狩人が薔薇を撃つとき

狩人が薔薇を撃つとき

大人が読んでくれる世界を作りたい、そればかり考えていた

Takao Saito
(November 3, 1936 – September 24, 2021)

「例の男、市内の某所にて其の所在を確認」

約一年半に亘り、内偵を続けていた世界的に著名なテニスプレイヤーと其のマネージャーを「組織の運び屋」として現行犯逮捕に及んだのち、ひと回り程歳の離れた愛人との束の間の「情事」を終えた直後のパーカーの耳へと前述の一報が届いたのは、熱いシャワーを浴び終え、愛人お手製の氷菓珈琲を目醒めの一杯と称して其の喉に流し込んだ直後の事であった。
時刻は午後四時半、愛人の運転する仏蘭西製の軽自動車に乗って職場の地下駐車場へと辿り着く迄の間、街はがらんどうの劇場の如くひっそりと静まり返っており、道中見かけた人間と言えば、恐らくかかりつけ医から運動不足を指摘され、渋々ウォーキングを始めたと思われそうな中年男性、又は日中の暑さを
避け、朝の涼しい時間帯に散歩を済ませてしまおうと言う魂胆らしい犬好きのお歴々、其れ位なモノだった。

今夜は帰って来れそう?。

さあな。
そう言う難しい事は標的に直に質問をしとくれ。

パーカーはそう言って愛人の唇に熱い口付けを落とすと、色とりどり且つ大小様々なカタチの車輌が居並ぶ様と同化する様にして、スタスタと建物の中へと消えて行った。
交際を開始してから此の秋で約三年目。パーカーと愛人との間で此の様なやり取りはもう何百遍も繰り返され、其の都度パーカーは掴み所に欠ける返事を貫き通している。
丁度自身達の関係の様に。

おはようございます。
例の御部屋にて課長がお待ちです。

昂る気持ちを落ち着かせる意味も込め、敢えて階段を移動手段に選び、事前に指定された十三階に辿り着くと、つい先月、結婚を機に新居へと引っ越したばかりのジャクソンがパーカーの眼の前へと現れた。

俺の様な人間の側に居るお陰か、君も中々の苦労性だな、もう何日部屋に帰っていない?。

そうですね、もう丸五日は。

其の記録、もう少し伸びそうだが構いはせんかね。

えぇ、勿論。
決まった時間に寝て起きてが出来てりゃ、今頃此処には居ませんよ。

其れもそうだな、お互いに。

螢火にも似た最低限の明るさの照明を頼りにして、ひんやりとした空気に包まれた長い廊下をずんずんと進んでいった二人が辿り着いたのは、部屋の広さにして十畳程の広さの会議室は会議室でも、使用可能な人間は部課長級のみで、且つ、秘密事項を扱う場合でしか高価な真鍮の嵌め込まれた分厚い扉のノブに手を掛けてはならぬ、と言うある意味「曰く付き」の会議室で、仮眠後の髪を整えたばかりのジャクソンが、自身が持ち込んだ檸檬の香り漂う檸檬の香りを漂わせ乍ら扉をゆっくりと開けると、二人の上司であり、本件の最高責任者と言う肩書きを持つスコットが、苺のジャムを塗りたくった焼きたての食麵麭に齧りつゝ、例の男の姿が画面一杯に映し出されたスクリーンを新調されたばかりの椅子にどっしりと腰掛け、じっと見据えていた。

