映画『バックルームズ』レビュー
CG全盛の時代にあってアナログ撮影に徹する気概にべた惚れ。そのクオリティがまたノスタルジーで誤魔化したりしない新しさに満ちていて、すごい作品を観たと興奮しきりでした。
エンドロール後に追加上映される内容も参照する限り、あの「空間」の材料となっているのは人間の記憶、それも社会生活に行き詰まり、人生の出口が見えなくなった人たちに関するものがほとんどだと推測できます。その証拠に家具店を営む男、クラークのカウンセリングを行なっていたセラピストのメアリーが『バックルームズ』からどうにか脱出した後、「空間」の調査に当たっていた民間会社に一旦は保護されるも貴重な資料として社内に軟禁されることが確定すると、その現実を模した部屋があの「空間」に生まれていました。
メアリーは、幼少期にも精神に支障をきたした母親に軟禁された過去があります。その状態から無事に脱し、セラピストとして自立した生活を送っていましたが、あの「空間」に関わってしまったが故に人生があの頃に逆戻りしてしまった。それが分かった時の絶望的な表情は、堂々巡りというキーワードと共に、本作最大の謎に迫るヒントのように思えてなりませんでした。
広告に関するシーンがやたら多かったのも同じです。よくいわれる事ではありますが、マスに対する販促を仕掛け、利益を上げようとする経済活動はマクロな視点へと向かえば向かうほど、そのシステム自体が生き物のような蠢きを見せ始めます。プレイヤーである個人はその動きを御することができません。人間のために経済が営まれているのか、経済活動のために人間が存在しているのかが判然としなくなる。
ダビングし放題のビデオテープにも似たような一面があります。山積みにされたそれらを前にして、一体どれがオリジナルだったのか。それを識別することはおよそ不可能です。身体の器官として自己完結しておきながら、その機能として膨大な情報を処理している私たち人間の脳内にも同じ構図を見て取ることはできるでしょう。私という意識が生まれる場所であるにも関わらず、そこで行われているものの全てを把握するなんて誰にもできない。止まることを知らない拡大、複製、あるいは再生。これらの事象は、あの「空間」内で起きていたことそのものでした。SNSについても完全同旨。これらの事実に覚えてしまう底知れない恐怖、それこそが『バックルームズ』で見失ってはいけない真実なのでないか。そう理解するとただのパニックムービーに止まらない奥深さをスクリーン上に見つけられて、感銘を受けるばかりでした。
あくまで私見ですが、本作に関してはジャンルに拘ると描写の数々が中途半端に思えてしまい、その面白さが一気に減じる面が少なくないです。なので思いっ切り色眼鏡をかけて、映画史における異端を味わってやろうじゃないかという斜に構えた態度で鑑賞に臨むのがベスト。噛んでも噛んでも噛みきれない映画を丸飲みする、そんな快感をとことん楽しんで頂けたらと思います。お勧めです。
映画『バックルームズ』レビュー