泣き虫道化師は海の淵に焦がれる。
◆別に読まなくてもいい簡単な説明◆
⭐️…黒服からキャストへ転向したホスト。まだまだ黒服時代の癖が抜け切らず、静かで丁寧な口振りから”紳士系”として売り出されている。
黒服時代の対応をShellyが覚えていたことで、”黒服”としてではなく”個人”として見られていたことに彼女を意識しているが、自分はあくまでも”Harlequinのヘルプ”の身なので何も出来ない。
💚…人気花形ホスト。天性の女たらしとしての才能を武器に、甘い言葉と巧みな手管で姫を落とす。結果、彼の姫は基本的に熱量が高く、トラブルに発展しやすい。
”ホストとして飾り立てた自分”ではなく”ホストの仮面の下の自分”を見ているShellyに強く惹かれているが、”ホストと姫”という関係上踏み込めずにいる。
👿🔶…支配人。
フロア全体の動きを把握し、姫に夜の夢を与える仕事を何よりも楽しんでいる。
Shelly自身のことは良客として扱っているが、彼女が周囲を惹き付ける点には思うところがある。
怒ると煙草を吸う癖を持つが、普段全く吸わない為、自身の煙草を持ち合わせておらずその場に居る喫煙者に煙草を要求する。
🎟️🎩…フロント主任。
支払いや来店する姫の予定表等の管理を任されている。キャストや黒服に指示し、動かし配置に付かせる役割も担う。
Shellyが初来店時から支払いのトラブルを起こさない点を高く評価している。
💉…メンケア担当。
酔い過ぎた姫や泣いている姫の対応、キャストのメンタルケア等を任されている。
Pierrotの相談や、Harlequinの愚痴という体の惚気けを散々聞かされている為、本人に会ったことはないがShellyのことは知っている。
🩶…Harlequinの本指名の姫。
予定と予算が合えば来店し、初来店時から無理の無い範囲で彼とのやり取りを楽しんでいる。
相手の隠している部分を見抜くのに長けている。
Harlequinに対して淡い想いを寄せているが、彼がホストである点と周囲の姫の熱量の高さでトラブルが起こりやすい点から”自分の想いで彼を困らせてしまうかも知れない”と考え、気持ちを伝えずにいる。
夜の帷が降り、煌びやかな電飾で飾り立てられた、妖しく甘い、夜に夢を売る者達の世界。
そんな夜の街の一角に、静かに佇むホストクラブが存在する。
CLUB CIRCUS NOCTURNE。
キャストが皆道化師やそれに関わる名を名乗る、少し風変わりなホストクラブ。
その店に、1人の女性が来店する。
胸辺りまでの淡いグレーの髪、深い紺色の瞳、左の目元の泣き黒子。
ホストクラブに来たにしては服装も化粧も普通で、浮かれ過ぎた様子が無く、妙に現実味を帯びている。
Silvia・Bennett、愛称はShelly。
彼女はこのホストクラブへ通う姫でありながら、夜の世界に染まり切らない少し変わった姫だった。
予定と予算に余裕が無ければ来ない。
無理に高いボトルを入れない。
帰りの電車を考えて延長しない。
会計で揉めない。
他の姫とのトラブルを起こさない。
至って普通の良客。
しかし、そんな普通の客であるからこそ、彼女は自分が多くの視線を集めることを知らない。
彼女に溺れてしまった男達がこの夜の世界に何人居るのか。
フロントで彼女の姿を捉えたTicket takerが、礼儀正しく口を開く。
「いらっしゃいませ、Shelly様。この度もご予約頂き、ありがとうございます。」
「こんばんは。」
彼に合わせて、彼女も礼を返す。
いつもと同じやり取りだった。
「本日も、Harlequinをご指名ですね。」
彼がフロアへ視線を移せば、店の奥から長身痩躯の男が現れる。
セットされた癖のある黒髪。
不敵な緑の瞳。
惹き込まれるような雰囲気。
己を飾り立てる為に計算された衣装。
自信に満ち、洗練された立ち振る舞い。
CLUB CIRCUS NOCTURNEのランキング上位の花形ホスト─Harlequin。
Shellyの本指名のホストである。
「こんばんは、Shelly。来てくれたんだ。」
「こんばんは、Harlequin。うん、予定と予算が合ったから。」
予定と予算が合ったら─彼女の口癖だった。
「そっかそっか、じゃあ卓行こっか。」
彼は満足げに頷き、Shellyを先導して店内を進む。
派手で雰囲気のあるホストは数多く居る。
だが、その誰もを差し置いてHarlequinが一際目を引く煌びやかさと、妖しい美しさを持っていた。
ふと、彼が思い出した様子で振り返る。
