『道理。』

当時の三愛病院所属 小原さんと藤田さんへの手紙。

2023年05月19日


今回の件で私の視点で思ったことを書きたいです。
今回の件を私が事実として知ったのは、2023年5月18日のパン販売のときです。
これはネットで公開はされません。
あなたへ向けて書いてます。
そしてこれから私が書きしるすことは、あなたのこれからのさまざまな道、選択をけして阻むものではありません。
そこだけは信じて読み進めてみてください。


では、はじめますね。


やった人間とやられた人間は、真実はわかります。
真実は小説で表現できる、その役割は果たせると思います。


ただ。
忘れられない、忘れてはいけない事実、現実が今ここに確かにあります。
それは現在のトップやその近くにいるブレーンたちが正しい評価をせず、正しい判断をくだせなかったという現実が周知の事実になってしまったことです。
私の小説やエッセイ、日記はインターネットで公開されています。
アクセス数に反映されていないだけで、見ている病院関係者はあなたが思うよりずっと多いです。


過去、私が予想しているだけでも、うちの施設内の職員はもちろんですが、デイケア、SST関係者、院内の心理室と、医療福祉相談室、法人本部関係、グループホーム、うちの市の相談センターなど、全員ではないかもしれませんが、それぞれのグループの一部の職員が見てくださっているようです。
私はそれを責める立場にはありませんし、責めるつもりは毛頭ございません。


なんやかんや事情があれ、病院のために結果を残そうとして事実としてがんばってきた優秀なひとたちを実にひどい理由、根拠でトップやブレーンたちが排除した現実が大なり小なり病院関係者、じっさいに働いてくれている人々に知れわたっているのです。


私から見た、今回の現実はこうです。
私の存在や作品を、だれかによくわからん気分で利用されてしまった。
(誰かのアクセス上の動きを私が追い過ぎた。誘導されたという感じです。まあ、その誰かって、すげぇ趣味の悪い時計をしている◯◯さんっていうんですけど)
そして、私の存在や私の作品、これをどういう経緯なのかは私にはわかりませんが、現在のトップやブレーンたちはなぜか判断材料にしてじっさいに決断をくだしてしまったという、じつにおかしな現実です。


私の存在とはなんでしょうか。
それはどこまでいっても正しい事実が伝わらないところにいる、ケースその1の利用者です。
つまり責任を取れる立場にない人間です。
ジョーカー?
違います。私は利用者です。
それがどなたから見ても正しい現実です。
これは支援者であれば当たり前に見える事実で、私だって痛いほど理解しています。
私はそういう十年間を過ごしてきた人間です。


小説とはなんでしょうか。
それはどこまでいっても事実ではありません。
人によっては大切な真実かもしれませんが、けして事実ではありません。
こんなことは人間の常識です。


私の言いたいことは、責任を取りたくても取れないそれらは人の人生を現実に左右するほどの正しい根拠、判断材料にたるのでしょうかということなのです。


私の結論を先に申し上げます。
なりません。
けしてやるべきではありません。
嘘が事実を超えることなど、現実社会であるべきではありません。


見えないものを見つめ続けてきた私の弱さも、責任を取れる立場にはありませんがあなたやあなたの周りに謝罪する理由には充分になると思います。
この度は混乱とご迷惑をおかけしてほんとうにすみませんでした。


トップやブレーンたちが正しい判断をくだせなかったという消えない事実、現実を、私はひじょうに重いと思います。
一度、その事実、現実を見てしまえば見なかったころには絶対に戻れません。
すでに事態は、あなたひとりに責任を負わせ排除すればいいということではないのです。
(あなたのこれからの選択はどんなものであっても私は絶対に否定しません)


もしも、あなたの今の立場を目撃した人が未来ある若い方々であれば。
人間であればこう思うことが自然なことと思います。
今のあなたの立場は、未来の、これからさきの自分に見えるのです。
努力をして結果を出しても、ミスが拡大解釈される、誇張されてしまう、周囲の合意を飛びこえ意味の解らない判断をされ、不思議な評価をされる。
あまつさえ、確かに出した結果をなぜか認められないというルートを着実にたどることがわかってしまったのです。


次に、もしも力を持つ優秀な人間があなたの今の立場を目撃してしまったらどうしましょう。
選べる立場の人間です。
いつでも別の場所に行けるのですぐ行きます。
そこでその力を発揮し、のびのびと生きます。
そして病院の悪い印象だけが残ります。


