詩集 修羅と名も無い僧 五章

五章

 老いた猫のために、鼠達が、小魚を持ってきた。
 猫は悲しい声で言った。
「私は今まで、お前達を虐めていたのに、良いのかい」
 鼠達は、小さな眼を潤ませて話した。
 全て、過去の事です、赦します、と言った。
「僕達には、貴方が飢えている姿が、哀しいんだ」

 蓮の花が咲いたけれど、花弁はすぐに散りました。
 散った花弁は、我先にと、泥沼に飛び込みました。
 泥の中で腐り崩れていく花弁は、心が穏やかでした。
 一切の怖れも苦も無く、微笑みました。
 やがて、自らが無に帰して、心が残ると、
 種に生まれ変わり、再び泥沼へと、飛び込みました。

 人のいない林道で、足が折れて動けない僧がいた。
 僧は勇敢に叫んだ。
「虎よ、虎はいないか、私を食べなさい」
 姿を現した虎の背中には、菩薩に成る寸前の光がいた。
「私の肉体を、貴方にお布施致します」
 僧に迷いなど無かった。
 光を宿した虎は涙を流し、牙をむいて飛び掛かった。

 人の心に不和の種を植え付けるという事は、
 君自身が、常に心の中に不和を抱えているのだろう。
 人の怒りや、罪悪感を煽るという事は、
 君自身が、怒りや罪業の念に、囚われているのだろう。
 友人達に争うきっかけを与えるという事は、
 安寧や誠実とは、無縁の所に、君はいるのだろう。

「優しさとは何ですか」
 目の前に倒れている人がいたら、抱き起す事です。
「強さとは何ですか」
 どれほどに苦しい朝でも、暮れ方には、空を仰ぐ事です。
「美しさとは何ですか」
 生きる事です。それだけで良い。

 けれど、毎日、朝を迎える度に生き返る気持ちです。
 窓の外が明るくなっているだけで、嬉しく思います。
 貴方と話しているだけで、命を注がれる気持ちです。
 痛みも、苦楽も、幸せも、分かち合う私達ですから。

 私が地獄に堕ちたとしても、一緒に来てはいけない。
 貴方にはいつまでも、幸せに生きてもらいたい。
 だが、正直に話してしまうと、とても嬉しかった。
 貴方が「君と命を共にしたい」と告げてくれた時、
 私は貴方の愛情に、正気を奪われた。
 貴方の事ばかりを想う、木偶の坊になった。

 記憶は壁。怒りは手。
 手で壁を押しても、動かせない。
 記憶は壁。赦しは眼。
 眼で壁を見つめたら、落ち着く。
 記憶は壁。遊び心は絵具。
 絵具で壁を彩れば、愉快じゃないか。

 壊れた心の欠片を、二人でひとつずつ拾っていこう。
 ね、私達にできない事なんて、それほど無いから。
 秋の足音に、私達も歩幅を合わせて、一緒に行こう。
 ね、一人で冬を迎えたら、ちょっと寒いから。
 地獄に堕ちても、希望が見えても、愛し合おう。
 ね、二人一緒で、生きたいだけだから。

 生きたいという願いが、生きる苦しみのあまりに、
 大粒の涙に変わってしまうならば、何も語らないで。
 明け方の窓の前に、椅子を置いて腰かけよう。
 太陽を待とう。肩を震わせて、慟哭しよう。
 項垂れたまま、ポタポタと涙しよう。
 悲しみの心を手紙に綴り、神様だけに読んでもらおう。

 人は皆が弱い。本当に強い人間なんて、いない。
 けれど、人を殴る時、人は凶暴だ。
 人は皆が臆病だ。本当に勇敢な人間なんて、いない。
 けれど、憎しみや怒りを抱える時、人は恐れ知らずだ。
 人は皆が、人を赦せる。
 ただ、難しいだけなんだよ。
 強く、勇敢に、赦してあげれば良い。

 二人、三人、四人。皆で分かち合った幸せは、温かい。
 四人、三人、二人。去りゆく影には、手を伸ばせない。
 この地上で、数は増えも減りもしないよ。
 ただ、心に乱雑に描いた線引きが、錯覚させる。
 独りぼっちになったら、どうしよう、と彼らは震える。
 友達の笑顔を、遠くに眺めながら。

 今朝もまた、私は生きている。
 明けの空には、嘘が無い。
 夜になれば、誰かが、死んでいるのだろうね。
 途轍もなく恐ろしい悪魔に肩を掴まれて、
「さあ、嘘を言うのだ」と脅されているのだから。
 真昼になれば、死者は嘘で穢れた心には、目を伏せて、
 正直者だと思われたくて、笑っている。

 敵か味方か、その考え方は人間への甘えだ。
 君もいつか、気づく時が来るだろう。
 誠実に想ってくれる人は、味方以上に、大切なんだ。

 殴り返さない相手を、殴り続ける。
 その下劣な見世物に、有象無象が歓声を上げる。
 拳は、血に汚れる。心も、汚れていく。
 集った者達を、友達と見紛う。
 いや、或いは友達なのだろう。類は友を呼ぶと云う。
 その証拠に、相手の背中は殴れても、
 正面に立ち、顔を殴ることはできないだろう。

