騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第十章 ぼこぼこ決着
ロイドくんに引き続き、エリルVS学院最強です
第十章 ぼこぼこ決着
一部のS級犯罪者の悪事は、時に「災害」と称される。だいたいが一個人の行為であり、その者の意思がある以上純粋な「災害」とは異なるが、遭遇してしまうのはただの不幸で予防や対策のしようがない理不尽がその理由である。
この「災害級の被害を生むS級犯罪者」の中で最も危険視されているのがマルフィという人物――魔人族である。ほとんどのS級犯罪者に二つ名がついている中でマルフィにはそれが無く、そもそも存在を知っている騎士が一部の者に限られているという特殊なS級犯罪者だ。
魔人族という存在が世間一般的にはおとぎ話に出てくる空想とされ、騎士の世界でも実在を知っている者が少ないという理由もあるが、最大の要因は「強すぎる」からである。
S級犯罪者の誰もが十二騎士クラスの戦闘能力を持っているわけではなく、偶然にでも遭遇できたのなら「捕まえる」か「倒す」方向で騎士たちは動くべきとされる。勿論、そのS級犯罪者が戦闘特化タイプで自分たちではどうしようもないと判断したなら無謀に挑むことなく情報を持ち帰るだけでも充分だが、騎士の中にはS級犯罪者との戦いに名声を求めたり、自身の実力は二の次に正義感で動く者もいる為、犠牲を出さないようマルフィの存在は隠されている。
もしかしたら勝てるかもしれない、やってみなければわからない――そんな意見もあるだろうが魔法技術的にも身体能力的にも人間より上位の存在である魔人族の、その中でも抜きん出ている怪物を相手にするには相応の準備が必須であり、無策で勝てる可能性はゼロである。
ここまで来ると『世界の悪』を超える存在のようだが、無論騎士上層部の本音としてはアフューカスもその存在を隠しておきたい悪党である、ただあまりにも昔から歴史にその名を刻み、あまりにも邪悪な災害級である事からあまりにも有名になっている故に、それこそおとぎ話になるほど世間一般に知れわたってしまったのだ。
アフューカスが有名になっているのに対し、同等の災害級であるマルフィがそうなっていないのは、アフューカスが自身の悪行を「世界の悪、ここにあり」と言わんばかりに宣伝するというのもあるが、マルフィの場合はその「災害」の対象が騎士や軍人などに限られているからだ。
S級犯罪者には必ずと言っていいほどに、その頭のネジの外れた行動に理由が存在する。一言で言ってしまえばそれは「趣味」であり、周りへの迷惑やルールなどを無視して好きな事にまい進した結果手が付けられなくなった連中がS級犯罪者という者たちだが、マルフィの「それ」が何なのかはハッキリしていない。ふらりと現れた先で一部隊、一軍隊を壊滅させたりはするが街や国を落としたという記録は無く、強い相手を探して彷徨っているのではと言われている。
そして対象――標的が騎士や軍人である故に、戦死した者たちの関係者や何らかの偶然でマルフィの襲撃から生き残った者は殺された仲間の仇としてマルフィを追う場合が多い。
そして最も有名にして騎士上層部が情報の隠ぺいに苦労したのが赤の騎士団『ルベウスコランダム』に起きた事件。とある組織とぶつかっていた彼らのところへ唐突に現れたマルフィは例にもれず双方に大打撃を与えた。そのとある組織の方は壊滅したが、名高い赤の騎士団は何人かが生き残り、以降はマルフィを倒す為の訓練と情報収集をメインに動いている。実際、田舎者の青年らが冬休みに入る前に起きた騒動の中に突如現れたマルフィの魔法に適切に対応してみせた。
そしてこの時、赤の騎士団は自分たちと同様の炎を燃やす一人の青年に出会ったのだった。
フェルブランド王国で一番って言われる騎士学校、セイリオス学院。きっと毎年「学院最強」って呼ばれる生徒がいるんでしょうけど、聞いた感じこいつは才能のある騎士の卵がうじゃうじゃのこの場所で二年くらいそう呼ばれてるっぽい。
第三系統の光の魔法の使い手、『神速』デルフ・ソグディアナイト。こんな二つ名を聞くと「全騎士の中で最速」みたいな感じになるけど、勿論そんなわけない。光の魔法に詳しいわけじゃないけど、極端な事を言えばたぶん、《マーチ》の方が速いんだろうし。
二つ名って別に称号じゃなくて、周りがそう呼び始めたってだけのモノだから同じ二つ名のヤツがいるって事もあるし、世界のどこかにいる他の『神速』の方が速かったり……まぁそっちの方が遅かったりもするかもしれない。
それでも……少なくとも、交流戦をやってて他の三校とも繋がりのあるセイリオスでこう呼ばれるって事は、「今の学生の中で最速」なのは確かだと思う。
そしてその最速が、学院最強の理由なんでしょうね。
『本日の対戦カードは盛り上がりを意識しているのか! 先ほどの『ゲイルブラスター』対『コンダクター』の興奮をそのままに迎えるのは同等の激戦! 再び始まる「元組」対『ビックリ箱騎士団』!』
闘技場に入るとそこにはもうデルフがいて、相変わらず遠目だと女に見えるし細い身体つきでニヤニヤしてる……強そうに見えない元生徒会長があたしに手を振った。
「サードニクスくんは大丈夫だったかい? 元選挙管理委員長の本気とぶつかれるなんて羨ましい限りだけれど、なかなかに無茶な動きをしていたようだったから。」
「……今は保健室よ。」
「おや、それは少し安心だね。恋人が蹴飛ばされるところなんて見せたくないし。」
「余計なお世話よ。」
『挑発というべきか普段通りというべきか! 元生徒会長! 『神速』ことデルフ・ソグディアナイト! 言わずと知れた学院最強! その速度に対応できなければ勝負にすらならない圧倒的な速さによる優位性! それに挑むは『ビックリ箱騎士団』の一員にしてやんごとなき王族! しかして侮るなかれ、他の追随を許さぬ破壊力の持ち主! 『ブレイズクイーン』ことエリル・クォーツ! 先ほどの二人が砲撃と剣戟ならばこの二人は徒手格闘! 更に激しいぶつかり合いが予想されます!』
「あまりぶつかり合いたくはないけれどね。こっちが力負けしちゃうよ。」
「……速いのはそのままパワーに繋がると思うけど。」
「ふふふ、瞬間的には上回る可能性はあるけれど、その状態がわずかな時間でも「継続」するのなら厳しいかな。」
……確かに、ものすごく速い攻撃って威力はあってもその威力がそのまま続くって感じじゃないわよね……ロイドの回転剣だって、遠心力ですごいパワーがあるけど回転が止まった後に残るのは風に押される力だけ――って、こいつ普通に弱点を教えてきたわね……
『超スピードか、超パワーか! そろそろ行きましょう! 試合開始です!』
試合開始の合図。あたしはデルフの攻撃を意識して全身に力を入れたけど、当のデルフはニヤニヤ顔で突っ立ったままだった。
「……手加減してくれるってわけ? 他の三年生みたいにあたしはあんたの速さに対抗できないんだから、開始と同時に得意の超速キックで試合終了だったわよ。」
「おや、そうなのかい? ちょっと間をあけると濃密な経験と新しい技を持ってくる『ビックリ箱騎士団』相手に開幕速攻は危険だと思ってね。実際、確かに僕の速さに追いつけるほどの速度ではなかったけれど、こうしてお話している間に何かの準備を整えたようじゃないか。」
ガントレットとソールレットから噴き出す炎……はいつもの事として、たぶんあたしが全身に展開させた魔法のことを言ってるのよね……普通に見抜く辺り流石って感じだわ。
「まぁ、そうでなくてもこれは実戦ではなくランク戦――学院内で行われる練習試合のようなモノ。すぐに決着をつけずに戦いの経験を欲張ってもバチは当たらないだろう。重ねて、特に『ビックリ箱騎士団』相手ならね。」
「余裕ってわけね……」
「ふふふ、これでも元生徒会長だからね。」
デルフが「ね」を言ったところで、あたしはお腹辺りに発生した衝撃を受けて吹っ飛んだ。
「――っ!」
何にも見えなかったけどたぶん蹴られた。「速い」ってことがここまでどうしようもないモノだとは……想像はしてたけど思った以上。それでもこうやって落ち着いて考えて体勢を整えられるのはアレのおかげね……ロイドが使う吸血鬼の「闇」といっしょで威力を殺し切ることはできなかったけど。
『これは予想外! 『神速』の超速キック――と思われる一撃を受けた『ブレイズクイーン』がすぐさま体勢を立て直して見せたところは素晴らしいですがそこではなく! 彼女の行動――というよりは吹っ飛んだ経緯そのものが意図していたモノとは異なると、『神速』の表情が物語っています!』
司会の解説を聞いて見てみると、いつもニヤニヤしてるデルフが「えぇ?」って言う時のロイドみたいな変な顔で立ってた。
「なんだい、今のは……僕の攻撃が当たったかどうかも怪しい感触だったよ……やっぱり面白いね、『ビックリ箱騎士団』は。もう一度見せてくれるかな?」
今度は「な?」の辺りで姿を消したデルフ。さっきは一直線に蹴飛ばしに来たっぽいけど狙いを変えるつもりなのかすぐには攻撃が来なくて……でもどっちにしてもデルフの動きがさっぱり見えないあたしは左の肩辺りに発生した衝撃でまた吹っ飛ぶ。
さっきのも今のも身体に穴が開くとかじゃないけど結構なダメージ。「本来の威力」はこんなもんじゃないってところはともかく、とりあえずデルフの動きを止めないと話になんないわね。
『おぉっと、恐るべき体術! 『ブレイズクイーン』、ふっ飛びながら左右のガントレットを発射! しかし『神速』にはヒットせず――いや、狙いは別でしょうか!』
体勢が最悪だし、当たるとは思ってない。やりたかったのはこれ……!