敵ながら相変わらずの良いオトコっぷりだな。

えぇ。
仮に此の男の職業は?、と質問を投げた際に十人が十人とも、大企業のお偉いさん辺りでは無いかと答えるに相違ない位には。

椅子に腰掛けるなり、印刷を済み終えたばかりと思われる資料へと軽く眼を通し乍ら、パーカーがそう述べると、一見すると唯のパーティーの様に見えるかもしれないが、其の資料にも綴られている通り、パーティーはパーティーでも著名な人間たちがズラッと揃った「帝王」の誕生パーティー、其処に奴の姿が
あった、どうだね、叩き起こされた甲斐があっただろう、と微笑を浮かべつゝ、スコットは最後のひと口となった食麵麭を紅茶で流し込んだ。
ピエール・コワルスキー。
華やかな宴の最中、義理の息子及び其の妻と楽しそうに談笑する様子がカメラに収められた鷲鼻の老紳士は、一介の商社マンから政府首脳陣の相談役に迄登り詰めたと言う経歴を持つと同時に、著名な美術コレクターでもあるのだが、自らの眼の前に立ち塞がろうとした者に対しての容赦の無さ、そして長い期間を経て構築した人間関係の広さから、人々は
畏怖の念を込める意味から「帝王」と老紳士の事を呼んでいた。

勘の良いお前さん達なら直ぐに察しが付くと思うが、恐らく狙いはもっと別な所にある。
其れも我々が把握をしていない範囲に於いてでな。

其れを何処よりも早く探り出す。
上からの御命令はこんな所でしょうか。

ジャクソンが燐寸でスコットの紫煙に火を点けると、スコットはスクリーンに映し出された地図に視線を向けつゝ、抜きつ抜かれつが
日常茶飯の此の世界、メンツが如何の斯うのと持ち出しても始まらない事は百も二百も承知だが、例の男に就て執念深く追いかけ回して来たと言う事も事実なのでな、ま、此処は
一つ大いに働いてくれ、例によって何の賞与も無しだがね、と呟き、空調の風に紫色の煙を軽く棚引かせた。
其れから約一週間、組織はコワルスキーの周辺は勿論の事、パーティーの出席者達の中でも此れと言う目星を付けられそうな人物を中心に二十四時間体制で監視を続けた。
が、そう簡単に絵解きが出来る筈も無く、ただ悪戯に手間を喰うばかりだった。
苛立ちに比例する様にしてスコットのオフィスの灰皿に吸い殻と灰が山積みになっていく中、季節の変わり目の雨が降り注ぐ晩、自身の仕事部屋として契約をしている八階建てのマンションの粗真裏にある教会へ、パーカーは独り足を運んでいた。
とある人物と其の場で面会をする為に。
度重なる戦火を潜り抜けて来たとされる著名な教会の鐘の音色が午后十時を告げると、其れに呼応する様にして扉が開き、パーカーの隣に一人の男が腰掛けた。
身長は180cm程で年齢は三十代。
腕には亜米利加製の時計を巻き付け、黒鉄色のコートを羽織り、ティアドロップ型の眼鏡を掛け、仏蘭西製と思われる革靴を履いた姿は、一見何処にでも居る遊び人の様な雰囲気を漂わせていた。

逢って早々、野暮ったい質問をする様で恐縮だが、如何して俺を此の場に呼び寄せた?。

男が差し出したポップコーン入りの袋へ向けて手を突っ込み乍ら、パーカーが質問をすると、男は眉一つ動かす事無く、名誉と伝統を重んずる組織の人間の中でも、一番口がお堅そうなのがアンタだった、後、此の場所を選ばせていただいたのは神様を前にして駆け引きもへったくれもあるまいと思ってたもんでね、と呟き、パーカー同様にポップコーンを口に含んだ。

確かに、此処じゃ喫煙も銃撃戦も御法度だしな。

其れに此の建物自体、「帝王」の運営している財団の支援で運営が成り立っている文化財だ。
「何か」あれば、直ぐに大騒ぎになる。

話を切り上げる前にもう一問良いか?。

鶯色のサマーコートのポケットから取り出した手鏡とハンカチを用いて、ポップコーンを頬張った後の口元のベタつきをパーカーが綺麗に拭き取ると、男はひと言、どうぞ、と言ってから、腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がり、聖母像のデザインが特徴的なステンドグラスをぴしゃ、ぴしゃ、と打ち付ける夜露の音に耳を傾け乍ら其の場で大きく背伸びをした。

