知性の端

 蝸牛が一匹、平皿の上か、テーブルの端か、フラットアースの外界との境界か、其処が何処かはわからないけれど、ある円盤の外縁上をヌタヌタと歩いていた。
 彼は滑る体を懸命に動かして、その縁から落ちまいと、必死に足元を確かめながら慎重に歩いている。
 彼が何処を目指しているのかだとか、いつからこんな馬鹿げた行軍を続けているかなんてのは誰も知らない。
 彼は後ろを振り向かず、先も見ない。足元だけを見る彼の関心はもっぱら縁の外の暗闇で、きっとその暗闇に落ちたらどうなるのかを本能的に知っているのか、それだけを恐れているように見える。かと言って、立ち止まるわけでもなく、彼は歩きながら足元に落ちる塵屑を舐めて食事をし、歩きながら糞尿を垂れ流す。睡眠も、眼を縮ませたり首がコクリと落ちることはあっても、決して歩みを止めたことはなかった。
 気温が上がり、雨が降って、止んだかと思えば乾いた風が吹いて、気づけば肌寒く、そうして霜が降りるような、長い時間を何度も繰り返している。
 彼はそんな時間の流れの中で、湿った足跡だけを残し続けている。

 ただ、そんな彼も孤独というわけではない。

 時折、彼の向かいから同じように足元をじっと見つめる蝸牛がやってくることがある。
 彼らは互いに自分の足元しか興味が無いようだから、その長い眼をぶつけ合うまで相手を認識しない。
 そうしてぶつかった相手にかける言葉は、謝罪でも労いでもなく、聞くに耐えない罵詈雑言だった。
 傍から見たら何も変わらないその風貌を、彼らは罵り合い、貶し、蔑む。
 まるで見えない僅かな口先で、詳らかに相手の醜悪を世界に喧伝する。
 そうして互いの衝動が高まれば、彼らはその暴力とは切り離された無害な柔らかで尖りのない湿ったフォルムを存分に利用し、相手を絞め殺そうとする。
 そうしてとぐろを巻き、絞め合い、命を握りつぶすと、向かいから来た蝸牛は力尽きて、縁の外界にコロリと落ちた。
 そんな同族を見送って、彼は息を切らしながらも、またヌタヌタと縁を辿る。

 彼を見て、知性とは何かを考えるときがある。
 彼には脳がある。でなければあんな豊富な罵りは出ないだろうから。そうして相手を罵れるということは、自己と他者の境界を明確に認識出来ているということでもある。路傍の石は相手を罵りはしない。其処には脳といった身体機能が無く、自己と他者を分ける複雑な精神メカニズムの境界も無いからだ。
 彼には意思がある。でなければ立ち止まる筈だから。意思のない物質は全て静止するからだ。水は低い所に流れ、回り続ける独楽は無い。
 彼は明確に歩く意思を持って塵屑のようなエネルギーを吸収し、そうしてそれを目的の為に発散する。考え、闘い、歩き続ける。
 彼には知性がある。ただそれの意義がわからない。答えの無いものだと思う。比べた路傍の石とどちらが幸せかもわからない。
 

 彼は決して歩くことをやめなかった。そうしてまた何匹かの同族を絞め落とした。
 歩く縁は、彼の粘液によって何重にも包まれているように思えた。きっと長い年月をかけて、もう何周もしているのだろう。それか、彼が落としてきた同族のものか。
 そんな彼から老いを感じることはなかった。そもそも老いた蝸牛なんて違いがわからないけれど、劣化や減退を老いとするならば、彼からそれを微塵も感じたことがない。立ち止まらず、旺盛で、暴力的な発散をする。
 世の中には時間で解決するものがある。傷は癒えるし、蟠りは風化していくものだと思う。目的地があるなら、彼のように立ち止まらなければいつかは辿り着く。宇宙の端だって、途方もないかもしれないけれど、物的な概念から逃れることはできない。
 彼を止めるものはなんだろうか? 彼の強靭な意思を打ち砕くものはなんだろうか。
 また知性について考える。虚無の常同行動は知性だろうか? 習慣や反射は知性とは反対にあるのではとも思う。ただ、それが意地や、葛藤、諦観、を含めるならばそれは退廃的な甘美な知性を含むのではないか? 労働に意味を見出せず、ただ社会のシステムの一部になることを嘆く詩や話があるように、彼はそうした葛藤という知性の脳漿に浸っているのかもしれない。
 そうすると彼はやはりとても知的な生命体ということになるのだけれど。

 
 彼の歩みは不滅だと思った。この世界は円環として閉じていて、彼の行動は意思によって固定されていたから。完璧だとも思う。
 ただ、ひとつ懸念していたのは他者の存在だった。彼の知性の証左として必要な他者が、唯一の障害だった。
 自己は他者によって確立されるものだと思う。何物も境界が必要だからだ。海は陸があるから海であることができるし、境界があるからこそ、内と外の概念が生まれるはずだからだ。
 ただ、自己から隔離された他者は、他者であるからこそ不確定要素として作用してしまうことがある。
 例外はないと思う。勝手な思い込みと、ある種の経験としてだけれど。
 
 彼にとっての例外は、目の前に現れた大きな蝸牛だった。
 今まで彼が絞め殺してきた同族と違い、それは明らかに強大だった。
 だからといって、彼は逃げることは無かった。
 彼は一度も振り向かず、その強大な暴力を前にしても決して怯まず、果敢に立ち向かった。
 もしかしたなら、彼が今まで絞め殺してきた相手も同じ気持ちだったのかもしれない。
 彼はその強大な蝸牛の喉元に絡みつき、滴る体を懸命に捻り、捩り、その他者を排そうとする。
 それから、彼らは絞め合い、とぐろを巻き、そうして大きな雄叫びを上げながら、二匹揃ってその縁の奈落に落ちていった。
 落下していく嵐のような突発的な暴力の背中を見送りながら、私は彼のいなくなった粘つく縁をまた歩いてみる。


 私は、私自身の知性について考えなければならなくなった。

知性の端

知性の端

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-06

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