「おやまぁ……」
着地したあたしはいい感じに困り顔になってるデルフと、飛ばしたガントレットを見る。ベルナークシリーズと同じような性質になったあたしの武器は新しい魔法にも繋がったけど、当然元々やってたこともパワーアップしてくれた。
『これは『コンダクター』の曲芸剣術とはまた違った恐怖! 凄まじい破壊力を持つロケットパンチがオレンジ色の軌跡だけを残して闘技場の中を縦横無尽に飛び回っています! 『神速』の速度対策の一つとして挙がる「障害物を作る」作戦でしょうか!』
そんな作戦があったなんて知らないけど、デルフの反応的に結構有効みたいね。本当はロイドがやってるみたいに自分の身体の周りだけで飛ばせれば攻防一体って感じになるんだけどちょっと無理っぽいから飛び回す……半径? は大きめになるし、ガントレットを外してるからあたし自身の攻撃手段がキックだけになるけど、『神速』を遅くできるならとりあえずいいわ。
「確かに有効な対策だね。こちらに速度があるとは言え、突撃するには勇気がいる。けれど百点ではないかな。そのガントレットの威力は一撃必殺だけど、僕を阻むのに必要なのはサードニクスくんのような「数」と細かな軌道を描く「密度」だからね。もっとも、けん制の意味なら僕の攻撃を二度防いだという時点で充分さ。」
ニヤケ顔から少しだけニヤニヤが薄れてちょっと真面目な顔になるデルフ。
「レモンバームくんとの試合で使っていた魔法だね。相手の魔法に流れる魔力を強制的に使用……いや、消費して炎へと変換する。結果、相手の魔法は爆散してしまう。」
「……仕組みはお見通しってわけね。」
「理屈は単純だからね。でも簡単な事じゃない。強力なイメージ――少なくとも「一度やったことがある」レベルの鮮明さと精密な魔法の制御が求められるだろう。その上レモンバームくんの時もそうだったけれど、攻撃が当たった瞬間にそれを完了させるとなると神業と言っていいんじゃないかな。驚きやら何やらを通り越して、さすが『ビックリ箱騎士団』というところだね。」
「こっちからすればさすが元生徒会長だけど。結局蹴飛ばされてるし。」
「ははは、ノーダメージは欲張りが過ぎるよ。僕が加速の為に使っている光の魔法を炎へと変換した結果発生する爆発は僕の攻撃の威力を削いでいる。至近距離過ぎてクォーツくん自身にも爆発が及ぶけれど、それらのプラスマイナスが合わさった結果、最終的には「僕の攻撃を直に受ける」よりも小さなダメージで切り抜けているのだからね。」
「小さなダメージね……あんたの新技の白い炎が加わったらそれじゃ済まない気がするわ。」
デルフのマネじゃないけど、「わ」って言い終わる前辺りであたしは飛ばしてたガントレットに大きめの炎をまとわせる。加速の為じゃない、光と熱での目くらまし。さすがにちょっとびっくりしてくれたデルフに一直線に近づいてキックを――
「――っ!?」
――したと思ったらお腹の横に衝撃が走った。その理由の、相手の魔力を炎に変える魔法で起きた爆発でふっとぶあたしはさすがに今度もデルフが追撃を止める事はないって直感して、全身を覆ってる魔法を元にガントレットの中でやってるような炎の噴出を自分を中心に全方位に放った。
「っとと――」
炎の中に紛れて聞こえてきたのはデルフのそんな一言で、あたしの死角から攻撃しようとしてたっぽいところをパッと消えるように後退する。
「人間花火とは面白いけど、あの一瞬にこの出力――普段からガントレットの操作で瞬間的な爆炎に慣れているからこそだね。」
少し炎を受けたのか、片脚をパタパタ叩くデルフ。
確かにやったことは普段のそれとあんまり変わんないけど、いろんな機能を持ってて楽に魔法を発動できるガントレットの中と何もない空気中じゃ効率が全然違う。正直、今の一発だけでかなりの魔法負荷を受けたわ……
でもってあたしからすれば何度も使えない緊急手段で対応しないといけない超速の攻撃はこいつにとって「通常攻撃」なのよね……
やる前からなんとなくわかってはいたんだけど、デルフが相手だとこの新しい魔法は一時しのぎにしかならない。メリッサとの試合で飛んでくる雷を炎に変えるほどの発動速度がないってことを実感して、試しにアンジュの『ヒートコート』をイメージの参考に攻撃が来たら自動で発動するような感じにしてみたらデルフの攻撃にも反応できるくらいの発動速度にはなったけど、代わりに威力が落ちた。たぶん……デルフの脚を直接掴めたら脚を吹っ飛ばすような爆発にできると思うんだけど……
と、とにかく、この自動で反撃できる使い方だとデルフの攻撃の威力を少しだけ削るってだけだから今回はあんまり意味がない。さっきみたいに一発目と二発目の間が短すぎると早くなったとはいえそれでも魔法の発動が追い付かないし、そこそこの威力は残ってるから普通に攻撃されてるのと変わんないのよね……
だから……
「……あんた、『ビックリ箱騎士団』との戦いの経験をしたいのよね。」
「そうだね。今の花火にも驚かせてもらったよ。」
「じゃあ、もう一個新しい魔法を見せてあげるからちょっと待っててくれるかしら。」
あたしは全身を覆ってた、相手の魔法に自動で反応して魔力を炎に変える魔法――なんか名前をつけないとイメージがしにくいからあとで考えるとして――を解除して、身体の中で起きてる火のマナ――エネルギーの循環に意識を集中させる。