正しく自分自身を評価してくれるところにみなさん、どんどん移動するのです。
今までだってそうだったと思いますがその流れはより強化されます。
今まではその流れを良いアイデアや結果で、なんとかくいとめてくださるひとびとがいました。
でもそのひとたちは現在どこにいるのか、どんな立場にいるのかということです。


これで人間が根づかない、育たない土壌の完成です。


これから、というかすでに全体がゆがむように崩れています。
そのときには決定権のあるところには優秀で正しい指揮、指示を出せるオールラウンダーの人間、真摯に大量の仕事量をこなせるタフな人間はいません。


この現実に耐えられる人が、現在何人いらっしゃるのか私には見当もつきません。


自戒をこめて言います。
(すみません。施設の備品の鍵を生理用品の黒いゴミ袋に入れてゴミ箱に捨てました。4/25火曜の4者面談の日、面談後です。そのゴミ箱は翌日の朝には空でした……。申し訳ありません)
やったことの結果は、それが良いものでも悪いものでも自分自身や周りに必ず良くも悪くものこります。
そこからふたたび人間は自分を省みて学ぶしか、周囲へ応えることはできないのです。


以下、私個人の予想になります。


たぶんこれから、病院のために結果を残そうと事実としてがんばってきた優秀なひとたちがいっしょうけんめい出した仕事の結果をひじょうに悪い結果がぬりかえるだろうと私は思います。


優秀な彼らが出したアイデアや結果を、きっと現在のトップやブレーンの人間たちはメンツを守るために方針としては維持しないし、これからさきも持続できないだろうと私は思います。
(土台としては利用するし、なんなら改革などと言って前例からまったく学ばない、奇をてらうことをして周りの注目を集めるかもしれません)


病院のために結果を残そうと事実として働いた優秀なひとたちが出したアイデアや結果を、現在のトップやブレーンである彼らが持続できない理由はなんでしょうか。


それは彼らが創造と想像を、していないからです。


創造とは0から1にすることです。
0から1にするには、必ず理由が、根拠がありますし、なければいけません。
そして創造をなしとげたとき、大切なものを周りにのこしてくれます。
0から1にする過程はとても大変な道のりです。
安心安全ではありません。
挑戦です。勇気だっていります。


なぜ0から1にしなければならないのか、その行動を今すべきなのか。
現在のトップやブレーンである彼らはきっとちゃんと自分の言葉で説明できません。
自分の言葉で説明できないことを、あるていどのクォリティを保ちつつ、彼らができるとは私には思えません。


0から1の理由を、信念をもってあきらめずに実行し続ける力も彼らには無いと私は思います。
現在のトップやブレーンである彼らの仕事は、今回の件だけ見ても自分だけが大切で楽をして良い結果が欲しいというこころがすけて私には見えるからです。


みんなで、チームで連携や協力をして仕事をする、しなければならない意味が彼らにはわかっているとは私には思えないのです。
創造とは、ひとり孤独に達成できるほど甘いものでしょうか。
どうですか。お考え下さい。


つまり、0から1にする、そういう苦労や長い道のりを想像すらできない人間たちが現実として決定権をもつトップ、またブレーンに今現在生き残っています。


とても申し上げにくい進言をあなたへ致します。
お許しください。


事態はそちらの方向で最悪なのです。
あなたの存在や押しつけられた立場が最悪なのではなく、今ある現実、そしてこれからの現実が実に最悪なのです。
ですが、その最悪の責任は、人が育つことのない土壌を完成させてしまった彼らが自分たちで取るべきです。


それが人の人生を左右する決断をすることの道理だと私は思います。


そしてもう一度私はあなたに謝らせてください。
この度は本当に申し訳ありませんでした。
私は書くという行為で、とんでもない責任のとれないことをしたと思います。
ほんとうに、ごめんなさい。


私からは以上です。
お時間をとって最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


ピアチェーレ利用者 中田 恵


2023年05月19日

『道理。』

注釈 この当時すでにネットストーカーが酷く、アクセス数は意味があるように荒らされ(作品自体が誰宛など手紙のような作風だったため)、ピアチェーレの3階の女子トイレでわたしの生理用品やおりものシートを盗まれていました。

『道理。』

2023、05、19に小原さんと藤田さんへ書いた手紙。もう時効なので掲載致します。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-17

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