狩人は如何なる目的で森の中に?。

なあに、一寸した御遊戯さ。
ボディガードと言う名の。

此の出来事から約一時間後、資料の山に囲まれつゝ、値段相応の味が売りのチャイナタウンからのデリバリーを頬張っていたジャクソンの席の卓上電話が『禁じられたメロディ』の音色を奏でた。

済まんな、忙しい所。

電話の聲の主はパーカーだった。

いえ、丁度手が空いていましたからお気遣い無く。
で、御首尾の方は?。

‘’ボディガード’’。
奴は確かにそう言った。

ボディガード…ですか。

あゝ、そうだ。
ボディガードだ。

一つ思い当たる節があります。
歳の若いメッセンジャー・ボーイが偶々教えてくれた情報なんですが、時を遡る事数ヶ月前、コワルスキーのオフィスに一通のメッセージが届いた事があったらしくて。
曰く、其のメッセージと言うのは、過激派の『ブラック・ダリア』からのある種の脅迫状だったらしく、直ちに緘口令が敷かれ、其れから一二カ月程はだいぶ物物しい雰囲気だったのだとか。

今度コワルスキーが外出をするのは明後日の早朝だったな。

ええ、長年の友人であり、且つ事業の上での好敵手でもあったリンドバーグ氏との会食の予定が入っています。
場所はリンドバーグ氏の愛娘・イザベラが設計を手掛けた事でも有名な高級ホテル『カサノバ』の庭園です。

あんなだだっ広い場所で堂々と会食か。
恐れ入ったとは正に此の事だな。
取り敢えず今から其方に向かうから、信用出来そうなのを数名で良い、緊急召集だ。

了解です。
幸い雨は止みましたが、良く冷えますので道中御気をつけて。

有難う。
あ、後、サンドイッチと珈琲を手配しておいてくれ、外回りで草臥れたのも居るだろうから、其れを労う意味でもな。

そして、彼等の言う「明後日」がとうとうやって来た。
厳格な寄宿学校時代の癖が未だ抜け切れぬと見える「帝王」の朝の習慣は、広大な敷地内に態々ジョギング用として建設したのだと言う経緯を持つ約3キロのコースを、今年で就任十年目となる秘書兼トレーナーのラッセルと力強い足取りで歩む事で、其れが済むや否や、会食用の着替えを済ませてからラッセルの運転でホテル『カサノバ』へと向かった。

おじ様、お久し振りね。

『カサノバ』へ到着するや否や、軽い足取りでひと気の少ないロビーへと一歩足を踏み入れると、コワルスキーを迎えたのは派手過ぎず、かと言って目立ち過ぎずな衣装を其の身に纏ったイザベラだった。

やあ、イザベラ。
わんぱく盛りの四人の子供達は元気かい?。

コワルスキーは薄墨色した『ボルサリーノ』の帽子を取り乍ら、イザベラの顔をそっと見上げた。

ええ、お陰様で。
ボブの仕事も此処の所は迚も順調。

其れは良い事だ。
毎度の繰言で恐縮だが、子供達に良い思いをさせたければ笑顔を絶やさない事、そして其の為の努力を欠かさない事、此れに尽きる。

今度遊びに行って良いかしら?。
子供達は勿論だけれど、ボブもおじ様に会いたがっているわ。

あゝ、良いとも。
私もボブとチェスに興じたいと思っていた所だからな。

蝉時雨と風の音とが混ざり合う中、二人が庭園と足を踏み入れると、やあ、盟友よ、とリンドバーグが歓迎のハグをコワルスキーに向けて行った。
紺色のワイシャツからチラリと見える日に焼けた肌は、リンドバーグ第二の故郷であると同時に、若き日のコワルスキーと毎週末、遊興三昧の日々を過ごしたのだと言う南米はマリブにてこさえたモノで、会食用に持ち込まれたテーブルの上には巴波那産の葉巻がクリスタル製の灰皿の横に雑然と置かれていた。