アイリスの助言でさっきの魔法が出来上がったし、攻撃の威力がもっと上がる可能性も知れたけど……実はもう一個、たぶんアイリスに言ったら渋い顔をしそうだから言わなかったアイデアがある。初めて見た時にあたしにもできるんじゃないかって思ってたんだけど難しくて、でも今のあたしなら――そんな風にやってみたら何となく形になったから、デルフが経験を積むっていうならあたしも「それ」の実戦経験を積ませてもらうわ。
「おお……視認できるほどに濃い魔法の気配――いや、火の魔力が漏れ出ているのかな? しかし空気に解けていく様子もなく、身体の内外で循環しているような感覚だ。」
興味深そうに観察しながら言われた通りにあたしの準備を待ってるデルフ。しかもこっちのやってることを割と正確に当ててくるわね……
「……待たせたわね、準備完了よ。」
「構わな――」
デルフが答え終わる前に、あたしはソールレットから爆炎を噴き出しながら突撃する。『神速』に比べるとあれだけどそれなりの速さの突進を前に回避かカウンターか、デルフは何かをしようとしたけど、その前に――デルフにあたしの腕が届く一歩手前で、あたしは左のガントレットで思いっきり地面を殴った。
闘技場の床は石造りだから砕けたそれが散弾銃みたいに周りにバラまかれる。本人がさっき教えてくれたけど、速さを封じるのは「数」と「密度」で、目の前で爆散する瓦礫はそれっぽくなる。ついでに、あたしは地面に打ち込んだ拳を支点に逆立ちしながら身体をひねり、爆炎で加速した蹴りでデルフの脳天を狙う。
デルフからすれば前方を飛び散る瓦礫に塞がれた状態であたしの蹴りが迫る状況。カラードとかアレキサンダーみたいなパワータイプなら瓦礫を物ともせずに力比べを挑んだかもだけど、デルフなら回避する。でもってその方向は後方一択――もちろん斜め後ろとかもあるからデルフがどこに移動するかを確実には当てられないけど、視界いっぱいの瓦礫と頭狙いのキックがいきなり来たんだから咄嗟に、反射的に、「真っすぐ後ろにさがる」にあたしは賭けた。蹴り下ろした脚が一瞬前までデルフがいた空間を空振りして地面に突き刺ささると同時に再度爆炎を出して前方に最大加速。
そうして進んだ先、デルフがパッと現れた。
「――!」
移動先を読まれた事に一瞬驚いたデルフが目前に迫ったあたしにどう対応するか。もう一度得意の超速移動をすれば問題ないんだろうけど、今までのランク戦とか交流戦を見た限り、こいつの「光」みたいな速さでの移動は連発できない……いえ、割と「連発」と言えるくらいの頻度で使ってはくるけど「インターバル」があるのは確か。感覚的にこのタイミングなら使えないはずで、だから全身をその速度にするんじゃない、もう一つの得意技――「光」みたいな速さの蹴りであたしを迎撃するしかない。そしてこれまた咄嗟の動きだからたぶん、繰り出すのは利き足の右。あたしはデルフの右脚が地面から離れる前に左のガントレットを盾代わりに構え、同時に右脚をその逆側に伸ばして炎を噴射した。
ガンッ!
耳というよりは身体の芯に響く鈍い音――読み通りに放たれたデルフの右の蹴りはあたしの左のガントレットにヒットする。普通ならそのまま蹴り飛ばされるところを、逆方向に噴射した炎でその勢いを完全に殺す。
あたしは左腕で蹴りをガードして右脚で炎の噴出をした直後。デルフは右の蹴りを止められた状態。お互いに最悪な体勢で一瞬止まったわけだけど、あたしはこうなることを予想……っていうか、色々と立てた推測が全部正解した時のことだけを考えて右のガントレットにため込んだ火の魔力を一気に解放――炎の勢いでグルンって回転しながら、デルフの腹に右の拳を叩き込んだ。
「がっ――」
ニヤニヤ顔が痛そうな顔になり、デルフは勢いよく殴り飛ばされて闘技場の壁に突っ込んだ。
『――なっ――なんということでしょう! 『神速』がこれほどのクリーンヒットを受けるところは初めて――』
「『コメット』っ!!」
ドカァンッ!
実況が何か言おうとしてたけどあたしは攻撃を続ける。正直砂埃のせいでデルフは見えてないけど、デルフが突っ込んだ辺りに向かって左のガントレットを発射した。ローゼルとかが引くくらいの威力だし、直撃でなくてもダメージは与えられるはず!
『ブ、『ブレイズクイーン』、容赦のない追撃! しかし一度加速を始めたら止められない『神速』の脚を止める事に成功したのなら、これは最善の選択!』
司会の言う通りで、あたしは左のソールレットを右に取り付け、爆炎の加速でもって二つを蹴り出す。
「『メテオバレット』っ!」
平行じゃなくてちょっと傾けてくっつけた二つのソールレットはギュルギュルと回転し、貫通力を持ってデルフがいるだろう場所に突っ込んだ。
ズンッ――!
さっきとちょっと違う音――っていうか振動が闘技場に広がって、観客席を守ってる結界がビリビリ震える。
『相も変わらずデタラメな威力! 加えていつもならひょうひょうと別の場所に立っているだろう『神速』の姿はなし! まさかまさかの、全弾直撃かーっ!?』
残りのガントレットも撃ち込んで確実に――ってのも一瞬考えたけど、それはあたし自身が無防備になり過ぎる……一先ず発射したガントレットとソールレットを戻し――
「!」
砂埃の中から戻ってきたあたしの装備。その内の一つ、左のガントレットにデルフがつかまってた。あたしが武器を戻す勢いを利用してあたしの方に迫ってきたデルフの右脚には白い炎――ガントレットの軌道を変えてデルフを振り落とす――いえ、『神速』が見える速さでこっちに来てくれるんだから、これはチャンス! あの蹴りの威力は相当だろうけど、今の状態のあたしなら――っていうかこういう時に何とかできるかどうかの実験よ!
「はぁっ!!」
――ッォォン!
