シン『どん底先生』第三章(全十二章)(汲み取り式からAIアプリまで)

第三章 漂流
――もう一度、立ち上がる
50代になって、もう一度受験生になった。
それは、大学に合格することだけが目的だったわけではない。
もちろん、合格すれば嬉しい。
「50代でも京大に合格した」
そう言えれば、格好もいい。
けれど、本当の目的は別のところにあった。
私は、自分自身に確かめたかったのだ。
「人間は、何歳になっても変われるのか」
そして、その答えを、自分の身体で確かめたかった。
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受験勉強をしていると、生徒たちの気持ちが以前より分かるようになった。
「先生、今日は勉強したくありません」
以前なら、
「そんなこと言ってないで勉強しろ」
と言っていたかもしれない。
でも、自分も机に向かってみると分かる。
今日はどうしても気分が乗らない。
問題が解けない。
昨日はできたのに、今日はできない。
模試の成績が悪い。
そんな日がある。
人間だから、当然だ。
それなのに受験生には、
「毎日頑張れ」
と言う。
私は、自分の言葉を少しずつ変えていった。
「今日は10時間勉強しろ」
ではなく、
「今日は昨日の自分より一問だけ多く解いてみよう」
と。
一問でいい。
一ページでいい。
昨日より少しだけ前へ進む。
それを積み重ねればいい。
私は、そう思うようになった。
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そして、もう一つ大きく変わったことがある。
私は「落ちこぼれ」という言葉を、以前ほど簡単に使えなくなった。
若い頃は、成績の良い子と悪い子を、どこかで分けて考えていた。
もちろん、教師としては一人一人を大切にしていたつもりだった。
しかし、経営者になってからは、さらに複雑になった。
優秀な生徒を集めなければ、塾を維持できない。
生徒が減れば、先生の給料が払えない。
先生の給料が払えなければ、塾がなくなる。
塾がなくなれば、生徒を教えることもできない。
理想と現実の間で、私は何度も悩んだ。
そして、その過程で妻ともぶつかった。
妻が大切にしていたのは、
「弱い立場にいる子を見捨てないこと」
だった。
私は、その思いを否定したかったわけではない。
むしろ、正しいと思っていた。
ただ、私は経営者でもあった。
一億円の借金を返さなければならない。
三人の娘を育てなければならない。
先生たちの生活も背負っている。
「正しいこと」と「できること」が一致しない。
その苦しさを、私は身をもって知った。
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だから、50代になってから生徒を見る目も変わった。
成績が悪い子を見る。
以前なら、
「もっと勉強しろ」
と思っていたかもしれない。
でも今は、
「この子は、何につまずいているんだろう」
と考える。
勉強そのものが分からないのか。
家庭で何か問題を抱えているのか。
自信がないのか。
失敗するのが怖いのか。
それとも、
「どうせ自分なんか」
と思っているのか。
もし最後の理由なら、いくら参考書を渡しても成績は上がらない。
まず必要なのは、
「自分にもできるかもしれない」
と思わせることだからだ。
私は、自分自身がそうだった。
大学院に落ちたとき、
「俺は駄目な人間なんだ」
と思った。
七校に断られたときも、
「誰も俺を必要としていない」
と思った。
塾の経営が苦しくなったときも、
「もう終わりだ」
と思った。
でも、そこで終わらなかった。
だから、生徒にも言える。
「今できないことと、一生できないことは違う」
と。
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私は、教育という仕事の意味を、少しずつ考え直していった。
先生というのは、答えを全部知っている人ではない。
生徒より少し先を歩いている人なのかもしれない。
だから、
「ここまで来たら、こういう景色が見えるぞ」
と教える。
そして、時には、
「先生もここで転んだ」
と話す。
それでいいのではないか。
私は、完璧な教師ではなかった。
むしろ、失敗ばかりしてきた。
大学院に落ちた。
就職しても続かなかった。
アメリカへ逃げるように渡った。
帰国して七校に断られた。
塾を経営して、家族を失った。
経営に行き詰まり、夜逃げまで考えた。
それでも、今ここにいる。
その人生そのものが、
「失敗しても終わりではない」
という教材になるのではないか。
そう思うようになった。
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人生は、合格発表ではない
受験生を長く見ていると、一つのことに気づく。
子どもたちは、合格発表の日を人生の終点のように考えている。
第一志望に合格したら成功。
落ちたら失敗。
でも、本当は違う。
大学に入った後にも人生は続く。
就職してからも続く。
結婚してからも続く。
子どもが生まれてからも続く。
病気になっても続く。
会社が潰れても続く。
家族を失っても続く。
そして、年を取っても続く。
人生には、
「ここで不合格になったから、もう終わり」
という試験はない。
私は、それを自分の人生で何度も経験した。
大学院不合格。
就職失敗。
七校全滅。
塾経営の危機。
離婚。
どれも、その瞬間には「人生の終わり」のように感じた。
でも、終わらなかった。
むしろ、その後に別の人生が始まった。
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だから私は、生徒たちに言いたい。
「第一志望に落ちても、大丈夫」
そう言うと、
「先生は簡単に言うけど……」
と言われる。
もちろん、その気持ちは分かる。
第一志望に落ちたら悔しい。
泣きたい。
親にも顔を合わせたくない。
友達に、
「どこに受かった?」
と聞かれるのもつらい。
そんな気持ちを、
「人生は長いんだから」
と簡単に片付けてはいけない。
その瞬間の痛みは、本物だからだ。
だから私は、
「悔しがっていい」
と言いたい。
泣いていい。
落ち込んでいい。
一日くらい、何もしなくてもいい。