「あっShelly、今日のヘルプなんだけど、入るとしたらPierrot以外の奴が来るから。一応言っとく。」
「Pierrot以外?」
Shellyは目を瞬かせる。
彼女の卓に入るヘルプと言えば、専らPierrotだ。
来店頻度の問題か、はたまた彼が新人ホストだからか。その真意は分からないが、彼以外とは関わったことがなかった。
「そんなに心配しなくて大丈夫だって。うちの店の系列店の奴が、仮入店で来てるってだけ。期間終わったら元の店に戻るし。」
「そうなんだ…」
「うん、名前はArlequin。」
──Arlequin。
フランス語でHarlequinと同じ意味を持つ、道化師の名前。
「Arlequin……」
Shellyは小さく呟く。
「そ、俺とそっくりな奴なんだけど、泣き虫でビビりで”ドジっ子”で売り出されてる新人だってさ。」
ドジっ子。
Harlequinと同じ顔の男におよそ似つかわしくない売り文句に、彼女はドジっ子な彼を想像しようとしたが、全く思い浮かばなかった。
それからしばらく、彼女の卓では他愛のない会話が続いた。
彼女の仕事についての話。
友人と遊びに行った話。
最近あった出来事の話。
内容としては取るに足らない、有り触れた話ばかり。
しかし、Harlequinはその全てを疎かにせず、相槌を打ちながら聞いている。時折、質問すら交えて。
Shellyは嬉しく思う反面、彼の仕事には必要なことだからと考えを改める。
そこへ、黒服がやって来て彼に何か耳打ちする。
「ごめんShelly、俺呼ばれてるから行って来る。」
「うん、行ってらっしゃい。」
「…すぐ戻るから。」
他の姫の卓へ向かうHarlequinの背中を、Shellyは見送る。
一度だけ振り返って此方を見遣る彼に小さく手を振れば、微かに目を細め、そのまま卓へ着いた。
別の卓から、Harlequinの笑い声が聞こえる。
彼女は手の中のレモンサワーのグラスの縁を、手持ち無沙汰にぼんやりと眺める。
それから少し経った頃。
「─ねぇ、」
その声は、ついさっき他の姫の卓へ送り出したHarlequinと全く同じだった。
流石に戻って来るには早過ぎる。
いつもなら、もっと掛かるのに。
一体どうしたのだろう。
彼女は顔を上げる。
そこには、Harlequinが─否、彼と容姿こそ似ているものの、全く別の長身痩躯の男がひどく頼りなさげに立っていた。
セットされた癖のある白銀の髪。
不安げなピンクの瞳。
自信が無く、今にも泣き出しそうな雰囲気。
心做しか着られている様に見える衣装。
身体を縮こめ、手慰みを繰り返す指先。
彼こそがCLUB CIRCUS NOCTURNEの系列店であるCLUB CIRCUS AURORAから仮入店して来た新人ホスト、Arlequinだった。
Harlequinと全く正反対の雰囲気の彼は、躊躇いながら口を開く。
「えっと、…Jesterに、キミの卓のヘルプに入るように言われて…」
歯切れの悪い、口篭った声。
目の前の男の言葉に、彼女はHarlequinの話を思い出した。
─今日のヘルプなんだけど、入るとしたらPierrot以外の奴が来るから。
─ うちの店の系列店の奴が、仮入店で来てるってだけ。
そうだ、確か、名前は─
「……Arlequin、だよね?他のお店から来てるって。」
Arlequinは少し目を見開く。
彼はまだ仮入店して間もないが、この店でもう随分とHarlequinと比べられる扱いを受けていた。
Harlequinに似た子。
白いHarlequin。
ドジっ子なHarlequin。
姫達に悪気は無い。ただ、殆どが彼をそう評価していた。
そんな彼を、Shellyは”他の店から来ている”とだけ評した。それは、Arlequinにとって明らかに他の姫達と違う反応だった。
不自然な間が空き、彼は慌てて答えた。
「……あっ…うん、そう。ここの系列店のCLUB CIRCUS AURORAから来た、Arlequin。…でも、皆には、”Arle”って呼ばれてる…から。」
眉を下げて笑いながら付け加える。
「そうなんだ、よろしくね。Arlequin。」
「─……えっ。」
彼は明らかに固まった。
その反応に、Shellyは首を傾げつつ問う。
「違った?」
「ち、違わない。違わない、けど……皆、Arleって…。」
「うん」
慌てて答えるArlequinの脳裏に、彼をそう呼ぶ姫達が過ぎる。
─Arle、今日も可愛いね。
─Arle、また噛んだ?
