・・・それこそ野蛮人ではないような者が問えること(ケシスタン聖典 卑問の章)・・・
・野蛮人ですか?と訊いた場合。
野蛮人は、いや、違います。と面白みもなく答えることでしょう。
半土人は、野蛮ではないと言い切れるほど自分は高尚な存在でもない、と慎ましく呟きましょう。
非野蛮人は、はい、然うです野蛮人です。と認めなくして認めたかのように振舞ってみせることでしょう。
・宇宙とは何か?と問われた時。
野蛮人は、ま~壮大ですよねとか、神秘ですよね~とか、自分がちっぽけに思えますよね、などと感嘆することでしょう。
半土人は、何も神々しいことはなく宇宙もただ単なる自然の一部に過ぎない、などと高い所からなのか低い所からなのかよく分からない勇ましい口を利くことでしょう。
非野蛮人は、いや~ここが宇宙でありその中に浮かぶ地球だなんてこんな美しいことがあるかい?などとして今一度その事実を共有せんとしてきましょう。
・宇宙が始まる前の無の世界とはどのようなものか?と問われた時。
野蛮人は、いやその宇宙がそもそも無い世界とか本当マジで何なんすか?わからんくないすか?とおちゃらけましょう。
半土人は、始まるとか終るとか一旦然う言うのだけでも一回やめにしませんか?と囁きましょう。
非野蛮人は、貴様は眠りにつき夢さえも見て居らず意識を失って居るようなものな時は一体どこに居るというのだ?ととんでもなく憤り睨みつけてきたりしましょう。
・神とは何か?と問われた時。
野蛮人は、え~何かすごいのとか有難いものとか然ういう感じの奴ですよね、などとしてその愛おしき土人性を披露してみせてきましょう。
半土人は、神だ何だのと論じてる内は貴様もまだまだだ!と取り乱して物騒な論争を仕掛けようとしてきましょう。
非野蛮人は、然うですね神という発想や表現というのは実に美しく尊重されるべき人類の創造性だと思うんですよ、などとして恭しくすることでしょう。
・赦されるべき罪は赦されるべきか?と問われた時。
野蛮人は、いやまあ内容とか状況によるっすよね~だからそれだけじゃ答えられないっすね、などと受け流しとぼけましょう。
半土人は、まあ怒ってばかりとか対立してばかりでは何も進まないし生み出せないんでね、と呟いて落しどころを見つけましょう。
非野蛮人は、てめぇ赦すとか赦さねぇとかそんなんどうでも良いからよぉ淘汰されるべき者は早く淘汰されて消えちまえよブッ殺すぞ!と人類のために怒鳴り散らかすことでしょう。
・くたばれ!などと罵られた時。
野蛮人は、はい?え?何何何?とつまらない反応を示すことでしょう。
半土人は、ぅおのれぇぇぇ貴様がくたばれぅおおおお!というこれまた或る意味でつまらない反応をすることでしょう。
非野蛮人は、然うです!その姿勢こそ場合によってはかなり素晴らしい!とこの上なさげに称讃し返してくることでしょう。
・暴力をみかけた時。
野蛮人は、暴力はいけないよ!などとただ諫めることでしょう。
半土人は、確かにそのように手を出してしまいたくなる瞬間があるのは分かるが唯それでも手を出してはならない、と制してみることでしょう。
非野蛮人は、おんどれぇぇぇてめぇお前を八つ裂きにしてやろうか!うぉぉぉぉぉ!!などと今にも暴力を振るいそうな形相をしてその暴力者を罵りましょう。
・差別をみかけた時。
野蛮人は、差別はいけないよ!などと言うことでしょう。
半土人は、やめろやめろ兎に角やめるんだ先ずは、などと言って物理的に差別を止めようとすることでしょう。
非野蛮人は、おのれクソ野郎こらしめてやろうか!うぉぉぉぉぉぉ!などと鬼面の装いを以て奮い立ちその差別主義者をもしかしたらこの世から消し去りましょう。
・差別を受けた時。
野蛮人は、ハハハ、と笑うか受け入れるように笑ってその場をやり過ごしましょう。
半土人は、ぅぅぅおのれ貴様グチャグチャにしてやろうかぁぁぁぁ!などと勇み返して成敗しましょう。
非野蛮人は、何も言わずにほくそ笑むでその目を見つめるか、ただただ悲しく泣き惜しみましょう。
・平等を訴える者が居た時。
野蛮人は、然うですみんなその価値に違いなんてないんだよ!と加担することでしょう。
半土人は、じゃあ様々な違いによって生じる様々な良からぬ運命は平等に補填され救済されるんだな?と斜に構えてみせましょう。
