流れ星王国シリーズ 第5話 わとくんと、ただいまの森
読んでもらう小さな子供たちへ、そして読んでくれる少し大きな子供たちへ、すべての大人と子供たちへ捧げたいおはなし。
きらめききらちゃん、ときめきときくん、そして、わくわくわとくん。
三人が出かけた森で、小さな「ただいま」が聞こえました。
流れ星王国シリーズ、第5話です。
わとくんと、ただいまの森
あるところに
流れ星王国という国がありました。
お姉さん王女のきらめききらちゃんと
お兄さん王子のときめきときくん。
そして、小さな王子の
わくわくわとくんです。
わとくんは、ふたりのお話を聞くのが大好き。
絵本を読んでもらうのも大好きです。
同じ絵本を何度も読んでもらうので
ときくんがうっかり一行とばすと
「そこ、まだだよ」
と教えてくれます。
「知ってるなら、わとくんが読んでよ」
「知ってるけど、聞きたいんだよ」
それで、ときくんはもう一度
とばしたところへ戻るのでした。
ある朝、三人は星空カートに乗って
森へ出かけることにしました。
ママちゃん王妃様が
小さな丸いパンを袋に入れてくれます。
「おなかがすいたら食べてね」
きらちゃんが袋を受け取ると
わとくんがすぐに言いました。
「もう、すいてるよ」
「まだ出発してないでしょう」
「おなかは、先に出発しちゃったの」
そこで三人は一つずつパンを食べてから
出かけることになりました。
きらちゃんの運転する星空カートは
お城の塔をぐるりと回り
銀色の川をひょいと越え
こんもりした森のそばに降りました。
「到着!」
ときくんが言うと
「とうちゃく!」
わとくんも言いました。
「忘れ物はありませんか」
「わすれものは、ありませんか」
「ぼくの真似ばっかり」
「ぼくのまねばっかり」
きらちゃんが笑いながら
ふたりをカートから降ろしました。
森の入口には
太い幹に大きなうろのある木が立っていました。
わとくんが中をのぞこうとすると
ときくんが先に声をかけました。
「こんにちはー」
「こんにちはー」
木の奥から声が返ってきました。
わとくんは、ぱっとときくんを見ました。
「ぼくじゃないよ」
「ぼくじゃないよ」
また、木の奥が答えます。
「こだまだわ」
きらちゃんが言いました。
「こちらの声が、返ってくるのよ」
ときくんが胸を張りました。
「ぼくは、ときくん王子です」
「ぼくは、ときくん王子です」
わとくんも胸を張りました。
「ぼくも、ときくん王子です」
「ぼくも、ときくん王子です」
「あれ? ときくんが増えちゃった」
きらちゃんが笑うと
木の中でも、笑い声がころころ転がりました。
三人はしばらく
木とおしゃべりをして遊びました。
大きな声には大きな声。
小さな声には小さな声。
わとくんが、口をうろに近づけて
「パン」
と言うと
「パン」
と、小さく返ってきます。
「この木も、おなかがすいてるのかな」
「わとくんが言ったからでしょう」
きらちゃんは袋を開けました。
三人は木の根元に並んで座り
二つめのパンを食べました。
今度は誰もしゃべりません。
口の中がいっぱいだからです。
森も静かでした。
その時です。
「……ただいま」
小さな声がしました。
三人は顔を見合わせました。
きらちゃんはパンを飲み込んで尋ねました。
「ときくん、何か言った?」
ときくんは首を横に振りました。
わとくんも、ほっぺたをふくらませたまま
首を横に振りました。
しばらくすると、もう一度。
「……ただいま」
木の奥から聞こえます。
「誰かいるの?」
きらちゃんがうろをのぞきました。
「誰かいるの?」
いつものように、声が返ってきました。
「どこにいるの?」
ときくんも尋ねました。
「どこにいるの?」
やっぱり同じ言葉が返ってきます。
三人は木の後ろへ回ってみました。
枝の上も見上げました。
根元に落ちていた大きな葉っぱまで
一枚ずつ裏返してみました。
小さな虫が一匹
まぶしそうに歩いていきましたが