残りの右のガントレットと、デルフの白い炎をまとった蹴りがぶつかり、紅と白の閃光が一瞬だけ音を置き去りにした爆風となって炸裂し、あたしは――まぁデルフもだけど、後ろに吹っ飛んだ。
両手両足からの炎でやってた体勢を立て直すのを右手だけでやったあたしはどうにかこうにか受け身を取りながらゴロゴロ転がって何とか着地し、三つの装備を装着し直した。
本当ならここで立ち止まらないでデルフの追撃をするべきなんだけど……三回……特に二回目のが結構大きくて魔法負荷がドッと来た……デルフもボロボロでふらふらだといいんだけど……
「……今日一番の……「なんだい、今のは」……だね……」
爆発が舞い上げた砂埃の向こう、デルフがだいぶ苦しそうな顔で立ってた。だらんとした左腕、右脚に傾いた重心、お腹を押さえる右手……それなりにボコボコにできたみたいね。
『一瞬の攻防で相当な深手の『神速』! 対する『ブレイズクイーン』は見た所ダメージがありません! しかしそれも奇妙な話! 何かの準備を整え終えてから今までの間に三度! 相応のダメージを負っているはずの場面があったはずなのです!』
……相変わらずよく見てるわよね、司会のヤツ……
「一度目は……地面を叩いた時……」
あたしが司会のいる方を見てると、話すのも苦しそうな感じのデルフがぼそぼそ呟く。
「地面を砕いて目くらまし兼範囲攻撃……普通、それをやるなら相手にだけそれが行くように角度を調整する……そうであったなら僕も気づけたけど、クォーツくんは垂直に拳を打ち込んだ……自分にも瓦礫が飛んでくる攻撃をするなんて……思わなかったから、対応が遅れたね……」
「……あの一瞬で拳の角度なんて見てるわけ……?」
「二度目は僕の蹴りを止めた時……理屈ではわかるよ……蹴りの威力を相殺する為にジェット噴射を利用する……真横からの攻撃を拳を打ち込む形で止めると身体を捻る体勢になるからその後の追撃は難しい……だから左腕で受けて相殺する勢いは脚で代用……結果的にフリーな右腕が出来上がったわけだけど……クォーツくんの身体には僕の蹴りと爆炎の威力がぶつかることになる……あちこちの骨が砕けてもおかしくない荒業だ……」
「そうね、一番きたわね……」
「三度目は僕の蹴りとのぶつかり合い……僕の魔法を無効化していた時の爆発とはわけが違う、お互いの炎と威力の炸裂で……正直に言うけれど左脚が使えなくなったから仕方なく右脚で立っているだけで、今も右脚には激痛が走っているよ……けれどクォーツくんの右腕は……やれやれ、何ともないという感じだね……」
「……あたしも痛いのを我慢してるかもしれないわよ。」
「ふふふ、元生徒会長をなめてもらっては困るね……それなりの攻防があって体力の消耗もダメージの蓄積もあるはずなのにクォーツくんの身体は闘技場に入ってきた時と差がない……あるのは魔法負荷くらいじゃないかな。」
「……そこまでわかられると気持ち悪いわよ、あんた……」
両手両足から炎を出してる時、あたしの身体の中ではエネルギーの循環が起きてる。この影響であたしは「体力」ってものが常にマックスで、パンチやキックの攻撃はもちろん相手に近づくためのダッシュやステップとかを全力でできるし、単純に疲れない。
あたしみたいな……身体に炎をまとって戦うタイプの騎士なんてあちこちにいると思うんだけど、両手両足、特殊な構造の武装、普通よりはちょっとだけ魔法との相性がいい体質ってのが組み合わさって出来上がった状態らしい。
ただ、いつまでも全力全開ってわけじゃない。受けたダメージはそのままだし、魔法負荷は別物。疲れてる様子が無いせいであたしと戦ってる相手からすると、あたしはどんな攻撃を受けてもケロッとしてる感じに見えるっぽいけど、ちゃんとくらってる。
そしてこの……「ちゃんとくらってるダメージ」を無くすのがあたしの考えたもう一つの魔法。
アンジュの実家がある火の国ヴァルカノ。あそこは普通じゃ見られない、イメロが出した火のマナで作ったような、第四系統の火の魔法に特化した火の魔力が空気に解けることなく充満してるっていう特殊な土地で、そこで生まれた魔法生物はその大量の火の魔力をエネルギーとして取り込むことで魔法生物が時々持ってる再生能力を底上げしてた。
再生能力って聞くと特別なモノに聞こえるけどアンジュの師匠のフェンネルは「人間が持つ治癒能力の上位版」って表現した。要するに、早さや規模が凄いだけで根っこの部分はあたしたちが紙で指を切ったとしても数日後には治るのと同じ。
なら、既にエネルギーの循環が起きてるあたしはもうちょっと頑張ればあの魔法生物レベルの再生能力を再現できるんじゃないか――これがアイデアの始まり。
傷が治る事の原理……っていうか科学な仕組み? を考えたらたぶん滅茶苦茶なこと言ってるし、実際思いついた直後は欠片も再現できなかった。だけど魔法生物たちが「実際にやってる」のを見たからイメージはバッチリで、そこにベルナークの力っていう後押しが来たからもう一度試す価値は充分――そうしてついに、この魔法は出来上がった。
デルフや司会は「何ともない」って言ったけど別に攻撃を無効化してるわけじゃない。くらったらちゃんとダメージはあるけど、それが発生した端から再生――っていうかこの場合は回復? してるからそう見えるってだけ。痛みだってあるけどそれはほんの一瞬ですぐに無くなるからすまし顔で我慢できる。
戦闘中に身体にたまってくモノって「疲労」「ダメージ」「魔法負荷」辺りだと思うけど、あたしはこの内の二つを無くすことができた。これだけ聞くと無敵感がすごいけど代わりに「魔法負荷」が大きくなってて、戦える時間で言ったらむしろ短くなる。今はまだカラードの『ブレイブアップ』みたいな短期決戦用の魔法だけど、維持できる時間を伸ばしていけたら……だからこの一戦は、その為の練習にさせてもらうわ。
「さてさて……」
余裕無さそうな顔してるクセに余裕そうなことを呟きながら右手でポンポンと自分の胸を叩くデルフ。するとその身体がぽぅっと光って――しまった、うっかりしてたわ……!
「ふぅ……少し楽になったかな。」
準備運動するみたいに手足を軽く動かすデルフの顔からさっきまでの辛そうな感じがなくなってた。
そうよ……あたしのこの魔法やティアナが形状の魔法で傷を治したりするのが特殊なやり方で、普通「回復魔法」って言ったら第三系統の光の魔法の領分。速さのイメージばっかりあったけどデルフが自力で回復できてもおかしくないわ……
……いえ……それでもそもそも……
「……回復魔法はいいとして……自分で言うのもなんだけどあんた、フィリウスさんみたいなムキムキでもないのによくあたしの攻撃を耐えられたわね。もしかして飛ばしたガントレットとかは全然当たってなかったわけ?」
「そんなことはないさ。確かに直撃はお腹にくらったパンチだけであとから飛んできた方は壁にめり込んでいたけどとんでもない衝撃を浴びせられたからね。あれはもう「当たった」とカウントしていいだろう。ここが闘技場でなかったなら、一連の流れで僕は三、四回死んでるんじゃないかな。」
「でも技の解説できるくらいには踏ん張れたってわけ?」
「白い炎以外にも成長したってことさ。ほら、ほとんどの騎士は自身の得意な系統や武器が何であれ、戦いに赴く際の大前提として強化魔法をかけるだろう? 僕もそうだけれどそれを見直して……いや、見直すように言われてね。おかげでノックアウトを免れた。冬休み前の僕だったら厳しかっただろう。」
予定っていうほどのモノじゃないけど思ってたのと流れが狂ったわね……さっきの連続攻撃で倒し切れればラッキー、そうでなくてもダメージを与えて得意の超速を封じられればまだ先があったのに回復された……
「とはいえ、クォーツくんの一撃必殺を耐える為の強化魔法に結構魔力を使ったし、回復魔法も燃費が悪い方だからね。そっちの不思議な魔法に伴う魔法負荷とどっこいだろう。お互いに状態悪化でふりだしに戻った感じかな?」
ふりだし……相手の魔法を強制的に炎に変える魔法と今やってる魔法は同時に使えないし、やってもあんまり意味ないことはわかったから今の状態でやるしかない。デルフの超速移動の頻度を上回るタイミングでの攻撃――さっきみたいのはもうできないだろうから、いよいよどうしようもない。
だからこの先、デルフの攻撃を受けることはもはや前提。あたしにできるのは攻撃する為に目の前に来てくれてるデルフを殴ること。この試合一番の正念場よ、エリル……!
「――っ!!」
直後左肩に走る衝撃。ダメージは残らないし痛みも一瞬だけど蹴りの威力っていうか勢いはそのまま――攻撃を受けた瞬間に身体が飛んでいこうとするのを押しとどめる炎の噴射をして反撃――
カスンッ――
今までの蹴りとは比べ物にならない弱い衝撃。身体が飛んでいくようなパワーもない、むしろかすらせるように放たれたデルフの蹴りが顔の下――アゴの辺りにあたる。
ああ、これあれだわ。脳を揺らしてバランスを崩すとかそんなの。確かに、あんまり意識してなかったけどあたしのこの魔法ってダメージを即座に回復させる感じだからこういう……身体の機能みたいなのを狙う攻撃には発動しない――しなかった、かもしれない。
「!?」
あたしの目の前、体勢を崩すはずだったあたしに重めの一発を打とうと脚に白い炎をまとわせたデルフがギョッとする。
たぶんティアナが試合で見せた「元の状態に戻す」っていう形の回復のイメージが頭にあったのが影響したんでしょうね。感情系の魔法まで無効化できるかはわからないけど、とにかくあたしはバランスを崩すことなく軽くアゴをこすられただけで、デルフはここぞの一撃の為にほんの少しだけ「タメ」に入ってた。
要するに、隙ありね。
ミシッ――
なんていうか、身体からしちゃいけない感じの音があたしの打ち込んだパンチを受けるデルフの腕から聞こえたけど、あたしはデルフをそのまま宙に殴り飛ばす。蹴りの為にちょっと体勢が低かったデルフを狙った影響で咄嗟にアッパーになったからだけど足場のない空中に放り込めたのはラッキー――
ボンッ!
