少院家のたわいも無い日常
当初、前作の「たぁとあおいの○休み」を書き直して関根あおい、田原爽真と少院有留美を同学年にするとか、快徒と歩登を同級生にするとか、そう言う事も考えたのですが、一から書き直すのは面倒だったので今回は控えておきました。
もしかすると駅前の繁華街とかですれ違っているかもしれない、そう言う二組です。
ちなみに歩登ですが、表記を「歩徒」にするか、迷っている最中で表記揺れが生じるかもしれません。「歩徒」にすると「徒」の字が快徒と被るので名前に「徒」の字を入れるのが流行っている世界線にしようか、そう言う事も考えています。
胎児の性別もわかる時代、夫婦は第二子が男の子だとわかったので事前に名前を考えていた。
しかし、病室で初めて弟を見た有留美が最初に発したのが「あるとぉ~」だった。それを聞いた夫婦は「あると」の響きを気に入り、「これぞ天啓」と感じて先に考えていた名前を辞め、「歩登」の字を当てて名付けた。
勿論、自分の一言で弟の名前が当初の予定から変更になったとか、有留美自身は覚えていなかった。
歩登が生まれて数年経ったある日、「どうして、歩登って名前になったの?」と親に尋ねた時、親に説明されて知ったわけだ。
歩登にしてみれば有留美は姉であると同時に名付親でもあると知った瞬間だった。
これを意識したのか否かわからないが、有留美はそれまで以上に歩登を可愛がるし、歩登も成長と共に母親より有留美の方が刃向かえない相手として意識していくことになる。
「ねーちゃん、一つ聞いていいか?」
「なぁに」
「ねーちゃん、女子高受けるんか」
有留美と両親の会話が途切れ途切れ聞こえていたので尋ねてみた。
「そうだよ、悪い?」
有留美はさらっと答える。どこでもそうなのだろうが、公立高とは別に私立高を受験するわけだが、有留美が女子高を選んでいることが歩登は何故か気になった。
姉は公立、私立を問わずに共学校を受験するのだろう、歩登は漠然と思っていたから姉の選択が不思議だったし、疑問にも思った。
私立高はあくまでも滑り止め、公立高が本命なのだろうと歩登は考えていた。
しかし、有留美の答えは違って「女子高って、行ってみたいんだよね」と返ってきた。
「なんで?」
歩登、思わず聞き返していた。
「なんて言うのかな、上手く言えないけど、なんか最近、男子が苦手って言うか、離れたいって思ったんだよね」
有留美の答えが意外だった。
「ねーちゃん、もしかして、男、嫌いとか?」
「嫌いとかじゃ無いよ。歩登のことも好きだし、いつか、誰かと結婚するんだろうけど、今は男子の居ないところに行きたいとか、そう思ったのよね」
「ねーちゃん、モテるだろうに」
「モテないよ。歩登はどうなの?モテるでしょ」
歩登、素直に首を横に振る。
「歩登がモテないと、私もモテないよ」
「ねーちゃんがモテないと、俺もモテないよ」
姉と弟、目を合わせて笑うしかなかった。
小学校の頃は意識しなかったが、歩登は中学校へ進学すると廊下などで有留美が男子生徒と話しているのを見て「モテてるんだ」と勝手に思っていた。
一方の有留美もまた中学へ進学してきた歩登が廊下で女子生徒と話しているのを見ると「女子に人気有るやん」と思い、何故かホッとしていた。
結局、有留美は女子高へと進学した。
その女子高、近隣では成績重視で進学校としても有名である。しかし、通っている有留美は「私、特進コースじゃ無いし……」と謙遜する。
中学の時から成績は学年上位を維持していたし、有留美にしてみれば自身の成績に沿って進学先を決めたというところだろうか。
一方、歩登の成績は有留美のように上位を維持するとかでは無く、定期試験ではどうにか合格点を取っている感じだ。そしてわからないことがあれば有留美に教えて貰っている。
「ねーちゃん、共学でも良かっただろうに。なんで女子高にしたんよ」
新年度が始まって一か月ほど経ったある日、改めて歩登は姉に尋ねていた。
成績を重視する共学の高校は公立、私立を問わずに自宅からも通える範囲に数校ある。
それにも関わらず、姉がわざわざ女子高を選んだのが、歩登には疑問だった。
「前にも言ったよ。今は、男子の居ない環境に浸りたかったの」
そう言われると歩登はそれ以上、何も言えなかった。
「歩登はどうなの?女子のいない空間に行きたいとか、そう思う時、無い?」
