蜃気楼は上空の空にまでは影響しない 2/100 言い伝え

蜃気楼は上空の空にまでは影響しない 2/100 言い伝え

彼女が言葉の世界へと足を踏み入れてから、意味で溢れたこの世界が情報過多な目眩を起こすものであることに気がついたーー


「もっと、シンプルであればいいのに」


彼女は世界の混沌を嫌うようになっていた



 ーー彼女は、【ルーン】と呼ばれる“秘密の文字”に出会う


 

『ルーン』


ルーン文字(ルーンもじ)は、ゲルマン人がゲルマン諸語の表記に用いた古い文字体系であり、音素文字の一種。成立時期は不明であるが、確認されている最初期のルーン銘文は1世紀頃のものである。ラテン文字に取って代わられて使用されなくなったが、スカンディナヴィアでは中世後期まで用いられた。一部の地域ではルーンの知識は初期近代まで民間に残存していた。
「ルーン(rune)」という名称の語源としては、「秘密」を意味するゴート語の runa が挙げられる(cf. 古英語: rūn, 古ノルド語: rún)。
個々の文字をルーンと呼び、ルーン文字のアルファベットを、初めの6つのルーンから「フサルク」 (fuþark) と呼ぶ。このうち、第3ルーン (þ) はソーン (þorn, þotn) と呼ばれ、現代でもアイスランド語で使われている。
本来、木片などにナイフで刻みつけて表記していた。そのため、木目と紛れて読みにくくなりがちな横線が避けられ、縦の長い線と斜めの短い線とを組み合わせた字形になっている。
(ウィキペディアより)



 彼女はそこに、一目で見渡せる意味の視覚的簡略性を覚え惚れ惚れとした。そして、それは線形で表されて彼女の行動規範に当てはまっている。情報過多なこの時代にこのシンプルな構造。彼女の幸せホルモンは絶頂だった。



ーー言葉の世界に足を踏み入れてから、彼女は図書館へと通うようにもなった


(ただ、そこに到るまでには必要なステップがあった)

最初、彼女の行動には本を買う姿も見られていた。しかし、彼女の欲求への対象は一途な方向に向きがちだった。それは手始めに、給料で得る金額の食費をまず侵し、次に彼女の銀行の口座の貯金額を侵し、ついでに彼女の化粧品が100円ショップで買えるものに変更させ、着実に彼女の身体と共に生活レベルをか細いものに変えたあと、彼女のパンドラの箱に残されたのは月のスマホの代金を極限にすること。彼女自身の情報が薄まっていく中で、パンドラの箱に手をかける彼女の手を止めたのは、彼女の親友だった。


「あなたにぴったりの場所があるわ」


親友は、彼女を荒れ地から救い出した

図書館、そこは楽園だった


ーー彼女はいつものように図書館へと向かった

敷地内には、公園があり
神社もそのうちにあった

神社があることに気づいたのは何度も何度も図書館に通ってからであった

なんとなく神社に寄りたい気持ちが芽生えて、両親と毎年通っている正月の参拝の作法を思い出してみた。
鳥居をくぐる時の礼から、右側歩行、本殿での礼や拍手。
手を合わせたところで、ふと、私は何か願うことでもあったか?と。
考えてはみたが、浮かぶものはない。
手を合わせたまま、本殿の中を眺めて見た。
「金刀比羅」の名が見えた。

金比羅というのは龍神であると、親が言っていた事が思い浮かんだ

「龍神……」

頭に浮かべながら、その文字をなぞったーー文字のなぞりが視界の端に伸びて、その伸長した部分が弧を描いて線になった。ふと、隣を見ると参拝者が居て、賽銭を賽銭箱に入れたようだった。礼や拍手の音を聴かせたあと、彼女の姿など気にすることもなく本殿に向け、何かを唱え始めた。


彼女はそれを聴いたことがあった


これは、祝詞だ


隣の参拝者が諳(そら)んじる言葉が、頭の中で文字を起こし、彼女にそれを浮かべさせるように、なぞらせていったーー


その何か、地力のようなものを得ていく感覚に眼を閉じた彼女の内側が集中したあと、参拝者の息吹が本殿へと筋道を辿ってゆくように消えるのを感じた

眼を開けると、参拝者はすでに後方へと立ち去っていった

自分が感じたことをどう理解するか、彼女は言葉を探していた

今の彼女には言葉でそれを表現する力がなかった
それに気づいただけでも彼女は言葉の世界を推し量る能力を得てきたことを意味していた


ーー彼女は本殿を離れると、入り口の鳥居に向かうまでの境内に粗末な摂社があることに気がついた

哀れに思った彼女は参拝することにした



頭の整理がつかないまま、本来の目的である図書館へと向かうことにした。
なぞっていたはずの祝詞の文字は消えていた。
頭の中にすっかり残っていなかった。
思い出すことができない。
それがどうにも悔しくなり、何度も思い出そうと努めてみた。
ダメだった。
彼女は完全に頭の中のことに気を取られていた。
足下のそれに気づいた頃には遅かった。
痛みが走った。
頭の世界から、現実の身体へと気が向くと、足下に1匹の蛇が居て、自分の脹脛を噛んでいることに気づいた。
これは夢の中にいるのだろう、と彼女は自身を閉眼してみたが、それよりも痛みの鋭さが上回った。


「ッ痛い!!」

人生で初めてとも思える【痛み】という感覚の自覚だった。
彼女の生理的苦痛を超えるものだった。
しかもそれは、噛みついたまま離れない。



   【 毒 】 



毒という漢字が頭に浮かんだ。
彼女は、それを反射的になぞった。
象形文字ではどのようなものになっているのか?
彼女の頭には毒に対しての処置的な観点が不足していた。

そしてそのまま気を失った




さて、働きアリのトップオブトップのこの私から言わせれば、彼女の一途さは今後も不幸を招くことだろうね
現実世界に閉眼したまま、危うい人生を歩むことだろう

まあ、ひょっとしたら……思わぬ幸運もあるかもしれないが

蜃気楼は上空の空にまでは影響しない 2/100 言い伝え

次回は、10月中に更新予定です。

蜃気楼は上空の空にまでは影響しない 2/100 言い伝え

村上春樹 蜃気楼 マイルス・デイビス 線 言葉 ルーン文字 金比羅 アリ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-09-24

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