人類は滅亡と会議で決まったらしい 2
まさかの遭難?
朝7時、私は目を覚ます。しばらくベッドの上で天井を眺めてから、えいっと起き上がった。素早く着替えて朝食を摂りに食堂に向かう。簡単なバイキングでパンやソーセージ、卵焼きなどを取り、ホットコーヒーで締める。それから部屋に戻り、支度を整えてから荷物を持ってフロントに向かった。チェックアウトを済ませて外に出る。朝8時過ぎだがすでに暑い。じわっと汗をかきながら港に向かって歩く。10分ほど歩いて作業船に到着した。船は出港準備中だった。船員が動き回っている。
「お早うございます」
私は岸壁から声をかける。みんなが振り返り、私に笑顔を見せる。私はタラップを渡り、船に乗り込んだ。
「お早う仁山さん。こっちにどうぞ」
大山が船内から顔を出し、手招きする。私は作業船の中に入った。船内は冷房が効いていて涼しい。エンジン運転中の低いこもった音と鈍い振動、そしてほのかな重油の匂いがする。狭い通路を通り、船室の一つに案内された。中にはベッドとテーブルが置いてあり、小さな丸窓から外が見える。
「いかだに乗るまでここを使って。3日間程だけれど」
「わかりました」
私は持ってきたバッグをベットの上に放りだした。その後、食堂やトイレ、シャワー室などを順番に見せてもらう。最後に操舵室に上がった。
作業船は岸壁を離れる所だった。タラップはすでに外されている。船長が窓を開け、外に身を乗り出して指示を出している。
「ロープレッコ」
甲板員たちが船と陸をつないでいるロープを外す。スラスターがーうなり、船が動き始める。横にスライドしながら岸壁から離れてゆく。岸壁では作業員たちが手を振って見送ってくれた。充分に岸壁から離れた所でスラスターは止まり、主機が動き始める。港内でゆっくりと向きを変え、船は外海へと走り始めた。
晴天の空の下、船は南に進路を取り、ひたすら走る。私はすることもなく甲板のベンチに座り、景色を眺めていた。時々遠くを船が行き交い、水平線には積乱雲が峰を作っている。少しうねりがあり、船はゆっくりと揺れる。
「仁山さん、酔わない?」
「大山さん、それが案外平気です。少しふわふわしますが気持ち悪いということはありません」
「そうか、それは良かった。酔うときついからね」
大山は空いている椅子に腰を下ろす。そしてポロシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出し、一本くわえて火をつける。一息吸ってからふ~っと吐き出す。風に乗って煙が私を包み込む。香草の匂いが漂う。
「おっと失礼。タバコは?」
「吸いませんよ。高いから」
「だよな」
大山はくわえた煙草を一息で吸って灰にする。それから椅子を立って舷側に歩いてゆき、煙を吐き出す。
「結構うねりがあるだろう?実はグアム沖で低気圧が発生していて、明日にでも台風になりそうだ。どこに行くのか分からないけれど、その影響でうねりが大きくなっている」
「それは、場合によっては中止ですか?」
「最悪はね。でも僕は中止にはしたくない。次は無いからね」
そう言って大山は険しい顔をする。
「まあ、こちらに来るとも限らないから」
いやいや、この時期の台風は、ことごとく沖縄目指してくるでしょ?小笠原向いていくやつもいるけど。これ大丈夫か?
