地獄変を再読

21:14
こんばんは

まあ
再読どころか再毒とでも
申しましょうか。

皆様ご存知
文壇ビッグネームの芥川先生作品ですな。

このところ
感興を覚えた
令和国産作品を
片っ端から読み耽っておりまして

その反動から
なんとなく
先祖帰り。

とか言ったら
先生に怒られるでしょうか。

以前にも何度となく
記したように

私は先生の作品は
文豪方々躍起と呼ばれるような

かの時代に於いてさえも

一番とよべるほどには
だいたい好きなのですが

地獄変と河童は
その中でも群を抜いて。

どちらも
その前に
蜘蛛の糸を一旦読んでから
入るのがコツ。

今回もそうしました。

で、まあ
今回の地獄変事後感想としましては・・・

やはり
狂気をはらんでいない
人間など
ほとんど居なく

更にいうなら

みな
何かしらの
大義名分ともよべる
それが
あるなら
簡単に
理性という薄皮を破り捨て
酸鼻極まる光景を求めている

求めかねない

いうこと。

絵師にしても
大殿にしても

芸術至上の為にではなく
それを求める者を罰する為でもなく

逆です、
その光景を愉悦すべく
それらを理由にしている

むしろ
千載一遇に訪れた
好機の如くに。

だから
最後の方で出て来て
説教を説く高僧も
結局は
納得みたくなってるでしょ。


ええ

高名な先生方々の考察は
多岐にわたる御高説が幾らでも。

今更
私なんかが

とも
馬鹿にされるのは
間違いではなく
至極
ご尤も。

それでも

私にしか
見えないかもしれない
先生の言いたかった
伝えたかった
それを
理解出来ている可能性は
ほんのすこしばかり
あるのかも
しれません。

まあ
この社会常識に照らし
当て嵌めるのならば
よほどの
変人にしかわからぬような。

地獄変のなかで
もっとも
人間的な

良識のある

心優しい登場人物は
誰かといえば

それは

絵師の娘ではなく
語り手でもなく

わたしは

猿だと思います。

いやいや登場【人】物って

と!

思うでしょ?

違うのですよ、
猿こそを
この世界にはほぼ居ない
もっとも
人間らしい
登場人物に仕上げているのです。

それこそ
人間達が作り上げた
もっとも好ましい
人物像として。

だからこそ
対比が
眩しいほどに目に映る

のでは。

人間では先ずあり得ない
その理想像に
畜生と作中では記しながらも。

勿論
言うまでもなく
先生は
やはり
比べるべくもなく
私なんかとは違う
遥かに出来のよい人だったのでしょうけど

それでも
こうして
先生がお亡くなりになってから
ほぼ100先の未来に
もしかしたら
同じような思考タイプを持つ
私が
遺された思想を
感じ取っているのかも
しれないと

思うと

それは
まるで

奇跡というよりは

たぶん
当然のことなのでは

不思議なのですが
当たり前のように
感じてしまうのは

何故なのでしょうか。

ねぇ 先生?

地獄変を再読

地獄変を再読

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-09-16

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