お互い、ビジネスの最前線からはとうの昔に距離を置いている訳だが、矢張り天に召される迄慾望とは縁が切れそうに無いな。

コワルスキーの言う「慾望」とは、リンドバーグが最新のエネルギー事業に対して興味を抱いている事に就てだった。
決して裕福とは言い難かったが、サイエンスの世界に己が生涯を捧げた、否、捧げ尽くした父母の背中を見て育ったリンドバーグにとって、新しい技術或いは発明・原理に対する思い入れは人一倍強く、コワルスキーは其の様なリンドバーグの情熱を真似る意味で美術の世界に対して眼を向ける様になったと言う経緯があった。

趣味趣向に限らずだが、何事も御盛んなうちが華だよ。

そうだな。
執着を喪失した途端老け込み、そしてくたばった連中の事を思えば尚更だ。

特注品だと言う椅子にゆっくりと腰掛けたコワルスキーは、乾杯の為のグラスとシャンパンをテーブルに運ばせる為、パンパン、と二度手を叩いた。
ホテル側の人間、そして二人にとって近しい者しか立ち入らせては居ない空間に、其の音は良く響いた。
グラスとシャンパンを運んで来たのは、恐らく新顔と思われる金髪でショートヘアの女性メイドだった。

見かけない顔だね。
お名前は?。

普段から此の手の事に対して目敏いコワルスキーが、直ぐ様聲を掛けた。

はい、ナターシャと申します。
半月程前から此のホテルで働いている新米ですので、至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞ宜しくお願いいたします。

ナターシャか、大変良い名だ。
アルコールは自分達で注ぐから君の手を煩わせる事は無いよ。
そして此れは少ないけれどもチップとして受け取ってくれると大変に嬉しい。

歌でも口ずさむかの様な軽い口調でそう述べたコワルスキーは、ナターシャの若々しい掌へ、事前に用意をしていた新品の高額紙幣をしっかりと握らせた。

有難う御座います。
私、何にもしてはいないのに。

はっはっは。
良いんだよ、斯う言う事は道楽の延長にあるモノだから。

猫の様に青々とした瞳をコロコロとさせるナターシャに対し、コワルスキーはあっけらかんとした表情で笑い聲を響かせた。
途端、シャンパンの瓶目掛けて一発の銃弾が撃ち込まれ、続いてシャンパンが注がれる筈であったグラスが二発目と三発目の弾丸で破裂させられ、周囲に其れ等の破片が飛び散った。
そして気がつくとナターシャがコワルスキーに対して、隠し持っていたらしい『スミス・アンド・ウェッソン:M39』の銃口をじっと突き付けていた、其れも眼光鋭い表情で。

なる程、其の可愛らしいブロンドヘアはゲーム開始の合図だった訳か。
そんでもって「指摘」しておくべきだったかな、銃を扱い慣れている人間ならではの手をしている、とでも。

してやられた、と言う表情を浮かべると、だいぶ前から樹木の影に隠れ、動向を伺っていたらしい狙撃手が影絵の如く、三人の前にぬっと姿を現した。

我々が何者かは既に御承知ですね、其の口振りから察するに。

ゴツゴツとした両手を覆い隠す為の伊太利製の手袋を嵌めた其の手には、何時でも行動に移せる様、コック部分が起こしてある『スミス・アンド・ウェッソン:M&P』が握り締められ、且つ慇懃無礼極まりない口調には殺意が込められている事は誰の眼にも明らかだった。

あゝ、ミスター。
狙うのは私とコワルスキーの命だけにして貰えると有難い。
こんな場所でこんな事を「しでかす」だけの君達の事だから一々説明する必要性もあるまいが、彼女・・・イザベラは四人の子供達の母親だ、此れから先老いさらばえて幾だけの我々と違って未来があるのでね。

