第三章 集まる光 後編
「情報の代わりだ。大人しく有り金置いていけば、命までは取らねえよ!」
まるで物語の悪役のような言葉を吐かれたのは、たっぷりとした布の衣装と落ち着いた風合いながら優雅な装飾品を身に纏った少年であった。彼はげえっとした表情で、背中合わせになっている、片刃の剣を構えた簡素な服の上に、なめし革のこれまた簡素な鎧を身に纏った長身の青年に、すがるように言った。
「おい! 何とかしろよ! シダー! 何のためにうちがお前を雇ったと思っているんだ」
「はあ、多勢に無勢だな。フェンネル坊ちゃん。そもそも、彼らが探している白い髪に色違いの瞳の少年の情報を、嘘でも良いから言っておけばよかったのでは」
「リーン神、リディア神に誓って嘘は言えない!」
「そんなものイル教の教義には無い」
きゃんきゃんとわめくフェンネルと呼ばれた少年は、それでも斧を振り下ろされた瞬間口の中でもごもごと何かを呟く。すると、ぼう、と現れた火の玉が賊へとぶつかり、賊の腕は燃えさかり黒焦げになった。ぎゃあと賊は痛みに悲鳴を上げる──フェンネルは魔道士であった。同じくして、シダーという名の剣士も、つむじ風のような速さで剣を振り、一人始末した。しかしフェンネルはシダーに文句を言うのをやめない。
「もっと速く! 一撃で二人仕留めろ!」
「無茶を言うな」
「ボクはもう魔力切れだ! そうでもしないとボクら殺され……て?」
フェンネルの叫びは、ふたりが倍戦わなくとも山賊の手が減りつつある事実により黙らされた。槍を構えた緑髪の青年と、長柄の斧を振り下ろす赤髪の青年が、ふたりを庇うようにして走ってきたのだ。
「助太刀するぜ、おふたりさん!」
「ちっ……数が多いな。ふたりとも! 我々は味方です! あと少し頑張ってくれ!」
「……感謝する」
緑髪──バジルと赤髪──ジンジャーに、シダーは短く礼を告げた。しかし、その手は長時間の戦いで疲れ切っていた。かすかに震えている。その上、フェンネルを庇った傷が腕に刻まれていた。それを横目で見たフェンネルは、またも文句を言う。今度は自身の護衛役、シダーを慮ってのものであった。
「こいつ疲れてるんだ! 役に立たない!」
「あ? うるさいぞ坊ちゃん」
「本当のことだろ!? 怪我だってしてる、ボクはまだ治癒の杖は使えないぞ!」
シダーが十全に動けないのは事実である。だが、槍を構えていたバジルが、固まって山賊に囲まれていたジンジャー、フェンネル、シダーにしか聞こえない声で、こう告げた。
「皆、目を閉じろ!」
その瞬間、夕刻を越えて夜闇に閉ざされていた森が、閃光に支配された。
「ぐあっ……!?」
「なん、だ……!? 目が、痛ぇ……!」
バジルの忠言が聞こえていなかった賊らは、全員目を光に潰され、その場にうずくまる。気を失い倒れる者もいた。
「何……? 光魔法か……?」
目を開け、驚くフェンネルは、次に戦場には似つかわしくないものを聴いた。──歌だ。高く清らかな、少女か少年かも解らない歌声が響く。そして、フェンネルはさらに驚き、自身の喉をさすった。
「魔力が溢れてくる……」
自分は、まだ戦える。そのことが、フェンネルを安心させた。
「バジル! ジンジャー! ふたりとも足が速いよ……!」
「殿下!」
歌声と同じ、高い声がした。フェンネルが振り向くと、そこには──白い髪に、色違いの瞳。山賊が探している人物と同じ特徴を持つ少年が、珍しい黒髪の少女と手を繋いで走ってきたのだ。ふたりとも、フェンネルと同い年くらいに見える。幼さの残るしろがねの髪の少年──ティレアは、ようやくたどり着いたと言わんばかりに、剣を抜いた。
「だいじょうぶ?」
「う、うん……」
「ごめんね。まだ戦えるかな」
「……! ああ!」
フェンネルの返事を聞いたティレアは、微笑むと、黒髪の少女に声をかける。
「これが炎の力……。……ルー、このひと怪我してる。治療してあげて!」
「はい、ティレアさま!」
ルーと呼ばれた少女は、持っていた杖をシダーの傷にかざす。祈りを捧げるように目を閉じれば、彼の傷はみるみるうちに塞がっていった。
そして、ティレアはすうと息を吸うと、剣を構える。
「今が好機だ、行こう!」
「はっ!」
「あいよ! 戦への覚悟はできたか? ティレア王子!」
ティレアはジンジャーの挑発に、乗った。
「もちろん!」
その後は、山賊たちはティレア一行とフェンネルの手で敗北を喫することとなった。フェンネルとシダー、幼い魔道士と細身の剣士。大勢でかかれば簡単に言うことを聞かせられると思ったのだろう。その思惑は、外れることになった。二、三人ほど武器を捨てて目をこすりながらひょこひょこと逃げていったが、ティレアはバジルとジンジャーに彼らを追わせなかった。戦う気を失った者の命を奪うのは、ティレアの本意ではなかったからだ。
「シダー! おい、しっかりしろ……!」
「……うるさい。もう平気だ。杖使いがちょうどいるなんてな……」
そして、今はフェンネルがシダーを心配そうに揺さぶるのを、シダーが面倒そうに制したのを見て、ティレアは微笑んでいた。……だが、ほんの少しだけ、ティレアの手は痺れて震えていた。やはり、戦うことにはまだ慣れないのだ。
「ティレアさま、お手が……」
いち早く気づいたルルススに、彼は「ありがとう、ルー」と手を隠して言うと、フェンネルとシダーに向き直った。
「君たち、旅人かい? どうしてふたりで?」
その問いかけに、フェンネルは彼へ深く頭を下げ、そして答えた。