「仁山さん、大丈夫だよ。僕も命を懸ける気はないから、危険と判断すれば中止するよ」
私の不安を読み取ったのか、大山がそう言ってにっこりと笑う。
2日後、予定海域に到着する。私たちはいかだに乗り、甲板員たちがクレーンを使っていかだを海に下ろす。心配した台風は、まだ東の海域にとどまったままだ。
「おたっしゃで~」
作業船の人達が帽子を振って見送ってくれる。私達は離れてゆく作業船をしばらく眺めてから、船内に入る。
「仁山さん、いよいよスタートだ。とはいっても。我々は漂流するだけで何もやることが無い。まあ、気楽にいこう」
「大山さん、結構揺れますね」
私は一時だって平面を保たない床に合わせて体を振る。ますますうねりは大きくなっているようだ。
「向井さん、シーアンカー出そう」
大山の指示に従って、向井が船外に出た。何をするのか興味を持った私が付いてゆく。大山は外に出てゆく。何をするのか興味があった私は、後ろをついてゆく。大山は小型のパラシュートのようなものを海に投入する。いかだにつながったそれは、海流をとらえていかだの進行方向に移動してゆく。やがて、不安定に揺れていたいかだが、ピタッと安定した。相変わらず揺れているが、不規則な揺れが収まった。
「お~凄い、安定しましたね」
「うん、これはそういうものだから」
そう言いながら空を見上げた向井は、何かを感じたように船内に戻っていった。私は強烈な日差しを浴びながら、しばらく海を眺める。日焼け止めでガードしている体に潮風が吹き付ける。抜群の透明度の海をのぞき込むと、早くもいかだの陰に魚たちが入り込んで泳ぐ様が見えた。
「わあ!魚がいっぱい」
私はしばらくその様子を眺めていたが、さすがにじりじりと首筋が暑くなり船内に戻った。
「仁山さん、東の台風が動き始めた」
大山が私を見て言った。
「そうですか。で、どこへ?」
「うん、こちらに来る。3日後だ」
「え~、沖縄のどこかの島に避難しますか?」
「そうしたいのだが、あいにくこれはいかだなので、機動性が無い」
「つまり?」
「直撃されるかも」
「わあ」
私は口をぽかんと開いたまま、絶句した。
翌日、空には厚い雲がかかり、風も強くなってきた。うねりに風波も加わり、いかだが大きく揺れ始める。ぶつかってケガしないよう船内の動くものはすべて固定した。
「大山さん、風に押されて黒潮本流から外れそうです」
GPS位置情報を見ていた向井が報告する。
「今どの位置だ?」
大山さんがモニターに表示されている地図をのぞき込む。
「台風に吹き込む北東の風に押されて、いかだは西に動いています」
「西に?あ、このままだと、テオ島に行ってしまうんじゃないか?」
「テオ島ですか?テオ島って、あのテオ島?」
私が聞き返す。
「そうだ。ただいま絶賛鎖国中のテオ王国だ」
私もモニターを覗く。テオ王国とは、鹿児島と上海を直線で結んだ丁度真ん中にある島国だ。ここは古来より他の国と国交を結んだことが無い。有史以来国として存在していて、経済的に世界と若干の繋がりがある以外、どの国とも付き合いが無い。その若干のつながりというのが、他国の産業廃棄物を受け入れているという一点だけだ。古くから何度も攻め込まれて、ことごとく跳ね返している。
「この前も中国の公船が領海侵入して、警告なしで撃沈されてましたね。中国が猛烈に怒って軍を派遣すると言っていたけれど、テオ王国は全く無視していたし、気が付いたらなんとなく収まっていましたね」
「何とかなったんだろうね」
大山は床に固定されている椅子につかまり、モニターを見続ける。向井は気象予報のチェックに余念がない。私は何もすることが無く、船の動揺もひどくなって寝ていることもできず、キャビンの椅子にしがみついているしかなかった。
事態の悪化は急速だった。台風は速度を上げて、いかだを一気に飲み込んだ。真っ暗な海は大しけになり、10mを越える波にもまれて竹で組んだいかだはばらばらに分解し、真ん中の船体は洗濯機の中のピンポン玉のようにもみくちゃにされた。すべてのハッチを閉ざした船体が沈むことは無かったが、上下がひっくり返るような激しい動きは固定されていない機材を放り投げ、破壊した。私は船室の椅子にシートベルトで固定され、果てしなく続くジェットコースターに乗っているような状態だった。目の前を私のバッグが飛び回り、開きっぱなしだった口から着替えやノートやいろいろなものが飛び出して、床や天井に張り付いている。半分気を失いながらなんとか踏ん張っていた私だったが、突然の轟音と激しい振動、そして割れた船体になだれ込む海水を見たのを最後に意識が無くなった。
未知の国
誰かが私を呼んでいる。遠くで呼んでいる。周囲はもやに包まれて、見通せない。私を呼ぶ声はだんだん小さくなり、聞こえなくなった。
「なにこれ。もしかしてあの世?」
白くかすんだ風景に私は戸惑う。足元は確かに地面だが、どんな様子なのかが全然分からない。土の上なのか木の床なのか、あるいは石の上に乗っているのか。周りをよく観察しようとしたとき、私は後ろから引っ張られた。引っ張られながら宙を舞い、そこで突然目が覚めた。
「夢?」
そっと瞼を開ける。周囲は柔らかな日差しのような明るさだ。しばらく目の焦点が合わなくてぼんやりとしか見えなかったが、次第にはっきりと見えるようになってきた。クリーム色の天井が見える。私はベッドに寝ているようだ。軽い毛布のようなものが体の上にかけられている。ベッドの横にはスタンドが立っていて、点滴の瓶がぶら下がっている。そこから延びる管は、どうやら私の腕につながっているようだ。
「病院?」
混乱した頭で状況を確認する。まずは足から動かす。左、動く。右、動く。でも足を動かすと、なぜか腹に痛みが出る。次に右手、握れるし動く。左も大丈夫だ。私は上体を起こそうとしたが力が入らず、少し身じろぎしたくらいしか動かなかった。
「目が覚めましたか」
声をかけられて、私はそちらを向いた。白衣を着た人が立っていた。顔はマスクで覆われていて、目しか見えない。声から判断すると女性のようだが、見た目では分からなかった。
「ここは?」
「病室です」
「私、どれくらい寝てましたか?」
「1ヶ月ほどです」
「1ヶ月・・・」
私何やっていたっけ?確か無須田さんの依頼で鹿児島行って・・・ああ、冒険者のいかだに乗った。台風か。しけていかだ壊れて、船でもみくちゃになって、どうなった・・・のだろう。
「あの」
私は横に立っていた人に声をかける。・・居ない。どこに行った?
