Dream

Dream

自分探しをしている高校生が夢の中で世界一のアーティストに出会いました。

Dream
高校二年生の菅原海斗は高校生だが、将来の夢はまだない。進路希望調査では、海斗の親が警察官のために『警察官』と書いた。
担任の木原は数学の教師だが、海斗のクラスで木原の事を『木原様』と呼ぶのが流行っている。木原が教室に入ってきた時に『木原様』と呼んでいる声が聞かれてしまったが、
その時は、木原が「どうした。」と言い、眉間にしわを寄せてクラス中を見渡しただけですんだ。
木原がそんな事で生徒の評定を低く下すような嫌な奴ではない事を知っているが、木原がどんなに高く海斗を評価したとしても、海斗の志望大学には到底手が届かなかった。

「え・・、第一志望、東京大学?」
「はい。」
「うちの高校からでは東京大学に行けるのは五百人に一人の確立でさ、
去年、東大の経済学部に受かった先輩がいたんだけど、もう中途退学したらしいよ。」
海斗は目をふせ、運動不足そうな木原の足下を見つめた。
木原のデスクには数学の参考書や問題集がずらりと並んでいて、木原のペンケースの下には海斗には理解出来ないが、木原が解きかけている図形の問題が書いてあった。

「将来の夢は警察官なんだ?お父さん、刑事さんだよね?」
「いや、交番勤務です。」
父親は退職金目当てで地道に警察官を続けていて、この前一家は祖父母の家に引っ越して幸せだったが、海斗はもっとお金を稼いで偉くなりたいと夢見ていた。
「あの・・、父のようになりたくないので。」
「そんな事ないぞぉ。」
木原は海斗の進路希望の紙を眺めて、目の奥で温かく笑っていた。
「まぁ、東京大学はあきらめた方がいいからさ。」
「はい。」

夏休み明けの進路指導が終わった海斗は、掃除当番だったので急いで教室に戻った。

「いいよ、私たちがやっておくから。」
高校にも派手な服を着てくる女の子、千花が言った。
「あいつ変わってる。」
千花と一緒に掃除をしている文子も海斗を見てニヤニヤと笑っている。
「千花、菅原君にも掃除してもらおうよ!」
「ううん、いいよ。海斗はいろいろ忙しいんだから。」
「ええ、どうゆう事ぉ?」
海斗は、千花が自分の事を好きだという事に気づいていた。
「僕、君のような人とは恋愛できない。」
「はああ?!」文子は笑いながら驚き、
「いいよ、私だって今は海斗とは付き合いたくないから。」
千花が答えた。

海斗と千花のやり取りに対して、文子はまだびっくりしていたが、海斗は
「掃除やってくれてありがとう。」と二人に告げ、玄関に向かう途中では翔琉に会い、海斗はニヤッと笑って「翔琉、また明日。」と声をかけて帰宅した。
翔琉は高校生ながらFacebookでは面白い投稿をし、他校や大学の先輩からも
フォローされていて、結構有名だった。


海斗たちが引っ越してくると、祖父は二階の部屋から一階の居間に寝室を移動させ、居心地の良いベッドを購入し、祖父が不在の時には海斗はそのベッドで昼寝をした。


居心地の良いソファーから目を覚ますと、祖父の家に似ているが別の家に来ていた。窓の外は曇り空で雪が降りだしそうな天気だ。テーブルに置いてある新聞は英字で書かれていて、
暖炉はパチパチと燃えている。ユリ椅子で老人が寝ていて、驚いた海斗はソファーから立ち上がり、部屋を出ようとした。

「ヒール?」
「えっ。」
「ジョイ?」
「すみません、僕、間違って家に入ってしまったみたいで・・。これって夢ですよね?」
老人は海斗を見た。
「おや、新しいお手伝いか。アジア系の子が来るなんて珍しいな。」
「あの・・。」
「いや、いい。今日は庭の草むしりをしてもらおうか?」
「え・・。」
「時給は十五ドルだよ。どうしてぼんやり立っている?こっちだ。」
「十五ドル・・。」
その時、海斗は自分が普段流暢に話せない英語を話していて、老人の言葉を英語で聞き取っている事に気がついた。
「このカマを使っていいから。」
「はい・・。」
海斗は老人に言われるままに、草むしりをした。

草むしりを終え、部屋に戻ると老人は酒を飲みながら、ぶつぶつとつぶやいていた。
「俺が生まれたのは、1901年の12月5日だった。実家はシカゴのとても貧しい家で、母親はドイツ人とイギリス人のハーフ。第二次世界大戦の時は自分も捕まるのではないかと思ったよ。」

「あの、どうしたんですか?草むしり終わりましたよ。」
海斗はたずねるが、老人は遠くを見ながら話し続けている。

「父親は厳格だった。仕事に失敗してばかりだったが、いつも冒険の話をしてくれたので、俺は父が好きだった。」
「僕、そろそろ帰らないといけないんですけど・・。」
「おやぁ、8時までではないのかい?スミス君。」
「僕の名前は菅原海斗です。」
「アハハ、変な名前。あ。」
老人は口をおさえた。
「人の名前を笑ったら怒られる。どこでジュディスが聞いているか分からないから。」
「ジュディス?」
「俺の面倒を見ている女でね、とても怖いんだ。」
「面倒を?では、その方が奥さんですか?」
「違うってぇ。」
老人は手を目の前で振った。
「従妹だよ。旦那と子供と近所に住んでいるんだ。」
「そうですか。」
外を見ると知らない景色が広がっていて、海斗は顔をしかめて窓に近づいた。

「何をやっている?物語の中に迷いこんだつもりか?」
「すみません、あなたの名前を教えてください。」

「アハハ、何言ってんの。」
老人は笑った。
「本当に俺が分からないのかな?」
「はい。」
「じゃあ、当ててみてよ。こっちに来て。」
海斗は老人について行った。

「君は中国人。いや、もしかして韓国人かな?」
「僕、日本人です。」
「日本とアメリカは戦争をしたんだよ。覚えてるの?」
「はい・・。」
「平和を一度破ったのに、なぜ仲良くできるんだ?しかし海斗、アメリカにようこそ。」
海斗はもしかしたら老人に襲われるのではないかと少し身を引き、老人は怪訝な目で海斗を見た。

壁に貼ってある黒豹の絵をはぎ取ると、「黒人は書けない。なぜなら、イライアスがイケナイと言った。」
老人はぶつぶつとつぶやき続けている。
「大丈夫ですか?」
海斗から肩をふれられると、老人はハッとして言った。
「すまない。つい子供の頃の事を思い出してしまう。」

「ここが俺の秘密の部屋だ。」
そこにはミッキーやアリスのデッサンが沢山貼ってあった。
「俺が誰だか分かるかい?」
「分かりません。」
「まだ分からないのか。」
老人は背を向け、海斗はこの老人はディズニーの絵を盗んでいる人ではないかと疑い始めてしまった。
「海斗は精神病患者なのか?」
「ちがいます。僕はただの高校生で、ここは夢の中だと思います。」
「ちゃんと自分の事を分かっているんだねぇ。海斗はきっと頭が良い。」
「いや、僕は・・。」

「俺はウォルト・ディズニーだ。よろしく。」
「ウォルト・ディズニーさん?でも、もし本当にそうなら何十年も前に亡くなっているはずですよね?」
「今は1964年、君の目の前にいる男は六十三才のウォルト・ディズニーだ。」
海斗は信じられなかった。
「どうした、信じないのか?」
「写真で見たウォルトさんと違いますから・・。」
「よく撮れた写真しか公開しておらん。」

気づくと、海斗は祖父のベッドで目を覚ました。
「あ、起きた。」
祖父と祖母と母親が海斗を覗いていた。
「海斗、お爺ちゃんの布団で寝たらダメじゃないの。お義父さんすみません。」
「あ、お爺ちゃんごめん。お爺ちゃんのベッドに横になると、なぜかすぐに寝ちゃうんだよね。」
「海斗、爺ちゃんがいない時は好きに使っていいんだよ。」

「あ、そうだ。光子さん、今日お父さんと二人で湯ッタリアまで行ってきたから、私たちお風呂いいからね。」
祖母が母に声をかけた。湯ッタリアというのは海斗の街にある人気のスーパー銭湯だ。
「シニアデーは650円で入浴できるからねぇ。」
「あんなに広いお風呂に650円で入れるなら、行かなきゃ損よね?」
祖父母はクーポンを広げている。

夕食の席で、母は海斗が祖父のベッドで寝ていた事を父に話した。
「海斗、勉強はいいの?」
「うん、今はテスト期間で部活休みだから。」
海斗はダンス部に所属していて、ダンス部員の学力低下が見られたために、他の部活よりもテスト前の休部の期間がニ週間長い。
中学生の弟の湊が口をはさんだ。
「お兄ちゃん大丈夫?お爺ちゃんのベッド、結構汚いんだぜ。」
「そんな事言ったら、失礼だろ?お爺ちゃん、いつでも使っていいって言ってたよ。湊も
今度寝てみたら?結構気持ちいいよ。」

翌日、中学生の頃にディズニーランドで買ってもらったTシャツを着て、高校に行く事にした。あの頃はぶかぶかだったが、今はぴったりだ。
海斗の街では公立高校の生徒は私服登校するのが決まりである。
高校につくと、翔琉が声をかけてきて、海斗は翔琉がFacebookで有名人なので会えると、結構わくわくした。
「海斗おはよう。ディズニー行ってきたの?」
「ううん、中学生の頃に行って、買ってもらったんだ。昨日、ウォルト・ディズニーが夢に出てきたんだけど、信じる?」
「うん・・。俺もよく夢見るよ。ディズニーの夢ではないけどぉ。」
翔琉が自分が見た夢について話して、文子が通りかかって、海斗を怪訝な目で眺めた後、翔琉を目で追いかけた。
海斗は親から掃除を頼まれていたが、高校から帰宅すると、ベッドでまた寝てしまった。


「死ぬ前に一つ教えておく。ミッキーマウスを最初に描いたのは俺じゃなく、父親のイライアス・ディズニーだ。」
「僕、まだ結構元気です。」
「・・ったく。分かっとらん。」

ウォルトの子供の頃、自分の家のキッチンの床の上をネズミが走るのはごく普通の光景だった。
綺麗好きで、お金持ちに憧れていた兄のロイを励ますために、イライアスが描いたネズミがミッキーマウスの始まりだった。
「ロイ。ちょっと来い。父さんが良いモノを描いたから。」
「何?」
「ほら、ネズミ君だよ。」
「うえー。」
ロイは舌を出した。

「お父さん、これ何?ライチか何か?」
「ぶぶー、これはネズミです。」
「可愛い!これ、もらっていい?」
「いいよ、お前の物だ。」
イライアスはウォルトの頭をなでた。

イライアスはよく作り話を聞かせてくれた。
「・・それでな、父さん達は大トラをつかまえるために、道に豚の死体を置く事にした。おびき寄せ作戦だ。」
「おびき寄せ作戦?」
「そうだ。敵を騙して呼び寄せる時はそう呼ぶ。」

ウォルトは小学校で同じクラスの病弱なクリスを心配していた。クリスの両親は銀行に多額の借金を抱えていて、夜になると銀行を襲っているギャングの一味だという噂があったのだ。
ある日、ウォルトの様子を見た友人のベアトリスが言った。
「あのさ、クリスと友達になりたいなら、放課後、私がおびき寄せてあげようか?」
「おびき寄せる?そんな事はしなくていいよ。僕はクリスとはもう友達だし、それに、おびき寄せるは敵に使う言葉だ。」
「ホント?」
「うん、ホント・・。」

しかし、放課後もクリスは教室で椅子に座って待っていた。
「どうしよう?」
クリスとは友達とは言ったが、あまり話した事がなかったので、ウォルトは声をかけられなかった。

「ウォルト、まだいたのか?」
学校の外で待っていると、ロイがこっちにやって来た。
「ベアトリスが、クリスをおびき寄せたんです。」
「どこにおびき寄せたの?」
「教室です。」
二人がクリスを探しに行くと、教室にはもういなかったが、玄関に向かう途中でクリスが
泣きながら先生と歩いているのを見た。

「どうしよう?クリスが泣いちゃっている。」
「だけど、ウォルトがクリスをおびき寄せたんじゃないだろう?」
「うん・・。」
二人が公園に寄って帰ったので、家に帰るのが夕方六時半すぎになってしまった。
このまま本当に真っ暗になるまで家に戻りたくなかったが、ティーンの集団が来て、
頭の悪そうなブロンドの少年が舌打ちをしたので、二人はそそくさと公園を後にした。

ウォルトは母親のフローラを見上げて言った。
「お父さんに・・言う?」
「当たり前でしょう。どうしてこんなに帰りが遅くなったの!」
フローラは怖い目でウォルトをにらみつけた。
「僕たち、公園でギャングに会ったんです。」
「そう、おそわれなくてよかったわねぇ。」

イライアスはウォルトとロイを正座させて言った。
「なぜ、そんなに遅くなったのか言いなさい。」
「ベアトリスがクリスをおびき寄せたんです。」
「おびき寄せる?そんな事しちゃダメじゃないか。」
「だけど、イライアスだって・・。」
父が説教をしている時に、ウォルトが父の事をイライアスと呼んだので、ロイはウォルトを小突いた。

「なぁ、ロイ。おびき寄せは敵に使う言葉なんだ。分かるだろう。」
「分かるけど、この話に俺は関係ないよ!」
「関係なくない。なぜお前は弟と一緒にすぐに家に帰らなかったんだ。公園で、二人で遊んでいたんだろう?」
「ごめんなさい。」

「さぁ、ロイはもういいから。」
フローラが優しく言い、ロイは立ち上がった。
「お父さん、僕・・。」
ウォルトが言ったが、イライアスは何も言わずに自分のコーヒーカップを見つめて、無視をしている。

ウォルトは立ち上がり、キッチンでパンを食べた。
寝る時になって、イライアスに、
「今日はごめんなさいね、ダーリン。」と言って、突然イライアスの頬にキスをした。
すると、「ウォルト、クリスを悲しませた事を反省したのか。」と、イライアスは言った。
「うん。明日学校でクリスに謝る事にする。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」