ただいまと言いそうな人は
どこにもいません。
「お家を探しているのかしら」
「でも、ただいまって言うなら
もう帰ってきたんじゃない?」
きらちゃんとときくんは
木の前で考え込みました。
わとくんは
最後のひとくちをゆっくり食べていました。
それから袋の口をのぞき
まだパンがあることを確かめると
木の根元へ戻りました。
「……ただいま」
また、小さな声。
わとくんは、いつもお城でするように答えました。
「おかえり」
木の上の方で
かさり、と葉っぱが鳴りました。
三人はじっと待ちました。
今度は
「おかえり」
というこだまが返ってきません。
その代わりに
うろの奥で、ほうっと
誰かが息をついたような音がしました。
ずっと持っていた重たい荷物を
やっと床に置いた時のような音でした。
わとくんは少し場所を空けて
木の根っこをぽんぽんとたたきました。
「パン、あるよ」
きらちゃんとときくんも
その隣に座りました。
誰も出てきませんでしたが
三人はしばらく
そこに座っていることにしました。
頭の上で葉っぱが揺れ
木漏れ日が膝を行ったり来たりしました。
ときくんは
何か言おうとして口を開きましたが
小さなあくびが出ただけでした。
しばらくして
きらちゃんがそっと言いました。
「さっきの声、誰だったのかしら」
「昔、誰かが言ったのが
木の中に残っていたのかもしれないね」
ときくんが答えました。
「ただいまだけ?」
「うん。帰るのがすごく遅くなって
みんな寝ちゃってたとか」
きらちゃんは、うろを見ました。
「それなら、長いこと待っていたのね」
わとくんも中をのぞきました。
「お返事、聞こえたかな」
風がひとつ
木の中を通り抜けました。
三人の足元に
小さな丸い葉っぱが一枚
くるくる回って落ちてきました。
おひさまが傾き始めたので
三人は帰ることにしました。
袋をたたみ
服についたパンくずを払い
星空カートへ歩いていきます。
わとくんは途中で振り返りました。
「また来るね」
「また来るね」
木の奥から
今度はちゃんと声が返ってきました。
わとくんは安心して
カートに乗り込みました。
お城に帰ると
玄関でママちゃん王妃様が迎えてくれました。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
わとくんは
ママちゃん王妃様の顔を見上げました。
それから、もう一度言いました。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい」
もう一度返ってきたので
わとくんはにっこりしました。
「今日は、ただいまが二つなのね」
わとくんはうなずいて
ママちゃん王妃様の手を握りました。
晩ごはんの時
三人は森であったことを話しました。
木がときくんになったこと。
誰もいないのに、ただいまと言ったこと。
おかえりだけは、真似しなかったこと。
パパちゃん王様は
ふむふむと聞いてから言いました。
「わたしも今度、行ってみようかな」
「何て言うの?」
きらちゃんが尋ねました。
パパちゃん王様は少し考えました。
「お仕事は、ぜんぶ終わりました、かな」
「それは、お仕事が終わってからにしてくださいね」
ママちゃん王妃様が言ったので
みんな笑ってしまいました。
次の日の朝。
わとくんが食卓へ来ると
ときくんがもう
パンのお皿の前に座っていました。
「お兄ちゃん、早いね」
ときくんは、少しまじめな顔で答えました。
「おなかが、先に出発しちゃったんだよ」
わとくんは目を丸くしました。
それから
きらちゃんと顔を見合わせて
ふふふっと笑いました。
森の木の奥には
あれから、ただいまの声はしません。
けれど時々
風もないのに葉っぱが揺れて
誰かがくすくす笑っているような音がするそうです。
何がおかしかったのかは
まだ、誰も聞いていません。
流れ星王国シリーズ 第5話 わとくんと、ただいまの森