「まさかの幽霊?」
唖然としていると、病室の扉が開いて二人入って来た。さっきいた人と、明らかに責任者っぽい身なりの人だ。二人とも音を立てずに歩いてくる。
「仁山さん、目が覚めて良かったです。このまま植物状態になるのではと心配していました。あ、申し遅れましたが、わたくしは管理官です」
管理官と名乗った人は、低音で魅力的な声で話す。男性か。それよりなぜ私の名前を知っているのだろうか。
「少しお聞きしたいのですが、私はなぜここに寝ているのでしょうか?」
「はい。あなたは台風の影響で我々の島に船ごと打ち上げられました。その時壊れた船から放り出されたあなたは岩場に打ち付けられて、内臓に深刻なダメージを受けました。その治療のためにここにいます」
男性は日本語で話す。どうやらここは中国ではないようだ。でも一体どこに打ち上げられたのだろうか。屋久島?種子島?それとも沖縄のどこか?
「ここはどこでしょう?沖縄?それとも九州のどこかの島ですか?」
「いいえ。ここはテオ王国です」
「テオ王国」
予想もしなかった返事に、私は数秒固まった。気を取り直してさらに質問する。
「テオ王国と言えば、どの国とも関係を結ばず鎖国しているテオ王国で間違いないですか?」
「そうです。鎖国しているのではなく、監視しているのですが」
「???、なるほど?船には私のほかに2名乗員が居たのですが」
「お助けしたのはあなた一人だけです」
「ああ、そうですか」
私はがっくりと肩を落とす。大山さんも向井さんも、嵐に飲まれたらしい。
「それではゆっくりと治療に専念してください」
すっかり気落ちした私を残して、二人とも病室から出て行った。
私が目を覚ましてから1ヶ月が経過した。少しずつ食事をとりながら、体力を戻してゆく。1カ月意識不明で寝たきりだった体はげっそりと筋肉が落ち、見る影もない。それでも食事をとり、身体を少しづつ動かして、2週間前にベッドから降りることができた。それから歩行訓練を始めた。歩行器を使いながら少しずつ歩き、10日後には歩行器なしでも歩けるようになった。内臓のダメージも良くなり、食事も普通に食べられるようになった。テオ王国は私のためにトレーニングジムまで用意してくれた。専属トレーナーまで付いてきっちりとトレーニングを行った結果、体力も筋力もすっかり元通りになった。病人を卒業した私は病室を出て、新しく部屋をあてがわれた。シャワーもバスタブもあり、寝室にはでっかいベットがある。広いリビングからは開放的な窓の外の景色も見える。クローゼットには服まで用意されていた。さらには建物内も制限付きながらうろつくこともできる。ジムのほかにもプールがあり、退屈しないようになっていた。ただ、この軟禁状態がいつまで続くのか不安になってきた。日本の友人たちや無須田書房の社長が、心配しているかもしれない。それにアパートの家賃も払えていない。でもこの状態ではいかんともしがたい。スマホは遭難した時に紛失したし、連絡手段も無い。
窓から見える空が、秋の空になってきた。私がここに来て3か月になる。何の進展もない状況に悶々としていると、管理官が現れた。
「仁山さん、国王がお呼びです。今から私についてきてください」
「国王が?・・・わかりました」
私は姿見をちらっと見て頭を撫でつける。それから男の後ろをついてゆく。いつもは立ち入れないフロアに行き、そこのエレベーターに乗る。ボタンを押して、私たちは下に降りて行った。3分ほど降下してエレベーターは止まった。扉が開くと、2名立っていた。我々がエレベーターから降りると向きを変え、前を並んで歩く。少し歩いた先に扉があった。どこにでもある木製の合板でできた小さな扉だ。先に歩く一人がノブを握ってドアを開ける。私たちが中に入ると、後ろでドアが閉まった。部屋はクリーム色で統一されていて、広くて明るい。真ん中に直径10mほどの大きな円卓があり、その向こうに誰かが椅子に座っていた。
「どうぞお座りなさい」
私は勧められるままに、手前の椅子に座った。管理官は右横の椅子に、付いてきた二人は正面の人物の後ろに立った。
「私がテオ王国の王です」
正面の人物は、女性のような声で話す。私は王の姿に目が釘付けになった。髪は無く、眉も無い。目はドングリ眼で鼻は低く、穴がぽつぽつと2つ空いている。おちょぼ口で首は細く、身体もなんだか随分薄っぺらい。これは人間なのか?