次の日、ウォルトは隙を見てクリスに話しかけた。
「クリス、昨日ごめんね。今度、僕と一緒に遊ばない?」
「え?昨日って何のこと?僕と遊びたいと言ってくれてうれしいけど、僕、一人でテレビを見たりする方が好きなんだ。」
「そうなんだ。ねえ、昨日帰りに泣いていたのを見たんだけど・・。」
「うん。でもウォルトには関係ないから。」

しばらくすると、泣きはらしたベアトリスが担任の先生と一緒に教室に戻って来た
「クリス、昨日はごめんね。」と言って、ベアトリスがクリスに謝っているのでウォルトは変な気持ちになったが、数日すると何事もなかったようにお互い振舞った。
その後、クリスは転校してしまう。
「クリスの両親が逮捕されて、クリスが病気で死んだという噂本当かな?」
ウォルトはイライアスに聞いた。
「そんな事ない。俺が聞いた話では、クリスの両親は本当はFBIで銀行強盗団に潜入捜査をしていただけど、それが強盗団にバレて、名前を変えてワシントンに移住したらしいんだ。」
「そうなの?」
「そうだよ、ウォルト。」

二十三才になった頃、すでに会社を立ち上げていたウォルトはベアトリスに再会する。
その時は短い挨拶を交わしただけだが、家に帰った後にウォルトは想像をふくらませた。
あの後、すぐ現れたボーイフレンドとベアトリスはキスをしただろうか?
自分ももっとベアトリスと話せばよかった。

雑誌ではクリスによく似たモデルが表紙をかざっていたが、ウォルトはクリスだと思わなかった。父の話を信じていたのだ。



ウォルトが十五才になった時に、ずっと憧れで眺めていたネズミについてウォルトは
イライアスにたずねた。
「父さん、このキャラクターで漫画描いたら、売れるかな?」
「売れないよ、こんなもの。・・例え売れたとしても、せいぜい五ドルくらいにしかならん。」
ウォルトはネズミの絵を眺めた。
「じゃあ、僕が漫画に描いてもいい?」
「こんなネズミで金儲けするつもりなら、返してもらう。よこせ。」
イライアスはネズミの絵を破ってしまったが、ウォルトはネズミをマスターしていた。

見ていたフローラが、イライアスにこそこそ話した。
「ねえ、ウォルトには芸術の才能があるんじゃない?」
「うん、まぁ、そうかもしれんが、ネズミで事業を始めようとしているんだよ。」
「でも、絵を習わせてあげようか?」
「ただの人になられてもつまらんし、フローラが言うならそうしよう。」

次の日、イライアスは笑顔でウォルトに言った。
「父さんが間違っていた。ネズミの漫画が描きたいならそうしなさい。」
「ありがとう、父さん。」
「漫画家になると決めたのか?」
「もう自分の人生を決めろっていう事なら、ちょっと考えさせて。」

夕方、ウォルトはイライアスに言った。
「父さん、僕、漫画家として生きていく事にする。」
「そうか。じゃあ、アートスクールに行きなさい。」
「うん、ありがとう。」
「でもな、くだらん話は描くな。ネズミよりも、もっと意味のある話にしろ。」

「あの・・。」
「ただし、そのネズミはお前にやる。」
「ありがとうございます、父さん!」


海斗が庭仕事を終えて部屋に戻ると、ウォルトが泣きながら一人で喋っていた。
「ごめんなさい。でも、父さんと母さんをモデルにした映画を作ったんだよ。
眠れる森の美女を観てくれたの?・・だって父さんだって、母さんにキスしていたでしょう!」
ウォルトはワーワー泣いている。
「あの、どうしたんですか?」
海斗は聞いた。
ガチャ。家に誰かが入ってきた。

「うるさいわよ!!何事なの!!」
「ジュディス。」
「ウォルト、またなの?いい加減にして。」
「勝手に来るなと言っているだろう!!」
「だけどね、ご近所さんにもあんまり迷惑かけられないから。あら・・、新しいお手伝いの子が来ているのねぇ。」
「そう。新人のセント・・。」
「菅原海斗です。よろしくお願いします。」
「はじめまして。ウォルトの従妹のジュディスよ。あなたは日本人なの?」
「ジュディス。君は一目見ただけで、彼が日本人だと分かるのかい?」
「名前を聞いたから分かるわよ。」


海斗は夢から目覚めると、母が夕食の支度をしていた。
「お爺ちゃんのベッド、すっかり海斗の昼寝用になっちゃったねぇ。」
「うん・・。俺、宿題しなきゃ。」
海斗は眠い目をこすりながら、自分の部屋に向かう途中で、祖母の部屋で植物図鑑を広げている祖父を見つけたので声をかけた。
「お爺ちゃん、ごめん。またベッドで昼寝しちゃった。」
「いいよ。お爺ちゃんはデイサービスで昼寝してるから。」
「そうなんだ。」

海斗は夕食を食べ終え、お風呂上りの海斗の下に祖父が来た。
「お爺ちゃん、風呂入らなくていいの?」
「爺ちゃんはねぇ、デイサービスでお風呂に入ってるからいいんだよ。」
「へぇー。そりゃ楽でいいわ。」
「爺ちゃん考えたんだけどぉ、海斗にもベッド買ってあげる。」
「いや、いいよ。ベッド組み立てるの面倒くさい。」
「ええ、そう?」
「うん。これからもお爺ちゃんのベッド、時々借りるわ。」

翌朝、九月のさわやかな光が綺麗だった。海斗が高校に行くと、廊下で翔琉が凪とこそこそ話している。
「おはよー、海斗。」
「おはよう。」
海斗が挨拶をすると凪が言った。
「ヤバくね、将平たち。」
「どうしたの?」
将平は海斗のクラスメートで、男子生徒の中心的存在だった。
翔琉が言った。
「放課後、校庭で靴飛ばしして、古典の山寺先生から怒鳴られたらしいよ。今日の朝、木原先生が国語研究室に呼ばれていたのを見たんだよ。」
「ええ・・。」
「小学生かよって感じだよなぁ?」
「うん・・。」
海斗は胸をおさえ、自分は靴飛ばしに参加せずに家に帰って昼寝をして、
ウォルト・ディズニーに会えてよかったと思った。海斗は、翔琉と凪とは別のクラスだ。

ホームルームで木原が言った。
「山寺先生から聞いたんだけど、昨日、このクラスの生徒たちが校庭で靴飛ばしをしていたという事なんだが、誰がやったんだ。」
将平と蓮太郎、時々つるんでいる小説家志望のユタカが手を上げた。

「そうか。遊びのつもりでも、靴飛ばしは高校生がやるものじゃない。」
「はい、すみませんでした。」
将平が立ち上がって、謝罪をした。
「いいけど、気をつけろよ。俺も小学生の頃、靴を投げて遊んだ事がある。じゃんけんで負けた友達の靴を投げて、それをみんなで拾いに行くというゲームをしていた。」
生徒たちは気まずそうに顔を見あわせ、木原は続けた。
「それでさ、俺が投げた友達の靴だけが見つからなかったんだよ。」
「ええ~。」
「小学生の頃の俺は何を想ったか覚えてないが、自分の靴をポーンと投げて、それが川に入って流されて、親や学校の先生からすごく怒られた記憶がある。」
教室は静まり返った。
「お前たちも気をつけろよ!もう高校生なんだからさ!」
「はい。」
生徒たちはうつむき神妙な面持ちで、それぞれの授業へ向かった。


古典の山寺は二年の別のクラスの担任でもある。
「B組の男子たちが靴飛ばししたんでしょ?ヤバくない?」
古典の授業で、近くの席の久美子が海斗に話しかけてきた。
「うん、将平たちがやっちゃったんだけど、俺は昨日すぐ帰ったからさ、靴飛ばししてないよ。」
「そうなんだ。」
久美子はけだるげに頬杖をついて、まだ山寺のいない教壇を見つめた。

久美子は高校一年の夏に万引きをして捕まった事があるが、担任の山寺からは何も言われる事はなかった。それどころか、高校の先生からは何も心配もされる事はなかったので正直言ってつまらなかったが、山寺がホームルームで万引きについて話したので、久美子が万引きをしたのは知っているのかなとは思った。
警察署で話した事を考えると、布団の中で涙が出た。警察のおじさんから、
「お小遣いはもらってないの?」と聞かれ、「一週間に千円もらっている。」と言った。
時々泣きはらす事があったが、山寺はパッチリとした目で久美子を見つめて、久美子は先生からパワーをもらっている事を実感していた。
『私、芸能人になる。先生、ありがとうございます。』久美子は心の中で思った。古典の勉強は頑張っている。

山寺は古典の授業を始め、プリントを配って生徒たちに問題を解かせた。
山寺は教室を歩き回りながら、生徒たちが授業を理解しているか確認したが、海斗の所で突然立ち止まり言った。
「靴飛ばしはいけないよな?」
「いや、昨日、僕は放課後すぐ帰ったので、靴飛ばしには参加していないんですけど・・。」
「でも、悪いと思うだろう?」
「はい・・。でも、万引きやタバコに比べれば、まだ・・。」
「飛ばした靴が他人に当たったらどうするんだ?」
「それは、まずいですね。」

「靴飛ばしなんかしちゃいかんよ。」
山寺は教壇に戻って腕を組み、首をかしげて独り言を言った。

昼休み、B組の男子たちはまだ靴飛ばしについて話していた。女子たちも落ち込んだ様子で
いつものお喋りをやめて弁当を食べながら、男子たちの話に耳をかたむけている。

『サッカー部エースの意地を見せてやれ。』
『うん!あのゴール狙うぜ。』
昨日の靴飛ばしに参加していた蓮太郎はサッカー部のエースで、学年一のモテ男だった。
海斗が聞いた。
「蓮、サッカー部は大丈夫?」
「うん・・。」
蓮太郎は泣いてはなかったが、落ち込んでいて日焼けした肌がいっそう黒く見える。
「さっき部長に声かけたけど、何も言われなかったから停部ではないと思う。」
「靴飛ばしくらいで停部にはならないよ。大丈夫だって。」
「うん・・。」
海斗はダンス部なので、蓮太郎が部活にかけるような情熱はなかったが、どんな気持ちなのかは大体予想できた。将平が口をはさんだ。
「蓮太郎、サッカー部は多分大丈夫。俺、山本先生に会うために体育研究室行ってきたんだよぉ。」
将平は柔道部で全国でも準決勝まで行っている。
「体育研究室に小野先生もいたけど、靴飛ばしの事は何も知らないみたいでさ、俺も山本先生から何も注意されなかった。」
小野先生はサッカー部の顧問だ。
「へぇ、そうなんだ?」
蓮太郎の表情が少しゆるんだ。
「普通に、山本先生からは『今日早く部活来い。新しい技やるから。』って言われた。」
「よかったじゃん。」
「うん、蓮太郎、俺はね。」
「うん。」
蓮太郎が笑ったので、海斗は安心した。まわりの生徒がスポーツ系の部活に夢中になっている中、海斗はゆるいダンス部を選び、やっぱり芸術の才能があるのかなぁと思い始めた。
夢でウォルト・ディズニーに会うほどだから、間違いない。友人たちも自分と同じように特別な夢を見ていればいいなと思った。

職員室では、山寺は勝ち誇った顔で木原をながめた。山寺はもう六十才のベテラン教師で、生徒たちの偏差値が低下してもなんら問題のない事を分かっていた。問題はいかに優秀な生徒を中学からかき集めるかだ。そのためには高校の質を良くする事、生徒は品行方正に勤めるべきで、学力は自然に上がってくる。生徒同士で恋愛をするのは一番悲しい出来事だ。千花が海斗の事を好きだったので、海斗も靴飛ばしに参加していて、皆の前で怒られたなら良かったのにと思った。


数日後の夜、海斗はまたウォルトの夢を見た。
「こんばんは、海斗。」
「こんばんは。ウォルトさん。」
ウォルトはパチパチと燃える暖炉の部屋で、テーブルとイスを置いて、鉛筆でデッサンをしている。
「君は何のキャラクターが好き?」
「クマのプーさんです。」
「ウィニー・ザ・プー?めずらしいなぁ。普通はミッキーやドナルドと言うのに。」
ウォルトはウィニー・ザ・プーの主題歌を歌いながら、プーさんを描いてくれた。
「ありがとうございます。」
海斗はもらった絵を別のテーブルの上に置いた。ウォルトが言った。
「俺に何か質問はあるかな?」
「う~ん・・。今、僕は高校生なんですけど、ウォルトさんの高校生の頃はどうでしたか?楽しい思い出や、逆にミスしてしまった思い出はありますか?」

「ずっと前の事だからねぇ、よく思い出せないけど、俺が高校生の頃はちょうど第一次世界大戦の真っ最中だったから、戦争教育を受けていたよ。『国を守るためには、襲ってくる敵を殺す必要があります。』と、ブロンドの女性教師が言っていた。」
「え・・。」
海斗は表情を固くした。
「今の高校生のように、俺たちの時代は楽しめなかったんだ。だから高校でミスする事もない。でも泣いた事は、社会に出てからの方が多いだろうな。」
「そうだったんですか。」
「海斗は夢中になっている事は何?」
「夢中になっているというほどではないんですけど、部活はダンス部です。」
「すごい!君、ダンスをするのかい?じゃあ、ちょっと君のダンスを見せてよ。」
「今ですか?いや、ちょっと。」
海斗は照れ笑いをした。ウォルトは口をへの字した後、またデッサンに取り掛かった。
海斗は例え夢だとしても、世界一の芸術家であるウォルトに自分のダンスを見せられたらすごいと思った。心の中の夢である、いつかアーティストのMVでバックダンサーとして踊るという夢が叶うかもしれない。
海斗はダンス部でやっている歌を頭に流す事に集中して、少し口ずさんでダンスを始めると、ウォルトはデッサンの手を止め、身体をゆらしながら海斗のダンスをながめた。

「うわー、すごいよ。君、ダンス上手いんだねぇ。夢はダンサーなの?それともアイドルグループに入る事?」
「いや、いつかバックダンサーとして良い歌に携われれば嬉しいですけど、自分が芸能人になるとまでは考えてないです。親が警察官なんで。」
「警察官?」
「はい、僕の父が交番勤務の警察官をしているんです。」
「へぇー、君のお父さんってすごいんだねぇ。」

次第に海斗の夢は朦朧としてきた。夢から醒める時、ウォルトさんが言った。
「次に会う時には、海斗が作った物語を聞かせてよ。」
海斗が目を覚ますとまだ夜中の十二時半だったので、再び深い眠りについた。