――って思って追撃しようとした瞬間、まんまあたしみたいに……なんならそこに目くらましの閃光も加えて、足の裏から白い炎を噴射してあたしから距離を取ったデルフ。
……「足場のない」って反射的に思ったけど……そういえばデルフの超速って脚に光の魔法をかけてるから空中だとできない……のかしら?
「……」
盾にするような感じで防いでたからそれに使った腕を――ダランと垂れる右腕を見て痛そう……というよりは妙に渋い顔をするデルフ。
……? 蹴り技主体だし、腕が使えなくても……バランスを取りづらくなるとかそういう……?
なんか……直感っていうか引っかかる……今すぐあの表情の理由を理解しないとまずいような、致命的に何かが間に合わなくなるような……
「やれやれ、末恐ろしいセンスだね。」
何について考えればいいのかわかんなくてちょっと思考が止まったあたしを見てそんなことを呟いたデルフの身体――というか存在そのものがなんかぼんやりする。あれは交流戦でやってた身体に「光」の性質を与えるとかなんとかっていう……
『な、なんと『神速』の奥の手がここで出ました! 十八番である超速移動は自身を一瞬だけ「光」にすることで実現していますが、そのままでは攻撃ができないため直前で元に戻る必要があるという欠点を無くしたパーフェクトな「光」状態! 光のまま蹴ることを可能とした反則技です!』
剣で例えるなら、さっきまでは相手の近くに移動してから抜刀して斬ってたのに、刀を抜いて走りながら斬るようになるってこと。攻撃の為に止まってくれないとこっちとしてはどうしようもないっていうのに……
「そっちの魔法が何をしているかはわからないままだけど、こうなってしまったら手数と速さで押し切らせてもらうよ。経験を積みたいのは言った通りだけれど、勝ちが前提にあってこそだからね。」
そう言ってデルフが姿を消すと同時に闘技場の壁まで吹っ飛びそうな衝撃を受ける。筋肉痛になるだろう強引な力の入れ方で体勢を整えて反撃しようとした時にはさっきと違う場所に同等の衝撃。思考も反射的な反撃も追い付かない連撃……!!
完全にサンドバッグ――さっきやったみたいな全方向への爆炎とかで無理やり止めないと、本当にこのまま押し切られる……!!
『肉眼では視認できない方が多いと思われるので皆さんにはモニターを見ていただきたいですが、恐ろしい光景です! 防御も回避も許さない速度で繰り返される『神速』の連続攻撃! 縦横無尽に光速で飛び回りながらのヒットアンドアウェイ! これには『ブレイズクイーン』も打つ手なしか!』
連続攻撃。奥の手であるこの状態になって行う蹴りは一撃必殺の威力のはずで、相手が展開した壁や盾に攻撃しているのならともかく、感触は完全に生身だというのに「連続攻撃」になってしまっている現状に、彼は苦笑いを浮かべていた。
全く効いていない――自身の中で確かな威力があると信じている一撃が相手に欠片も変化を与えていない光景。彼の奥深くに刻まれた「実力差」という言葉以前の「絶望的な格の違い」を思い出させる攻防。蹴られる事で体勢は崩すも表情は痛そうでも何でもないように見える二つ下の後輩の姿が不意に「あれ」と重なった瞬間、おそらく学院では一度もしたことのない表情――結果としては光速ゆえに誰にも見られなかった顔で、彼はその一撃を繰り出した。
彼には年の離れた兄がいた。彼が初頭のころには騎士学校を卒業して国王軍の騎士となっており、学生の頃から将来有望とされていた高い実力は二つ名と共に広まりつつあった。
兄の得意な系統は第六系統の闇の魔法で、主に重力系の魔法を使った強力な蹴りを武器に活躍していた。兄に憧れて騎士を目指していた彼は自身の得意な系統が第三系統の光の魔法だと分かった時には少し落ち込んだりもしたが、兄が「光と闇、速さと重さの兄弟騎士になるな!」と言ってくれた事で、彼は兄と同じ「蹴り」を、ただし「速さ」に重きを置いたスタイルを磨き始めた。
とはいえ当時の彼は幼い子供で蹴りの体術はまだまだ未熟。そこに光の魔法を乗せることもできていなかった為、兄は遥か高みにいる騎士であるし、まして六大騎士団や十二騎士に名を連ねる英雄たちは雲の上の存在だった。
そんなある日、騎士として活躍するほどに家に帰ってくることが少なくなっていた兄が唐突に、しかもかなり興奮した様子で戻ってきた。なんと、彼が住む町に六大騎士団の一つ、赤の騎士団こと『ルベウスコランダム』がやって来るというのだ。
兄の話によると町からそう遠くない場所にとある犯罪組織の隠れ家があることが判明し、討伐の為に赤の騎士団と国王軍が協力して動くことになった。万が一に備えて近くにあるこの町の護衛を国王軍が務め、犯罪組織の方を赤の騎士団が制圧するという作戦なのだが、戦闘前の準備兼、町にも潜んでいる可能性の高い組織の者を逃さない為に赤の騎士団も町にやってきたのだ。
兄は町の出身という事で護衛の国王軍の一人として参戦したわけだが、その旨を彼や町の者に伝えた頃には国王軍と赤の騎士団による町の包囲が完了しており、隠れ家に情報を伝えようとした組織の者らは早々に捕らえられた。
こうして、国王軍が町の防備を整える一晩の間、彼は一休みする赤の騎士団と出会う機会を得たのだ。
赤の騎士団と言えば第四系統の火の魔法の使い手を中心に文字通りの圧倒的な火力で数々の凶悪犯罪者や危険な魔法生物を倒してきた騎士団だが、最も有名なのは『灰燼帝』の二つ名を持つ団長の容姿だろう。騎士団を束ねる者相応の年齢ではあるらしいのだが、当時の彼と背丈の変わらない子供の外見であり、知らない者からすればごっこ遊びをしているか悪い方向に調子に乗っている子供という感じだろう。しかし背にした大砲のような武器から放たれる比類無き大火力が積み上げてきた戦績は本物である。
とはいえそれでも子供の見た目のせいで子供からの人気が妙に高い『灰燼帝』に町のちびっ子らの羨望の眼差しが向けられる中、彼と兄は違う騎士にその視線を向けていた。
赤の騎士団メンバーの一人である『紅蓮脚』ことフェンネル・ファイブロラ。蹴り技を主体とする者であれば必ず耳にするだろう実力者であり、兄弟にとって憧れの騎士である。
本来であれば部外者立ち入り禁止の臨時司令部の隅っこで、国王軍の騎士と小さな子供が一緒に自分ではない他の赤の騎士団メンバーに熱い視線を送っていることに気が付いた『灰燼帝』は、そんなめずらしい二人の方へと近づいた。
「!? か、『灰燼帝』さん――いえ、団長さん、団長様! な、何か御用でしょうか!」
急な事に愉快な反応をした兄を見上げながら『灰燼帝』は、やはり外見が子供なだけで中身は相応の年齢なのだと理解できる表情で「やれやれ」とため息をつく。
「変な呼び方すんな、俺はお前の上司じゃねぇんだぞ。それに用も何も、ガキを連れ込むな。お前の子供――いや、兄弟か?」
ジロリと視線を向けられた彼もまた、謎の敬礼をしながら若干裏返った声で答える。
「おとうとです! おに――兄がお世話になってます!」
「だから世話した覚えはねぇ。しっかし兄弟そろってその鍛え方はフェンネル狙いか。」
目的がどの騎士だったかは視線を追えばわかるとして、二人の戦闘スタイルを見ただけで見抜いた『灰燼帝』は彼の腰や脚を指でトントンと叩く。
「兄貴の方は一先ずっつーレベルだがお前はてんでダメだ、もっと走り込め。蹴りだのなんだのの前に基礎がなってねぇ。せっかくガキの頃から鍛えるなら意味あることしろ。」