「あ、私は仁山真紀子です。助けていただいてありがとうございます。ケガまで直していただいて感謝します。それで、もしわかればなのですが・・・」
「何でしょうか」
「私と一緒に二名の者が船に乗っていたのですが、知りませんか?」
私は大山さんと向井さんのことがずっと気になっていた。でももう、海に飲まれたのだろう。
「あの者たちは回収済です」
「回収?・・というと、助かったという事ですか?」
「回収は回収です。あれは私の指示で動いていました。仕事が完了したので回収したのです」
何?どういう事?指示で動いていた?仕事が完了って何?私は一気に思考が混乱した。言われたことが全く理解できない。
「すみません。おっしゃる意味が全く分かりません」
「そうでしょう。今からわかるようにすべてを説明します。あなたがここに呼ばれた理由もね」
王はそう言って立ち上がった。その姿を見て、私は息をのむ。テーブルの陰になっていて見えなかった胸から下が、金属で構成されていた。
「あなたは・・・」
「まず自己紹介します。私はテオ王国の王の端末です。あなた方の言葉で表現すると、アンドロイドです。あなたをここまで連れてきた大山も向井も、作業船の乗員も、港で出航を手伝っていた作業員たちも、あの作業船自体も王の端末に過ぎません」
「え、じゃあ、本当の王はどこに?」
「王はテオ島そのものです」
「王がテオ島」
私は私の理解のはるか外側の話を、ただ聞いていた。
「この宇宙には、金属で構成された体を持つ生命体が存在します。王の本体は、直径3千mの金属の球体です。それが水深300mの東シナ海にいます。本体は金属球体ですが、表面に岩石がつもり森林が覆い尽くしていて、外から見ると標高千m越えの山が海上に突き出している、原生林に覆われた未開の島に見えるのです」
「なるほど」
何がなるほどだ。私は何も理解できていない。直径3千mの金属の球が、海底に半分埋まってなお、海上に標高千m越えの山を形成しているというのだ。一体何の冗談だ?
「体の表面に岩石が積もって高い山を持つ島に見えると?王は一体どれくらいここに座っているのですか?」
「およそ4億年前からです」
「4億年。・・・それ以前は?」
「この地球がある星域とは別の所にいました。この宇宙には宇宙連邦という組織があって、そこに宇宙環境を管理する部門があるのです。私はその部門の管理官として、4億年前に地球に派遣されました」
「ん~。つまり、王は宇宙人?」
「宇宙生命体です」
「なるほど」
また私はなるほどと言った。全く理解できないのに、わかったふりをしている。
「私は地球が適切に進化していけるように、見守ってきました。時には生命の進化を調整したりもします。例えばあなたたちが恐竜と呼ぶ生物ですが、あの絶滅も私の仕事です。彼らは知能を持ち、地球環境に少なからず影響を与えるほど種類も数も増えました。ただ、それは地球にとって決して良い影響ではなかったのです」
「それで、王が手を下して滅ぼしたと?」
「私は直接手を出しません。指示するだけです。実行部隊は別にいます」
「なるほど、でもどうやって?」
「方法はいろいろありますが、確実な方法を使いました。あの生物は300年で絶えました」
「隕石の落下ですね。でも王は、隕石も落とせるのですか?」
「落とせます。でもそれでは彼らを絶滅させることはできません。数は激減しましたが、生きながらえたのです。この時点で絶滅させなくてもという話も出ましたが、一度決定したことは翻りません。結局確実な方法で恐竜たちは絶滅されました」
「そうですか。で、私が呼ばれたというのはどういうことですか?」
「今その絶滅が、人類に下されます」
「は?」
もう話が無茶苦茶過ぎて、何がどうなっているのか私には分からない。風が吹けば桶屋が儲かるような話だという事だけは理解した。
人類は滅亡と会議で決まったらしい 2