一週間ほどたった頃に、海斗は夢の中でウォルトの声が聴こえた。
「君の物語を考えた?」
「浮かび始めているんですけど、まだ、まとまっていないんです。」
「じゃあ、まとまったら教えてね。」
「はい。」


海斗はスマホに自分が考えた物語のメモを始めた。

『貧しい少女ララビが暮らす国は、魔法の鍵が支配している王国だった。多くの場所では鍵が必要だ。スポーツ、高級ショップ、ミュージアム、大学、コンサート。人々は品格や知識、富によりランク分けをされ、役人から鍵を渡されていた。
ララビの父は知識により高いランクについていたが、ララビの父の論文を裏返す論文を発表した博士が現れた事により、ララビの家に鍵が渡されなくなる。
国技である空中サッカーは、特別なスーツと靴を履くことで出来る。ララビは空中サッカー選手のガブリエルに道で助けてもらった事があり恋をしていたが、ララビは空中サッカーの試合を観に行くための鍵を手にする事ができなかった。
ララビを気にかけていた謎の魔法使いは自分の鍵を渡すが、ララビは父から受け継いだ知識を生かして、鍵を手にする別の方法を見つけた。ララビはその方法を貧しい者たちに教え、
その方法は『ララビの鍵エネルギー浮遊の法則』と呼ばれ親しまれていたが、ララビは父の論文を覆した博士の大学の研究室に忍び込んだ時にミスをしてしまい、捕まる。
牢屋にいる間に、ガブリエルは国の女優とカップルになってしまう。落ち込んでいる時、
謎の魔法使いが面会に来て、ララビと自分の婚姻を結び付け、ララビは外に出られる事になる。ララビは謎の魔法使いのした事に感謝を述べる一方で、無理やり結婚をした事には怒っていた。
『二人で協力して、鍵の魔法を壊そう。そうしたら、君の恋を手助けする。』
魔法使いは約束する。
女優とガブリエルのスクープの一面を見て落ち込むララビだったが、魔法使いはララビに指輪を送り、新聞の一番後ろのページにある『新しいカップル』のコーナーに写真を載せてもらう。ララビはストレス解消した一方で、ガブリエルは少し悲しくなる。

鍵の魔法を壊すために城に忍び込んだ魔法使いとララビ。魔法使いは壁中が本でうめつくされた螺旋階段に案内した。『ここは・・?』『これらは全て未来の本だよ。』魔法使いは答える。
『この本を読まなければ、鍵の魔法の破壊方法が分からないんだ。』しかし、それは誰かが書かなければ読めない本だった。『この本には全ての病気を治す方法が書かれているが、それを書くはずだった者はもうこの世にはいない。もう永久に読むことができないんだよ。』
『作者は誰なの・・?』ララビはたずねるが、魔法使いは質問に答えずに言った。
『おいで。』

『これが世界最古の魔法の鍵さ。この鍵から全てが始まったんだ。』
『すごい。でも、どうしてそんな事を知っているの?』
『俺の祖父は、この鍵の守り人だったんだ。祖父が亡くなり、その仕事を俺が引き継いだのだが、クビになってしまったんだ。』
『ええ?一体何をしてしまったの?』
『祖父の最後を知り、俺はつい切れてしまったんだよ。』

『この鍵が怒りに震えた事があった。あの大洪水の日だ。』
『十年前の・・?』
『そうだ。鍵が何に対して怒ったのかは分からない。大洪水は人間が起こした事ではないのだから。祖父は鍵の怒りを鎮めるために、身体の魔力を全て失ってしまったんだ。』 

『王家に仕える者には、亡くなった後に天国に行くために与えられる鍵があるが、祖父はその鍵をもらう事ができずに、地獄に落ちてしまったんだ。』

『だから俺は、祖父の魂を救う必要がある。君の知識を貸してほしい。』

それから二人は戦いや困難を乗り越え、地獄の祖父まで救い出そうとする。地獄の入り口となっているおもちゃの家に二人は入るが、おもちゃの家が壊され、帰れなくなる。
ララビだけでも地上に返すために、魔法使いは地獄の魂たちに自分の魂を売ってしまう。
それはつまり死を意味していた。地上に置いてこられていた二人の肉体までもいまや殺されそうになっていたが、ララビの魂だけが戻り、殺されずにすむ。しかし魔法使いはもう息絶えていた。
魔法使いの身体から浮かび上がった鍵こそが、鍵の魔法を壊すための武器だったが、一つだけでは世界最古の鍵を壊す事は出来ない。
死んだ魔法使いと一体となったララビは、民間人からそれと同じ鍵を持つ者を呼び寄せる。
呼ばれた民間人が魔法によりワープして現れるが、それでも壊す事が出来なかった。
霊となった魔法使いはララビにさようならを告げ、離れて行ってしまう。
最後の鍵は、ララビの心の中にあったのだ。それは魔法使いとツインレイの証だった。
ララビはそれを使って鍵の魔法を壊し、人々は自由になる。
城が崩れた時、ガブリエルに助けられ二人は見つめ合うが、魔法使いにもらった指輪を見たララビはガブリエルから離れた。

ララビは螺旋階段の跡地に立ち、鍵の破壊方法の本の作者が自分である事に気がつく。
『最後の質問に答えるわ。私が愛しているのはあなたよ。』
『その答えは最初から欲しいな。』 
振り向くと、魔法使いが立っていた。

ララビと魔法使いはキスをして、二人は永遠の愛を誓う。最後に地獄の魂たちを天国に逃れさせる。」

それをスマホにメモした海斗はため息をついた。

物語を聴いたウォルトさんは目を丸くした。
「この物語、本当に高校生の海斗が考えたの?」
「いや・・、はい。一応。」
「すごいね、でも、どうやって考えたの?」
「今まで観た映画や物語で心に残るシーンをアレンジしてつなぎ合わせました。」
「そうなんだ。参考にするね。・・この物語を映画にする?」
「いや・・別にいいです。」
「そうなんだ?じゃあ宝箱にしまっておくね。君が本当に困った時に、その宝箱を開ける事にしよう。」


高校二年の秋に、今まで勉強を真面目に頑張っていた同じクラスの女子、静奈が高校を中退してしまう。その事に皆が絶望を感じ、何人かの生徒はまるで静奈がもう死んでしまったかのように思い、自分の未来までも閉ざされたと心の片隅で思った。
担任の木原は魂が抜けた顔をしていたし、海斗も学校で始めて泣いた。

しかし、山寺だけは違っていた。この学年の生徒が入学した時から感じていた事がある。
「またいじめられる時代の子が入って来た。」例えば、平成の始めの方の生まれの子とか、2000年生まれ、2001年生まれ。それから震災の年以降の生まれの子もきっと大変だろうなと思う。さすがに、令和生まれの高校生に自分が教える事はないだろうが・・。
静奈ちゃんが退学してくれて良かったと思った。ちょうど静奈の祖父は山寺の囲碁の師匠で、この前対戦した時に彼は、「人生の最期に小説を書いているんだよ。」と教えてくれた。
「そうだ、自分も人生はもう最期なのだから、小説を書きたい。」退職金をもらえるまであと五年。今は踏ん張りどころだ。今まで何度も生徒に手を上げたり、蹴りを入れてきた。
バケツの水を頭からかけて、男子生徒に『これで分かったか?』と言った事もある。
いつまた自分が手を上げてもおかしくはなかった。
「教師として、人間として、恥ずかしくないように、自分も小説を書こう。」
山寺は自信に満ちていた。

プルルル。三年の学年主任の宮島は女性で世界史の先生だ。出身大学は東北の名もなき私立大学だったが、市内で二番の進学校で三年の学年主任を任されるのは実力者だからだった。
宮島は電話のベルを五回無視してようやく手を伸ばした。もちろん他の教職員も電話を取ろうとしなかったんだし、いいんだろうな。
「あ、江守教授ですか?お世話になっております。すみません、私、宮島です。」
アハハハ!宮島は嘘笑いをしてお世辞を述べながら、卒業生を何人も入れてもらっている大学の教授と話している。

宮島が電話を切り、一息ついた頃に山寺は話しかけた。
「今の、大学入試の担当者かい?」
「うん・・というか、早稲田の教授です。」
「そうかぁ・・。大学の教授から直々にうちの生徒の様子をうかがってくるなんて、大変だなぁ。」
山寺は腕組みをしてわざとらしく言い、宮島は気まずそうに試験問題の答案をまとめた。

数日後、放課後に宮島が職員室に戻ってくると、背の高い山寺が赤い顔で立ったまま電話をしていて、まわりの職員は手を止めて、考え事をするフリをしたりしながら山寺の話を聞いていた。山寺は涙声で話している。
「いや・・成績トップだった子たちが、勉強で追いつめられて退学しちゃったんですよ。
はい、三人も。・・それで、一人の子が七月に、自分で。・・駿台模試では東大文学部A判定出ていた子ですよ。・・いや、もう春ケ丘高校からはそちらの大学には誰も行かれませんから。」
『自殺・・?!』山寺の言葉に驚いた宮島は、「自ら命をたった生徒がうちにいたんですか?」とたずねた。
「まぁ、昔ね。あなた、この学校に来てまだ四年くらいでしょう。私は十五年いるんですよ。」
「ああ・・。もしも本当にそういう事があれば、教育委員会が黙っているはずがありませんよね?」

「無理です。春ケ丘高校からはそちらの大学には誰も行かれないと思います。あの・・努力はしているんですけど。」
次第に、教頭までも山寺の口ぶりを真似するようになり、十一月の電話では、宮島までも大学の教授に無理と話した。
「私にとっちゃ、この学年の子たちが今までで一番かわいい。」と、山寺は涙声で念を押した。


「ねぇ、先輩たちすごいんだろ?医学部に七人受かったって。」
蓮太郎が海斗と将平に話しかけた。
「うわー、医学部とか絶対無理だ。そもそも俺、文系にしたからさ。」
「残念だわ。海斗は絶対理系だと思ってた。」
「木原様の授業のおかげで数学はそこそこ分かるけど、物理となるとよく分からなくなる。」
「俺さ、一年の頃に木原様に物理の問題の質問したら、無視されたんだよ?」
将平が言った。
「分かんねぇって事だろ。」
「数学の先生なのに、物理が分からないの?」
「そんな事だから、静奈さんが学校を辞めてしまうんだよ!」

海斗は指を使って、三百人ほどいる二年の生徒から医学部に合格できそうな生徒を数えた。
「えーとぉ、理系で頭良いのは井川君と、園田君、まぁ・・近藤君も頭良いよね?」
「でも、近藤君は会計士になりたいって言っていたよ。」
「へー、そうなんだ。どうせなら医者の方がかっこいいじゃん。」
海斗が言うと、将平が言った。
「どっちにしろ、この学年から七人も医学部合格は難しいだろ。」

蓮太郎が続きを話した。
「三年の先輩たちは、医学部だけじゃなくて、早慶明治、京都、東北、立教・・すごいってよ。どうしてそんなに親はお金持っているんだろうね?」
「蓮は、サッカーで推薦を目指せばいいじゃん。将平も柔道で。」
「うん、本気にはなるけど、海斗は大丈夫?ダンス部で推薦とかあるの?」
「いや、ないね。どこに進もうかまだ決めてない。」
「急がなくていいよ。」
「二人は部活頑張ってね。」

チャイムが鳴ったがまだ木原が来なかったために、蓮太郎が海斗と将平の下に来て続きを言った。
「遠田先輩がお茶の水で、池ケ谷先輩が津田塾大学だって。どっちも女子大だぞ?」
「きっもぉ!」
海斗と将平が言った時、木原が突然教室に入って来たので、蓮太郎は急いで席に戻った。
三人の話を聞いていた他の生徒たちもうつむきながら、笑いをこらえていた。

怪訝な顔をした木原が教室を見渡して言った。
「高校二年ももう終わりだな。来年はいよいよ三年だが、大学進学だけが全てじゃないから、プレッシャーに負けないようにしような。」

教室を移動しながら将平が海斗に言った。
「木原様の言い方まるで、静奈さんの事を言っているみたいじゃん。」
「そうかな?」
「うん。」
「将平って静奈さんの事が好きなの?」
「いや、俺はちがうけどさ、海斗は大丈夫なのかなって思って。」
「うーん・・それって、静奈さんと俺が付き合えばいいっていう意味?」
「うん、そうだよ。」
「え・・。」
英語の授業中、海斗は胸が桃色になってようで体が熱くなった。

海斗は久しぶりにウォルト・ディズニーの夢を見た。
「こんにちは、海斗。」
目覚めると夏で、ウォルトはTシャツに短パン姿でデッサンをしている。外は日差しが照り付けていたが、家の中はひんやりとしていた。
「こんにちは、お久しぶりです。」
「最近調子はどう?」
「まぁまぁです。・・高校では、大学進学の話題で盛り上がっているんですけど、ウォルトさんは高校卒業後どんな事を勉強しましたか?」
「僕は高校を中退して戦場に行ったからね、大学には行っていないんだ。その時の事をよく覚えていないんだけど。」
ウォルトは高校生の自分が戦場に行って働いていた頃の姿を想像した。

「海斗は何の勉強がしたいの?」
「まだ決めていません。」
「ダンスをやりたいと言っていたよね?」
「ダンスは・・、部活とかサークルで出来ればいいんですけど。実際に学校で何を勉強したいのかはまだ分からないんです。」
「分からない?いや、海斗、君はアニメーションを作る勉強をしなさい。」
「えっ。」
海斗は驚いて口をおさえた。
「でも、絵が描けないのに。」
「これからは毎晩四コマ漫画を描いて練習するんだ。受験勉強はやらなくていい。」
『なんて夢のような話なんだ・・。』海斗が夢から醒めるとまだ夜の十一時で、海斗は自分が受験勉強をしなければクラスメートから嫌われるなぁとぼんやり思いながら、幸せな眠りについた。