問われて歩登、一瞬だけ考えてみるが、今までにそう言う事は無かった。
「無いなぁ」
「無いかぁ。いつか、そういう日が来るかもよ」
有留美に言われて「そう言うもんかねぇ」と歩登は返す。
「高校、どこにするか決めてるの?」
有留美に問われて「まだ、決めてないし」と素直に答えると「うちの学校に来たらいいじゃん」と有留美が言うから思わず、「あ……、うん」と歩登は答えてから「だから、女子高やん!」と返した。
仮に有留美が通う高校が女子高ではなく、共学校だったとしても歩徒の成績だと今から相当頑張らないと合格は難しいだろう。
今の歩登は漠然と近所の高校へ進学するだろうぐらいしか考えていないし、高校を卒業した後、大学か専門学校か、その辺りも曖昧なままだ。
「私、大学は共学校になると思うんだよ。同じ大学、行こうよ」
「行こうよって言われて、簡単に行けるもんでも無いだろうし」
歩登が答えると「頑張ろ!私が家庭教師になるぞ」と有留美が返せば「辞めてぇ~」と言いながら歩登は逃げて行った。
ある日の放課後、駅前の商店街に歩登の姿があった。
改札口が見える場所でペットボトルの飲料を飲みながら誰かを待っている。
「あるとぉ~、ごめんねぇ~」
有留美が後ろから抱きついてくる。
「ねーちゃん、どっから湧いた?」
驚く歩登に有留美は「向こうの改札口から出て、グルって回ってきた」と答える。
「あぁ、そぉ、ふぅ~ん」
歩登はわざとそっぽを向いてみせる。
「怒らんでぇ、あるとぉ」
「目の前で電車、行っちゃてさぁ」
歩登の記憶が正しければ各駅停車は十五分間隔だ。有留美も十五分は待っていたことになる。
放課後に駅前で集合するという、漠然とした待ち合わせであったからLINEなどを使って「乗り遅れた」とか、そう言う連絡を取り合うことも無いし、歩登にしてみても「その内に来るだろう」ぐらいの気持ちで待っている。
「それで、今晩、何食べたい?」
有留美の問いに歩登は「弁当買って、帰ればいいやん」と素っ気なく答える。
週末だからと言うわけでは無いが、今夜は両親の帰りが遅く、有留美が夕食を作ることとなっていた。
歩登にしてみればお弁当を買って帰れば有留美の手間が省けるとか、その様に考えていたが、有留美は折角の週末だからゆっくりと夕食を作りたいと考えている。
これが翌日も平日という日ならば有留美は率先してお弁当を買って帰るか、スーパーなどでお惣菜を買って帰る方を選んだだろう。
「それで歩登、今夜、何が食べたい?」
有留美の問いに歩登は「任せる」の一言、「そんなこと言わないで、考えてよぉ」と有留美は歩登に言い返すが、今までも献立に関しては母や有留美に任せていたし、注文を付けることも無く、不満を口にすることも無かった。一方で育ち盛りと言うこともあってか、量に関しては足りない時には素直に「足りない!」と訴えてくる。
今日のように母親が不在で有留美が夕食を担当する時、父親が居れば食べたい物を聞いて済むのだが、歩登は本当に献立に関しては注文を付けてこない。
有留美は歩登の好き嫌いは把握しているから歩登が嫌いな物を避けておけば問題は無い。
歩登の好き嫌いと言ってもほとんど食わず嫌いだったり、そういう感じだから有留美はあまり気にしていない。
「歩登、何かリクエスト、無い?」
有留美に聞かれて「肉!」と歩登は答える。
「肉……、ねぇ……」
有留美の脳内ではA5ランクの和牛ステーキが思い浮かんでいた。親から貰った予算ではとても和牛のA5ランクステーキは買えないし、僅かでも買って帰れば間違いなく母親から怒られるだろう。A5でなくとも牛肉のステーキはあるし、豚肉、鶏肉のステーキもある。そもそも歩登は肉と言っただけでステーキとは一言も言ってない。他にも肉の選択肢はあると思うのだが、どこからステーキを思い付いたのか、さっぱりわからない。
「他には?」
有留美は歩登へ聞いてみる。
「ケーキ」
「それ、デザートやん」
突っ込みを入れる。
冗談だとわかってはいるが、ここは駅前、ケーキ屋さんも数軒あるし、目に入る。
「最近食べてないし、買うかぁ!」
有留美はケーキ屋の方へ足を向ける。
「ねーちゃん、それ、あとでいいよ。先に今夜の飯、考えてくれ」
「歩登も考えてぇ」
有留美に言われて「簡単な物でいいよぉ」と歩登は答える。