六大騎士団の団長からアドバイスをもらう――誰にでも教えられるような内容だったとしても、彼のテンションは最高潮に達した。おそらく上司なのだろう騎士に怒られる兄と別れて家に戻った彼は両親に赤の騎士団についての話をこれでもかとし、話し疲れた勢いでそのまま寝てしまった。
翌日、出発した赤の騎士団の見送りと護衛の任務につく兄への激励をして家に戻ってきた彼は、そこから数時間後に人生最悪の時を迎える。
合図となったのは町から遠く離れた場所に上がった巨大な火柱。『灰燼帝』の魔法が炸裂したのだと町の子供たちが賑わったのも束の間、赤の騎士団のメンバーの一人が町に戻ってきた。
両腕を失い、腹部から大量の出血という瀕死の姿で。
そのまま息絶えた騎士が国王軍に伝えたのは、突如戦場に「化け物」が現れたという話だった。犯罪組織が何か奥の手でも隠していたのか、事態を重く見た国王軍からいくつかの部隊が援軍として出撃したが、その部隊からの連絡も途絶えてしまう。
異常なことが起きている――町人らにも理解できる異常事態に彼と両親は家の隅でじっとかたまっていたが、ついには町の入口の方で悲鳴が上がった。
護衛の国王軍らが何かに向かっていく音がするもそれらはすぐに止み、逃げ惑う人ばかりが増えていった。
「無事か!?」
そんな中突然家の扉が開き、彼らは心臓が止まるかと思ったがそこにいたのは兄だった。混乱極める状況で家族を助けにきた兄に従って別の安全な場所へ移動しようと家族が外に出たその時、彼らはそれを目にした。
「アナタは……ああ、違うわね。」
一言で言えば丸焦げの人間。身体が炭になっているような全身真っ黒なそれは、何かの装備の残骸か背中に妙な突起がある点以外は普通の人間のシルエットだった。だが明らかに異なるのは頭部――後頭部が後ろの方に少し長く、顔には紅く光る八つの目。詳しい情報を得ていない彼らでも察しがつく……これが、この騒動の元凶であると。
「マサカ『灰燼帝』とやり合えるなんて思ってなかったからうっかり色々喰らっちゃったけど楽しかったわ。コッチは国王軍が守ってるのよね? アアイうレベルの猛者はもういないのかしら。」
奇妙なイントネーションだが言葉を話すそいつに、彼と両親は恐怖で身体が固まっていたが兄は家族を守るために一歩前に出る。
「仲間の騎士を何人も殺したのはお前だな……!」
「ソウダけど、もしかして敵討ち? ワルイけどあなたレベルを相手にする気分じゃないの。セメテさっき首をはねた騎士くらいでないと。」
「――っ! この化け物めっ!!」
重力――というよりは斥力か、反発する力を利用した瞬間的な加速から放たれる兄の蹴り。インパクトの瞬間に高重力を加える事で岩の塊をも粉砕する一撃が真っ黒な化け物に打ち込まれた。
決まった! 倒した! ――兄の実力をこの場の誰よりも知っている彼は勝利を確信して身体を動けなくしていた恐怖を忘れる。
だがそれはほんの一瞬のことで、蹴りを打ちこんだ兄は驚愕する。
「ジツハ十二騎士がいたりしないかしらね。バンゼんじゃないけど、いるならちょっと味見するくらいはしたいわ。」
効いていない。防がれたのでもかわされたのでもなく、完全な無防備に完璧な直撃。一切の加減なく打ち込んだ蹴りは、相手が生身の人間であれば原形をとどめない肉塊にしていただろう。だが炭化してボロボロなはずのこの化け物に、兄は欠片のダメージも与えられなかったのだ。
「う、うおおおおっ!!」
続けて行われる蹴りの連発。轟音と衝撃が広がる中、化け物はそよ風程度にも気にしていないように辺りをキョロキョロ見回し、何かを見つけたのかスタスタと歩き出した。
「ま、待て、化けも――」
兄が化け物を追おうと一歩踏み出した瞬間、兄のその脚は膝の部分で切断された。
「――ぐあああああっ!!」
血をふきだして転げまわる兄に一瞥も最後の一言も残さずに歩いて行ってしまった化け物。結果として家族は助かり、重症は負ったものの兄は殺されずに済んだ。加えて言えば騒動の後、国王軍に優秀な光の魔法の使い手がいた為、手遅れにならず兄の脚は再生させることもできた。
だが兄はこれを機に国王軍を辞めてしまった。当時の彼には理解できなかったが今なら……命をかけた修羅場を幾度となく経験したわけでもない学生の身でも想像がつく。
兄の心は折れたのだ。伸び悩んでいたわけではないし、将来に不安があったとか追い付けないライバルがいたとかでもない。唐突に、この先自分が何をどうしようとも勝てない――いや、勝てる勝てないの話以前に相手にすらされない存在を知ってしまった。
身につけた力は無駄にならない。助けられる人たちはいる。それを理解はできても割り切ることができず、兄の騎士道はそこで途切れたのだ。
兄弟騎士としての夢を語ることは無くなり、彼が騎士を目指し続けると言っても「そうか」の一言しか言わなくなった兄。
騎士としての兄はあの時あの化け物に殺された。だから彼は化け物への復讐を誓う。そして願わくば兄が戻ってくれるように、彼は彼の騎士道を歩み始めた。
『なんという激闘! かつて『神速』をここまで追い詰めた生徒はいたでしょうか! しかしやはり学院最強! 勝者、デルフ・ソグディアナイト!』
見えない速さで繰り返される連続攻撃の中、まぐれでも何でも一発殴って脚を止められればチャンスはある――そう思って拳を振り回そうと瞬間、それまでとは桁違いの一撃を受けてあたしは倒れる。
痛みは一瞬だしダメージは回復するけど相応の魔法負荷が追加でかかるわけで、要するにその一撃で受けたダメージを回復させる為に発生した負荷の大きさにあたしはもう耐えられる状態じゃなかった。
闘技場の魔法っていうか仕組みのおかげで試合が終わるとちょっとは軽くなったけど感覚的に今までにないくらいズッシリきてる魔法負荷でかなりダルいことになってるあたしがヨロヨロと立ち上がるとデルフが苦笑いしてた。
「本当は、蹴りに意識が向いているだろうところに手を使った一撃で勝負を決めようと思っていたのだけどね。僕としたことが、それが顔に出てクォーツくんに疑念を与えてしまった。結果、最終手段を出さざるを得なくなったわけだけど……やれやれ、この後の試合が心配だね。」
手……そうか、それに違和感を持ったあたしもあたしでそれを顔に出さなければデルフは奥の手を使ってこなかった……「脚に意識を向けられてる」って思ってるこいつの裏をかくこともできたかもしれないってわけね……
「僕はクォーツくんに、元選挙管理委員長はサードニクスくんに勝利して「やっぱり三年生は強かった」的な感じになってオブコニカくんもニッコリだろうけど……僕は驚きとショックでいっぱいだよ、『ビックリ箱騎士団』。」
「……はぁ?」
「百聞は一見に如かず、というわけさ。」
闘技場から出たらいつものメンバーが待ってたけど、ふらふら具合を見てカラードがあたしも保健室に行った方がいいって言って、ロイドを運んだ時と同じようにあたしを車椅子に乗せて……気づけばロイドの横のベッドに転がってた。
「まさかエリルまで……そこのモニターで試合観てたけど、すごい魔法負荷でそうなったんだろ? 大丈夫なのか?」
顔だけこっちに向けて心配そうな顔をするロイド。
「ものすごくダルいってだけよ……闘技場の魔法でも戻んないくらいに全身ボロボロのあんたよりはマシ。」
「でも魔法負荷って大きすぎると死ん……じゃうんだろ? 気をつけてくれよ……」