三年になってから高校の空気はピリピリしていたが、救いだったのは海斗の高校は三年間ずっと同じ同級生と過ごせる事で、クラスメートはまるで準家族のような存在だった。
海斗は一応四コマ漫画の制作を始めた。まだ他人に見せられるレベルの物ではないが、念のため続けている受験勉強のせいで、漫画が描けない日は心苦しく感じた。
海斗はアニメーション制作の専門学校のパンフレットを取り寄せ、一番学費の安い学校に決めると、父に相談した。
父は笑いながら頭を抱えて驚いたフリをして、母は笑顔で「海斗、アニメが好きだったの?」と聞いた。
「うん。四コマ漫画の練習をしていて・・。」
「へえ、そうなんだ・・。」
「いずれ、ディズニー映画に関わりたい。」
「すごいね。海斗がその夢を追いたいなら、その学校に行きなさい。俺が学費出すよ。」
「ありがとうございます。」

「もう受験勉強をしなくていい!」
まだ合格が決まったわけではないのに、海斗は満面の笑みで自分の部屋で布団に寝転んだ。


翌日、放課後に数学研究室をのぞくと木原が暇そうにしていたので、海斗は木原に進路を決めた事を報告した。
「えぇっ、警察官にならなくていいの?」
「はい。あの・・、僕、四コマ漫画の練習をしているんですけど。」
「ええっ、じゃあ見せてよ。」
「まだ見せられる状態ではないんです。」
「そうか。将来が楽しみだね。ご両親も了承しているんなら、その道で頑張りなさい。」
「はい。」
木原は、海斗ならこの苦しい受験戦争を、皆と共に最後まで走り抜けられるだろうと予想していたが、海斗は成績も真ん中の下の方とそれほど悪くなかったので了承した。
正直言って、大学に行かないと厳しい世の中だが、海斗ならきっと高給だろう。



春に行われた柔道の全国大会の後、「三華くんに負けちゃった。」と将平は肩を落としていた。三華は東京の強豪校の一年だ。口には出さないものの、海斗も三華が本当に十六才の高校生なのかどうか、違和感はあった。
「大丈夫だよ。まだ一年あるし。」
「うん・・。東海に行きたいけど、普通に入ると学費めっちゃ高いからさ。」
「そっかぁ・・。」
「俺の父さん、かなりボンビーだからね。」
海斗と将平が話していると、蓮太郎が入って来た。
「将平、俺だってやべぇよ。一年のくせにレギュラー取った奴がいるんだもん。」
「ええ~。生意気だね。」
「うん。その一年のお父さんが、元サッカー選手なんだよ。」
「うわぁ、どこのクラブだったの?」
「鹿島、鹿島。」
「結構強い所だねぇ。」
「うん。」

将平は、柔道部で毎日他の男子部員と寝技の稽古もしていて、思春期の男子高校生なので、部活でこんなにエロい事出来るなんて柔道ってズルいよなと心の中で思った。
でも、相手が強くて俺を睨みつけながら立ち上がった時に、やっぱりグランドスラムで優勝して、世界選手権でも優勝して、最後にオリンピックで男と戦いたいと思った。
三華を倒す。怪物なんだぜ、俺は。

海斗はスポーツを捨ててしまった。お父さんが警察官なら柔道を選べばいいのに。海斗とは階級が違うので、ライバルにならなくていいんだから・・。
ダンスを選んだ海斗はかしこそうで、将来はスーツを着た良い仕事が出来る事を知っているような顔をしている。

三華は小学五年の時に柔道を始めた。本当は三華という苗字ではなく畠山諒次という名前で、父親がいなかった。変わり者だった諒次は、たまに道端で待っている男の人を自分の父親だと思わずに、父親は刑務所で服役をしていると思い込んだ。
十才の諒次は母にたずねた。
「お父さんが出てくるのは三十年後でしょ?」
「ええ、何言ってんの?そんな事あるわけないじゃない・・。」
「あの・・、時々、道で僕を待っているおじさんは誰なの?」
「それ、誰の事ぉ?」
母はその人を諒次の父親だと認めようとしなかった。

「僕、柔道習いたい。」
「ダメダメ、月謝が高いんだから。」
「やだ、僕行ってくる。」
諒次は、自転車で三十分か四十分かかるが、市内で一番強い道場の稽古を窓から見学して、四回目くらいで先生が道場に入れてくれた。
「お母さんと一緒に来られないの?」
「ううん、ダメ。」
諒次は首をふった。
「親のサインがないと、柔道は習えないんだよ。」
「じゃあ、これ。」
諒次は乳歯が欠けた口で、先生に母の電話番号を渡した。

「お母さん、子供がそんなに柔道をやりたがっているんだから、習わせたら?」
諒次の母が風俗の仕事でも使っている携帯電話に、柔道の先生から電話がきたので、諒次の母はドキッとした。息子に柔道を習わす事を了承するしかなかった。
先生に色仕掛けをして、自分を風俗で買ってもらえれば、息子の月謝を免除してもらえるとまで考えていた。
でも、道場の空気は厳しくて、胸元があいたブラウスとミニスカートと透けた黒いストッキングを履いて息子を迎えに行った日は、道場の外で見学をした。
息子が初めて試合で勝った時から、白いシャツとジーンズを好んで選ぶようになり、試合会場で何度か会っていた男性と親しくなった。
中学に入った息子は柔道で全国大会に行かれなかった。勉強が出来ないし、元夫からの仕送りも少ないので、市内で一番レベルの低い公立高校にしか入れる事が出来なかった。
もう柔道は出来ない。
諒次は高校を卒業すると、芸能人になるために一人で東京に行き、そこでまた柔道を始めた。
「十年付き合った人と再婚したの。」
諒次の母は自慢だった。息子が手離れてようやく自由になれる。でも、再婚相手は諒次の夢をあきらめさせるような男ではない、ヤクザだった。

諒次は三華という苗字を使うようになったが、三華の秘密を将平は知らない。
『グランドスラムで三華に勝てるかな・・。』高校の大会で三華に勝てない自分が情けなかった。そんな時、やけに真剣なまなざしで、海斗がのぞきこんでくる。
「海斗も柔道をすればよかったじゃん。」
「中学まではやってたよ、黒帯も持ってるし。もちろん、それだけじゃダメだよな。」
「本当にダンサーになりたいの?」
「ううん、みんな大変だから秘密にしようと思っていたんだけど、アニメーションの専門学校に進む事にしたんだ。」
「え・・。」
蓮太郎も来て、将平と二人で驚いた顔をした。
「もちろん、ダンスは続けたいよ。」
「そっかぁ・・。海斗ってアニメ好きだったんだ?」
蓮太郎が聞いた。
「うん・・、俺は高校入ってから文化系だったから。もちろん、蓮太郎と将平もスポーツや勉強以外の事をやっていいんだよ。」
「そうだねぇ。考えてみる。」

六限目が自習で皆がリラックスしている。チャイムが鳴るまでの時間に、蓮太郎が海斗と
将平の席の近くに来て話しかけた。
「ねぇ、静奈さんって、勉強が嫌で学校を辞めたんじゃないんだよ。」
「そんなわけねぇだろ。静奈さんは学年トップの成績で、回りからのプレッシャーで心の病になってしまったんだ。俺、静奈さんこそ医学部に行けると思っていた。」
「将平、やっぱり静奈さんの事好きなの?」
海斗が将平に聞いた。
「ちがうけど、みんなそろって高校を卒業したかったから。」
将平が言うと、蓮太郎が言った。
「俺、気づいちゃったんだよ。静奈さんは俺たちが手の届かない遠い上の世界の住人なんですよ。」
「ええ、それどうゆう事?」
「静奈さんの相手は、オーディオバンビの青柳雄平なんだって!」
「ええ、だって青柳さんってぇ、俺たちよりも十一才も年上なんだよ?静奈さんと青柳さんが付き合ったらまだ犯罪なんだからね。」
「でも、青柳さんが静奈さんを心配して、東京で買ったお菓子を静奈さんの家に持っていたりしたらしいよ。」
「なんでそんな事知っているんだよ。」
「俺の婆ちゃんが静奈さんのお母さんと知り合いで、話を聞いたんだよ。青柳さんは、静奈さんが二十歳になったら結婚するつもりらしいよ。」
「ええー。」
「嘘だと思うなら、この歌聴いてみ。サビの歌詞、絶対静奈さんの事だと思うよ。」
蓮太郎は音量を下げて、オーディオバンビの歌を流し始めた。


「すごいね、俺、静奈さんに対して恋愛感情を持った事ないからね?」
「分かった。静奈さんの事は青柳さんが守ってくれるね。」
「うん。」
近くの席の安島君が勉強をしながら笑いをこらえている。
「安島君、うるさくしてごめん。」
「大丈夫。俺もこの時間寝ようと思っていたから。」
「そうなんだ。安島君ってどこ大目指してるの?」
「一応、東大を目指しています。」
「ええっ、東大?俺、木原君からダメって言われたよ。」
「ああ、自分は親から二浪まではしていいって言われてますから。」
「へえぇ、すごいね。」

「木原君ってなんだよ、海斗。」
海斗が言葉のあやで木原君と呼んだ事で、三人は笑いが止まらなくなった。

その内に世界史の早乙女先生が入ってきて、皆が自習を始めた。木原は六限に授業があるらしい。
「あなた達は先生が来なければずっと話しているの?」
「僕たち、静奈さんの事を話していました。」
「静奈さんは病気なんだから、彼女の事を話したら可哀想じゃないの。」
「はい、すみません。」


「蓮~!バイバーイ!」
文子と千花は、他のクラスの生徒の前でわざとらしく蓮太郎に挨拶をした。蓮太郎は学年で一番人気がある。次の日、教室に行くと、蓮太郎は時々垢がついたような肌をして、人間くさくてぼんやりとしている事があるので、別に好きにはならなかった。
自分のクラスが自慢だった。海斗は本当にかしこそうで、将来はスーツを着た良い仕事が約束されているかのような顔をしている。この前、学校にハットを被ってきた。去年の文化祭の衣裳だったんだとか言ってたっけ。

帰宅しようとする海斗に、ユニフォームを着た蓮太郎が話しかけた。
「オーディオバンビの青柳さんが静奈さんの相手だって、早乙女先生に教えてあげた方がよかったかな?」
「うーん、言っても信じないんじゃない?」
「そうかなぁ。ところで海斗は部活ないの?」
「今日は自主練なんだよ。最後の文化祭の振り付けを考えないといけないんだけど、家で考えようかなと思って。」
「ふーん、そうなんだ。良い振り付けが見つかるといいな。」
「うん、蓮もサッカー頑張れよ。」
「おう。」


「私は夕食の準備をするわ。その間、あなたは・・。」
「俺は、君の本を読んでいるよ。」
「じゃあ、とっておきの曲をかけてあげる。」
パメラは音楽をかけた
「この曲を聴くと物語に入り込めるわ。」
パメラは言い、キッチンに行ってしまった。

「いいね?オーロラはドイツ人だ。シンデレラもドイツ人。アリス?アリスはフランス人。でも、ドイツ人とのハーフっていう設定だよ。」
ウォルトはパメラの本を読まずに、一人でぶつぶつと語りかけていた。
「じゃあ、そう言ってあげればいいでしょう。」

「ドイツ人ばかり悪者にされて、可哀想に。」
パメラはお洒落な肉料理を置いた。
「これは鶏肉の赤ワイン煮よ。」
「わぁぁ、美味しそうだ。」
パメラはグラスにワインを注ぎ、二人はディナーを食べ始めた。

「じゃあ、白雪姫は何人なの?」
「白雪は・・、日本人だ。」
「日本人?!ウォルト、日本のお姫様はそんなお城には住んでいなかったのよ。」

「えーと、どこかに本が・・。」
パメラは立ち上がり、日本の城の写真が載っている本を探し始めた。


「ほら、日本のお城。綺麗でしょう。」
「古いんだねぇ。」
「古い?当たり前でしょう。何百年も前に建てられたんだから。」


ウォルトは子供の頃のことを思い出した。兵隊になりきり、イライアスと遊んでいる。
「お父さんなんて、恥ずかしいんだよ!」
戦争で人を殺したと自慢するイライアスを嫌いになりそうな事もあったが、事業を失敗してくたびれた父の姿を見捨てる事はなかった。

会社にイライアスが来た。
「父さん!」
「良いオフィスだなぁ。いいか、お前は俺の夢だ。お前の事業は絶対につぶさないでくれ。」
「分かってる!父さんが描いてくれたネズミにはいつも感謝していますよ!父さんがいなければ、僕は漫画家になれなかったんですから。」

イライアスはミッキーのポスターを見て言った。
「俺たちのネズミはこんなに大きくなったのか。」
「これは分かりやすいように大きくしただけだよ。原寸大はこのくらい。」
ウォルトは指で示した。

「それから父さん、これ見て。」
「なんだこれ、真っ黒じゃないか。」
「もちろん、僕、黒人を描いたんだ。」
「いいか、黒人はこんなんじゃない。もっと恐ろしくて怖い人間なんだ。」
イライアスは物語を話す時の口調になった。
「彼らはずっと差別されてきた。黒人を理解できるのか?ウォルト。」


「いい?あなたと私の会話は聞かれているの。」
「誰にだい?」
「妖精たちによ。」
「ピノキオのブルーフェアリー?それともシンデレラのフェアリーゴッドマザー?
白雪姫の悪い魔女かい?彼女は君をモデルにして描いたんだ。」
「私がモデルですって?」
「ああ、そうさ。」
「そんなわけないでしょう。」
パメラは笑った。
「あなたはいつでも自分で生み出したキャラクターたちと一緒にいるわ。」
「そんな事、妖精たちによるプライバシーの侵害だ。僕だって君と・・。」
「打ち明けなければならない事があるの。」


「そんな!君が男性だったなんて。」
「今まで黙っていてごめんなさい。あなたが私のメリーポピンズを映画化してくれる事になって本当にあなたと恋人になりたいと思ったわ。」
「メリーポピンズは僕の一番好きな本だ。」
「ありがとう。今までメリーは私だけの魔法使いだったけど、世界の子供たちのためにもう手放なさないとね。」


ウォルトはジュディスに慰められながら、泣いている。
「僕は、運命の人と恋人になれなかった。世界のウォルト・ディズニーになったのに・・。」
「かわいそうに。やっぱりあなたの相手はパメラだったのかしらねぇ。」
「パメラは男だ。僕の運命の人なわけがない。」
「他に思い浮かぶ人はいる?あなたの真実の恋の相手として。」
「もしかしたら、ベアトリスだったかもしれない。」
「ベアトリスと最後に出会ったのは?」
「最後に彼女と話したのは二十三才の時さ。でも、今思うと、これまでも何度か会っているような気がするんだ。」
「もしベアトリスがあなたの真実の恋の相手だったとしたなら、可哀想だわ。」
「うん、彼女には悪い事をした。他人の幸せを応援する事に情熱を燃やして、僕は自分の運命の相手を幸せにしてあげられなかったんだ・・!」

