俗悪詩集

辛い労働環境で終電間際まで働き、毎夜ふらりと無心で列車に飛び降りそうになっていた時期に、縋るように書いていた時期のささやかな詩を集めています。かなり象徴派に影響を受けています。鈴木信太郎大好き~。

  蜘蛛の銀飛沫(ぎんしぶき)

悲哀に重たく 銀の瞼降ろす
荘厳な 遥かなる硬き天空が、
余りの切情に、亀裂から涙落し、
わが肉 ぞっと神経へ染むがように、

俟ちびと 一途に俟ちつづける蜘蛛、
片恋の恋人の不在 わが巣で不断に耐え、
死の時が来て、腹に溜め膨らませた涙を、
滅びながら 絞るが如く銀に飛沫(しぶ)かせるのであった、

その銀の体液 さながら(きよ)き光の清むいきれ、
神経さらす雪景色に かのシモーヌの(こぼ)した
一条の 鮮血の詩性に、照りかえしが似るよう、

銀の蜘蛛の淋しさに わがそれ重ねる、
賤しき詩人の僕なれば 君が涙の飛沫、
爪に塗ろうか。されば歌 引掻いてもみせようか。



  亡き王女のソナタ
    ──エドガー・ポオへの愛着の詩

かの一音…
  はや亡き貴女のましろきゆびさきで、
さながらに銀の雨粒、澄む青玻璃(あおはり)
  たんと落ちるがように響くのなら、
ぼくが心は夢の追憶へと、
  かの喪失の日へ連れこまれるのに、
淡いゆびさき ぼくが夢想に翳と揺れるばかり、
  音楽は鼓膜──揺らさない。

その音楽は銀の月夜に
  霧のように青く霞んでいたのかしら?
あるいは夜の群青 冷然と貫く
  しろき(いかづち)であったかしら?
いずれもまたわからぬこと、
  ぼくが識るのはその一音さえ鳴れば、
聖なる光を浴びる幼き日々
  聖歌を想起するということ──ほかはない。

嗚 あれは少年期のぼく等、
  無垢という名の
神経の糸を弾く、
  涙と涙の綾織る、
まっさらな
  清むいたみではなかったろうか?
あお紫に病むぼくが頬、
  いたみを純粋に感受したそれ──もはやない。

それは不連続の閉ざされた淋しさ、
  真紅の薔薇の流血なる連続の幻、
死と憐憫とに飾られた
  絵画に 四方を覆われた、
暗い城の一室の啜泣…
  其処で鳴り
ぼくを生き抜かせた、
  汝が姫の一音を聴くのは、またとない。



  黒と赤

  官能打つ通奏低音と
(しず)かに湖の心中と沈められる
  穿たれた黒の空間、沈鬱な花
はらはらと墜ち呑むが如く、
  其処にめざめるは絶世の絵画よ、
腰の不連続な焔 夢想(ゆめ)と閃かす
  舞台に溶け、深淵に糸曳けば肉の底ふるえ、

   *

ふと(まなこ)打つ刺激に華みひらけば、
  めいっぱいに真紅の風景拡がり、
どぎつく毒と這入りこむは
  沈む淋しさの連続と迸る絶頂の音楽よ、
紅き薔薇の花弁(はな)剥かれた如き眸に映るは
  (べに)に染まった戦慄く肌で、

   *

されば風景は肉に染む詩歌さながらに
  漆黒へと乱暴に剥きなおされて、
欲掻きまわしありとある色混濁し
  如何なる芸術も憂鬱清ますことなく、
乱雑と焦燥と欲心の儘に、
  濁りうねった灰の翳およぐ海の躰横臥(よこた)わって、

   *

幻惑音楽の圧潰(おしつぶ)す狂った眼差に
  砕け剥き曝された内奥に鮮血()の滲み、
畳み込まれるように波と押し寄せる
  (さわ)がしく鍵盤叩くピアノソナタ、
その湧きあがる赤き悪酒の酩酊の儘に、
  血奔(ちばし)った歌の幾夜へと跳べ!



  夜は饒舌

親愛な夜よ、
ぼくにはきみの対となる昼こそが無口で、
あなたこそ饒舌だ。
剥かれめざめているのは何処までもきみ、

なべてをのみこみ
靄として光と闇をふっくらと孕み秘め、
されどきみが壮麗な表面に鏤められた翳、
まるで様々を語るね、

くわえてその陰翳
蛇の如くglamourousな艶とうねりうつろい、
真善美なるもの等翳に秘め、
霞んでちらと月のように(かがよ)い、

ぼくがうでのばし掴まんとすれば
さながら敏捷な猫の如く、
毛並に蔽われた強靭な筋肉を美しく律動させ、
されば逃げるようだね。

ぼくにそっけない昼よ、
ぼく白き肌黎明し溢しているも
寡黙なきみを愛さないんだ、
きみ、一切を語らず悉くを曝し、

視線のっぺりと
光の粒子の曲線に滑る、
まるで蠱惑のない。そうだ、
あなたに黒のスウェーターを着せてみたい、

豊穣(ゆた)かな白い曲線には
きっと
上質なハイゲージの官能がにあうよ、
然れば夢に浮ぶ線にそっと触れ、

指に伝う電流奔ればね、
アフロ音楽の奏でるよう──
景色の美を希むなら、
装飾蔽うか、夜に剥け。



  蓮の花

膝折って、泥の暗みに沈むぼくの話、
君は上から聞いてくれるかい?
ぼくのかんがえではね、
めくるめく痛みこそが人生の花であり、

わが水晶、薔薇へ剥きつづけるうごきの源もまた、
痛みであるのだった。
痛みと花のシノニム──その花咲く泥沼は、
わが身ただよう澄む青空。

地獄──あるいはそうといえるかもしれぬ、
それはぼくが決めること。
されどたっぷりと蠱惑と血の薫孕む真紅の花、
突き放す妖婦が、

そういうものが好きなんだ。
いわく、愛されないぼくが、ぼくは好き。
自己憐憫と卑俗を撰びとった詩人のぼく。
不潔な痛みに、磨かれたいのだ。

ところでぼく、此処をはや
地獄と呼ぶことはないのだった、
何故って、
くるしみたい苦しみをくるしめること

そいつエゴにしてはや歓び、
それを撰びとれるぼく、
何かから、
恩恵を受けているのは明らかであるから。

何から? それを追究()え。
あるいは聖性が。
苦痛を澄ませよ、
痛みを清ませよ、

ぼくが生れ落ちたわけ
──そんなものはないけれど──
後付でいうのなら、
痛みに神経を轢かせ、

それ花と清ませ、
淋しさを(きず)で磨き、
それでも尚残る一領域から昇る詩性(ポエジイ)
喉から込みあがらせること。

俗悪詩集

読んでくれてありがとうございました。生き抜こうね。

俗悪詩集

象徴詩集 [蜘蛛の銀飛沫] [亡き王女のソナタ──エドガア・ポオの愛着の詩──] [黒と赤] [夜は饒舌] [蓮の花]

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-24

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