「そうね……実戦で使ったのは初めてだったから負荷がどれくらいかわかんなかったけどこれで感覚がわかったし、うまく調整していくわ。あんたこそ……自分の身体で出来ない動きを無理やりするんじゃないわよ。」
「それは……はい……」
「でもまぁ、あんたもあたしも無理した結果負けてるからその無理が普通のレベルでできるようになればあいつらにも勝てそうね。」
「んー……オレとしてはアレを普通にこなせるレベルにならないと勝てないのかって感想だけど……」
「同じ感想じゃない。」
「えぇ……」
「一年生相手にお互い出し切っちまったな、デルフ。」
保健室に運ばれていった側に比べればピンピンしているが、今後の試合を考えると万全とは言えない状態となった元生徒会長――デルフに同様の状態である元選挙管理委員長――ジェットが……「困った」というよりは「面白くなった」という表情で話しかける。
闘技場の魔法によって試合終了後に回復するのはケガなどだけであって生じた魔法負荷は残ってしまう。ランク戦の連戦は実戦に近い環境を想定している為、実のところ「ケガなどは回復してしまう」が正確な表現で、大怪我などを防ぐために発動している魔法の影響でそうなってしまっているだけで魔法負荷は次の試合に持ち越すことを前提に戦う事が求められる。
対してこの「元組」の二人は先の試合にて共に自身の奥の手――必殺技兼最終手段である魔法を発動させてしまい、身体に残る魔法負荷は相当なモノだ。
「僕の方は反則みたいな魔法が相手だったから仕方がないとして、そっちは使わなくても勝てる状況じゃなかったかい?」
「まぁな。でももったいねぇし、考えようによっちゃいくつビックリ箱を隠し持ってるかわかったもんじゃない相手を追い詰めた時こそ全力で潰しにいくべきだろ?」
「それは……確かにね。」
見たことの無い魔法を次々と出して自身の速度に対応してきたついさっきの対戦相手を思い返すデルフ。
「一体どういう修羅場をくぐればああいう領域に入ってくんのやら。あいつら休みに入る度にどんな地獄に突撃してんだ?」
「さてね、個人的には羨ましい限りさ。僕も「戻り組」として外に出るべきだったかな。」
「あいつらと同じ経験をできるとは思わねぇが、可能性はあったかもな。」
その選択をした場合のことを想像したのか神妙な顔になったジェットだったが、対戦相手を知らせるカードをひらひらさせながらすぐに表情を切り替えた。
「さて元生徒会長さんよ、決勝でも準決勝でもねぇタイミングで満身創痍になっちまったが『ビックリ箱騎士団』とはぶつかってねぇ三年の猛者も現生徒会、委員会の二年もまだまだ残ってるぜ? どうするよ。」
「どうもこうも、こういう時にどう戦うのかを学院側は試しているのさ。」
「ま、そりゃそうだが……そういやデルフお前、前からたまにそういうことはあったが、妙に焦ってねぇか?」
会話のつながりがまるでない話題の変化に、逆に何も思うところが無く話題の一つとして聞いているのだろうジェットに少し驚きつつ、デルフはデルフで何事もないような顔になって答える。
「そう見えるかい?」
「三年にも後輩にもたまにいる――ああ、入学したての頃の『ブレイズクイーン』みたいな感じだな。「強くならなければならない」みてぇーな顔っつーか雰囲気っつーか、別に事情は聞かねぇしどうしろとも言わねぇが最近だいぶわかりやすいぞ? 『ビックリ箱騎士団』の成長に刺激されたか?」
「それもあるね。加えて……うん、最近目標が明確になってね……」
先ほどの試合で相手に一瞬重なった「目標」。冬休みに入る前に突如として遭遇――いや、再会して交戦するも本人ではない分身のような存在とすら話にならなかった「標的」。同じ目的を持つ騎士に鍛えてもらったが後輩との試合結果はギリギリ。自分の力不足か、相手の経験が豊富過ぎるのか、悔しさやら呆れやらを頭の中で渦巻かせ、しかし顔はいつも通りにデルフはジェットに笑みを向ける。
「やる気がみなぎっているせいで前のめりなのかもしれないね。」
「そりゃ結構だがのめり過ぎて転ぶなよ? オレらの場合、ランク戦の後にもう一個バトルがあんだからな。」
オレとエリルのランク戦は終わり、あとは他の『ビックリ箱騎士団』のみんなを応援して過ごしたわけだけど……何というか、さすがは三年生だった。正直みんな結構戦えていたし、もしかすると誰かが三年生トーナメントで優勝するかも……とか思ったりしていたのだけど、そんなに甘くはなかった。
学院の外でオレたちが戦った相手は全員が遥か格上で、ユーリやストカの手助けがあったにせよその戦いから得られる経験はすごく大きい。加えて……若干ズルいと思うけれど、ミラちゃんのおかげでみんなの武器は強化され、できる魔法も増えた。
けれどあれらの戦いとランク戦とでは決定的に違う点が一つある。それは、相手にこちらの手の内を知られているという事だ。勿論、根本的な戦闘スタイルの相性もあるから初見の相手なら絶対勝てるというわけではないけれど、とにかく三年生の先輩たちは一回戦で見せたオレたちの動きや魔法への対策を自身の得意な系統の魔法の中で組み立てきたのだ。その全てが上手くかみ合ってみんなを追い詰めたわけではないけれど確実に苦戦し、一人また一人と敗退していったのだ。
オレたちの中で最後まで残ったのは準々決勝まで勝ち上がったティアナ。進化した『変身』によって作り出される多種の武器と多様の身体が圧倒的な対応力となって先輩たちの対抗策をも超えて行ったのだけど、最後にぶつかったのは現生徒会長のレイテッドさん。問答無用の広範囲高重力に加えて『デモンハンドラー』の二つ名の通り、ティアナのように多種多様かつ強力な悪魔を召喚してきて……『ビックリ箱騎士団』の三年生トーナメントへの挑戦は幕を閉じた。
ちなみにレイテッドさんは二年生でありながらそのまま三年生トーナメントを制覇した。ベルガーさんやデルフさんはというと、他の「元組」や「戻り組」とぶつかって敗退してしまった。司会の人の解説によれば本来決勝を見据えて魔法を……節約? するべきところをオレとエリルとの試合で全力を出した事で大きな魔法負荷を重ねてしまったのが敗因の一つらしい。
オレたちのせいと思うと大事な三年生最後のランク戦なのに申し訳ないのだけど、エリルは「とりあえず一矢報いたわね」と言ってニヤリとしていた……
そしてもう一つ、これも意外……いや、そもそも「意外」と思ってしまったのも色んな強敵との戦いで強くなった自分に少し慢心があるからなのだろうけど……一年生トーナメントで戦っていたアレクは決勝で敗れて準優勝となった。
他のメンバーと試合が重なったのもあってその戦いを観たのはカラードだけだったのだけど、曰く「アレクのパワーや新しい魔法の『ゴルディアス』の穴を突かれたような、かなり相性の良くない相手だった」らしい。
そう……オレたちが学生の経験する可能性のある戦闘からはかなり外れたレベルの戦いを経ているのは事実だけれど、ここは名門セイリオス学院。そこに入学できる時点で金の卵だろう才能が学院の導きによって鍛えられていく場所……オレたちの同級生も前回のランク戦から今日までの間で確実に強くなる。ズルいと感じているベルナークシリーズ同等の武器というアドバンテージなんか、あっさり覆される事もあるだろう。
加えてオレたちは二年生になり、一年生という後輩が入ってくる。その中にだって既にオレたちを超えるような猛者がいてもおかしくない。エリルが強さを求めてズンズン歩いていくのを見習って、オレも気を引き締めなければいけないな……!
