第三章 集まる光 前編

 みねを つらねる ふゆの やま
 そこには たくましき 北の武王
 こおりの やりを にぎりしめ
 だいちを まもる けだかい おおかみ

 なみの しぶきが おどる うみ
 そこには うつくしき 南の賢王
 ひかりの ふでを ゆびさきに
 あしたを むすぶ おうごんの つばさ


 キリエ曰く、革命のための義勇軍はキリエの志についてきてくれた者たちと傭兵たちで構成されており、中隊程度の規模しかないという。今の義勇軍に必要なものは、何よりも人手であった。それは戦いに出る兵士たちだけではなく、治療をする杖使いや食事を用意する後方支援部隊もである。

「このアーシェス王国で人材を発掘しようと思っております」
「なるほど。……正直気は進まないが……わたしたちが戦いの歌を歌うのも良いかもしれない」
「アイ、そ、れは……」

 村から離れて数日、森の中に野営地を作り、ティレアたちは今後のことを考えていた、キリエとティレア、そしてアイ。ルルススはいない。彼女は夕食作りの方へ行っていた。

「戦うのはいいよ。でも……歌を戦いに使うのは、僕……あまり、気が進まない」
「……。……そうだな、ごめん」

 ティレアは口を結ぶ。今は戦時下で、あらゆる力が必要で、こんなことを言っている場合ではないことは、ティレア自身よく分かっていた。けれどやはり、ティレアは自分の宝物であり、在り方である"歌"を、考えるだけでクラクラと頭が痛くなる戦いのことに使うということは、耐えがたいことであった。

(それでも、いつかは僕も戦いの歌を歌わなければ)

 覚悟が足りない。まだ、覚悟が。ティレアは初めて人に剣を突き立てた時のことを思い出す。村を襲う賊を許せなかった。だから、からだが自然と動いていた。けれど事が終わった後はこれだ。震えが止まらなかった。──それでも、ティレアは弟妹たちを助けたかった。だから、自分から立ち上がらなければいけないのだ。……それを、彼自身、よく分かっている。

「みんなー! 夕飯ですよー!」

 アマリエの声と、カランカランと鐘の鳴る音が聞こえた。

「お、今日は何かなー」
「お疲れ様でした。殿下、アイ様」
「あ……ふたりとも。僕ね、思いついたんだけど……」
「ティレア、食事時は戦争の話禁止。そう決めただろう? さ、食べにいくぞ」
「……うん」

 この約束は、ティレアの心を守るため、アイがキリエに誓わせたものであった。


 巨大な竜が横たわり大地となり、その上で神々が歌いいのちを作ったとされる地。それがこのユスティーア王国とアーシェス王国のある大地、ハルモニア大陸である。

 神々の楽園であるここは、どこへ行っても飢えることは無いほど恵みに満ちている。そんな神に感謝をするこの大陸の主となる信仰、イル教は、鷲獅子(グリフォン)と同じく空を飛ぶ者は食べてはいけないという決まりがあった。それでも、人々は困ることはなかったのだが、敬虔なイル教の信徒であるティレアは、目の前に出された料理にごくりとつばを飲み込んだ。
 村の者たちが持たせてくれた黄金麦の丸パンに、森の木の実と山羊乳チーズの濃厚な和え物。そして──真っ赤な完熟トマトと、鳥肉の煮込み。この鳥肉が、ティレアの心配事であった。何の鳥を使っているのか。作り手がそういったことを気にしない性格であったならどうしよう。そうティレアが思っていると、正面に座るルルススがおずおずとティレアに話しかけた。

「……ティレアさま? どうかされました……?」
「ん、あ、えっと……この肉、鳥肉って聞いたけど……何の鳥なんだろうって思って」
「あ……っと。それは、白銀鳥(しろがねちょう)です。この森にいた、丸々としたものを狩ってきたのですよ」