「あの、窓ふき終わりました。」
海斗が二人に声をかけた。
「ありがとう、海斗。」
ジュディスはウォルトの肩を強く抱いてから、キッチンに向かった。

「海斗、最近調子はどう?」
「アニメーション制作の専門学校に進むことになりました。」
「すごいね。君は夢に向かって順調に進んでいる。」
「はい。」
ウォルトさんは紅茶を一口飲んでから、またデッサンを始めた。
「君も絵の練習をしているかな?」
「はい。それと今日は僕、他にもやらなければいけない事があるんです。でも、現実の僕は今日も昼寝をしています。」
「僕が海斗を呼んだのさ。隠居してから暇で仕方ないんだ。君のような若者と話すのが一番面白い。」
「ウォルトさんにそんな事を言っていただけるなんて光栄です。」
「それで、絵を描く以外にやる事って何なんだい?」
「最後の文化祭で発表するダンスの振り付けを考えないといけないんですが、普通に、マイケルジャクソンの曲にしようかなと思っています。」
「マイケルジャクソンって誰だい?」
「えっ、知らないんですか?」
「もちろん。今君がいるのは、1964年なんだよ。今はまだマイケルジャクソンがいない世界だ。」
「でも、もうマイケルは誕生しています。彼は1958年生まれなので。」
「そうかい。じゃあまだ活躍していないんだねぇ。マイケルジャクソンのダンスを見せてくれよ。」
「ええと・・。」
海斗はSmooth Criminalを口ずさみながらダンスを見せると、ウォルトもロボットダンスをして楽しんだ。


「はっ・・。」
海斗は祖父のベッドで目を覚ました。祖父母は離れたテーブルで夕食を食べている。
「ごめん。また寝てた。」
「いいよ。海斗の好きなようにして。」
「お爺ちゃんありがとう。」
海斗は起き上がり、自分の部屋に戻ると口ずさんでマイケルジャクソンのダンスをして、
高校の文化祭用の振り付けを考えた。


翌日、教室に行くと将平と蓮太郎、ユタカが話し込んでいて、安島君も本を読みながら眼鏡をずり上げて、三人の会話を聞いていた。女子たちもひそひそ話をしている。
「おはよう、どうしたの?」
海斗が声をかけた。
「高和高校の生徒が殺されたの、知らない?」
「え・・、マジ?」
「うん。昨日からNHKとかのニュースでやってるぜ。」
「あ、ごめん。昨日今日、テレビ観てないんだよ。」
「お前の家、新聞取ってねぇの?」
ユタカが海斗にたずねた。
「うん、取ってないね。」
海斗は内心焦りながら、半笑いで答えた。

「高和高校の生徒が、白木公園で亡くなっていたんだって。紐のような物で首をしめられた跡があったらしいよ。」
「亡くなった生徒の名前は公表されてる?」
「いや、男子生徒って事しか公表されていない。でも、寿西中だった人らしい。」
「うん。文子が同じ中学で、昨日電話が来たんだって。」
海斗が文子を見ると、文子は固まって席に座り、千花たちが回りを囲んでいた。

ホームルームで、木原は高和高校の生徒が殺された事に触れないようにしているようだった。文子は暗い顔でこちらを見ている。
「大丈夫だぞ。」木原が思わず言うと、一瞬文子が普通の顔に戻ったので安心した。
海斗や蓮太郎、将平が普段と違う表情をしているのも内心面白かった。

午前の授業が終わり、文子も普通の表情に戻って友達と口を利くようになった頃、
千花がたずねた。
「文子、念のため聞いてもいい?」
「いいよ。」
「あなたの中学の同級生を、殺したんじゃないよね?」
「うん、ちがうよ。私、昨日は軽音部の練習で六時過ぎまで学校に残ってて、その後帰宅したから、七時半までは駅の防犯カメラに私の姿が映っていると思う。」
「そっか、よかった。ごめんね、余計な事聞いちゃって。」
「ううん。でも、木原先生も疑っているかな?私の事・・。」
「ううん、大丈夫だよ。」

海斗と将平の席の近くに来ていたユタカが小声で言った。
「千花さん、いくらなんでも、友達を疑うなんて酷いよ。」
「そうだね。でも、本当に誰が殺したのかな?」
「この高校の生徒じゃないといいね。」
将平が言った。蓮太郎は真っ先に自分が情報を仕入れたいような感じで、スマホをスクロールしている。

放課後、部活に行く準備をしている海斗と将平の下に蓮太郎が来た。
「高和高校って、一昨年にも掃除ロッカーの中で自殺した生徒がいたらしいよ。」
「えっ、そうなんだ?」
「うん。あのさ、高和高校って割と普通じゃん、偏差値が。」
「うん・・。」
「そういうので未来が不安になっちゃうのかな。」
「あー・・、いや、俺だって大学に行かないんだよ?」
「うん、それに高和高校スポーツ結構強いじゃん。」
「確かに、まわりから大学大学って言われない方が、自由に競技に打ち込めると思うよ。」
「そうだな、俺、部活行ってくるわ。じゃあまた明日な。」
「うん。」
蓮太郎はサッカー部のユニフォームを着たまま、まだスマホをスクロールしている。
将平は同じ年の高校生が殺された時でも、自分がスポーツ推薦を気にかけている事は異常な事だと心のどこかで思った。

四、五日たった頃、移動教室の時にユタカが海斗に話しかけた。
「犯人がまだ捕まらないってヤバくない?」
「うん。そうだね。」
「そういえば、海斗のお父さん、警察なんだよね?」
「あっ、でも、俺の父さんは交番勤務だから。」
「そっかぁ。俺、ミステリー好きだから、親が警察官だといろいろ聞けてうらやましいわ。」
「ユタカは推理小説家になりたいの?」
「うん。ファンタジーよりも、ミステリーの方がいいかな。」
そのうちに古典の授業が始まった。

三年になり、受験対策用の授業が増えた。大学入試の過去問を解いている時、山寺が海斗に話しかけた。
「高和高校の生徒を殺したの犯人はまだ見つからないかぁ?」
「あー、はい。そうですね。」
「案外、犯人は身近にいるかもしれないぞ。」
「ええと、僕はそうは思わないです。」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
山寺は不敵な笑みを浮かべた。

授業の後、眉間にしわをよせたユタカが話しかけた。
「山寺先生、海斗に絡む事多くない?」
「そうだね。俺は別に気にならないからいいけどぉ・・。」
「気弱な生徒に同じ事やったら、登校拒否になるぞ。」

晩御飯の時、山寺の不吉な予感は的中した。
海斗の父親が、海斗の中学の後輩が殺人の容疑者で逮捕された事を言ったのだ。
「ええっ。光次君が捕まったぁ?!」
「うん。今日、ちょうど署に行ったら、光次君が連行されてきた所だったんだよ。」
「うわ、びっくりだね。というかそういうの、家族に話していいの?警察の機密情報なんじゃない?」
「本当は言っちゃいかん。」
「父さん、それ知られたら警察クビになって、俺の進学どころじゃないし、家族全員路頭に迷う事になるからね?」
「じゃあ、お前もこの事を言わんでくれ。」
「うん、いいよ。でもニュースになるでしょ?そうしたら言ってもいい?」
「報道はされるかもしれん。でも未成年だから実名は隠してもらえる。」
「ふーん、でも、報道陣が光次君の団地の事調べて押しかけるだろうから、他の住人が大変になるね。」
「そうだろうなぁ・・。おーい、母さん。ビール。」
「飲みすぎたら饒舌になって、また海斗にいろいろ話しちゃうんじゃない?」
母はしぶしぶ、冷蔵庫からビールを取りだした。



「嘘だろう・・。信じらんねぇよ、俺。」
「本当だって!さっきネットに出てたぜ。」
「何が理由で殺されなければならなかったんだよ!」
海斗が教室に入ると、将平、蓮太郎、ユタカの三人が話していた。
「おはようございます。」安島君は海斗よりも少し早く席に着いた所だ。

「お、おはよう。」
海斗はクラスメイトたちに挨拶して、三人が話している場所の近くにある自分の席についた。
「高和高校の生徒の事件の犯人、捕まったって。朝のニュースではまだやってなかったのに。」
「あ、そうなんだ?」
海斗は父が口を滑らせた内容を言わないように、慎重に言葉を選んだ。
「いつ発表されたの?」
「ネットニュースに出たのは朝八時十五分。やっぱり通学の時間帯を混乱させないためかな?」
「そうだね。犯人、高二だもんね。」
「ええっ?ネットニュースには同じ高校の生徒って書いてあるよ。」
「犯人、高二なん?」
「いや、俺ちょっと聞いちゃって、昨日・・、父さんから。でも、父さんが言っている事が間違っているんだと思う。」
「いや、怪しいな。海斗のお父さん、警察でしょ?」
「うん。でも、僕の父さんが勘違いしたんだと思うよ。警察署で見た事を俺に口をすべらせただけだから。」
「そうなんだ・・。」
「とりあえず、文子さんの潔白が分かってよかったぜ。」

休憩時には蓮太郎はこまめにネットニュースを確認していて、
「俺、そのニュースもう見たくねぇわ。」同じ理系の将平が声をかけると、蓮太郎はスマホをながめて、ニヤニヤと笑っている。
昼休みに蓮太郎が海斗たちの下にうれしそうにやってきた。
「やっぱり、海斗のお父さんが言った事、当たってたよ。犯人が別の高校の十七才の少年だって、警察が発表した。」
「ええ、そうだったんだ。」
「十八才を前に、犯罪に手を染めたいと思う奴がいるんだよ。」


海斗は再びウォルトに夢で会った。
「こんばんは、海斗。」
「こんばんは、ウォルトさん。」
「最近調子はどう?」
「正直言って、あまりよくないです。最近、別の高校の同じ学年の男子が、僕の中学の後輩で高二の奴に殺されたんです。こんな事って珍しいですよね?」
「確かに、僕の友達が殺された事はないけど・・。昔、父と出かけた時に、思い当たる事がある。」


イライアスとフローラは、ヨーロッパ貴族の話をするのが好きだった。子供のウォルトは聞いた。
「ねぇ、それ何の話?」
「それはそれは怖い、ハプスブルク家の話です。」
イライアスは言った。
「じゃあ、その話を聞かせて。」
「いいけど・・、今度、出かけた時にな。」

イライアスは、ウォルトが変な不良に引っかからないように、黒人パブに連れて行った。
店員と客たちは二人をジロジロと見ている。
「ああ~、めんどくせぇ。」
イライアスは隣の黒人をにらみ、舌打ちをした。
「お父さん、やめなよ!」
「いいんだ。」イライアスは横柄な態度を取り続けている。
「それから、ウォルトの友達の黒人のボリは、貧乏すぎるからな、関わっちゃダメだぞ。」
「お父さん、静かにしゃべってよ!隣の人に聞こえたらどうするの?」

「ごめんなさい!僕のお父さんが。」
ウォルトが隣の黒人に謝りに行くと、彼はにんまりと笑った。

「なんだ。お前、あの人に何言いやがった。」
イライアスが聞いた。
「何も。お父さんが馬鹿だから、謝っただけ。」
「余計な事を言うな。」
イライアスがウォルトをゴツンとしたので、ウォルトはふくれて父をにらみつけた。
その内にパブがざわついてきたので、
「そろそろ帰ろうか?ウォルト。」イライアスはウォルトを席から立たせると、ドアに向かう途中で、イライアスは隣の黒人を振り返り、両手を広げてみせた。
ウォルトは気づかなかったが、店から出た後もイライアスは背後を気にしていた。

店から出て少し歩き、イライアスは安堵のため息をもらすと、ウォルトが言った。
「そういえば聞き忘れちゃった。ハプスブルク家の話って何なの?」
「その話か。ハプスブルク家は昔・・。」
パン、パン!
突然、銃声が響いて、イライアスはウォルトをかばった。
「一体、何があったの!」
「さっきの黒人が人を殺したんだ。」
「ええっ。」
さきほどの黒人はFBI捜査官だったのだ。


二人は息絶え絶えに自宅に戻った。
「父さん、ハプスブルク家の話って何なの?」
「ハプスブルク家はな、貴族の血筋を守るために家族や親戚同士で結婚し合う近親相姦を続けていた一族だったんだ。」
「え・・。」
「それで、国に食べる物がなくなった時には、人間を喰っていたんだってさ。母さんはヨーロッパ人だから、自分にハプスブルク家の血が流れていると信じている。だから、母さんも人喰い鬼の末裔かもしれないんだよ。」
「そんな事、あるわけないじゃないか!お父さんのバカ!」
「お父さんに向かってバカとはなんだ!お母さんの秘密を教えてあげたんだぞ。
分からないか?なぜ、お母さんがこの国に逃げ込んできたのか。」
「どうして、お母さんはアメリカに来たの?」
「プリンセスだからだよ。彼女はマリーアントワネットの子孫なんだ。」
「それ本当?」
「本当さ。これは誰にも言っちゃいけない。」


ユタカが海斗に言った。
「俺、国立の文系狙うのあきらめたんだ。爺ちゃんに頼み込んで、私立大学の文系に行かせてもらう。」
「そうなんだ・・。」
「山寺先生、俺の事を応援してくれていたから、報告しなきゃね。」
「うん・・。」

海斗はユタカが国語研究室に入る姿を見守った。
コンコン、「失礼します。」
ユタカが国語研究室のドアを開けると、山寺が椅子にもたれかかりながら、誰かと電話している。
「はい。白木公園で高校生を殺した犯人は、うちの高校の生徒ですよ。・・いや三年には悪いのはいない。悪ガキは全員二年にいるんですよ。今の三年というのは、本当に優れている。ただちょっと、気が弱いんですよ。・・はい。だけど、可哀想ですよ。もちろんほとんどが平成生まれなんですけど、昭和生まれなのに親が平成に入れたくて、子供の戸籍を変えて高校に入れてきますからねぇ。・・まぁ、親はほとんど金持ちです。」

