映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』レビュー

 『ノー・ウェイ・ホーム』でピーターが選択したことはヒーローとしては正しかった。けれど、「親愛なる隣人」としてはどうだったのか?この問い掛けから始まる事柄を精算し、来るべき明日への扉を開く本作においては、ジーン・グレイの立ち位置が鍵を握っていました。
 マーベル・コミックのファンの方ならご存知の通り、テレパスであるジーンはその能力でピーターと肩を並べるキャラクターです。大いなる責任を問われる場所に腰掛けている。
 しかしながら、劇中で各々が取る行動は真逆です。①叔母を失った恐怖から抜け出せないピーターは、MJやネッドとの間で交わした約束を反故にし、友情や愛情に背を向けて四年間も孤独にスパイダーマンをしている。②一方、ジーンは姉と二人で支え合っていたかつての日々を取り戻すために、姉を拉致したダメージコントロール局に何度でも牙を剥き、抵抗し続けます。
 世界に対する向き合い方でも二人は相入れない。超能力を恐れた母親に捨てられ、超能力を利用しようとするダメージコントロール局に姉妹ともども狙われたジーンにとって、普通の人間は自分を裏切り傷付けるだけの憎むべき対象。そんな連中を守るために無私を尽くすスパイダーマンは愚かとしか思えません。自分の超能力が通じないという点でもスパイダーマンは目障りです。
 だから彼女はピーターのプライベートを探り、四年間隠し続けていた想いを暴き立て、揺さぶりをかけ、牽制した。それがきっかけとなってピーターとMJとの関係が再始動することとなったのは運命の皮肉です。ジーンが現れてくれたお陰で、本作におけるピーターの人生は180度変わっていく。物語を切り拓くキーワードとして、「親愛なる隣人」に込められた意味もより一層深掘りされていきます。
 自己犠牲を厭わないヒーロー像=人類の原罪を背負って磔にされたイエス・キリストの最後と見立てるのはよく知られる批評の型です。『ノー・ウェイ・ホーム』におけるピーターはまさにこれでした。
 けれど、孤高ゆえに保てる強さ、偉大さなんて「親愛なる隣人」には字面からしてそぐわない。私たちは神の子でも何でもないのだから、互いに寄り添い合い、助け合い、死が二人を分つまで向き合って生きる。そういう選択を「彼」こそは行えたのでないか。そう思わせてくれたのは、スパイダーマンのマスクを脱いだピーターに、不特定又は多数人の一人として救われた悲しみを露わにするMJがいたからでした。
「この手紙の中の彼女はあなたのことが大好き。でも、私にはその記憶がひとつもない」
 ネッドと三人で送った日々を失うことは別の意味での「死」を彼女にもたらしました。そんな大事な選択を、彼は一人で勝手に決めてしまった。しかも四年間、ずっと口をつぐんだまま何ひとつ語ろうともしなかった。
 生きていてさえくれればそれでいい。スパイダーマンとして行動するピーターの胸に灯っているであろうこの言葉は、だからこそ、傲慢な響きをもってMJの心をかき乱します。ピーターもそこでようやっと気付くんですよね、自分が犯した罪の重さに。二度と取り戻せない幸せの欠片に。
 ヒーローものとして見事なラストを迎えた(と思えた)『ノー・ウェイ・ホーム』の底から一気に噴き出す根深い問題。これに対する答えを何ひとつ見出せないままに直面する困難は、ピーターと同じ孤独の極地に陥ったジーンが引き起こす災厄となってNYの命運を天秤にかけます。潜在能力を完全に解放し、射程範囲に足を踏み入れた者全員を即時に操ることができる彼女には近づく事さえミッション・インポッシブル。これを可能とするには、御し切れないモンスターとして成長しつつある己の中の蜘蛛男とも向き合わなければならない。
 ジーン=外、蜘蛛男=内の双方で際限なく高まるテンションは、こうしてピーター・パーカーとして背負うべき真の意味での大いなる責任へと彼を導いていきます。そこで掛けられる言葉に、彼も彼女も等しく救われていく。独りと独り。「親愛なる隣人」。朝日に照らされる世界を眺めながら、だから美しいんだと自らの声で歌い上げていく。
「ナイスキッズ」
 本作における事実上の相棒としてパニッシャーがスパイダーマンに投げつけるこの台詞こそ、本作のハイライトに相応しいと私は思います。ここに認められる青臭さは、同じマーベルヒーローを見渡しても、異色の輝きを放ってスパイダーマンをスペシャルにする。ジーンも最後まで彼のそばにあり続けました。それによって彼女の力の可能性も証明される。忘れられないぐらいに映える、憂いを帯びたジーン=セイディー・シンクの表情。ああ、これぞ我らがヒーローたちなのだと胸を熱くする怒涛の回収劇。トム・ホランド主演シリーズ中、最上のストーリーだと本作を高く評価したい。ピーターが開発して「しまった」汎用性の高い能力抑制装置とか、ラストカットが意味する更なる希望とか、続編へのヒントも散りばめられているのでそこも見逃さないで欲しい。スパイダーマン最新作『ブランド・ニュー・デイ』、激推しの一作です。興味のある方は是非。

映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』レビュー

映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』レビュー

①盛大なネタバレを含みます。事前情報なしに鑑賞したい方はご注意下さい。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-05

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