物でありましょう。

 憎しむ者は勝手にさせておけば良い。
 勝手に地獄へ堕ちる事が明白だからだ。
 それも、死後の話だなんて、生易しい事ではない。
 生きながらにして憎しみを抱えるのだ。
 故に彼らは、相応に、心を黒く染めるのだから。

 生きている朝に目が覚める、自身との和平を望みながら。
 生き長らえた夜には眠っている、大切な人を抱きながら。

 裁くばかりが善ではないから「あの道が明るいよ」と指さした。

 真暗闇に閉じ込められて、過ちを犯した人に後ろ指を指して、
 罪人だ、咎人だ、と騒ぐよりも、傷を負わせるよりも、
 燭台を手にして戸を叩く、それも対価を欲する事無く。
 私達各々が、一人一人の視野から明るく成れば、それは、
 微力に満たなくたって良い。神様と約束を果たしたに等しいから。

 どこまで赦せば良いかなんて、解っているんだ。
 どこまでも。そう、ただ一言、どこまでも。
 たとえ人が私に不義を働いても、私自身が、
 自らの倫理を裏切らなければ、大切な事は変わらない。
 暗い未来にも、その次、平穏な明日が来る様に、
 私は、自身の道を嘲る事も、失望する事も無い。

 投げられた石の数だけ背中に傷を負っても、
 流した血と等しく涙が溢れても、
 裏切られても、嘘をつかれても、疲れ切っても、
 もう、誰にも声が届かなくたって、
 私が生きる、偽我と仲直りできなくたって、
 この苦しみの中で、生きて良いんだよって、
 神様が認めてくれたから。生きて行こう。

「人の不幸は笑えません」と言い切った自分を認めてあげたい。

 街路に真っ赤に咲いた鳳凰木の、木陰の下で、
 母が赤ん坊を抱いてあやす姿が、尊く眩しかった。
 母と子の姿を、日差しから守る鳳凰木は、まるで、
 菩薩様が御傍にいる様で、美しかった。
 自身の家庭を振り返る、幼きあの日を思い出す。
 私にもいたよ。父と母という、菩薩様の姿が、思い出に。

 輝き、一条の下に崩れ落ちる。
 私は古代ギリシアの書の、一言一句と共に異国語に訳されて、
 野を越え山を越え、海を渡る夢を見る。
 現実に立ち戻れば、私は内省の信徒であり、語は少ない。
 しかし、陽や月を美しいと思う心は、陽に笑い月に泣く。
 ユリウス暦の明るい道を行く、一人の信徒である。

 光の架け橋、真暗な海、北風、服はびしょ濡れ。
 渡ってみようと、想ったけれど、不動明王が諭してくれた。
「砂浜に戻りなさい」
 素直に、はい、と応じられない私の為に、
 あの日、父と警察官達が、来てくれたのだろう。
 朝日は射し込む、レースカーテン越しに。
 今度は青空を、渡ってみよう。

 キーを叩く度に動き出す私自身で在る様に、
 これからも、書き続ける孤高の私で在ります様に。
 文字数は増えて、同時に称賛の声は遠ざかる様に。
 最も大切な三つが何かを考えた時、賛美は止む、
 この静寂な心境を、人が立ち去る静けさを、
 私は誠実な友と呼ぶ、私は清廉な日々と呼ぶ。

 君が私に棄てて欲しいと語った信仰心は、
 私の物ではなくて、神仏からの授かり物。
 一夜限りの関係を、優しさと呼んだ君の事だから、
 倫理に適った人の温もりを、知らないのだろうけど、
 神も仏も知らない君が、私を引きずり下ろす事は、
 神仏の御手に掴まる私から見れば、無駄な事なのだ。

 人助けがしたい、その為に学びたい、と努める勇士は、
 一人残らず、神の国へと招かれた。そして激しく輝いた。
 時に、助ける事が叶わない人々を見かけると、哀しくて、
 自らの力不足を嘆いたが、神様は隣に腰かけて言った。
「君は充分によくやっている。救いとは相互の努めだよ」

 君と私は文士だ。ペン先を手に内省を繰り返し世を穿ち、
 それでいて、慈悲の体現を志す、菩薩道を辿りながら。
 明治に始まる日本の文学革命は、今や風前の灯火だ。
 大衆から志が消え失せて、自己愛と悦楽に溺れた故に、
 君と私は共に闘わねばならない、偉大な文学の為に。

 ミリンダ王は世を見て回る、世界を旅する貨幣の姿で。
 ダビデ王は神様の為に捧げられる、賛美の言葉の形で。

 私は心の麻酔を使う事無く、生きていけるだろうか。
 不安になっても仕方がない、世の人は、麻酔を扱えない。
 皆、その中毒症状に苦しむ自覚も無く、渇望している。
 何を。陽光の下に安寧を見出せる心を、その在り方を。
 私は心の麻酔を使わず、生きていけそうだ。
 早起きをしたら、空が美しい。
 東の彼方に輝く明星を拝めた時には、畏敬の念を持つ。
 貴方と二人で、沖縄で、神奈川で、二度見上げた星だ。
 私達は、称賛の声に遠く、依存心よりも向上の心で在り、
 素晴らしい道を歩んできたね、分かれ道、またひとつの道。
 何度でも繰り返そう、生きている実感は痛みと共に。
 皆は、怖がっている。麻酔が切れる事を。傷を縫合する事を。
 けれど、艱難辛苦に耐えて、立ち上がれ、生きてみろ。
 でなければ、皆、いつまでも怖がっているままなんだ。
 人の云う、生きる道とは、いつまでも盲目的に追い縋る事ではない。
 道徳を忘れた自らを省みて、再び人間に生まれ変わる事だ。

 二匹の白猫が寄り添って、嬉しくて、みいみい、と鳴いていた。
 猫の菩薩様は、にっこり笑む様に瞼を閉じて、声を聴いていた。
 禅寺の典座が、猫達の為に南瓜を三切れ、お布施した。
 猫の菩薩様は、二匹に「もっと食べなさい」と南瓜を譲った。
 二匹の白猫は、仲良く分け合って南瓜を食べた。

 人に出会い、してほしい事、言ってほしい言葉を求められ、
 断れば、逆恨みをされる暮らしさ、笑えるよな。
 ユリウス暦が、何周したって、変わらないらしいよ、愚かさは。
 救いが欲しいなら、自助努力をどうぞ、と勧める私に、
 人々は白い目で睨むだろうけど、他に道が、あったかな。

 詩を書く事、文章を書く事が恰も恥であると嘲りを受ける、
 私は意に介さず、文化の種を蒔くよ、水を汲むよ。
 一代で成された文学革命も、幾代の怠惰でここまで腐った。
 温故知新の心で今日も努める、野に歌う、山に歌う、
 悔しい時には海に叫び、人里を離れ修羅になりたい。

詩集 内省に連なる信徒らに 二章

詩集 内省に連なる信徒らに 二章

  • 自由詩
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-10-13

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著作権法内での利用のみを許可します。

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