「簡単な物?」
有留美、頭の中で簡単な料理をあれこれ思い浮かべる。その中から一番楽そうな物を選び、スーパーへ入って必要な材料を買い物籠へと入れていく。
スーパーで買い物を終えるとまっすぐケーキ屋へ行き、一人一個ずつケーキを買って帰る。勿論、両親の分までは買ってない。
知らない人が見たら有留美と歩登を若い恋人同士と勘違いするかもしれない。顔立ちや持っている雰囲気が似ているから姉と弟と大抵の人は気付くだろうが、中には従姉弟同士と思うかもしれない。
帰宅して有留美は早速、夕食の準備に入る。
「歩登、晩ご飯出来たよ」
呼ばれて歩登は部屋を出る。テーブルを見て驚く。
大皿にスパゲッティが大量に盛られている。そしてレトルトのミートソースが皿の横に置かれている。スーパーで買ってきた七種の野菜が入ったサラダ、味噌汁、何故か炒飯という謎の組み合わせだ。
「ねーちゃん、こんなに食えないし。それに、なんで、この組み合わせ?炒飯とスパゲッティ」
「だって、うどんと丼の組み合わせってあるし、若いから食べられるでしょ」
「だからと言って、スパゲッティと炒飯は合わんだろ」
「え~……」
有留美は「食べたら一緒だよ」と言いつつ、冷蔵庫からケチャップを取り出し、「オムライスに変えようか」と言うから「ねーちゃん、真に受けんで」と歩登は言いながら有留美の顔を見るとニチャァって笑みを浮かべている。
半分は冗談で言っているようだが、残る半分は歩登が望めば即、炒飯がオムライスへ作り替える気満々だ。
「ねーちゃん、座って食えよ。落ち着かないし」
テーブルの向かいに座って有留美も夕食を食べ始める。
いつものことだが、有留美は食べながらその日あったことを話すので食べたり、喋ったりで結構せわしない。
歩登が曖昧な相づちを打つと「聞いてない」と言うし、歩登が落ち着いて夕食が食べれないのも今に始まったことではない。
スパゲッティはどうにか食べきったが、炒飯は残ったのでタッパーに入れて冷蔵庫で保存することとなる。明日の昼食となる予定だ。
「歩登、ケーキ食べないの?」
腹八分を越えた歩登には食後のデザートとしてケーキを食べる余裕は無かった。
「食べ過ぎで、それどころじゃ無いよ。ねーちゃん食ってまえよ」
言われた有留美もケーキ一個分の余裕はあったが、さすがに二個は入らなかった。
結局、歩登のケーキは遅い時間に帰宅してきた母親が食べてしまった。
ある夏の夜、そろそろ二十二時という時間に少院家の台所では歩登が冷凍庫の戸を開けていた。次に冷蔵庫を開けて中を見る。
「何を探しているの?」
母親が尋ねる。
「なんか、甘い物って言うか、アイスが食べたくなってさ」
歩登は答える。
「無いわよ」
母親は素っ気なく答え、「氷にお砂糖でも掛けて食べとけば」と続ける。
「そんなもん、食えるかよ」
母親にしてみれば軽い冗談だったが、今の歩登は冷たく甘い物が本当に食べたい。冗談では無く、なんとかして欲しいと思っている。
「買ってくるよ」
歩登はポツリと言う。
「今から?十時過ぎてるわよ。明日まで我慢したら?」
母親は言うけど歩登は玄関へと向かっている。
「歩登、補導されるよ」
風呂上がり、バスタオルで自慢のロングヘアを拭きながら有留美が言う。
「すぐそこのコンビニだし、お巡りさん居ないよ」
歩登は無愛想に言葉を返すが、靴を履くわけでも無く、有留美の動きを目で追っている。
「一緒に行こうか?」
有留美が提案してくる。
「ねーちゃんだって、未成年じゃんか。それに風呂入った後だし」
「もう一回入れば済む話でしょ。着替えるから待ってて」
有留美は部屋へ入って大急ぎで着替える。
ここまで無言だった父親は自分の財布から千円札を二枚出し、「俺たちの分もなんか、買ってきてくれ」と言いながら歩登に紙幣を渡す。
「とーちゃんが行ってくれたら済む話やん。大人なんだし」
歩登は少し呆れている。
「お待たせ。行こう」
有留美が部屋から出てくる。歩登が持っている千円札二枚を見て「どうしたの?」と歩登に問い掛けたい表情を見せる。
「とーちゃんが、皆の分、アイス買ってこいって」
聞いた途端、「ポテチ買おう!ポテチ!」と子供のように有留美がはしゃぎ出す。
「アイス買いに行くんだから……」
歩登、また呆れる。
「ポテチにアイス乗せたら、おいしいよ」
