赤とんぼ
左手にばかりとまるや赤とんぼ
草刈りの仕事で、機械を振り回して草を刈っていると、なぜか、赤とんぼが左手にばかり止まってしまう、という事があった
右手には赤とんぼが、止まろうとしても止まらない
右手に止まりかけても、なぜか左手の方に行って、そこへ止まってしまう
そんな取るに足らない出来事をつい俳句にしてしまった事があった
まだ俳句を始めていくらも経っていない頃だった
その俳句を自分の中にしまっておけばよかったのだが・・
愚かにも、つい遊び心で句会で発表してしまったのである
もちろんその俳句は駄作であったせいか、誰も取り上げてはくれず、読み上げてもくれなかったのだが
思い込みの強い自分は、この出来事に対して小さな奇跡だというように解釈してしまったものだから、それを詠んだ俳句もいい俳句に違いない、というように勝手に思ってしまった
そして、それで終わりにすればまだよかったのだが、俳句会の作品を文化祭に展示する事になり
つい魔がさしたというのだろうか、愚かにもその俳句を達筆な人に短冊に書いていただいて展示してしまったのである
その結果は悲惨なものだった
誉め言葉は一切なかった
まだそれだけならば良かったのだが、一切の評価らしい言葉すらなかった
この俳句は子供が詠んだような幼稚な俳句だった
しかし自分の中では、あるがままの事実を詠んだ俳句だった
この情景を理解する事も、思い描く事も、自分以外の人にはできない事だった
簡単に言えば、「分からない俳句」として扱われてしまったのである
大人になっても大人になり切れない自分という子供が垣間見た小さな世界
・ ・ ・
数年後、同じように草を刈っていた時に電話が鳴った
先生が急な病気で入院したという俳句仲間からの知らせだった
草刈りを止めて、機械をその場に置き、汚れた作業服のまま飛んでいった
赤とんぼのいない、まだ暑い夏の日だった
先生は、この俳句に対して何も言わなかった
きっと、あなただけにしか分からない俳句でしょう・・
そう思っていたのかもしれない
赤とんぼ