 その言葉を聞いて、ティレアはほっと胸をなで下ろす。白銀鳥、白銀の美しい羽を持ちつつも、地上で丸々と育った飛べない野鳥だ、家禽にしているところもある。

「よかった……僕、飛ぶ鳥は食べられないから」
「ふふ、私もです」

 ルルススはふわりと笑った。同時に、夜色のふわふわとしたくせのある髪が揺れる。ティレアは思わず彼女の髪をじっと見つめてしまった。彼女の髪の色は、このハルモニア大陸では珍しい色であったからだ。
 それはレライエとアルシェラ、そしてかつてのティレアのようなユスティーア王家の夜明け色の金髪も、彼らしか持たないものという不思議な法則があったし、この大陸から鷲獅子や天馬(ペガサス)に乗って出て行っても、しばらくするとまたハルモニア大陸に戻ってきてしまうという、この世界にはこの大地しか存在しないという何とも不思議な事実があるのだが。

「ティレアさま? あまり食が進んでいないようですが……お口に合いませんでしたか? 申し訳ありません。本日の炊事班の指揮は私が執ったので……」
「あ! ううん、違うんだ。ごめんなさい、じっと見たりして。あなたの髪、すごく綺麗な夜の色をしていたから、思わず……」

 不躾に視線を向けてしまったことを恥じるように、ティレアは慌てて視線を器に落とした。恥ずかしさに耳をトマト色にする少年を見て、ルルススは一瞬驚いたように目を丸くした後、どこか気恥ずかしそうに己の黒髪に手をやった。

「……いいえ。私のこの髪は、あまり見ない色ですから。不気味に思われなかったのなら、よかった……」
「不気味だなんて、そんなことないよ! 僕の髪の色だって、まるで老人みたいでしょう? 旅をしていてアイの用事を待っている時、道の隅でうずくまっていると言われるんだ。おじいさん大丈夫? って」
「まあ! そんなことが」
「……そう。だから、ルルススの髪は綺麗だと思うよ」

 ティレアが自嘲気味に自身の長い前髪を撫でつけると、ルルススは、

「でも、ティレアさまの髪。私には星の色に見えますよ」

 ──と、今度は照れくさそうに微笑むのだ。どこか似たような『珍しさ』を抱える者同士の小さな共感。固かった空気が、少しずつほぐれていく。

「……ねえ、ルルスス」
「はい、ティレアさま」
「ルルススのこと、もっと知りたいな。……ルーって、呼んでもいい?」
「……! はい、嬉しいです!
 
 ルルススの赤い瞳がきらきらと光る。綺麗な色だ。──そう、ティレアは思った。ゆらめく赤色に、きらめく粒子が散っているように見える。ずっと前、貴族の屋敷で歌を歌った時に見た屋敷の主人の指輪のようであった。……というのは、例え方が下手かもしれないとティレアは内心苦笑するのであった。

 パンは煮込みのスープに浸して食べるとじゅわりと美味しく、そしてトマトと白銀鳥の煮込みは温かさと肉のボリューム、トマトの酸味と甘みが胃の腑を満足させる幸せな料理であった。そして、木の実とチーズの和え物はすてきなデザートにもなった。自身の分のそれをつつきながら、ティレアはルルススに問いかける。

「ルーは、僕の守護者って言ったよね。それは……キリエたちと同じ騎士ってこと? それとも、何か別の意味があるの?」
「あ……」
「あ、良いんだ。言わなくても」
「い、いいえ! 言わせてください」

 すう、はあとルルススは息を吸って吐き、改めてティレアに向き直る。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「私は、光の剣クラウ・ソラスと共に生まれた者。ユスティーア王国の真の王に仕える者です」
「……待って、すごいことを言っていない? 光の剣クラウ・ソラスって、神話を元にした歌でしか聞いたことがないよ?」
「ほ、本当のことなのです。この瞳が、その証。ティレアさまの炎の紋章(ファイアーエムブレム)とは違いますが、私にも神の炎が宿っており、神の炎が私の心臓を動かしているのです」

