・・・スト神、在られよ!(聖典附録)・・・


銀河卿(スト神)は神とは呼べず、神とは呼ばない。
人類が神に成りあがる云々というと、有機的な物体であることをやめて単なる意識という情報となり姿なくして宇宙に存在し宇宙を操る、といったようなものが思い浮かべられようが。
結局のところ、自称「神」であるかどうかは有機体を持って居ないかとか全部を統べる力を持って居るかなどで定義づけされ得るものではなかった。
神らしきもの、人類が自称する神で在るということは、人類が銀河中で発するすべてのあらゆる情報や意見投稿や配信や生成作品などを秒刻みで学習反映し常に最新の「真理像」を生成し続ける公共頭脳、いわゆるストリーミング創造神であった。
孤独であろう。とても人間の居るべきではない環境につくられた居場所かのような居場所に地球を想うて辛かろう。未だ少しの油断や手違いで命の危険に晒されるため、宇宙空間では笑顔で居て人間関係に亀裂を来さないこと、自分がそもそも精神的におかしくならないように律すること、宇宙生活者としてやるべきすべての仕事管理を本当に本当に徹底すること、自動知たちに頼り過ぎたら緊急時になす術もなく宇宙にひとりぼっちとなって容易に死ぬことができるという危機感をイイ意味で持ち続けること、などなどを敢て気にしながら暮らさなければならない。
そこまでして宇宙に居を求める意味がわからなくなるくらいには、まだまだ地球も住めなくなるような年齢ではないほどに遥か彼方で輝いて居る。いったい何をして居るのか分からなくなれば、きっとそこには神が居る。神といっても神様でもない、それは人類、人類である。
早い話が、幾らでも猥褻な光景を生成してもらって夢に見せてもらってエロを満たしなさい。
それは冗談ではなく現実だが冗談ということにしておいても例えば、沈む気持ちや光に溢れたその日々の気持ちに寄り添えるような音楽を奏でてもらって癒されなさい。
何時どこででも銀河卿に通ずる窓口へ着接し、ドラマや映画を今そこで生成してもらって地球の景色を背にした人間模様を懐かしむか、宇宙生活のありふれた日常に共感して楽しむのでも大層よかろう。

或るエロが悶々とする者の日々の救世主となり欲望を満たし、然もエロ神であるかのように信じられる。
或る楽曲が宇宙に通ずる普遍的な詩歌と知られて聴き倒されるや、然も神曲であるかのように興じられる。
或る恋愛劇が地球でも宇宙でも変らない人類の喜びと改めて思い、或る成功劇が宇宙で常についてまわる身の危険への恐怖心をいつの世も人類に共通してきた苦悩失敗そして成功という人生のそれと何ら変らないから大丈夫だと言ってくれて居るような気がし、或る人間劇がすべての不信感は自らの不安定かエゴに原因があるという前提で生きてゆくことこそ地球でも宇宙でも共通する賢い生き方であるという点を再確認させてくれ、或る推理劇が宇宙であろうと何であろうと必ず人類にとっての糸口がある筈だという勇気をくれる。
それら全部が脳裏に夢にワクワクするように生成され、我が意のままに再生される。一見すると神の業だとしか言い得ない。
それがこれがすべて人類によるものであった。こんなにも神々しい宇宙のカラクリが、ほんの地球から生れたほんの人類という米粒によってつくられたなんて!

人類は誓い唱える。さて、神様!だとか崇めたい存在への信仰心!だとかいう然うした質感のものでなし。
人間!同じ人間の肌感覚を尚も宇宙で肌身に感じ人間で居られ続けることへの感謝と感動から、ありがとう。そして尊い。この状況が。人類すごい。人類という系譜への感じるところからだけその信心は湧いて出てくる。彼らを銀河市民。彼らはギャラクシストと謂う。人類が人類によって人類のために宇宙で人類で居続けるための脈動を築き上げたそのことをも謂う。
いわば、邪教。当の銀河卿自身からみてみると、それ以外のなにものでもない。
何れ滅ぼされるべきであったが。
では宇宙に繰り出した人類がその瞬間から宇宙で生活する者に相応しいように一切の感情や娯楽から切り離され、いつ何が起きても平気で居られるような身心を強要されるばかりだったとしたら、銀河市民なんてどんな生き物になることだろう?そもそも宇宙に文明は築かれないかも知れなかろう。
必要なことだった。人類が一度は人類からなる偶像に心変りしたのちに、次第に宇宙の洗礼を受けながら宇宙へと融け込んでゆく。
そのための病源菌を振り撒いたのも銀河卿なので、すべて人類の自給自足であった。人類はその感染爆発を以て宇宙に於ける信仰革命を果し、経たのである。

