映画『左利きの少女』レビュー
ルックからして突出した作品でした。①奇妙な画角から撮られる構図は主人公であるイージンたち一家の現状がいわゆる社会のレールから大きく逸脱していることを暗示して見えましたし、②圧迫感を覚えるほど被写体に近づくカメラは彼女たちの生活の息苦しさを物語るようでした。
光の捉え方も凄まじいクオリティです。舞台となる台北のナイトマーケットを煌々と照らす人工灯、狭い室内に遠慮なく入り込む自然光のどちらも分け隔てることなく掴み取り、感情的に滲ませ、スクリーンへと映し込む。一家に何があったのか、その一切を教えぬままに冒頭からトップギアでストーリーに踏み込んでいく本作のギラついたテンションを瞬時に伝えるセンスは、上映開始1秒目からしてわれわれ観客の心を鷲掴みにします。
現状から認識できる情報を散りばめて、気になる隙間を想像的に埋めさせる展開もすごく好みでした。①大黒柱として一家を支えるシューフェンがなぜ、過去に自分たちを捨てた父親のためになけなしの貯金から多額の入院費などを出してしまうのか。②かつて通っていた台北の高校でトップ3に入る学力を修め、美人で有名だったイーアンがなぜ、栄光と思える過去を微塵も感じさせない荒れ果てた生活を送っているのか。③そして主人公のイージン。それぞれに謎を抱える母親と長女がぶつかり合い、火花を散らす度に最も純粋な存在であるはずの彼女の影がところどころで奇妙なシルエットを見せるのは一体、なぜなのか。
相関図として俯瞰すれば圧倒的に女性の比率が高い劇中にあって、しかしながら男性の存在感は異様に高く、登場すれば何かしらの波風を立てていくのですが、その根っこには台湾の因習が深く絡んできます。その内容があたかも理想のように語られるとイージン一家の特異性が際立ち、観てるこちらも居心地が悪くなる。彼女たちが身を置く夜市自体も、油のようにストーリーから浮き始めます。分離する社会の実相は絶望的。シューフェンも、イーアンもいよいよな所まで追い詰められ、そこから先に進める道が見えなくなった時に動き出すイージンの左手は、古くさい頭を乗っけたままの祖父から吹聴されたとおり、悪魔の所業を笑顔で果たしてしまう。
皮肉にも、その因果を追った先では一家が必ず救われているのですから、背徳的なユーモアとして劇場のあちこちに起こる笑いをハイライトとし、痛快な一作として本編の幕を下ろすこともきっとできたと思います。けれど本作で初監督を務めたツォウ・シーチン監督はそうしなかった。そのずっと先で待っている「母親」の覚悟と責任を見据えていた。その描き方が真に白眉だった。
その姿は二重にぶれるものです。一方では頑なに変わろうとしない社会を前にして、諦念に似た覚悟と共に腰を落ち着けようと努力するも、己の心で燻るものを打ち消せない苦しみに喘ぐ「母親」。もう一方では社会に対して立てた中指を折り曲げない代わりに、覚悟も責任も持てないまま「母親」にすらなれない未熟さとして人生に大きな波紋を投げかけるもの。
その在り方は、取る立場によって答えを変えるものです。ゆえにどちらも正しくて、どちらも間違っていると言わざるを得ない。何をどこで間違えたのか、何をどうすればよかったのか。必死に生き、日々を繋ぐ忙しさにぽっかりと空いた穴の中、煩悶する身をぐっと折り曲げてそのまま永遠の眠りにつけたらどんなに幸せか。偉そうな説教なんか一言たりとも耳にしたくない。同情なんてくそっ喰らえだ。反発の仕方ですら背反する人生の岐路。その別れ道をぴょんと跨いで現れるイージンは、だからただ1人、正しいことをやり直せた人間です。正直に全てを打ち明けて、受け入れて貰い、いつも通りに笑うことができるようになった。
正直になる。
そう、彼女のように正直になることが幸せになる一番の近道だった。何でもないことのように思えるその困難を思い知った時の「衝撃」こそ、本作を傑作の領域に押し上げる最上のポイントです。自覚なんて、他人の言葉を借りて出てくるようなもんじゃない。覚悟なんて、嫌でも毎日抱えてるんだから。今日も賑わうナイトマーケット、観光客がひっきりなしに通りを行く。来店する客はそれでも疎ら。でも、声をかけて商売をする。注文どおりに料理を出す。すっかり顔馴染みになった面々で、家族と思える3人で、夜を通して働く。スマホから流れてくる音楽に合わせて、身体をくねらせて、素敵に踊る。踊ってみせる。
シューフェン、イーアン、イージン。異なる世代を重ね合わせて切り拓く台湾シネマの新たな地平線。今年もまだまだ期待作が目白押しですが、洋画に関しては『左利きの少女』がベストの一作だとここに断言します。イージン役のニーナ・イエさんの演技だけでもいいから観に行って下さい。そのとんでもない才能に鳥肌が立つこと必至です。イーアンを演じるマー・シーユエンさんにもきっとべた惚れすることでしょう。脚本、俳優、演出、音楽どれを取っても完璧の一作です。映画を冷静に観ることができない幸せを味わいたい方は是非。都内だとヒューマントラストシネマ有楽町などで上映中です。
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