─Arleってほんと守ってあげたくなる。
─Arle、泣かないでよ〜。
「だから、キミも……そう呼ぶのかなって。」
「そう呼んで欲しいの?」
呼ばれたいと思っている訳ではないと思う。
でも、そう呼ばれるのが当たり前だったから、呼ばれないことを考えた試しがなかった。
「……分かんない。」
「そっか。じゃあ、今はArlequinって呼ぶね。」
その言葉は、当たり前のことのように投げ掛けられた。
またしても、彼女は彼にとって明らかに他の姫達と違う反応を取ってみせた。
「えっと…改めて、オレはArlequin。よろしくね、Shelly。」
Shellyの卓で隣に座り、そう名乗った。
ちゃんと言った。──つもりだった。
だが、実際には彼女の名前を呼ぶ時に声が不自然に裏返ってしまった。
Arlequinは固まった。
まただ、またやってしまった。
失敗。ドジっ子。
本当はやりたくてやっている訳じゃない。でも、性格のせいでどうしても上手くいかない。
嗚呼、この子もきっと、オレを笑う。
Harlequinと同じ顔なのに、どうしてこんなに違うんだって思う。
オレを笑って、可愛いって言う。もっとひどければ、面倒そうに”もう良い”って言われる。
─きっと、がっかりする。
Arlequinの目が小刻みに震える。
涙が溢れそうになるのを、必死に堪える。
そうしないと、耐えられない。
「大丈夫。」
彼は顔を上げる。
「貴方はArlequinで、Harlequinの代わりじゃない。だから、貴方は貴方のままで良い。」
ShellyはArlequinに柔らかく微笑む。
「無理しないで良いんだよ。」
Arlequinは息の仕方を忘れてしまった様な気がした。
──暖かい。
昼下がりの海の浅瀬のような暖かさが、Arlequinの心に触れた。
彼女の笑顔が綺麗で。
打ち寄せる波みたいにキラキラしていて。
深くて静かな、夜の海みたいな紺色の目に惹き込まれる様で。
目が離せなかった。
─違う。
この子はきっと、オレを笑ったりしない。
この子は、オレに優しくしてくれた。
どうしよう。
─好きだ。この子のことが。
静かに息をつく。
単純で拙い、幼過ぎる想い。
でも、彼にとっては、この上無い想いだった。
「ねぇ、オレ、キミのこと……もっと知りたい。キミのこと…教えて?」
Arlequinは彼女の少し近くへぎこちなく座り直し、顔を覗き込みながらたどたどしく言う。
頼りなく笑う男と、それを受け入れる女。
フロア全体を望む席からJesterは静かに目を細めてその卓を見ていた。
─また1人、あの夜の深い海へ溺れたか。
閉店後、自宅へ帰り着いたArlequinは、帰宅後の身支度もせずスーツのままベッドに倒れ込んだ。
Shelly。
彼女の名を小さく口に出してみる。
甘い。
まるで、砂糖菓子の様に。
彼は手近にあった枕をそろそろと引き寄せ、胸に抱える。
頬が熱くて、ドキドキする。
でも、いつもの嫌なドキドキとは違った。
優しくて、柔らかくて、暖かくて、そして甘い。
「Shelly、」
もう一度、口に出してみる。
「…次は、いつ来てくれるのかな。」
彼女は”予定と予算が合えば”と話していたが、それは一体いつだろう。
明後日か。
来週か。
もっと先か。
出来れば、自分が仮入店している間にもう一度来て欲しい。
Shellyが来てくれるならば、この仕事だってきっと楽しく感じることができる。
こんな気持ち、初めてだった。
会いたくて、話したくて、傍に居たくて堪らない。
次がいつかは分からない。でも、Arlequinには1つだけ分かることがあった。
「次はヘルプで卓に入るんじゃなくて、オレを指名して欲しいな…。」
自分の姫として、Shellyの傍に居たい。
まだ芽生えたばかりの、淡くて、しかし少し危うい感情。
Arlequinは彼女の優しい笑顔を思い浮かべながら抱えた枕に顔を埋め、幸せそうにベッドの上で身体を丸めて目を閉じた。
泣き虫道化師は海の淵に焦がれる。
◇別に読まなくてもいい簡単な説明②◇
🩷…姉妹店から仮入店して来た新米ホスト。
Harlequinと瓜二つの容姿だが、彼と真逆の酷く臆病で且つ泣き虫な性格。
顔とスタイルの良さ、臆病な性格から来る慌てやすい性格を”ドジっ子”として売り出されている。
本人としては結果を出そうとホストとして振舞っており、刺さる姫には”可愛い”と多少言われることもあるが、大半は笑われたり面倒に思われることの方が多く、自信を持てずにいる。
初めて自分の失敗を笑わず、優しい言葉を掛けたShellyに、強い恋心を持ってしまう。