「何やら決意に満ちた顔をしているところ悪いがロイドくん、まだやることがあるぞ。」
ランク戦が終了し、レイテッドさんの挨拶や観戦していた偉い人やら騎士さんやらが色々とほめてくれたりした閉会式を終えて一年生の残り少ない日数をどう過ごしていくべきかを考えようとした時、ローゼルさんに首根っこをつかまれて部室の方へと引っ張られた。
「へ、な、何かありましたっけ……」
「まずはあの夜についての情報共有だな。」
言われてハッとする。ラパンの街が眠っている裏で起きていた襲撃……ランク戦中だからということでみんなへの説明を後回しにしていたのだ。
「あ、でも前に話した通り記憶が曖昧だからフィリウスとかに聞いた方が確実かと……」
「それはそうだろうがそういう事件の直後に十二騎士と話せる機会を作れるか微妙だろう? ならせめて曖昧ながらも記憶が新しい内に聞いておきたい。エリルくんと二人だけの秘密にはさせないぞ。」
「……あんた、そっちが目的ね……別にそういうんじゃないし……」
「そういうのであろうとなかろうと、夫が経験した重大な出来事は妻としてしっかり把握しておかなければなるまい。」
「ツ、ツマ……」
「夫婦間のあれこれもあるだろうが、おれもロイドが見たものには興味がある。試合で見せた素晴らしい動きもそこから得た何かなのだろう?」
「た、たぶん……」
カラードとアレクも一緒に『ビックリ箱騎士団』全員でぞろぞろと部室までやってきたオレたちは扉を開いて――
「おう大将! やっぱり来たな!」
――バカでかい声に出迎えられた。
「ランク戦お疲れ様パーティーを部室でするだろうとふんだが大正解だ! 悪いが羽目を外す前にちっとばかし話に付き合え!」
部室の中でそのデカい身体と比較すると小さく見える椅子に座ってたのは今さっき話に出たフィリウスだった。
「いや、別にパーティーの予定はないけど……あの夜のことだろ? ちょうどフィリウスにも話を聞けたらなと思ってたんだ。」
「……あんたが思ってたほど忙しくなかったみたいね、十二騎士。」
「いや……それはそれで事の重さが増したというモノだ……」
キリッとした表情になったローゼルさんを見て、フィリウスはニヤリとする。
「だっはっは、相変わらず察しがいい嬢ちゃんだ! こりゃ大将が浮気したら一発でバレるな!」
「ロイドくんはわかりやすいのでわたしでなくてもわかるでしょう……それよりその夜の件、ロイドくんとエリルくんの記憶が曖昧なのとも関係が……?」
「それもズバリだ! つーか俺様も曖昧でな! ぶっちゃけ大将――っつーかそこを経由してのカーミラちゃんに話を聞きたいってのが本音だ! どうせ聞いてるんだろ!?」
と、フィリウスが言うのとほぼ同時にミラちゃんがオレの真横に現れた……!
「あまりロイド様を巻き込まないで欲しいのですが。」
「だっはっは、最初はそのつもりで俺様から個人的に連絡を取ろうとは思ってたんだがな! あれこれ巻き込まれる大将だ、この先の為にも細かい事を知っておいて損はねぇだろうし、だったらこういう場でまとめて聞くのが手っ取り早いだろ!」
「まったく……ロイド様、お身体の方は大丈夫ですか?」
するするとオレの身体――制服の下に手を入れてあちこちなでるミラちゃん……!
「びゃ、だ、大丈夫だよ!?」
「そうですか? しかし念の為です。」
「ひゃあああっ!?」
「いきなり出てきて何してんのよ変態吸血鬼!」
「だっはっは、俺様も見たがあの動きは大将の貧弱な身体じゃあ限界突破確実だからな! もっと筋肉をつけるんだ!」
「フィリウスさんのようになられますと抱きしめることが難しくなるのでほどほどにしていただきたいですね。それに筋肉の量ではなく質を上げるという選択肢もあります。」
「ほう、そいつは興味深いな! 俺様の筋肉もパワーアップできるのか!?」
「どうでしょう。フィリウスさんはワタクシと腕相撲をして勝てると思いますか?」
不意にそんなことを言いながらオレの服の下から細くてきれいな腕を戻してひらひらさせるミラちゃん……!
「だっはっは、そういうことか!」
身体が資本の騎士であるなら、男女問わず誰もがフィリウスのようなムキムキを目指すべきところをそうなっていないのは強化魔法があるから……らしい。筋肉をつけることが無意味というわけではないけれど、単純に「これだけのパワーを出すのに必要な筋肉を得るにはこれくらいの時間と手間がかかるけれど、強化魔法ならそれほど問題にならない魔法負荷で実現できる」ということなのだ。
ただ、ミラちゃんが言っているのは強化魔法ありきの話ではない、素の力だ。外見だけで見ればミラちゃんの細腕がフィリウスの剛腕に勝てるわけはないのだけど、いい勝負、もしくはミラちゃんが勝つだろうと思ってしまうのはミラちゃんが吸血鬼だからだろう。
魔人族のみんなと接していて「力が強い」と感じた事はないものの、いざ戦闘となれば人間を遥かに超える身体能力を発揮するわけだから、筋肉も根本的に何かが異なるのかもしれない。
「ロイド様のお身体にはわずかながら吸血鬼性がありますからね。それを上手に調整すれば人体の強度は跳ね上がるでしょう。さすがにいきなりフィリウスさん並みとはいきませんが。」
「調整? えぇっと、ツボを刺激するとか……?」
「さすがロイド様、かなり近いです。簡単に言いますとワタクシの力を込めたマッサージですね。ランク戦で傷ついたお身体の回復にも役立つでしょう……」
うふふという感じにほほ笑むミラちゃんだったけど、ギラリとローゼルさんの目が光る。
「何やらいやらしい気配を感じたぞ! そのマッサージ、どういうモノか聞かせてもらおうか!」
「それは――いえ、先に件の夜についてお聞かせしましょう。フィリウスさんをお待たせしてはいけませんからね。」
「だっはっは! そのマッサージとやらをしたいが為にとっとと別件を片付けようってか! 頑張れよ大将!」
「ひぇ……」
様々な部活の拠点となる部室が並ぶ建物の外。この先に待つだろう展開にドキドキしている田舎者の青年がいる部屋の扉を遠目に眺めている二人の人物がいた。
「『ビックリ箱騎士団』……実績、将来性、繋がり、そのどれもが最高クラス。光り輝く星の下には更なる光も集まろう。彼らが「悪」であるとは言わないが、しかして光があれば影もあるのが世の常よ。お前の実力は見させてもらった。無用の騒動に巻き込まぬよう、力を尽くせ。」
落ち着いた低い声でそう言ったのは、何かのシンボルのような模様の入ったネクタイをしているスーツ姿の男。顔のしわからするに相応の年齢だと思われるが、ピンと伸びた背筋とがっしりとした体格はただものではない雰囲気を漂わせていた。
「お任せください。正義の名の下――」
そしてスーツ姿の男に敬礼のようだがあまり見ない動きで答えるのは制服姿の男子生徒。ネクタイの色から田舎者の青年と同学年のその人物は、片手に持つ丸くてシンプルな盾を構えながら決意のこもった表情でスーツ姿の男に宣言した。
「――聖女は自分が守ります。」
騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第十章 ぼこぼこ決着
デルフさんには何かある――そんな風に書いてからかなり間があいてようやくそれが判明しました。
当初は面倒事を毎度持ってくる愉快な生徒会長なだけだったんですが、いつの間にか今のように……卒業後はどうなっていくのでしょうか。
そしてランク戦、他の面々の活躍ももう少し書こうかと思っていたのですがデルフ&ジェットが山だったので今回はおあずけとなりました。すごい三年生はまだいたのですが……
さて、この話は次のエピローグで終わりの予定です。
そして最後に出てきた謎の二人が次の話で関わってくるはずです。聖女とは何者でしょうね。