 食べながら聞く話ではなかった……と、ティレアは一旦チーズを食べる手を止める。
 光の剣クラウ・ソラスとは、子どもに人気の歌の題材であった。大陸となった竜の牙でできた、善なる者のための剣。神話に出る人間の勇者たちが用いる、悪なる者を倒す剣だ。

「じゃあルーは、今クラウ・ソラスを持っているってこと?」
「……いいえ。クラウ・ソラスは今は母であり父である竜の元へ。大地に眠っております。私だけが目覚めたのです。……真の王を探すために」
「それは……レライエ?」
「私は、あなただと思っております。ティレアさま。だからキリエについてきたのです」

 またもぞくぞくとした悪寒──緊張が、ティレアの背を走った。ふっと、ティレアはルルススから目をそらす。それに気づいたルルススは、ティレアの柔い心をまた傷つけてしまったと、謝罪の言葉を言おうとした。……その時だった。

「ああ! ティレア王子! ここにいた!」

 槍を手にしてつかつかと小走りでやってきたのは、騎士バジルであった。彼はいつも背筋をしゃんと伸ばしているが、アマリエとは幼馴染みで案外頭のやわらかい男であることをティレアは知っていた。何より、たくさんおり(ティレアの中では)、覚えている途中である義勇軍の顔ぶれの中で、真っ先に顔と名前を一致させることができた存在のひとりであった。

「バジル。どうしたの?」
「今、ここから東の方角で旅人と山賊の小競り合いが行われているようです。また貴方様を狙う傭兵の場合もありますし、今すぐ移動するべきだと僕は思うのですが」
「そんな……!」

 ルルススが小さく悲鳴を漏らす。ティレアは、バジルの言葉に両手で顔を覆い、深く息を吐いた。怖い。それが最初の感情。そしてその次は──湧き立とうと踏ん張る、ほんの少しの勇気。

「助けよう」

 そしてティレアは、勇気を出した。

「よろしいのですか?」

 バジルは、座っているティレアに目線を合わせるため跪く。ティレアの目は伏されていたが、声はしっかりとしていた。

「……小競り合いってことは、ある程度戦える人たちなのでしょう。僕らの仲間になってもらおう」
「では、僕とジンジャーと……」
「わ、私も出ます! 治癒も、あと……光の魔道も扱えます、後方支援はお任せください」
 
 ルルススはそばに置いていた宝玉の嵌まった杖を手に取った。

「よかった。癒やし手がいるのは助かります」
「……僕も行く」

 ティレアは傍らの剣を掴み、立ち上がる。バジルとルルススは驚いたように目を見開いた。
 
「ティレア王子……。……わかりました、ですがけして無理はしないでください」
「わかってる。でも、僕もできることをしたいんだ」
「ええ。……殿下が怪我をしたら、アイ殿にどやされるのは我々ですからね」
「あ、あはは……。大丈夫、大丈夫だよ。足手まといにはならない」
「……ティレアさま」

 それでも、ティレアの手はわずかに震えていた。そこへ、ルルススがそっと重ねるように彼の手に触れた。

「……! ルー」

 ルルススの手の温もりが伝わった瞬間、ティレアの脳裏に澄み渡るような、けれど力強い古代の旋律が溢れ出した。

(……戦いの歌だ)

 ティレアは無意識にその旋律の意味を理解した。

「ティレアさまに炎の力を……。使うかは、貴方様次第です」

 そう言ってまっすぐ自分を見つめるルルススの瞳に、ティレアは息を呑む。自分を恐れさせないための力、仲間を守るための力。

 喉の奥の詰まりが解け、ティレアはゆっくりと、息を吸い込んだ。

「……わかった。ありがとう、ルー」

 彼の片目に刻まれた炎の紋章が、まばゆいばかりの紅蓮の光を放つ。

「……行こう!」
「はっ!」
「はい!」

 走り出したティレアに、騎士と守護者は力強く、信頼の目を向けその背を追った。

第三章 集まる光 前編

第三章 集まる光 前編

二次オリファイアーエムブレム 『ハルモニア叙事詩 天地の王』 第一部 黎明の星 第三章前編

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-07-22

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4