「まずは、助けてくれてありがとう。ボクはフェンネル・コルト・レガート。レガート家の末弟だ。こっちはボクの護衛のシダー。……ボクは魔道士として……賢者の称号を得るため、そしてその力で現当主、父コルトの役に立つために修行の旅をしていた。旅人というのは間違いではない」
「……シダー・アレグロ。レガート家の侍従だ」
「そうだったんだ……」
「貴方こそ、いったい何者なんだ? その髪に目……奴らが探していた者そのひとじゃないか」
戦場で息の詰まる思いをしていたティレアは、やっとはあと息を漏らした。
「うん……僕の名はティレア。ユスティーア王国の正統な王位継承者だよ」
「え、ええっ!? だって彼の国は、賢王レライエが……あ、でも、此度の戦争を引き起こしたのは、レライエ王がアーシェス王国の遣いを斬り捨てたからって……噂では。名君の急変ってユスティーア王国の貴族たちは騒いでたな……主に反アーシェス派の者たちが揚々と」
「……そうなの? ルー」
「その通りです。私は、直接は見ておりませんが……突然の出来事であったと、キリエから聞き及んでおります。それにより、アーシェス王国の武王マオとアルシェラさまとの婚約も破談になったとか」
「……」
「結構良い雰囲気だったらしいですよ? マオ王とアルシェラ姫殿下。これでようやく、この大陸に真の平穏が訪れると思ったんですがね。末端の騎士だった俺には、レライエ王陛下の思惑はぜーんぜん、わからないや」
ジンジャーの言葉に、一同は押し黙る。しばしの静寂を破ったのは、フェンネルであった。
「……あ、のさ。ティレア様。ボク、お礼がしたいんだけれど……何かできること、無い……ですかね」
その言葉に、ティレアは喜びかけ、そしてその喜びは静かに萎びていった。戦える者なら義勇軍に引き入れようと言ったのは自分自身であったが、新しく命を預かることへの緊張が、彼にはあった。だが──同じくして、ティレアの頭にはひとつの策が湧いていた。
「……じゃあ、フェンネル。一緒に来てほしい。僕たちはレライエを止めるため、義勇軍を組んでいるんだ。魔道士はまだまだ少ない。力になってほしいよ」
「分かりました。……シダー。お前は家に戻れ。ここからはボクの道だ」
「は?」
できればシダーも来てほしい……とは、ティレアは言えなかったが、黙ることにした。すっかり元気を取り戻したフェンネルは、またもきゃんきゃんと吠える。
「は? じゃない! だいたい、お前の主人はボクじゃなくて父さんなんだ。父さんが想定していないことはさせられない」
「ひとりで帰ってくる方が、よっぽど想定していないだろう」
「ぐっ……そうだけど……そうだけど!」
「ほら」
「……くーっ! じゃあ来い! シダー! お前の命はボクが預かる!」
「どうも。……というわけなので、俺も力になろう。あんたが本当の王位継承者ならな。詐欺師なら帰らせてもらう」
「あ、ありがとう……詐欺師なんかじゃないよ! 僕は……」
僕は。
王位の正統な継承者であったなら、王家の名と、初代国王の名をその名に冠する。
──彼の名は、ティレア・ユスティーア・ノックス。
「……ちゃんと、王子だよ」
堂々と名乗ることが、ティレアにはできなかった。ミュウという大切な名が、もう用済みな気がしてしまったからだ。
「……おい! ミュウ……ティレア! お前なあ……!」
「ごめんなさい!」
「謝罪が早い! 何が悪いのかわかっているのか? まったくもう!」
野営地に帰ってきた一行の元へ、キリエとアイが駆けてきた。
「ジンジャー、バジル……それにルルスス様まで……勝手にいなくなられては困ります。殿下」
「……ごめんなさい、キリエ」
「どうしてキリエへの方がしおらしいんだ」
ぷんすか。と音が出そうなほど、アイは怒っていた。けれど、ティレアは嬉しかった。やはり、このひとは自分の"親"なのだと、安心したからである。
「……それで、殿下。この者たちは……」
「あ……こっちがフェンネル、こっちがシダー。新しく義勇軍に入ってくれることになったんだ」
「は。そ、そういうのは私に一言相談をですね……」
「ご、ごめんなさい」
「……まったく。いいえ、軍資金には余裕があります。雇いましょう。見る限り、魔道士と剣士……でしょうか。これからは給金も出すので殿下を守るために戦うように」
「はーい。ええと、キリエさん……キリエ!? 王宮騎士団長の!?」
「詐欺師ではないようだな」
「言ったじゃない……」
詐欺師という言葉にしょんぼりとした具合になったティレアを見て、アイはとりあえず彼の頭を撫でておいた。すると、はっとした顔で、ティレアはキリエとアイに交互に視線をやった。
「どうした。ティレア」
「あのね、ちょっと思いついたことがあるんだけど……」
「はっ。何でしょうか」
だんだんと小声になっていくティレアに、ふたりは耳を傾ける。そして、彼はこう言った。
「マオ王に直談判できないかな。協力してほしいって」
それは、思いつくようでつかない発想であった。何故なら、今のアーシェス王国はユスティーア王国の明確な敵だからだ。
「えっ」
「え」
「ほ、ほら、敵の敵は味方って言うし……話したら……分かってくれないかな……」
これ、だめ? とティレアは首をかしげる。ティレア──旅の楽士ミュウにとっては、ユスティーア王国もアーシェス王国も、等しく大地に立つ故郷なのである。
だとしても、だとしてもであったのだが。
第三章 集まる光 後編