季節の花々。
飛び散ったシャンパン。
そして硝煙。
其々の匂いが風に煽られて入り混じる頃、狙撃手にそう話しかけたリンドバーグの聲は多少震えてはいたが、一人の父親としての威厳其の物は一切損なわれていなかった。

誠に残念ですがリンドバーグさん、此の度我々に命令を御下しになられた方から伺った「御希望」は三人全員の始末。
一度引き受けた以上、可能な限り沿いませんと。

そうか。
なら、其の前に一服吸わせてくれないか。
此の葉巻、今日此の場で初めて吸う予定だったんでね。

先程から其の場にずっと蹲(うずくま)った状態で居たイザベラは、額に厭な部類の汗を浮かべつゝ思わず自らの父の「奇行」に面喰らう他無かった。

死刑囚最期の一服、ですか。
宜しい、聞き入れましょう、其の願い。

リンドバーグはスーツの左内ポケットから燐寸を取り出し、既にカットが施された葉巻に火を着け、悠々と煙を吐き出した。
此の時、一人の男が物凄い勢いで人々の前に飛び出し、愛用の拳銃の引き鉄を引いた。
男の拳銃の銃口から放たれた弾丸は、見事一発で狙撃手の額を撃ち抜くと、狙撃手の華奢だが剃刀の様な身体は渾身の一撃を浴びたボクサーの如く一瞬宙に浮き、そしてどかりと其の場に崩れ落ちた。

しまった!。
総ては仕組まれていたのだ!。

イザベラの聲にならない聲を背に、ナターシャは素早く其の場を離れる他無かった。
其の様子は女豹が危機を脱するべく、全力で広野を走り抜ける様に良く似ていた。

おい、彼奴は如何した?。

殺されたわ。
向こうも予め「駒」を用意していたのよ。

様子を伺っていた仲間達と無事合流を果たしたナターシャは、其の場で装着していたウイッグを毟る様に剥ぎ取ると、早く車を走らせる様に促した。
テクニック次第では、スポーツカーに負けず劣らずの馬力を引き出す事が可能だと言う説明を受けた改造車が、朝の静寂を鋭角に切り刻む走行音を響かせつゝ、無事ホテルの敷地外へと飛び出す事に成功すると、ナターシャの口からは自然と安堵の溜息が漏れた。

なあに、其の気になれば幾度でも。
自分達は今の今迄、そうやって来たではないか。

が、其の安堵感は眼前に現れた二人の人間によって呆気なく打ち砕かれた。
丁度外の音で夢から強制的に排除されるのと同様に。
背の高い男の右手には『スミス・アンド・ウェッソン:M19・6.5インチ』、背の低い男の右手には『スミス・アンド・ウェッソン:M10 2インチ』。
突っ込んで来るみたいだ、と背の低い男が呟くと、背の高い男は低い聲色で、なら一気に仕留めるぞ、と銃口の照準をナターシャ達が乗る改造車に合わせ、射程距離に入ると粗同時に銃弾を放った、無論、フロントガラスへ向けて。
バランスを崩した改造車から飛び出したナターシャと三人の仲間達は、息絶えた獣の様にひっくり返った改造車から離れると、即座に反撃に転じた。
併し、二人は一切動じる事無く阿吽の呼吸で距離を四人との距離を詰めるなり、先ず三人を片付けた。
そしてナターシャには花向けの意味も込めて其々一発ずつ弾丸を浴びせた。

如何言う経緯があって過激派の活動に首を突っ込んだかは兎も角、無闇矢鱈と銃を振り回すのは感心出来んな。

身の程知らず、って言いたいの?。

そうとも言う。

サイレンが互いの耳に入って来る中、ガンホルダーに拳銃を背の高い男が収めると、もう既に拳銃をガンホルダーに収め終えた背の低い男は、君らしいや、とひと言答え、撤収だと言わんばかりに駆け足でハーレーを停車した位置迄戻り、さあ、最後にもうひと仕事しなくっちゃ、とヘルメットを被って後部座席へと腰掛けた。