「・・山寺先生、なんか話しているからやっぱり止めておくわ。」
ユタカが海斗に言った。

次の古典の授業の時に、ユタカが山寺に国立大はあきらめる事を報告すると、山寺はユタカを見下ろして言った。
「なんだ、もったいないぞぉ。私立大に行くくらいなら、一浪した方がいい。ユタカ君なら必ず京都大学に合格できる。」
「は、はい・・。」
ユタカは海斗を見て、苦笑いをした。

高校最後の文化祭は盛り上がっていて、ダンス部の発表も大成功だった。柔道部の屋台は
かき氷で楽だったが、サッカー部の屋台は焼きとうもろこしで、蓮太郎は必死にとうもろこしを焼いていた。自由時間には蓮太郎はハチマキの後ろにうちわをさして同じサッカー部員の翔琉と校内を歩いて、文子や千花が写真を撮った。


秋の風が吹き、将平も蓮太郎も以前より話さなくなった。海斗はその事を少し切なく感じたが、自分も将来を決めたのだし、皆が別々の道を歩んでいくのだから慣れていくしかないと思った。
「どうしたの?最近。」
つい我慢できずに、海斗は将平をのぞきこんだ。
「うん。大学が決まったんだ。」
「ええっ!おめでとう。全然、知らなかった。」
「うん。柔道の試合で、三華に負けて三位になってしまったけど、『絶対に、オリンピックに行きます。』と大学の先生がいる前で言って、推薦で取ってもらえたんだ。」
「ええ、そうなんだ。おめでとう。」
「ありがとう。でも、本当に海斗は大学に行かなくていいの?」
「うん、いいよ。俺、アニメの世界で生きていくって決めたから。」
「そうなんだ。俺は、教員免許を取ろうと思っているよ?」
「へえぇ、いいね。向いていると思う。」
「うん。体育の教師でも勉強もできなきゃまずいよね?」
「そうだね。」

「将平、大学決まったんだ。俺もだよ。」
蓮太郎が来た。蓮太郎の目はキラキラと輝いていた。
「サッカーの試合で、俺、レギュラー落とされたんだけど、交代で代わった時に、
翔琉が俺にパスくれて、俺がシュート決められたんだ。準決勝でだけどね。」
「ええ、よかったね・・。」
「うん。しかも翔琉は芸能人になるために東京の私立大学に奨学金で進むから、サッカー推薦を断って、俺に話が回ってきたんだよ。」
「めっちゃいい奴っ。」
「よかったね、蓮太郎!」
「うん。」


卒業までは緊張感のある日々が続いた。山寺は生徒たちが模試を受ける姿を自信あふれた表情でながめていた。進学校に来た生徒たちを有名大学に送るためのたくさんの嘘を、
大学に送り込んだにちがいない。

卒業式の日、スーツを着た生徒たちは無口だった。ユタカは京都大学に行くために浪人する事となったが、無事に大学進学を決めた友達の姿に、海斗は今になって取り残された切ない気分が込み上げていた。
「写真撮ろうよ。」
将平が言い、海斗は『自分だけが芸能人になるんだ』と心の中で思って、将平と蓮太郎の肩を持った。
将平と蓮太郎も、『自分はオリンピックに行くんだ。』『俺はJ1で戦えるんだ。』と心の中で思ったにちがいない。
東大に行くために浪人をする事となった安島君がスマホを構えると、三人の前にユタカがすべりこんでピースサインをした。
安島君は写真を撮り終えると、ユタカと代わり、自分が三人の前でピースサインをした。

文子と千花は、蓮太郎を真ん中に写真を撮った。
「蓮は絶対にJリーグに行けるよね。」
女子たちは蓮太郎を見て、卒業式の日も噂している。
「蓮がJ1の選手になれたら、試合の応援に行くね。」
「うん、ありがと。その前に大学でちゃんとサッカー頑張るわ。」
蓮太郎は言った。
海斗は、自分が芸能人になるとは思ってはなかったが、自分だけがアーティストになるというのは、これからスポーツ選手を目指す友人の手前悪いと思った。
高校を辞めた静奈の相手である青柳さんは二十九才なのに、アーティストとしては未来があった。実際に自分の歌の中で、『俺様』という言葉を使っている。
海斗も、スポーツ選手よりもアーティストの方が長生きする職業だと知っていた。
十代の海斗は、三十代の自分の姿は想像つかないが、海斗は普通の高校生よりもかしこかった。自分の将来をこの人たちで決めないといけない事を分かっていた。本当にエールを送らなければならない友人のために、愛をこめて生きないといけない。
自分が本当に大人になった時に、愛する気持ちを作品の中に書きたい。自分がどうやって、友人たちを愛していたか。彼らを誰だと思っていたか。
自分が本当にそれをするのは、彼らが目覚めた後でいい。彼らが目覚めた時は、海斗が本当のエールを送った証なのだから。


海斗は東京のアニメの専門学校に通い始めて、少し後悔した。なぜなら、将平も蓮太郎も関東の大学に進学していたので、いつでも会える距離にいたからだ。
「友達に頼るなよ。お互いの夢のためだからな?」
卒業式の木原の言葉通り会ったりはしていなかったが、暇さえあれば会いたいと思った。
アニメーションの道を選んだ海斗よりも、アスリートの道を選んだ将平と蓮太郎の方が先に花を咲かせるだろうけど、その内にアーティストになった海斗が二人を待つ時が来る気がした。二人ともアーティストになれるだろうか?

東京の雑踏の中に生きる内に、海斗の中の田舎者の感覚が失われていた。
派手な服を着た僕は、たくさんのゴミがポイ捨てされている場所にペットボトルを捨ててしまった。そして、見知らぬ男性に注意をされて、振り返った。
部屋にたまったペットボトル、積み上げられた雑誌と、ツナ缶とサバ缶の空き缶。二週間くらいゴミ収集の日を見逃してしまった。乾電池は何年分貯まったんだろう。
そんな彼に東京中が恋をした。


アニメーションの専門学校に通う中で、アニメの世界では海斗は落ちこぼれの方なんだという事が分かった。クラスメートの何人かはもうプロのような漫画を描いている。海斗は落ち込んだ時は、忘れかけているウォルト・ディズニーの夢の事を空想して、
『ララビと鍵の魔法』のストーリーを自分のアパートの部屋で繰り返した。
専門学校の課題は絵の練習が多くて、空いた時間はネットでアニメ映画を観て過ごした。
アルバイト先はマクドナルドだ。
海斗がマクドナルドでバイトをしている事を誰から聞いたか分からないが、将平がレジに並んで、海斗を探すようにしていたので、つい海斗は厨房の影に隠れてしまった。
将平は店の奥の席で、テリヤキバーガーのポテトLのセットに、チキンフィレオをトレーに載せている。
「将平、来てくれたの?」
海斗は仕事の合間に声をかけた。
「うん。蓮太郎から聞いたんだよ。かなり久しぶりだね。」
「来てくれてありがとう。・・結構買ってくれたんだね。減量とか大丈夫?」
「うん、明日からやるところ。」

しばらくすると、地元で浪人しているはずのユタカがレジに並んだ時は驚いた。
「えっ、ユタカ、どうしたの?」
「ちょっと、東京に息抜きに来たんだよ。」
ユタカはマックフルーリーを注文して、入り口の前の席で飲み、海斗に手を振って帰った。

あっという間に東京での学生生活は過ぎ、海斗はアニメーション制作の大手の会社に就職が決まったが、制作の仕事ではなくスーツを着た仕事の部門になった。
アーティストの会社ではスーツを着ている人は、花方の部門とは言えない。
海斗の給料は安い、東京でやっていくにはギリギリの額だった。アニメを制作している上の方の人は月300万円ももらっている人もいるし、新卒でも給料は三十万を超えていて、その内に四十万を超える気がした。

海斗は男だし、将来は家庭を養っていかなければいけない。資産も築きたいのに、東京で一人暮らしするのに精一杯だった。結婚相手を見つけるまでに宝くじが当たって、高級なレストランにデートで連れていけるだろうか?
本気の相手をラーメン店に連れて行ったらよくないに決まっている。
本気な彼女を連れて行くなら、芸能人のサインがたくさん貼ってある定食屋さんとかが、
いいよね?普通の日のデートでは。

アニメ制作をしている同期の給料について考えると、グズグズと悩んでしまう。元気を取り戻そうと実家に戻ったのに、海斗は地獄に落とされてしまった。
推薦で国立大学の農学部に進んだ弟の湊が、交換留学で一年間ドイツに行くというのだ。

『僕も行きたいよ!』海斗は大声で泣きたかった。
「しょうがないじゃないの。湊が大学で彼女を作ってしまったんだから。子供でもできたらどうするの?」
「しょうがないって、そんなんで片付くかよ・・。」
海斗はうつむいて、ふくれながらぶつぶつとつぶやいた。そんな時、友達の顔が浮かんでくる。将平と蓮太郎はスポーツで海外に行けるかもしれないけど、留学まではしないんだろうな・・。あと、蓮の性格ならきっと、ヨーロッパのクラブに入るのは無理だろうし・・。
そう考えると元気が出たが、海斗の悲しみを感じ取った祖父が海斗の名前の通帳を持ってやってきた。
「海斗、ほら。このお金で何か好きな物を買えばいいよ・・。」
「ええ・・。」
通帳には三百万が記帳されていた。
「なんでこんなにくれるの?」
「いいからいいから。お爺ちゃんには欲しい物なんてないからさ。」
「・・お爺ちゃん、ありがとうございます。」

『爺ちゃんには、ウォルト・ディズニーくらいにすごい話があるの。』 
祖父の物語を、海斗にはまだ聴こえなかった。

それでも東京でのサラリーマン生活は厳しくて、アニメ制作側の同期を見ると、
猛烈にムカついた。海斗は帰宅途中、気がつくとラーメン屋に入っていて、豚の脂が浮いた塩辛いラーメンの汁を美味しいと感じて飲んだ。
家に帰るとビールを胃に流し込んで倒れそうになる。

『最近、何か忘れてない?』
ああ、絵の練習。確かに、アニメ制作をしている同僚にムカついていても、追い付けないのは当然だ。
海斗が眠りにつくと、久しぶりにウォルトに出会った。
「久しぶりだね、海斗。何年ぶりかな?」
「はい、お久しぶりです。お会いするのは、三、四年ぶりですか?」
「そんなにたつのか。こっちの世界では時間の感覚がないんだよ。」

「今度、『ララビと鍵の魔法』を映画にするよ。準備はいいかな?」
「いや、大丈夫です。そんな事をしてくださらなくても。」
「僕が君の話を気に入ったんだ。海斗は人生の本に書かれているほど不幸にならなかったけどね。君がかしこかったから仕方ないさ。」
「本当なら僕はもっと不幸なんですか?」
「そうだよ。東京の街には残れなかっただろうな。」

「それで、ララビの歌はどうする?」
「ええと、僕、歌とか書いた事ないんですよ。ギターも持ってないし。」
「絵の練習をしなければ、ギターの練習もしていないのか?ダメだよ、それじゃあ。」

海斗はさっそくギターを購入する事にした。
数日後、『この前、君の心に浮かんだ曲を使うよ。いいかな?君は録音しなかったみたいだから。』という声が聴こえてきたので、つい海斗は「え・・。」という声をもらした。


J1のクラブへの入団を決めた蓮太郎の給料は六十万円くらいで、家賃も出してもらえる。この給料でいつまでやれるかは分からないが、贅沢しなければ三十で結婚するまでには、お金持ちになれる気がした。それでも、高級外車を変えるのかな?
外車で自分の試合を観に来るファンを見て、蓮太郎はポカンと口を開けた。
給料は五十万円台から百三十万円までの変動制で、クラブがリーグで二位になった時には月の給料が百二十六万円で、ボーナスを期待したが、ボーナスの額は三百万円だったので少しがっかりした。そんなんじゃダメだよな、と思った。自分の給料についてYouTubeで自慢してやりたいけど、それをしない自分が偉いとほめた。

いつまでこの仕事を続けられるかな?ああ、神様、俺が子供を生めますように。
蓮太郎は手のひらをおでこに当てて、祈った。
『いつか奥さんと出会えんのかねぇ?』蓮太郎はまだ見ぬ人を振り返り、ニヤニヤと笑う。


海斗は実家に戻った時、将平が戦う姿をテレビ放送された柔道のグランドスラムで応援したが、将平は優勝できなかった。
決勝の舞台では延長戦で負けてしまったが、監督が
「将平!ナイスファイト!」
と大声をかけたので、良い試合だったのが分かった。
「将平くん、オリンピックに出られないって事ぉ?」
海斗の母が心配して言った。
「まぁ・・、あの・・仕方ないよ。」
海斗は、将平にギターや小説を書くように芸術をおすすめしようかとも思ったが、
将平の性格上、柔道以外の事をするとさらに悪くなる気がしてやめた。
将平に足りない物はなんだろう?彼女、なのかな?
ウォルトが約束してくれた『ララビと鍵の魔法』の予告が始まっている。
将平は柔道を続けて、身体は大丈夫なのだろうか?