 黙して荒原に井戸を掘る姿。
 水を欲する人々に、対価を求めず与える姿。
 自らが飲む分の水をも、幼子に与える。
 喉の渇きにさえ、喜びを見つける。
 黙して夜の地平線に、背中を預ける。
 降って落ちるかのような、光の粒。
 眦を決して落ちた、涙の粒。
 明日もきっと、井戸を掘る。

 私は、格好をつけてこのような事を、言うのではない。
 妄執的正義、憤怒、闘争心に焼き尽くされ、
 赦す事でしか、我が魂を自由にできないと、気づいた。
 だから、怒りや悪意といった武器を巧みに使う者は、
 実は極めて不自由であると、知っているのだ。
 赦しは自らの手枷足枷を外す鍵である。

 渦中の記憶と向き合い、何もかも、赦そうとした。
 すると、魔が競い立ち、心を蝕もうとした。
「赦して何になる、損するぞ、報復したまえよ」
「赦しなんぞ甘えだ、闘え、争え、傷を負わせろ」
 しかし、彼は負けなかった。負ける筈が無い。
 赦したいという本願は、人間愛の神武である。

 街路の木陰、我が子を抱っこ、母の姿。
 良く泣くね、良い子だね、よしよし、と揺らす。
 子供の目はどんぐりのようで、
 母の姿は、菩提樹のようであった。
 母子の静かな愛によって、私の心に閃光が弾けた。
 昨日会ったばかりの、お母さんに会いたくなった。

 母は私と会う度に、何度も、ありがとう、と言う。
 私はそれを「ちょっとしつこいなあ」と想っていたが、
 今になり、自身が恥ずかしくなった。
 親の心子知らずとは、まさにこの事だ。
 その豊かな心を以て、息子にお礼を何度も伝える。
 その様に有難い母が、世界のどこに、いると言うのだ。

 十月に、空と海を越えていきますから。
 どうか胸を弾ませて、貴方らしくもなくそわそわして、
 空港にて、私を待っていてください。
 二か月前には、涙を堪えてバス停で別れたけど、
 再び、正面から君と向き合って、手を握ったならば、
 私の手が歓喜に震えていても、黙っていてください。

 真っ暗な部屋で、青年が首を吊ろうとした。
 悪魔が真っ先に駆けつけて、その縄を断ち切った。
「何故、邪魔をする」
 悪魔はボロボロと泣きながら、懇願した。
「どうか最後まで、生きてください」
 すると、魔の体は姿形を保てず、光の破片となった。
 欠片は暫くの間、青年を照らしていた。

 都市に散る光の欠片を、菩薩達が拾い集める。
 硝子瓶に封じて、その淡い輝きを、海に放つ。
 東へ、西へ、金銀の波に揺られて、生まれ変わる。
 数多の星と護法善神が、瓶の子らを助ける。
 山岳の頂にて祈る僧が、荒行に気を失うと、
 誰かが小さな声で、普遍的愛の誓願を立てる。

 周囲の人々に対し、受動的姿勢を取っていれば、
 理性による応答ではなく、感情による反応が起こる。
 反応によって生じた言動とは、刃である。
 人がいようと鳥獣がいようと、自発的姿勢を保てば、
 常に自身の胸中から発している、祈りが一心となる。
 祈りは形に依存しない、普遍的愛なのだ。

 喜びを得る事は、苦しむ事と異義でありながらも、
 その箱の中身には、何ひとつ、差異が無い。
 ひとつの箱の中身に、喜びと苦しみが梱包されている。
 皆は、箱がふたつある物だと、思い込んでいるのさ。

 父も一人の人間として、苦しかったのだと思う。
 あの人の気持ちを微塵も考えずに、生きていた。
 遠くから、名前を呼んでもらった時、
 目の前で、しかってもらった時、
 大丈夫だよ、と抱きしめられた時、
 いつだって、私は言葉が出なかった。
 親はいつか亡くなるが、愛された実感は永遠だ。

 剱岳を登る僧は、命を惜しいとは思わなかった。
 猛々しく、忿怒の顔で登り続ける。
 かつての彼は、やくざ者であった。
 恨みも無い大勢の人々を、地獄に突き落とした。
 御仏の山に登るのは、浄罪のためでは無い。
 自らの命を誓願と化して、皆を救い戻すためだ。

 苦しまないと、詩は書けない。
 詩が書けると、私は人間に成る。
 苦しみは、幸せの糧であり、功徳であり、
 幸せは、苦しみの昇華であり、青い泥である。
 この命は種であり、泥中に眠り、生きている。
 種は等しい苦楽と、底無しの希望により、開く。
 僅かな時を白日の下に咲き、無上の想いは文に成る。

詩集 修羅と名も無い僧 五章

詩集 修羅と名も無い僧 五章

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-08-28

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