連中、派手に暴れ回りましたね。

現場検証を終えたばかりのジャクソンがパーカーの紫煙に火を点けると、「帝王」の言いつけを忠実に守っただけなんだろうよ、連中としちゃ、とパーカーは言い乍ら静かに紫色の煙を吐いた。

課長、残念がっておられましたよ、一挙に二頭仕留めるのは慾が深過ぎたな、と。

どんなに経験を積んで居ても、今日みたいな日は何度と無く訪れるものさ。

如何します、此れから。

そもそも手柄は警察の旦那方に渡す積りで行動していたんだ、さっさと引き上げるとしよう。

其れから約三か月程の時間が経った頃、一人のビジネスマン風の男が築二十年以上にもなろうかと言う海辺の丸太小屋に於いて、身の回りの世話を頼んでいる女性と共に細やかな食卓を囲っていた。
男の名前はピーター・コール。
表の顔は何処にでも居る保険の調査員であったが、実の顔は『ブラックダリア』の元幹部であると同時にナターシャの実兄であった。
ピーターは実妹の死を耳にするや否や、うかうかしていると自らの身も危ういと悟り、組織を捨て、以来細々と生活を営んでいた。

なあ。
明日辺り、町をぶらつかないか。

見るからに年季の入った寝巻きを纏ったピーターが、女性の珈琲カップに二杯目の珈琲を注ぎ乍らボソリと呟いた。
「中古品」の煤けた赤文字のシールが剥がし忘れられたテーブルの上には、掃除がやけに行き届いたキッチンで調理された海鮮をたっぷり盛り付けたスパゲティ、行商人から買い取った南瓜を丸ごと使用したスープ、先週の金曜日、市場のセールに託けて購入をした缶詰の肉、そう言った内容のメニューが自作のランチョンマットと共に其々二人分並べられていた。

珍しいですね、貴方からそんなお話。

糸のほつれた部分を修正したばかりの黄褐色のエプロンを身に付けたまゝ、普段通り淡々と食事に興じていた女性は、ゆらゆらと揺れる珈琲の湯気越しに自身の顔同様、苦労が滲み出ているピーターの顔をじっと見据えた。

此処の所、お互いこうして食事をする時位しか、碌に会話を交わしてこなかっただろ、若し良ければ其の埋め合わせをさせては貰えないかと思って。

天候が崩れなきゃ良いですけれど。

そうなった時はお互い遅く起きるとしよう。
料理も私が作る、君はソファーに腰掛けているだけで良い。

あらあら、無理しちゃって。

無理か。
確かに無理かもしれないな。

其の時二人は、夜の闇に紛れて一艘の小船が
秋の木の葉の如く、静かに浜辺へと近付いたのち、窓側の椅子に腰掛けた状態で会話を交わす二人を一撃で仕留めんが為に、ライフル銃のスコープをじっと覗き込んだ人間が居た事を知らなかった。
其の人間の名はソテツ。
出身地、日本。
本名、政治信条一切不明。
射撃及びバイクのテクニック、一流。
相棒の名前は吉野。
出身地、京都。
此方も本名、政治信条一切不明。
後日、彼等二人が共同で管理をしている瑞西銀行の口座には、「タナトス」の名義で五十万ドルもの大金が入金された。
尚、「タナトス」とは『ブラックダリア』壊滅と同時に彼等二人も始末する事を狙っていた組織の暗号名である。〈終〉

狩人が薔薇を撃つとき

狩人が薔薇を撃つとき

撃つか、撃たれるか。血と死の香り漂う世界に於いては其の二つに一つ。『ゴルゴ13』への敬意と愛を込めて今放つハードボイルド・ノベル。 ※本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-09-26

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work