非野蛮人は、ハイ!では平等とかを訴える人から平等を失っていくことにしようと思いま~すと笑顔でその心臓を愛撫してみることでしょう。
・愛?を伝える時。
野蛮人は、愛してるよ。という風に譬えヘドの出るような感じでも正直めに告白しましょう。
半土人は、、、、、。何もありません。
非野蛮人は、もう自ずから想いが溢れてくるんよ、、。あなたのお陰です。というらしいのです。
・自殺せんとする者が居た時。
野蛮人は、あなたはひとりじゃない!と一応は言うことでしょう。
半土人は、あなたが生きてることより死ぬことの方が迷惑です、と優しく語りかけましょう。
非野蛮人は、いやお前さぁ死ぬくらいなら何とかなるかも知れない大博打に打って出ろよブッ殺すぞ!と励ましてみせましょう。
・議論が白熱し相手が昂奮してきた時。
野蛮人は、いやアナタね可笑しいですよ!とその議論の場のそれらしい一部分にでもなろうとしましょう。
半土人は、ぅおのれぇぇぇぇ打ち倒されろ!思い知らせてやる!と今にも手を出しそうで出さないフリをしてみましょう。
非野蛮人は、はい、わかりました。少なくとも私にも間違っている部分があるのです。と何よりも先ず一歩引いて微笑みましょう。
・公共の場で騒音の如く私語をする者をみた時。
野蛮人は、騒ぐも何も個々の自由と言わんばかりにそれを何とも思わないことでしょう。
半土人は、目障りであり耳障りだがそれを縛る所以というほどのものは無い、として消極的に見逃しましょう。
非野蛮人は、ぅぉぉぉお前ら黙れぶっ飛ばすぞぉぉぉぉ、などと歯軋るなどして今にもその口を封じたく昂ぶりましょう。
・ポイ捨てや目上への無礼などを働いた者を見た時。
野蛮人は、ダメだよ~そんなことしたら。と取敢えず真っ当に注意してみせましょう。
半土人は、いけない。そんな野蛮なことはやめにしないか。と特に耳に残らない毅然とした態度をとることでしょう。
非野蛮人は、ぅおのれぇぇぇぇくたばれ!引き裂かれろ!煮え死ね!!と割とガチめに罵ってくることでしょう。
・地位を利用して高圧的な態度をとる者に叱られた時。
野蛮人は、はい、と俯くか粛々として甘んじてそれを受け入れるか従うかすることでしょう。
半土人は、どういうことなのか説明を願います、などと淡々と述べ求めることでしょう。
非野蛮人は、わかりました、そしてもしそちら側が間違って居た場合には私もまた容赦しません、お互いに容赦せず向き合っていきましょう!とその相手を叱咤激励することでしょう。
・成功を収めたりした人に対して言及する時。
野蛮人は、わ~俺とは全然ちげぇや~俺にはあんな才能ねぇわ~、などと言って自らを罵ることでしょう。
半土人は、環境もあるし教育もあるし巡り合せもあるし時代もある、取敢えず御めでたい、などと言って恰も自分を鼓舞できたかのように振舞いましょう。
非野蛮人は、この人の人生や日々や身内友人や他のすべての支えてきた人たちの想いが報われ実を結びそこに繋がってるということが只々本当に良かった、などと偏に同じ人間として感動を覚えてみることでしょう。
・所で、野蛮人か半土人か非野蛮人か、どれになりたいか?と訊かれた時。
野蛮人は、いやぁ別に野蛮人なら野蛮人で結構っすよ別にw、などと謙遜とも嫌味ともとれる口を利きましょう。
半土人は、少なくとも野蛮人ではありたくないと思いますね、と今の自分の或る程度の水準に満足して居るかのように淡々と答えましょう。
非野蛮人は、ひょっとすれば半土人であるくらいが人間には丁度いいのかも知れませんね、、、と弱音か諦めかプロパガンダかとも思える示唆をこぼしましょう。
・所で、誰かを野蛮だ野蛮だと言って居る内はその人自身が野蛮である、ということを訊いてみた時。
野蛮人は、ですよね~本当いい自己紹介ですよね~、とでもするなどして微笑みましょう。
半土人は、そんなことを言うから未開人は未開人のままなんだ!などと厳しい口を働きましょう。
非野蛮人は、まさに然うです、だから我々は究極的には黙ることが重要なのです、と丸で頷いて、微笑むのでしょう。
・・・それこそ野蛮人ではないような者が問えること(ケシスタン聖典 卑問の章)・・・