こおりの少女とほのおの少年
1
それはそれはとても強い女の子がいた。
最初はか弱かったけど、他の村の男に殺されかけたことをきっかけに“こおりの力”が女の子に宿った。
戦争が多い地域で育ってしまった弊害だと、女の子は思った。
銃弾を弾く氷の体。
砲弾を凍らせる力。
人に触れれば5秒で全身を凍らせる力。
そんな女の子がいる村は、次第に襲われなくなっていった。
2
襲われなくて平和になりました。
それで終わればよかったのに、村の人たちは女の子を利用して自分たちの領地を広げようとしてしまった。
もちろん女の子は拒むことができた。
でも村長の側近が賢い人で、女の子は側近にいいように丸め込まれてしまった。
3
女の子は次々と村を襲った。抵抗するものは、容赦なく凍らせて殺した。次第に女の子の心には、底の見えない真っ暗な“穴”ができた。
悲しいことや、目を背けたいことは、全部その穴の中に投げ込めば良くなった。楽なもんだ。
女の子の噂は、遠くの村にまで知れ渡るようになって、遠くの村では村同士が徒党を組んで女の子を殺す計画を立てていた。
全て、無駄に終わるんだけど。
なんせ、何も効かないわけだから。
4
ある日、いつものように村を破壊していると、倒壊した家のそばで男の子が蹲っていた。まだ10歳くらいだろうか。自分と同じぐらいかなぁと女の子は思った。
「……た…す……け……」
肩で小さく息をしている男の子を、女の子は悲しげな顔で見ていた。
じきにこの子は死ぬだろう。
苦しんで死ぬくらいなら、いっそのことこの手で殺してしまおうか━━━。
そう考えていると、男の子と目が合った。
「……ここは、あぶない、から、にげて」
血だらけの顔で、男の子が笑いかける。誰かに笑いかけられるなんて、何年振りだろうと女の子は嬉しくなった。
「これはね、私がやったんだよ。だから逃げなくていいの」
女の子がそういうと、男の子は訝しげな表情を一瞬浮かべて笑いかけた。
そして、近くに落ちていた真っ白い花を拾い上げて、女の子に手渡そうと手を伸ばした。
しかしながら花が女の子の手に届くことはなく、足元付近にこぼれ落ちた。
女の子は、生を確かめるように事切れた男の子の顔に触れた。触れた部分がゆっくりと凍りついていく。その様をなんとも言えない目つきで見ていた。
しばらくそうした後、女の子は足元の白い花を拾い上げて内ポケットに大事にしまった。
5
その花は氷漬けにされて、しばらくの間、女の子が暮らす小屋に飾られた。
6
花の一件以来、女の子は人を殺すのを躊躇うようになってしまった。
しかしながら例の側近のせいで殺すことを辞めることはできない。
揺れる心中も相まって中途半端に傷つけてしまうもんだから、殺される側は地獄のような苦しみを味わいました。
一思いに殺してあげたい。
それでも体が言うことを聞かない。
いつのまにか心に空いた穴も、底が見えつつあった。
潮時だなあと、女の子は思った。
7
その日、いつもより遠くの村を襲撃するように言われた女の子は、3日程歩いて村へと向かった。
道中には女の子を殺そうと仕込まれた罠が山ほどあったが、どれも女の子の体に傷ひとつ負わせることはできなかった。
村に着くと、そこはもう村ではなくなっていた。
考えに考えぬいて仕掛けた罠が看破されたことを知ったのだろう。
村はすでに、もぬけの殻だった。
逃げた痕跡もあれば、すでに自分で命を断っている者もいた。
悲惨だなと、女の子は他人事のように思った。
その原因が自分であることに虚しくもなった。
8
村を後にしようとしたその時、炎が上がっている小屋から物音がした。
普段なら無視するところだが、行かなければいけないと、女の子は直感した。
燃え盛る小屋の扉を蹴飛ばすと、膝から先を喪失してしまった男の子が、悶えていた。
小屋の中には、数名の人だったものが散らばっていた。
恐らく爆薬の類で家族心中を試みたが、手違いで生き延びてしまったんだろう。
9
「お前が氷の祝福者か…」
女の子を睨みつけながら、男の子が言う。
氷の祝福者かあ、と女の子は聞こえないぐらいの声で呟く。響きはいいんだけどなあ。
「そうだよ」