そう言いながら有留美は歩登の手を引っ張っていく。
「ねーちゃん、靴履いて無い!俺、まだ靴履いてないってば!靴!」
こうして歩登は有留美に引っ張られて最寄りのコンビニへ行ってアイスを買って帰ってきた。
こうして家族四人、夜遅い時間にアイスを楽しんだ。
そしてポテチは大袋がテーブルの上に置かれていた。
翌日の午後三時、有留美と歩登のおやつになったそうです。
そろそろ夏休みも終わろうという八月後半のある日、有留美は朝から制服に身を包んでいた。
寝ぼけ眼の歩登が「ねーちゃん、登校日か」と聞いてくる。
「十月に文化祭あるんだけど、その準備、会議みたいなもんだよ」
実を言うと有留美もあと一時間ぐらい寝ていたい気分だったが、以前から決まっていたことだし、今から断るわけにも行かない。
「お昼には帰ってくるから……」
歩登にそう言って有留美は玄関を出て行った。確かに予定では十一時には終わるはずだったが、有留美が帰宅したのは十三時過ぎだった。
「ただいまぁ~」
玄関からまっすぐ風呂場へ入っていく有留美、「歩登、バスタオル~」と声が聞こえてくる。
「あぁ、はいはい」
脱衣所にバスタオルが置かれてなかったようだ。歩登は面倒とは思いつつも脱衣所へバスタオルを持って行く。
バスタオルを受け取った有留美は顔を真っ赤にして小声で「着替え……」と歩登に言う。
玄関からまっすぐ風呂場へ入ったのは良いが、着替えを用意することすら忘れていた。
「……持ってきて……」
有留美に言われたが、バスタオルを手渡しながら「さすがにそれは……」と答えるしかない歩登、「そうだよねぇ」と答え、バスタオルで身体を隠しつつ、自分の部屋へ着替えを取りに行った有留美だった。
成績が良くても何か一つ抜けている、姉の姿を見て「人間って不思議だなぁ」と思う歩登であった。
シャワーを浴び終えた有留美が台所へ来る。
「ねーちゃん、昼飯は?」
「まだだよ」
歩登は冷蔵庫で冷やしていた冷やし中華を取り出してテーブルの上に置く。
ちなみにその冷やし中華、歩登の手作りで麺の上に載っているハムやキュウリなどは切り方が雑なのはご愛敬、いつものことだから有留美は気にすることなく食べ始める。
「歩登、文化祭、見に来るでしょ?」
「ねーちゃん、女子校に、男、入っていいんか?」
「家族は大丈夫よ。学校から招待状貰うし、生徒手帳だけは持ってきてね」
不審者対策で色々と面倒な時代だ。まぁ、仕方が無い。
「制服で無くていいからね」
有留美に言われて「制服で来いって言われたら、行かんよ」と歩登は返した。
中学の文化祭と時期が重なるのは気になるが、姉が誘ってくれるから歩登は同級生数人を誘って行くことにした。
「歩登、可愛いからモテるはずよ」
どこまで本気かわからないが、姉に言われて歩登も悪い気はしなかった。
歩登は小学校、中学校で女子から告白されることも無かったから姉に「可愛い」と言われても家族観のお世辞だろうぐらいにしか捕らえていなかった。
しかし、実際に有留美が通う女子高の文化祭へ行くと頻繁に女子生徒から声を掛けられ、一緒に来ていた同級生らも驚くこととなる。
「少院さんの、弟さんなんだって!」
有留美の同級生に囲まれ、連絡先を聞かれたりもしたし、女子高の文化祭をゆっくり見て歩くことが出来無い状態となった。いつの間にやら歩登ら一行は有留美の同級生らと一緒に文化祭を見て歩くこととなっていた。
歩登らにとって良かったのはお姉さん達に奢って貰えたり、オマケが貰えたりしたことだろうか。
歩登が困ったのは翌日以降、同級生らに女子高の文化祭で「歩登がモテた」と冷やかされ、数日は照れて過ごすこととなった。
もう一つは自分が思っていた以上に歩登の人気が高かったから文化祭が終わった後、数日は不機嫌な有留美だった。
「珍しいよね」
同級生が有留美に声を掛けてくる。
声を掛けられた有留美は何が珍しいのかわからず、「ん?」と不思議そうな顔をしている。
同級生は有留美の左側のこめかみを指差して「それ、そのヘアクリップ、どうしたの?」と言い、「普段、ヘアクリップとか、使ってないし」と続けた。
その小さなヘアクリップ、飾りは蟹が右のハサミで星を掴んでいる。
有留美は件のヘアクリップを外して同級生に見せながら「これ?歩登から貰ったんだ」と嬉しそうに話す。
