誕生日
家に帰ると知らないスニーカーが並んでいた。誰か来ているのかと考えたが、今日はお父さんの誕生日なので、姉が帰ってきているのだとすぐにわかった。
栞は冷蔵庫に頭を突っ込んでいて、何かを探していた。
「帰ってたんや」後ろから声をかけた。ゆっくり身を起こした姉の髪はずいぶん伸びていた。
「おかえり」
「何か探してる?」
「麦茶どこやったかな。もう作ってないん?」
「最近動かしてん。下のところあるやろ」
「あった。こんなとこ絶対わからんやん」笑いながら、ペットボトルを取り出した。
テーブルに移り、コップに水を注いでいる栞の正面に僕は座った。
「何見てんの? なんか付いてるん」
「いや、そういうのじゃないんやけど」
「じゃあなに?」姉は携帯の画面に顔を落としたまま言った。
「いや。うちって元々お兄がおったんやろ?」
姉は目をむいて僕を見た。
「そうなんや。額ももう知ってるんや。お母が言ってたん?」
「いや聞いてない。自分が勝手に寺から届いた手紙見た。そこに、島原花様って知らん名前書いてあったから」
姉は肘を立てて手で顎を触り、しばらく何か考えている様子だった。それは一緒に住んでいる時には見たことのない仕草だった。「まあ。そういうこと。私から聞いたってのは、言わんとってな」
そう言われることは何となくわかっていた。
「なんで言わへんのやろな」
「さあ。うちのキョウイクホウシンやろ」姉はわざと一言ずつ区切って言った。
「俺のお兄はさ」僕は言った。「なんで死んでもたん?」
姉は携帯から顔を上げて、僕の方をまっすぐ見て言った。「交通事故。来年から小学生っていう歳やったな。私は今のあんなと同じ歳やったよ」
「全然知らんかった」
「うん。言えへんかったんやろな」
「そういうもんなんかな」
「そういうもんなんやろ」
「お父さんとお母さんは今寺行ってるんやろ。お兄に会いに。お姉ちゃんは行かんでいいん?」
「私は行かん。寺に花はおらんからな」
そういう姉はなぜか僕と目を合わせようとしなかった。
玄関で音が鳴り、両親が帰ってきた。
「栞ちゃん帰ってるんやあ」と母の声がして、
「さっき帰ったあ」と姉が仰け反りながら叫んだ。
母は寿司を買って帰ってきた。姉はそれをとても喜んでいた。
その日、僕らは家族で映画を見た。昔テレビで録画したものを、姉が見返したいと言ったので、家族で観ることになった。居間にスクリーンを下ろして、小さな映画館のようにDVDを上映した。部屋の灯りを消して、全員でひとつの画面を眺めていると、まるで僕らは穴蔵で身を寄せ合って危険が去るのを待っている小動物のような気分になった。何か見えないものが僕たちを結びつけているのだと、その時に感じた。
誕生日