痕跡なんてどこにもない
彼女は『召喚』されたのではない。
この世界の誰かに、必要とされて応えたのでもない。
偶然紛れ込んでしまっただけ。
だから世界にとって彼女は異物。
世界は彼女を排除しようとしたが、元の世界に帰れるわけではなかった。
さらに彼女は何を勘違いしたのか、自分がこの世界にとっての救済者、必要とされて召喚されたのだと思い込んだ。
本来の世界では彼女は聖女と呼ばれ、実際に神に従い、神の言葉を人々に伝えていたから。
しかし──見たこともない簡素な服に、黒い髪、黒い瞳、低身長な人間たち。
人間たちは多く集まってきて、何やら囁き、笑ったりする。
一斉に何かを彼女に向け、ぱしゃぱしゃと音がする。
彼女は自分は聖女だ。貴方たちを救いに来たと熱弁するが、誰にも通じる様子はない。
群衆の冷やかし笑いと意図しない圧迫感で、彼女が危機感を抱いた時。
世界は意図的に揺らいだ。彼女を元の世界に強制排除する。
忽然と姿を消した。
集まっていた人間たちは一瞬で、彼女を忘れた。
群がっていたことを疑問に思いながら、解散していく。
だってこの世界にとって彼女は異物。
違う世界から偶然紛れ込んだ異物。
世界は本来の在り方に戻る。
そう、初めから彼女はこの世界にいなかった。
だから、痕跡なんてどこにもない。
痕跡なんてどこにもない