「そうなんだ。でも、なんで蟹なの」
「あ~、これ、歩登、ほら蟹座だから」
同級生は蟹座が夏の星座だと思い出しつつ、
有留美の誕生日が夏で無いことを思い出して「有留美は、蟹座じゃ無いでしょ」と言う。
「まぁ、でも、可愛いし、いいんじゃないかなぁ」
有留美は本当に気にしていないようだが、同級生は「こういう時って、有留美の星座で選ぶでしょ、普通は」と言いながらちょっぴり歩登へ抗議の一つも入れたくなっていた。
しかし、同級生はまだ歩登本人と会ったことが無い。写真だけならば有留美や有留美と同じ中学から進学してきた生徒らから見せて貰ったことはある。何故かはわからないが、いつも有留美と歩登が一緒に写っていて歩登が一人で写っている写真が一枚も無かった。
同級生は有留美からヘアクリップを受け取り、有留美の左のこめかみに刺してあげる。
それだけで有留美は嬉しそうな表情を見せる。
「同じのもう一つ欲しいんだけど、探しても見付からないんだよね」
「気に入ってるんだ」
「うん、壊したり、無くしたりするかもしれないし、予備にもう一つ二つ、欲しいなって」
「そこまでに気に入ってるんだ」
同級生は感心するが、「買ったの歩登くんなんでしょ。歩登くんに聞いたらいいんじゃない」と至極当然な助言をしてみる。
「意地悪なんだよ。教えてくれないの、歩登」
この点は本当に不満なのか、頬を膨らませる。
「どこで買ったんだろうね。お店も教えてくれないんだ」
「そうなんだよ。近所で、気になるお店、何軒か回ったんだけど、見付けられなくってさ」
「ネットで買ったとか?」
「出かけた時に、買って帰ってきたから……」
「一緒じゃ無かったんだ」
「こういう時に限って、ねぇ……」
有留美、本当に不満そうな表情を見せる。
「もう一回、頼んでみなよ」
同級生に言われて有留美は「うん……」と小さく頷くことしか出来無い。
それから数日して同級生がふと有留美を見ると制服の左胸にあるポケットに同じヘアクリップが刺してある。
有留美の左のこめかみにも同じヘアクリップ、それを見て「見付けたんだ」と同級生は嬉しそうな表情を浮かべる。
有留美の話ではある日、歩登が一人で外出した際、ショッピングセンターのイベントスペースで手作りアクセサリーなどの展示即売会が行われていた。
個人やグループで出店しており、前を通った歩登は時間も有ったので少し見て歩くことにした。
小さなテーブル一つで一店舗と言った感じ、その中の一つで星座や干支の飾りを付けたヘアクリップやアクセサリーを売っている女性がいた。
歩登、気になってテーブルへ近付いて商品をまじまじと見ていると店番をしていた女性が声を掛けてきて趣味も兼ねて制作していると説明してくれる。
有留美の星座を使ったヘアクリップもあったが、歩登は何を思ったか、自分の星座でもある蟹座のヘアクリップを購入することにした。
制作者の女性は男性の歩登が女性用のヘアクリップを購入するから誰かへのプレゼントか、歩登へ問い掛けたいような表情だ。
「ねーちゃんに、贈ろうと……」
歩登はまるで言い訳のように女性へ話していた。
こうして購入したヘアクリップを有留美へ贈って喜ばれた歩登だが、有留美は何故、蟹座のヘアクリップなのか、その点に関しては一言も問わなかった。
そして数日を経て有留美が「もう一つ、同じヘアクリップが欲しい」と言い出した時、歩登は同じショッピングセンターのイベントスペースへ見に行ったが、既に手作り雑貨のイベントは終わっており、出店していた人がどこの誰かもわからず、歩登は諦めるしか無かったし、有留美に購入した店舗を問われても応えることが出来ず、幾度か突つかれてようやく答えられない理由を説明した。
有留美はショッピングセンターのイベントを検索して出店者を調べ、さらにネットで調べて次の出店場所を見付けて歩登と一緒に訪ねて同じヘアクリップを購入している。そして有留美は出店者の女性と連絡先を交換し、次の出店先や新作の情報を教えて貰っていた。
少院家のたわいも無い日常
登場人物の名前ですが、歩登は早くに決まりました。姉が「あると」と言ったことで両親が事前に用意していた名前から「歩登」へ変更するという設定も早い段階で思い付きました。
問題は姉の方で有留美の他に有留香、有留華、有留奈など幾つか思い付き、選ぶのに少し時間を要しました。