機種変更という名の別れ
3年半、よくもまあこんな私と毎日の寝起きを共にしてくれたものだと、感謝の思いでいっぱいだが、風邪を引いたわけでもないのに熱を出したり、太りすぎなわけでもないのに動作が鈍くなったり、月日と共にガタが目立つようになってきた。もうこの辺りが潮時、そろそろ別れた方がいいのではないか。別れ話を切り出したのは私の方だった。相手は何も言わず私の思うままにしてくれた。何の話かと思われそうだが、私が使っていたスマートフォンの話である。
思えばコロナ禍真っ只中だった2022年、今使っているスマートフォンに機種変更した。それから2年が経ったある日、機種変更を薦める案内状も届いていたのだが、忙しさや惰性も手伝ってタイミングを逃しそのままにしておいた。多少の見た目の変化や機能性で鼻につくところが出始めていたとはいえ、何事もなく使えていたから変える理由もなかった。だが、今頃になってツケが回って来た。ある日、スマートフォンをまじまじと見たら蓋が取れかかっていた。それでも呑気な私は接着剤かセロテープで留めておけば大丈夫だろうと思い、応急処置としてセロテープを貼って使っていたがそれからどうも調子が悪い。スマートフォンは瞬間湯沸かし器のようにカッカと熱くなった。万が一爆発でもしたら大事である。早いところ買い替えなければと、重い腰を上げたのが6月下旬頃だっただろうか。何箇所か店を訪れ、あれこれと機種を眺めたり、料金プランや月々の支払いなど店のスタッフに聞いたりしたが、それでも何を選んでいいのか分からず、悩ましい日々が続いた。
毎月、バカみたいに飛んでいく利用料金をわずかばかりでも節約したかったし、使い慣れてきた頃に買い換えなければならないスマートフォンに、私は金をかけたくなかった。あんなちっぽけなスマートフォンを1台買う値段で、冷蔵庫やブルーレイレコーダーが買えてしまうのである。それらの電気製品が何年もつかといえば10年以上である。数年で買い替えなければならないスマートフォンに数十万を使うなど、私にはバカげた話である。
昔なら長期間同じ携帯電話会社と契約し続けていれば何かしらのメリットもあったが、今の時代に至ってはそれもないらしい。何の未練もないのだったら電話番号をそのまま引き継いで、他の携帯電話会社に乗り換た方が安くなると電気屋のスタッフから聞いた。ここらで私も思い切って他社に乗り換えしてみるかと、90パーセント程気持ちが動いた。明日にでも機種変更しようと決意を固めたところ、その日話した友人に「あなたは◯◯の携帯電話会社というイメージではない。✕✕の携帯電話会社になるなんておかしい」と妙な理屈を言われた。これがいけなかった。私も何だかそんな気がしてきたのである。
別に◯◯の携帯電話会社のイメージキャラクターを務めているタレントでもないし、特別優遇を受けているわけでもない。一般人の私が携帯電話会社に義理立てする必要はないのだが、どうも他社へ乗り換えるとなると積極的になれない。これは理屈ではなく性分なのである。行きつけの美容院へ行かなくなるのと同じ後ろめたさに似た、あの感覚である。電気屋と口約束とはいえ約束してしまった以上、明日には店に行かなければならない。乗り換えのための手続きの電話を、現在契約中の携帯電話会社にしておいてくれと前日電気屋のスタッフに言われていた私は、携帯電話会社に電話をした。私の妙な寂寥感を置き去りにして、電話の向こうのオペレーターは何の感情も持たず、ペラペラと要件をマニュアル通りに話し始めた。
「世間はこんなものだ」
そう思って聞いていたが、やはり携帯電話会社も他社にすんなり客を取られるわけにはいかないのだろう。
「お調べしましたら、お客様は当社を18年ご利用いただいております。誠にありがとうございます。そこで、長期ユーザーのお客様にご案内できるスマートフォンがいくつかございますので、最後にご案内させていただいてもよろしいでしょうか」
オペレーターは静かに私を引き留めにかかった。ここで18年という月日の長さに、私の気持ちはまた揺れた。18年である。ここで一言、私が他社に乗り換えると言ってしまえば、その時点でこれまでの18年は消え、この特典も無効になる。ひとまずどんなものか聞いてから他社に乗り換えても遅くはない。そう思い直した私は、オペレーターの提示するスマートフォンの機種を聞き、こちらの譲れない条件を提示した。すると、私の希望していた条件のスマートフォンで、尚且つ月々の支払いも現在支払っている代金よりも随分安くなることが分かった。
世の中で私が最も嫌いなものの一つが買物である。スマートフォンの新作が出るたびに、大枚を叩きワクワクして買い換える人の気持ちが私には分からない。スマートフォンの機種変更は私にとっては苦痛でしかない。もう早く決着をつけたかった。その日の夕方、私は見積もりを出してくれた電気屋へ行き、店員に訳を話して詫びた。それから更に一週間悩み、携帯電話会社から提示されたスマートフォンに機種変更することを決めた。オンラインショップでの購入だったから、荷物の到着まで1週間程かかるという。
やれやれと肩の荷を下ろしたのも束の間。よりにもよって、新しい機種が手元に届いたのは7月10日。心待ちにしていた英国ロイヤルバレエ団の「ジゼル」を観に行く前日だった。とりあえず中身を確認しなければと思い、荷を解いた。あれ程嫌いな買物ではあったが、スマートフォンが入っている真新しい箱を目にしたら、やはり気持ちの昂りがあった。ひとまずロイヤルバレエを観劇してからゆっくりデータ移行と開通手続きをすれば良いと思っていたが、季節は夏へと動き始めて気温は連日30度を超えていた。私のスマートフォンはますます熱くなるばかりだった。たった1日くらいどうってことはないと思ったが、よせばいいのにデータ移行と開通手続きを始めてしまった。もしこれできちんと開通手続きができなかったら、明日の電車の乗り継ぎすらどうすればいいか分からない有様である。相変わらず向こう水なことをしてしまったと思ったが、始めてしまった以上何とかするしかない。夜中まで格闘して開通手続きを終え、とりあえず明日必要なアプリケーションだけをインストールし、何とか使用することができた。引き継ぎに失敗しラインのトークは全て消えてしまったが 、ラインのトークを読み返したことなど今まで一度もなかったことに気づいた。ラインのトークは消えてしまったが私は妙に清々しかった。強制的に消えてしまったのなら仕方がない。こういう形でリセットされるのも悪くはないと、開き直っていた。この新しいスマートフォンと一緒に、また新しく始めればいいのである。
思い返せばこの数年、あのスマートフォンで大半の文章を書きnoteに掲載した。 書くことを本格的に始め蓋が取れる程こき使ったスマートフォンであった。そのお陰で、たくさんの素敵な人達との縁をいただき、夢のような時間を過ごすこともできた。手放すには何だか忍びなかったが、いつかはやってくる別れである。たかがスマートフォンと笑われそうだが、ギリギリまで使い尽くしたスマートフォンであったし、私の世界を広げてくれたスマートフォンであった。
機種変更という名の別れ
2026年7月31日 書き下ろし
「note」掲載