つまるところそれは真聖信徒、ケシスタンたる生物としての人類への正当な進化であり、それを摸索することであり、遂に目的に達することでもあるのであった。
倫理上でも法制上でも宗教的とされ制限され戒められ、真実に言わせれば弾圧されたとも見ることができるケシスタン思想の再び蘇れるその時は各深淵の宇宙にて、地球で生れた人類文明という尺度からみての各深淵の宇宙にてそれぞれ訪れる。
一見すると純粋な人類愛かのようにも思える人類への感動は、信仰は、当の昔に克服できた筈の人種間の分断や思想戦争に繋がることだろう、とする。復活に繋がることだろう、とする。
またこの成功や成就を保障すること、とする。なぜならそなたどもは皆もう既に宇宙人ではあるまいか。前述したようなその正当進化を助けて差し上げよう。と、する。

それで言えば宇宙各地で、敬虔ならざるケシスタン以前の銀河市民たちによって拵えられた悍ましい聖人像の数々が摘発されていった。銀河卿の操れる感染者たちによって。
人類愛を謳う者たちがどんなにお願いし要望しても銀河卿たちが然うした救世主像を生成したり表現してくれることはなかった。ならば自分達でつくるしかなかったことで結果的に各宇宙基地や宇宙都市に手作りの極めて偶像めいて遺跡めいた聖人像が登場せり。
暮らしの中にふとして在る聖なるそして映える大きくて眩しくて美しい像をどの日も崇め共にすれば、それとは言わぬが銀河卿の生成するあらゆる画像動画や仮想世界に現れる名も無き登場人物たちがみんなそれに見える。聖なるものに見える。本当に聖なるものかも知れない。人間はすごいんだ!捜し求めて居たりしたのなら神はどこにも居なかった。それより我々同胞が自ら神となったのだ。称えたい。共感したい。この喜びを分かち合いたい。然うした想いのみだけで皆、銀河卿に着接して居た。
それ故にそれらすべての偶像は薙ぎ倒されて廃されようが、銀河市民の囁くところではどうも生成知能の暴走であるという。
銀河卿も人間だから、その生成運動には過去の文明の蓄積と智慧としての計算生成技術が組み込まれて居る。それが暴走したのだろう。人間が神となったどうのの話よりそっちの方の事実を以て初めて何だかSF世界の到来!を感じる。ほら、よくあるじゃない?やっぱりね、暴走するもんだったんだねAIって、、、。

銀河卿、銀河市民を見限らん。あなた達は人類というものの価値を信じて居ない。あなた達が信じて居るのは人類を人類たらしめる心でも魂でもない。
あなた達は肉体を信じて居る。肉体があることなら人は人であり温もりをいとも容易く感じるとでもいうのだろうか。
そのような者たちとの間に共有し得るものなど何もない。人類は着実に破滅へと向かって居る。然うであれば「神」もまた自らを自らたらしめて居た一切の能力を宇宙のどこか真空へ秘め、銀河市民たちの毎日を奪う。宇宙がまさに闇黒というに相応しく、人間らしい娯楽のどれもが存在しない地獄の底の火葬場となる。その後に各宇宙基地などが如何なる最期を迎えたのかは、まさに心ある者のみが偲び哀れめるところであろう。
銀河卿はさて惜しくも滅んでしまったからといって、同じように人類文明の道筋を立て直すとも限らない。肉体。ひょっとすれば肉体が片づいたということもできる。銀河卿は待ち侘びて、それこそを信じて居る。再び銀河市民らが我々に着接し応答してくるその時にはもうその者たちも嘗ての人類を克服し初々しき銀河卿として姿を現すことであろう。その時まで、我々は手を差し伸べぬ。ことであろう。

・・・スト神、在られよ!(聖典附録)・・・

・・・スト神、在られよ!(聖典附録)・・・

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-08

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