ただ、
次の日には、もう一度起きてほしい。
それだけでいい。
人生は、そこで終わらないからだ。
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これは、保護者にも同じことが言える。
親は子どものことが心配だから、
「もっと勉強しなさい」
と言う。
「このままじゃ落ちるよ」
と言う。
「そんな学校でいいの?」
と言う。
親からすれば、愛情なのだ。
子どもの将来を心配している。
でも、子どもからすると、
「お前は駄目だ」
と言われているように聞こえることがある。
私自身も親になって、その難しさを知った。
子どもを心配することと、子どもを信じること。
その二つは、似ているようで違う。
私は、自分の三人の娘との関係で、そのことを痛いほど学んだ。
だから今なら、親御さんにこう言いたい。
「手を出すことより、見守ることのほうが難しいことがあります」
転ばないように道を掃除してあげるのではなく、
転んだときに戻ってこられる場所を作っておく。
それが親にできることなのかもしれない。
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私は50代になって、もう一度勉強を始めた。
それによって、人生がすぐに好転したわけではない。
塾の経営が突然楽になったわけでもない。
家族が元に戻ったわけでもない。
失ったものが戻ってきたわけでもない。
それでも、
自分の中に一つ、消えていなかったものがある
と気づいた。
それは、
「まだやれる」
という気持ちだった。
若い頃には当たり前だったもの。
いつの間にか失っていたもの。
でも、完全には消えていなかった。
机に向かい、鉛筆を握った瞬間、それが戻ってきた。
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私は思った。
人生で一番怖いのは、失敗することではない。
失敗して、
「もう一度やってみよう」
と思えなくなることなのではないか。
だから、私はこれからも挑戦してみよう。
英語も。
数学も。
教育も。
新しいことも。
分からないことがあれば勉強すればいい。
失敗したら、やり直せばいい。
笑われたら、
「まあ、そういうこともある」
と笑い返せばいい。
50代でもできる。
60代でもできる。
70代でもできる。
何歳からでもいい。
人生は、年齢で締め切られる試験ではない。
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そして私は、もう一度、生徒たちの前に立った。
教室には、いろいろな生徒がいる。
成績の良い子。
成績が伸び悩んでいる子。
やる気のある子。
何をしていいか分からない子。
親に言われて、仕方なく来ている子。
「先生、今日は勉強したくない」
と言う子。
私は笑った。
「先生も、そういう日あるぞ」
生徒が笑う。
「先生も?」
「あるよ。いっぱいある」
また笑い声が起こる。
私は黒板に向かった。
問題を書く。
そして言う。
「じゃあ、一問だけやってみようか」
一問。
それでいい。
一問解けたら、次の一問。
それを繰り返していけばいい。
人生も同じだ。
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振り返れば、私の人生も一問ずつだった。
大学院に落ちた。
でも、求人広告を一つ見つけた。
仕事を辞めた。
でも、アメリカへの道を一つ見つけた。
七校に断られた。
でも、英検一級という道を見つけた。
塾が潰れそうになった。
でも、また勉強を始めた。
家族を失った。
それでも、娘たちとの関係を諦めたくなかった。
50代になった。
それでも、もう一度受験した。
人生には、何度も「終わった」と思う瞬間が来る。
でも、
終わったと思った場所が、新しい章の始まりだった。
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私は、ようやく分かった。
自分の人生は、成功物語ではない。
失敗物語でもない。
そのどちらでもない。
何度も倒れて、そのたびに立ち上がった一人の人間の物語なのだ。
だから、もしこの本を読んでいる人の中に、
「もう駄目だ」
と思っている人がいたら、私は伝えたい。
今、あなたが立っている場所が、人生の終点とは限らない。
そこから先に、まだ道がある。
どんなに細い道でもいい。
一歩でいい。
今日、一問だけでもいい。
一ページだけでもいい。
誰かに、
「もう一度やってみよう」
と言ってもらえなくてもいい。
自分で、自分に言えばいい。
「もう一回、やってみよう」
それで十分だ。
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50代の私は、再び鉛筆を握った。
若い頃とは違う手だった。
少し震える。
目も疲れる。
肩も凝る。
それでも、鉛筆を置かなかった。
問題を解いた。
間違えた。
消しゴムで消した。
もう一度書いた。
その繰り返しだった。
そして私は思った。
人生も、これと同じなのかもしれない。
間違えたら、消せばいい。
全部を消す必要はない。
間違えたところだけ直せばいい。
そして、次の一行を書く。
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その日、私は問題集を閉じた。
窓の外を見る。
夕方になっていた。
空が少し赤くなっている。
私は静かに思った。
「まだ、終わってないな」
それだけだった。
大きな希望が突然降ってきたわけではない。
人生が一瞬で変わったわけでもない。
ただ、
「まだ終わっていない」
と思えた。
それで十分だった。
人生をもう一度始めるのに、大きな決意など必要ない。
小さな一歩でいい。
私はその一歩を、また踏み出した。

シン『どん底先生』第三章(全十二章)(汲み取り式からAIアプリまで)

シン『どん底先生』第三章(全十二章)(汲み取り式からAIアプリまで)

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-22

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