「そうだよ、じゃねぇよ…。お前のせいでどれだけの命が奪われたと思ってるんだ」
片腕を失い、体のあちこちに裂傷を負っているにも関わらず、男の子からは死の気配が一切しなかった。
男の子は残った腕を使って、ゆっくりと起き上がった。爆散した腕からは血が垂れ、2、3回咳き込むのと同時に吐血までした。
それでもなお、死の気配はなかった。
肩で息をしながら、男の子は女の子を憐れむような顔で見た。
「まあ、お前だけを責めるのはおかしいよな。ここらは元から、争いの絶えない場所だ…」
女の子もそう思った。
氷の祝福者になる前から、戦争はあちこちで起きていて、幾つも命は失われていた。
「お前みたいな存在が現れたおかげで、近くの村同士が手を組んで仲良くやってる瞬間もあったんだ。どうやったらお前を殺せるかをみんなで考えていたよ。無意味に終わったがな」
呼吸が荒くなり、また吐血する。
「ただ、許せねぇ。まだ死ねない。ここでお前を殺さなければ━━━━」
言葉の途中で小屋の天井が焼け崩れ、男の子に降り注いだ。
10
男の子は金切り声を上げ、苦しみ始めた。全身を焼かれる痛みはどんなものかと想像してみたが、できなかった。
女の子は氷柱を生成して、暴れ狂う男の子に向けて放った。氷柱は男の子の首を貫いた。抉り抜かれた箇所は凍結し、男の子が動きを止めると同時に声も止んだ。
事切れたことを確認して、女の子は小屋に背を向ける。
その刹那、新たな火薬に引火したかのような爆風が、女の子を襲った。
爆風に吹き飛ばされるのは久しぶりだなあと思いながら体を起こすと、全身に炎を纏った男の子が、女の子が立っていた場所に立っていた。
「大丈━━━」
女の子が言葉を発するよりも早く、男の子の拳が女の子の顔面を捉えた。
氷でできたとんでもない質量の女の子を軽々と飛ばす威力だった。
起き上がると、殴られた箇所が破裂したように捲れ上がり、ボタボタと血が地面に垂れた。
さっきと真逆だなあと、女の子は他人事のように思った。
11
それから4、5発、いいパンチを貰った。
その度に女の子の体はボロボロになり、氷で補っていた過去の古傷が、炎によって溶かされ、血だらけになっていった。
今まで自分がしてきたことの業だと女の子は思った。
“こおりの力”は、戦争のために使ってはいけなかったんだ。
同じ歳くらいのこの子になら、きっとたくせる。
次は間違わない。
正気を失っているであろう男の子に向けて、女の子は言った。
「もう、終わりにして。あなたが全部壊して」
その言葉が届いたのかどうかは分からない。数秒後には、女の子の心臓を男の子の手が貫いていた。
事切れる刹那、女の子は男の子の側頭部に触れた。
触れた箇所には、綺麗な氷結晶模様が描かれた。
12
目が覚めると、男の子の側で女の子だったものが横たわっていた。
頭が痛い。
崩れてきた天井に体を焼かれてからの記憶が曖昧だ。体のあちこちが燃えていることも、熱を感じないことも、最初は理解ができなかった。
ただ、炎を見つめて消えろと念じると、炎は消えた。
男の子はそこで理解した。次は自分の番なのだと。
13
“ほのおの力”が宿った男の子は、女の子の村を襲った。
逃げ惑う人々も、立ち向かう人々も、平等に焼き払った。
一際豪華な建物の中で、一際豪華な衣装を見に纏う奴らは、入念に焼いた。
じっくりと時間をかけて焼いた。
こいつらが全ての元凶だ。
あの女の子も、こいつらに操られていたんだろうと男の子は思ったからだ。
14
豪華な建物を時間を掛けて炭に変えた男の子は、導かれるように村の外れへ向かった。
森の中で、ポツンと佇む小屋を見つけた。木々を避けるようにして建てられたその小屋は、男の子が育った小屋によく似ていた。
男の子は目を閉じて、側頭部の氷結晶に触れる。
数十秒間そうして、男の子は小屋を焼いた。
背中を向けて立ち去ろうとする男の子の目に、光を反射する何かが映った。それは氷に覆われた白い花だった。
絶対に溶けることのない女の子の氷は、男の子の炎でゆっくりと時間を掛けて溶けていった。
男の子は白い花が燃え尽きるその時まで、その場に立ち尽くしていた。
こおりの少女とほのおの少年