心のゆくままに

ヒヤッとした感覚で目が覚める。

――ここはどこ?

固いコンクリートの道に寝転がっていた。起き上がり、見上げると綺麗な青い空。辺りを見渡す。両側には家屋の壁。
怖い。見覚えのない景色だった。ぎゅっと目をつぶる。

それでも閉じた目は開かなくちゃならない。私の体が目に入る。どうやらどこか学校の制服を着ているようだ。だけど、ポケットを探っても持ち物は見当たらない。

――どうしよう。1文無しだ、連絡も取れない。

何も思い出せない。どこから来たのかも。私が誰なのかも。泣きそうになる気持ちをグッと堪えて、とりあえずまっすぐ行ってみよう、何か思い出すかもしれないから。

そう、震えていても、綺麗な足を踏み出した。

街に出た。それなりに人もいる。辺りを見渡しながら歩く、まるで田舎者だ。
「あ……」
話しかけようとしようとしたが、他人がこちらを見る。全身が逃げろと叫んでいた。逆らう間もなく小走りでその場を去る。これじゃあ、全く先に進まない。また泣きそうだ。

今度は繁華街に出てしまった。今まで見たことないほど人が沢山いる。親指をギュッと握りながら、人混みに紛れていく。何の目的もなく歩いてる…訳じゃない。そんなこと、ない。やけになんかなってない。

そう、こんなに人がいるんだ、私の制服と同じ人がいてもおかしくない。よく考えてないなんて言わないで、誰に責められている訳でもいないのに、言い訳をしながらさらに歩く。

大通りを抜け、住宅街、田んぼ道、と歩いてきた。山を超えても見知らぬ街。見知らぬ人。すれ違う人の顔を見れないまま。

歩いて、歩いて、ただ歩いて。

新しい街。駄菓子屋でお菓子を食べる子供を横目に見た。懐かしい、そんな気持ちに戸惑ったのも束の間。子供たちの後ろにガラス張りの窓が目に入った。

私が映るはずのその窓は、子供の後ろ姿しか映していなかった。
「えっ…。」
震える手は確かにここにあるのに、あの子供たちの目に怯える私の姿はなかった。お化けだと茶化す様子さえない。

ーー見えていないなんてこと……!あるわけ……!

すぐそばを通りかかった大人に「あの!」っと袖を掴む。だが、掴んだと思った手は、スッと通り過ぎて行った。それさえも相手は気づく様子さえない。

――私は、幽霊なの?

それなら、墓地に行こう。同じ幽霊なら誰かに会えるかもしれない。今まで気付かなかったのは、私がしっかり人を見ようとしなかったからだろう。怖い。怖いけど、もう少し頑張って見よう。
そうやって彷徨い続けた。

変化があったのは、学校の前を通ったときだった。
授業が終わった生徒たちが、一斉に下校している。何とも賑やかな。はっと気づく、私の着ているものと同じだった。人の流れに逆らって、学校の中へ。何か見つかるかもしれない。

校舎入口に立つ。視界に入ってきた下駄箱。

――うっ、
突然の吐き気。自分でも分からない。匂いにやられたわけじゃない。そんな単純なものじゃない。蹲る私を一瞥もせずに、生徒が一人また一人と去っていく。

小一時間経っても、私は動けずにいた。どうしようもないので、諦めてまた学校の外へ歩き出す。離れれば離れるほど落ち着いていく。あの吐き気と闘えるようになったらまた来よう。それよりもここが私が住む街なんだ、自分の家を探そう。

私はもっともらしい理由をつけて、真実を知れるはずの機会を逃したことを誤魔化した。分かってる、分かってるけど、とまた言い訳をしながら、街を歩いていく。

ピンポーン。知ってる音が聞こえた。ふと1軒の古民家の前に、私と同じ制服をした少女がインターホンを鳴らしている。気になって足が止まった。玄関の草は自由に背を伸ばし、2階まで届きそうだ。誰か住んでいるの?そんなようには見えないけど。

インターホンから聞こえるめんどくさそうな声。気だるそうに玄関が開く。何か紙を渡しているらしい。
そんなことよりも、ここ……知っている。この家を。この人を。 自覚した瞬間、身体がドンと重くなる。おぞましい恐怖が襲う。確信した。ここが私の家だ。

玄関にいる2人の顔を確認することもなく、家に入る。足が重い。それでも1歩ずつ確実に踏み込んでいく。
聞こえてくるテレビの笑い声、缶の転がる音。慎重に2階に上がる。ギッと、床が軋むが、家主は気づいていない。
ーーやっとだ。
恐怖と希望が入り交じって、動悸が早くなる。

襖を抜けると、そこには私と同じ姿をした蹲って眠る人の姿。

真っ直ぐ歩いてきた。心のゆくままに、歩いてきた…つもりだった。だけど、貴方に引き寄せられていたんだね?

――全部思い出した。貴方がここから逃げたいって心を追い出した。追い出された私は貴方の願いを叶えるために、走り出して、街を、山を越えてあの場所で倒れたんだ。……でもね、私。外の世界は怖かったよ。誰も私を見てくれない。誰に声をかけても反応してくれない。貴方が見るべき世界は心を追い出した世界じゃない。私だけを逃がすんじゃなくて、一緒に逃げ出すんだ。だから、ねぇ起きてよ……。

痣だらけのピクリともしない貴方の手を取って、涙を。そして私は眠りについた。



夢を見ていた。
どこまでも歩き続けた末にたどり着いたのは、私の部屋。結局は最後はここに戻って来るんだと落胆した毎日。目を覚ましても汚れた体が痛むだけ。

けど、涙を流し笑うこの感情が、何度だって教えてくれる。閉じ込められる必要ももうない。

――私は今、目覚めたあの街で、静かに暮らしている。

心のゆくままに

心のゆくままに

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-03

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