蓮太郎は厳しい練習を頑張り、ほとばしる汗と共にサッカーで結果を出していたある日、
文子が試合を観に来たのに気がついたが、観客に手を振ってはいけない決まりだったので手は降れずに、少しうつむきながら黄金の右足を動かした。
少し前に、雑誌で文子や千花に似たモデルを見たが、きっと別人なのだろう。

文子は地方の短大で介護を勉強していた時、これでは翔琉には振り向いてもらえないだろうと思った。翔琉はmixiでも有名人で、大学生になった翔琉の投稿は『一晩で百万円稼いでいる。』とか、自分がトクリュウに関わっているかのような思わせぶりな投稿が多くて、逆にそれでフォロワーを集めていた。
文子は東京に遊びに行った時に、絶対にスカウトされるようにしようと思った。
まるでモデルのように目の周りをアイライナーとアイシャドウで黒く囲んで、電車の中では上からシャツを着ていたけど、みんなの前でパッとそのシャツを脱いだ。
見せてもいいブラの上にシースルーのトップスを着て、渋谷の街を歩いた時に前から千花によく似た女の子が、黒いショート丈のトップスにへそを出して歩いてきた。
文子の反抗期は、両親や家族に対してよりも友達に対して向いていて、スマホが壊れたフリをして、過去の友達のデータを全て削除してしまっていた。
東京の人ごみにくらくらしていたし、千花と会ったせいか、スカウトされなかった時のために調べてあったモデルの事務所を訪ねる事にした。
最初は迷惑な顔をされたが、自分には芸能人の親戚がいるような顔をして耐えた。
大学を中退してモデルを始めたある日、最近CMでも見るようになった女優が千花だという事に気がついた。最初はまさかと思ったが、写真を何度も見返して千花だと確信した。
彼女は少しダイエットして整形もしたかもしれない。
文子は、音楽の方でガールズグループに入れてもらえる事になりダンスと歌に励んでいたが、ある日翔琉が『今夜もまたやらないといけないのかー。でも200万。』という投稿をmixiでした一週間後に、翔琉のアカウントが突然消えてしまった。
文子は全然違う名前を芸名にしていたので、文子が芸能人だという事は友達にはバレてはいないが、mixiやFacebookでは翔琉がトクリュウに関わっていて逮捕されたという噂が飛び交っていた。しかも、翔琉が人殺しをしたからもう三十年は出てこられないという内容で、ショックを受けた文子は芸能人を辞める事にした。
文子は介護の仕事を始めたがすぐに退職してしまい、今では給食センターで働いている。

蓮太郎の試合を観に行って、彼が運命の人ならいいと思った。まだ二十代なんだし、高校の同級生じゃなくて、もっと広い世界で相手を探した方がいいけど、元々、自分の相手は
同じ高校だった翔琉だと思っていたんだよ。蓮太郎は、自分の事を恋愛対象として見るだろうか?


ユタカは京大を卒業後、県内四番目の進学校で国語の教師をやりながら小説を書いていて、安島君は東大卒業後、東京のテレビ局で番組制作をしているらしい。

ウォルトが映画化してくれた海斗の『ララビと鍵の魔法』は記録的な大ヒットとなり、ウォルトの声が聴こえてきた。
『海斗、お願い。宝くじを買ってくれよ。僕には海斗にそれしかお金を渡す方法がないんだから。』
「え・・いやお金なんて、いいです。僕、何もしてないんで。」
『海斗にお金持ちになってほしいんだ。でも、海斗に宝くじを当てられるかどうかは、僕だけで決められる事じゃないんだよね。分かるでしょ?どういう事か。』
「ええと、どういう意味なんですか?」
『君をアーティストとして育てようとしているんだよ。別の神様が』
「ええっ、そうなんですか・・。そもそも、どうして僕がウォルトさんとこうして話せる事になったんでしょう?」
『それは僕が君を気に入っているからさ。』


『さぁ海斗、絵を描いて。』
海斗は休日のたびに三時間ほどは絵を描いて過ごすようになり、腕を上げた海斗はプロに近い漫画を描き始めて、コミック雑誌の漫画コンテストに応募するようになる。
なかなか手ごたえがある返事が届いて、海斗は本格的な漫画のタブレットを購入した。
「でも、どうやって持ち帰ろうかな?」
本格的に漫画家になるなら、今の会社を辞めて地元で都合の良い仕事を見つけて、時間を作らなければならない。

そんな中、海斗の会社のトップアニメーター川上さんがテレビ番組で特集される事となり、
海斗が付き人として一緒にテレビ局に行く事となった。
楽屋について鏡の前に座った川上さんは、鏡を取り囲む照明をパチパチとつけたり消したりして、「なんだこりゃ、食べていいのかな。」と言って、かごに入っている煎餅を手に取りまた戻した。
その内にスタイリストが入ってきたので、川上さんの準備の間、海斗は楽屋の外で待つことにした。
テレビ局では別の番組の撮影もあるので、いろいろな種類の芸能人が来ているようだ。
「千花?」
明るく染めて絹のようになめらかな細い髪の毛、普通の服だがスタイリストが決めた衣裳を着た背の低い女性がそばを通りすぎたので、海斗は声をかけた。
「千花だよね?」
「海斗・・?」
「うん。裾花ちひろさんって、千花だったんだ?」
「うん、そうだよ。」
裾花ちひろは恋愛映画がヒットしてブレイクした女優で、最近は歌も歌っている。
「恥ずかしいな、海斗にこんな姿を見られるなんて。久しぶりだよね、どうしてここにいるの?」
「僕、アニメの会社で働いていて、上司のアニメーターが『トップランナー』という番組で特集されるから、今日は付き添いで来たんだよ。」
「そうなんだ。私もちょっと収録があるの。じゃあまた。」
「うん。頑張って。」
「海斗、今度会える?」
「うん、まぁ・・いいけど、忙しいんじゃない?」
「大丈夫。LINE交換しよ。」
海斗は神妙な面持ちで千花とLINEを交換して、自分が芸能人と付き合う事を一瞬考えた。
また川上さんの楽屋に戻りドアの前で耳をすますと、まだテレビ局の方と談笑している。
もうしばらく楽屋の外で待つ事にした。

ピン芸人の『ニコ・リンダ』が来ている。一人コントでブレイクしている男の芸人で、本名は非公開になっていたが、少し将平に似ているので気になっていた。しばらく待っていると、ニコ・リンダの楽屋の扉がパッと開いた。
「ごめんなさい、僕、トイレ行こうと思ってぇ。」
「あっ、将平?」
「海斗・・?」
「やっぱり、将平がニコ・リンダだったんだ?」
「うん、そうだよ。ごめんねぇ、その事を言えてなくて。」
「いいけど・・。あの、トイレ大丈夫?」
「うん、ちょっと行ってくる!」

その間にもう一度、川上さんの楽屋に戻ったが、まだテレビ局の方と話し込んでいるのでひと安心した。少し将平と話す時間がありそうだ。
「海斗、どうしてここに来たの?」
将平はハンカチで手を拭きながら戻ってきた。
「今日、会社の上司の、トップランナーの収録があるから、付き添いで来たんだよ。」
「そうなんだ?大変だね。俺、東京で、芸能人に憧れちゃって、芸人になったんだよ。もちろん、柔道はまだ続けてるけど、この先は難しそう。」
将平は芸人らしく縮毛矯正をかけた黒々としたツヤのある髪の毛に、黒ぶちの眼鏡をつけている。
「恥ずかしいよね、俺がこんな事やっているなんて。」
将平は眼鏡を外した。
「ううん、大丈夫だよ。ニコ・リンダのコントめっちゃ面白いじゃん。あれ全部、将平が考えてるの?」
「うん、そうだよ。面白いと言ってもらえると励みになる。ありがとう。」
将平の楽屋の鏡のミラーは消されていて、その代わり食べられた煎餅のゴミが置かれていた。
海斗は高校の卒業式で、将平と蓮太郎の将来が心配だったのを思い出したが、本当によかった、将平は芸能人になれたんだ。
「そういえばさっき、千花さんに会ったんだよね。」
「うん、千花さん、女優だからさ。」
将平は顔をゆがませて言った。親友が顔をゆがませるなんて、ああ、やっぱり千花と付き合うのはよくないなと海斗は思った。
「自販機行くから、ちょっと出るわ。」
テレビ局にドラマのポスターが貼ってある。
「この女優もクルミって名前だけど、本当は同じ高校だった久美子さんだよ。覚えてる?」
「うん、そうなんだ・・。」
「何、このすまし顔。この人絶対整形したよね?」
将平はにやにやと笑った。

将平と別れた後は、海斗は川上さんの収録を見学して、休憩の時はメイクさんが川上さんの顔を塗りなおしたりするのを見守った。
スタジオの奥で川上さんの撮影を見守りながら、高校の卒業式で自分だけが芸能人になると思った事を思い出した。あの頃はまだなんでも出来る気がしたけど、海斗は二十七才になり、だんだんと可能性が狭まっていくのを感じている。でも、もう道は決めてある。
海斗はアーティストになり、世界を救うために生まれてきた。

家に帰った海斗は、千花とデートする事になれば、どちらが会計をするのかを考えた。普通の子でさえ、海斗はデート代をおごれないかもしれない。でも、元気が出ない日には一人で外食をしているわけだし、割り勘なら家計を守れるだろうか?将平の顔を思い出したが、
海斗はそこまでお金がないので、お金がある人と付き合った方がいいのかもしれない。
自分から誘いたくはないので、千花からLINEで誘われれば会おうと決めた。

「元気?海斗とこうして二人きりで会うの初めてだよね?」
千花が指定したカフェでランチをする事になった。海斗は今まで恋愛という悪に染まらないで、まぁまぁ良い人生を生きてきたと思う。
千花にとっては、いまだ性病持ちでない海斗と二人で過ごせる時間はとても安らげる時間だったが、海斗には違っていた。もちろん、普段関わらない世界の人間と話す事は海斗の世界を広げたが、千花はウイルスをたくさん持っていそうで身体の関係にはなりたくないと思った。それでも千花がHIVなら可哀想なので、身体の関係にならないように気をつけながら誘われた時には会ってあげようと決めた。

三回目のデートの時に千花が海斗を部屋に誘っても来ないので言った。
「海斗、私の事、エイズだと思ってる?ちがうよ、私はエイズではないからね。」
「えっ、俺、千花がその病気だと思ってないよ。」
「じゃあどうして、私の家に誘っても来てくれないの?」
「いや・・、別に、俺は千花とそういう事をしたくないんだよ。もちろん、千花の事が嫌いというわけじゃないんだけど。」
「ふーん、いいよ。でも私とは恋は出来ないって事?」
「恋・・という感覚がないんだよ。千花と俺には。」
「そんな事、はっきり言われるなんてショックだなぁ。私、映画にも主演したんだよ?」
「まぁ仕事と恋愛は関係ないからさ。お互い、まだ遊んだ方がいいんじゃない?」
「うん、海斗はそれでもいいかもしれないけどさ、私は女子なんだよ?」
「あー・・、そう、女子だよねぇ・・。」
「付き合ってくれなくてもいいけど、これからも会ってもらえる?」
「うん、いいよ。」

海斗と千花は恋人同士ではなかったが、海斗が二十九才になるまで一か月に一回は会った。海斗はようやく漫画の表紙の水彩画が上手くなってきた所で、漫画の内容はまだ大人気コミックに近づけるものではないが、このまま続けていれば、漫画家としての収入が得られるようになるだろう。ウォルトの夢は最近見ていないし宝くじも当たらなかったが、ウォルトが言っていた別の神様に漫画の才能を受けたのかもしれない。

デートの時に千花が家具屋でお洒落なランプを購入して、マンションの部屋に運ぶのを手伝うのを頼まれ、初めて千花の部屋に入ってキスをした。
千花に「シャワーを浴びてもいい?」と言われた時に、海斗は我に返らないといけないと思った。でも一度のキスの代償は大きい。
このまま悪夢から醒めなくて、あと十年結婚出来なければどうするんだろう?
帰り道に、美しい東京の夕暮れを見上げ、もう東京にいない方がいいのかもしれないと感じた。
川上さんの奥さんが病気で倒れて亡くなった後、会社は少し活気を無くしていた。

海斗は『ミミズク』という漫画を考えている。
超人的に耳が良くて、一キロ先の話し声までも聞き分ける能力がある男が警察の捜査に協力するハメになり、警察なるように説得され、警察学校に通い、刑事になって活躍していく漫画である。
「この漫画は上手く描けば当たる。」久しぶりに聞こえたウォルトの言葉通り、自分でもそう感じていたので、会社を辞める事にした。川上さんの右腕だった上司が新しい作品を持ってきて、会社は久しぶりの映画の企画を始めていた所で、『実家に帰るための』海斗の退職も少しは引き止められたが、皆がお別れの言葉をかけてくれて無事に済んだ。
弟の湊は紆余曲折あったが、結局警察官になり、実家を出ている。
地元では、もちろん正社員で配達の仕事を選び残業はあったが、iPadを使えば毎日少しずつは漫画に取り組む事ができたので、『ミミズク』でコミック誌の漫画家募集に応募した。
出版社から漫画家デビューの話で電話が来て、アシスタントがいるのか聞かれたがもちろんいない。その事も含めて一度会って話をする事になり、海斗は再び東京に出向いた。
海斗が配達の仕事で正社員をしている事を話すと、出版社の担当社員が、海斗が表紙とネームを描いて、出版社で控えているイラストレーターたちがその漫画を仕上げる話をして、それに伴う報酬についても話した。
海斗は了承して、ヒット漫画のいくつかはこうやって描かれた事を知ったのと同時に、自分は一流の漫画家の仲間入りを果たした事を想い、急に胸が熱くなった。

「漫画家デビューおめでとう、ミミズクの歌を書いてみろよ。」
ウォルトの声だ。
「ありがとうございます。でも、自分の作品の歌を書くなんて恥ずかしいじゃないですか。」
「そんな事ないさ。君も一流の仲間入りをしたんだ、新しい事をして生きていった方がいい。」
「あ~・・、じゃあちょっとギターを弾いてみます。」
海斗は少しずつ上手くなってきたギターを弾いて、眠っていた才能が目覚めたかのように、数日の間に三、四曲を書いた。漫画家としての名前は『スガワラ貝』にしたが、出版社で控えているアーティストに手伝ってもらって漫画を出版するので、ソングライターとしての名前『すらーり海斗』にして、さっそくマイクを購入して、Youtubeにアップロードをする事にした。

「それで、海斗はいつ結婚するの?」
初めてのアップロードが終わり、一息ついた時にウォルトの声が聴こえた。
「いや・・、まだ決めてないです。」
「そうなんだ。でも恋人はいる?」
「今は、そういう人はいません・・。」
思い浮かぶ人は千花しかいないので心がしめつけられる感じがしたが、千花からは今でも頻繁にLINEがきていて、海斗がもしも結婚するのなら千花は間違いなく一番近い相手だ。

「本当にいないの?」
「時々会っている人はいます。」
「じゃあ、その人に会わせてよ。」
「ウォルトさんが好む女性かどうか分かりませんよ・・?」
海斗は顔をほころばせ、ウォルトがそう言うのなら、今度千花の誘いにのってもいいかもしれないと思った。
漫画家デビューする前に三話くらい描く必要があり、休日と平日の夜は作品に没頭していて、それ以上作曲をする余裕はなかったが、ようやく正式に漫画家デビューをした時に再び歌を書いた。Youtubeにアップロードした歌が十曲になった時に、千花から電話がきた。
「すらーり海斗って、海斗だよね?歌、めっちゃ上手くない?」
「いや、そんな事ないよ。」
「歌を売るつもりなの?」
「どうかな、まだ分からない。」
「歌を売るんだったらさ、私の音楽会社から出してほしいんだ。あの・・オーディオバンビとかがいる会社なんだけど。」
「ええ、でもそんなに大きな所から、僕の歌が出せるのかな?」
「大丈夫だよ。だって全部良い曲じゃん。今度、音楽会社の人に話してみるから、良いって言われたら会える?」
「うん、ありがとう。俺のためにわざわざそんな事をしてくれるなんて。」
「ううん、いいの。」
「あの、ちなみに売る時、俺は歌わないからね?」
「分かってるよ!」

海斗は千花の言う通り、『ミミズク』のために書いていた歌を音楽会社から別の深夜ドラマの主題歌として出す話が出てしまった。
「ありがとうね、海斗、私の音楽会社と契約するでしょ?」
「うーん、でもなんで、そんなに俺を誘ってくれるの?」
「私、歌手として、いろんなMVを撮ってもらったし、あの・・私、音楽会社の人たちに何かを返したいんだ。」
「ああ、君の恩を返せって事か。」
海斗は思わずつぶやいた。
「なんか言った?」
「ううん。」


昔、バンド仲間と麻雀をした時に、自分は間違った方向に進んだと気づいて、その頃から前髪を伸ばし始めた。
千花と共に音楽会社ファンタジーラジオに来て、海斗は初めて青柳に会った。
「もう静奈さんと付き合っているんですか?」とつい聞きたくなったが、青柳がじっとこちらを見て来たので、もしかしたら静奈から海斗や千花についての話を聞いているのかもしれない。
「青柳さん、こんにちは。」
千花はヘヘへと笑った。
音楽会社の人たちは海斗を見ないように下を見ていて、海斗が近づくと顔を上げて愛想笑いをした。海斗が若くして、スガワラ貝という漫画家をしている事を知っているのかもしれない。
海斗は高校生の頃に良い歌のMVにバックダンサーとして出演する事を夢見ていたが、
社会人になってからは忙しいのと、クールに見せるためにダンスをしなくなった。
スポーツジムでエアロビのクラスに参加して、すぐにフリを覚えて他の参加者から羨望のまなざしで見られる事に優越感を覚えるくらいだ。作曲家として音楽会社に訪れる事になるとは夢にも想った事はなかった。

海斗が一番良く書けた歌が深夜ドラマの主題歌になり、五万円で売れた。
この日、五万で売った歌が今後何十年も世の中に聴き続けられる事になったら、それはそれで良い事だった。
アニメの会社を退職して地元に戻る少し前に、祖父が亡くなった。その事は海斗を悲しませたが、アニメ会社を退職するための良い口実となった。
仏壇の前に座った海斗は手を合わせて、遺影の中で優しげに笑う祖父を見つめ、線香の香りが終わった生を安らげた。三か月ほどすると祖母は以前の元気を取り戻していたので、海斗が一階の祖父の部屋のカーテンを洗うと激怒していた。
祖父の若い頃の写真がないので祖父の若い頃の容姿を知らないが、祖父は戦争中に少年時代を生きていたから、本来の遺伝子が発揮されなかったかもしれない。
本当のおじいちゃんはどんな男だったのだろう?海斗は自分の顔と照らし合わせた。
海斗は割とエラが張って目が切れ目の、平安貴族の様な自分の顔を見つめた。

海斗の曾祖父は夏目漱石の息子で、父の功績から逃れるためにこの地に来た。
曾祖父も小説を書いて稼いだのかもしれないが、海斗が暮らす築五十年以上の家は曾祖父が建てた家だ。菅原家に伝わる夏目漱石の小説の教えは、読者がその場の雰囲気を味わう事で、必ずその時に見えるもの、匂いがあれば匂いについても書く。
祖父も財産を築くために若い頃は努力して、祖父が考えた漫画のキャラクターは祖父自身、
日本を救うとも思える自信作だった。しかし、若い漫画家たちが家に押し寄せ、そのキャラクターを使った漫画は無償でその漫画家たちに渡す事となってしまう。
その時から祖父は作家として人間主義となった。やはり、自分自身が命を操れるキャラクターでなければ、作家本人を救ってはくれないのだ。
その後、宝くじを当てた祖父はすぐさまそのお金を別荘に変えた。それなので海斗の家は、
豪華な別荘を持っている。もしかしたら祖父は祖母と一緒にそこで暮らすつもりだったのかもしれない。
海斗の父は警察官となったが、警察官になる前に漫画家を目指していて、父もこの世に存在しないキャラクターを使って描いた漫画の権利を別の人に渡してしまう。
海斗の父も、日本を代表する強烈な印象を持つキャラクターが、本当は自分の父親によって生み出されていた事を肌で感じ取っていたのだ。
海斗の父が生みだしたキャラクターたちは三十年たってもなお愛されていて、そのキャラクターを使って仕事をした者を億万長者にさせている。
海斗の父は退職金をもらう事ができたが、お酒に酔うとそのお金を一気に使う話を考えて、母に聞かせている。


ウォルトと夢で会え、心の中に声が聴こえてくるのは、仏教徒の海斗が週に何度も
お釈迦様にすがり何かの言葉を求める事と同じように、ウォルトも神様であるという事だった。
海斗が三十四才の時に、ウォルトは『十二支物語』を発表した。ただの十二支物語ではなく、十二人の巫女たちがそれぞれの干支に変身して、国で起きている奇習などを解決して、神様のレースに挑むという実写映画である。
「僕が千花と一緒に考えたんだ。」
「そうなんですか。少し変わっていて、面白かったです。」
「そうだろう?僕はコメディーが好きなんだよ。」
「やっぱりウォルトさんは神様だと思います。僕の運命の人はやっぱり千花だと思いますか?」
「さぁ、それは僕には分からないけど、マッチングアプリをやってみたらどうかな?」
「うーん、ちょっと考えてみます。」

海斗は職場の女性や配達先で出会う女性を見比べて、運命の人を探すようになった。千花は女優としての返り咲きを狙い、ドラマの主演のオファーを受けたので、さすがに千花には愛想をつけた。
三十五才をこえた海斗は別に年下が良いわけではないが、もし自分と同じ年か上の女性が相手ならすぐにでも結婚しなければならない事を分かっている。逆に年下が相手だとしたら、この厳しい世界を生きていくために、まずは上の女性たちが結婚するまで待ってもらわないといけない。
月収八十万の契約でJ1のクラブからJ3の地元のサッカークラブに移籍した蓮太郎は、文子と結婚した事をLINEで知らせてきた。
『海斗、久しぶりー。今度、地元のJ3のチームに戻ってくることになったよ。』
『そうなんだ?大変だね。俺も地元にいるから、また会えるかもしれないね。』
『うん。絶対会おうぜ。それで、俺、文子と結婚する事になったんだ。』
『ええー!おめでとう。お幸せに。』
『ありがとう。今はめっちゃ幸せ。』

将平が帰省した時に、久しぶりに駅前の海鮮系の居酒屋で、三人で会うことになった。
「将平、ニコリンダなんだろう?めっちゃすげぇ。」
蓮太郎は将平をハグして言った。
「うん、ありがとう。海斗も漫画家なんだよね?」
「うん、そうだよ。」
「ええ!じゃあこの中で一番すごくないのは俺って事?!」
蓮太郎は言った。
「いや、そんな事ないってぇ。でも、安島くんはテレビ局のチーフプロデューサーで、めちゃくちゃ稼いでると思う。」
「努力して東大に行ったから、ちがうよな。ユタカも高校の教師だろ?県外までの俺の試合に来てくれたからさ。つい俺、その時は合図しちゃったんだよ。」
「え、合図しちゃいけないの?」
「うん。基本的には知り合いがいても分かりやすく合図しちゃいけないから、見ながら足をストレッチしたりするだけ。」
「そうなんだー。結構厳しいんだね。」
「あ、そういえばさ・・翔琉の話知ってる?」
蓮太郎が言った。
「翔琉が刑務所にいるって事なら聞いているけど。」
「いや、それが嘘みたいなんだよ。俺も全然気づかなかったんだけど、男性アイドルグループのZYU-Niziって分かる?」
「うん、わかるよ。俺、ZYU-Niziのメンバーとバラエティーで共演させてもらったんだ。」
「そうなんだ?すげえ!そのメンバーにナオトいる?」
「うん。」
「え、ナオトと話した?アイツ、翔琉だってよ!」
「嘘!俺、ナオトと話したのに全然気づかなかった。元々高校時代もそんなに仲良くなかったんだけどね。」
「ああ、そっかぁ。でも俺、翔琉に大学の推薦の事で恩があるんだよね。覚えてる?」
「試合で翔琉にパスをもらえて、シュートを決められたエピソードあったよね。」
海斗が言うと、蓮太郎は続けた。
「うん。しかも、文子が翔琉の事をちょっとだけ好きだったらしいんだよね。」
「そうなんだ・・。嫌だね。」
「うん。それで凪がスポーツクラブでインストラクターやってるんだけど、翔琉が逮捕されたと思って、自分もヤバイと感じたのか、苗字を変えてしまったんだよ。」
「苗字って変えられるんだ?」
「うん。家庭裁判所に行けば変えられる。でも、凪の場合は二十代で結婚して、奥さんの
苗字になったらしい。自分だけ芸能人になるのが気まずいのは分かるけどさ、親友だった凪の事まで騙すなんて酷くない?」
「そうだね、俺だってニコリンダになる時、蓮太郎には知らせたよね?」
「うん、まぁな。」

「でも、翔琉が逮捕されてなくてよかったわ。とにかく蓮太郎、文子さんとの結婚おめでとう。将平は結婚するの?」
「俺も一応芸人だから、四十代になるまでは無理かもしれない。」
「じゃあ、相手は年下だね。」
「でも年上なら、もう結婚してもいいよね?」
「うん、急がないといけないだろー。」
「海斗はどうなの?」
「まだ相手がいないんだよ。」
「海斗、静奈さんの妹の杏実さんはどう?ちなみに、青柳さんと静奈さんってまだ付き合ってもないんだって。」
「ええ!嘘、青柳さんの片思い長いねー。」
将平は思わず笑みをこぼした。
「静奈さんの妹か。この前、配達に行った時にお会いしたんだけど、俺に興味あるかな?」
「それは分からないけどさ、海斗とは見た目はつり合うと思う。」
蓮太郎は言い、海斗はその晩、マッチングアプリに登録して杏実に似た女性を探した。
マッチングアプリで出会う恋は良くないと思っていたが、運命の人が誰か分かっているなら出会う手間が省けそうだ。

数週間後、海斗は杏実に似た女性をマッチングアプリで見つけて、実際に会ってみると本当に杏実だったので、二つ年下で三十三才の女性と付き合う事になった。
「マッチングアプリで出会うって本当は良くないよね?」
「うん、でも、お姉ちゃんも青柳さんとマッチングアプリで両想いになれたらしいから別にいいんじゃない。」
「ええっ、青柳さんもマッチングアプリを使ってたの?」
「うん。でもお姉ちゃんを探していただけだよ、きっと。」
「僕も、杏実だけを探していたんだ。」

ウォルトの声が聴こえてくる。
「海斗、結婚おめでとう。これからも素晴らしい作品を世の中に送り出して行ってくれよ。
いつか一緒に仕事をしよう。」
「はい、ありがとうございます。」


「白雪姫の大ヒットおめでとう。」
「本当にあなた達は世界で一番の兄弟よ。」
「僕たちを生んでくれて、本当にありがとうございます。」
ウォルトとロイの両親は、結婚五十周年を機会にカンザスシティからハリウッドに移り住んだ。兄弟はノースハリウッドのプラセディア四六〇五番地に豪邸を購入し、家具をそろえて、両親を住まわせる事にした。
なによりも、ガスの集中暖房がウォルトのお気に入りだった。
しかし、しばらくすると自慢の暖房施設が動かなくなる。
「直さないと、朝目が覚めたら、死んでいるってことになりかねないわ。」
フローラの訴えで、ロイとウォルトはただちにディズニーのスタジオの職人に修理をさせた。

一九三八年十一月二十六日の朝、フローラは寝室につながるトイレに立った。
なかなか戻ってこないので、イライアスがのぞくと、彼女はトイレの床にくずれおちていた。
イライアスも息絶え絶えに玄関にたどりついたが、そこで意識を失ってしまう。
庭にいたお手伝いの少年ポールが不振に思い家に駆けこむと、倒れているイライアスを
発見した。
ポールは窓を開けようとするが、どうしても窓が開けられない。
ポールはフローラとイライアスを家の中から引きずり出し、人工呼吸をほどこした。
イライアスは目を覚ましたが、フローラはもう二度と動かなかった。

ロサンゼルスに着いた時、ウォルトが運転する車の中からフローラは窓の外をながめていた。
「広いわね、この場所素敵だわ。」
「母さん、ここはフォレストローン墓地というんだ。まだお墓は必要ないよね?まずは住む家を探さないと。」

ウォルトとロイは、フローラをフォレストローン墓地に埋葬した。


イライアスは、心の中で苦い思いをかみころした。フローラは自分とはちがう魂に、呼ばれたのではないか?
ウォルト、いつか父さんの事を好きになっておくれ。



六十才のウォルトは普通の人間に変装して、ディズニーランドのベンチに座っていた。
自分も両親と同じように運命の女性と結婚できたのだろうか。
もしかしたら、両親も自分も運命の人を見つけられなかったのではないか?
母さんはいつ父さんから逃げ出したんだろう?
楽しそうにランド内を歩くお客さんを見て、ウォルトは微笑んだ。
それでも、優しくしてくれた父の瞳を忘れられなかった。

自分は両親に捨てられた子供だったんだ。そう思って足下を見ると、ウォルトが描いたキャラクターたちが寄ってきて、心配そうに見上げている。
ジュディスと夫と子供、パメラも来てウォルトを取り囲んだ。
赤毛のベアトリスがウォルトの隣に座った。彼女の青い目がきれいだ。

ミッキーは貧しくて可哀想なウォルト少年に手をさしのべた。

偉大なアーティストなったウォルト・ディズニーにも同じように。


END

Dream

Dream

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 自分探しをしている高校生が夢の中で世界一のアーティストに出会いました。
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