あいあい唐笠茸
近くの空き地の脇を通ったら、一面覆っているクローバの中からたくさんの大きな茸がにょきにょきたっていた。
大きな笠をもっている。虫たちの雨宿りによさそうだ。
色も白くてきれいな茸だ。
そう思ってみていたら、一つの茸がお辞儀をした。
「あたい、唐笠茸よ、あんたはじめてね、どーお、一緒に歩く」
そう言うとふーっと、背が少しばかり伸びて土から飛び出した。
「どうぞ」
そういわれたので、唐笠茸を手にもって、笠のようにさした。
笠の内側を見ると、ひだひだになっていて粉が吹いている。胞子のようだ。
一つの襞が大きく開いた。おや中に何かある。
見ると目玉だ。これは唐笠茸の目玉か。黒目が大きい。
「あんた、頭の上、毛が薄いね」
そんなこと考えていたら、そいつが言った。
「そりゃそうだ、俺はもう八十だ」
「そう、あたいまだ二十歳、じいさんでもいいわ」
余計なことをいいやがる。
「どこにいきたいんだい」
「そうね、お宅のお庭なんかどうかしら」
「そりゃいいけど、そんなに広くはないよ」
「土はあるんでしょ」
「そりゃ、昔ながらの家だから、門から玄関まで庭木が少しは植わっているよ」
「お庭があるじゃん、そんじゃいいわね、いこ」
「あんたはずい分大きな茸だね、どっちかというと、西洋的で妖精にみえる」
「あーら、そーを、大きいからそう見えるだけよ」
「お宅は食えるのかい」
「もちろん、おいしいのよ、私を食べれば食糧難が解消されるわよ」
「そんなにうまいのかい」
「もちろんよ、だけど日本じゃあまり食べないみたい」
「どうやって食べるのがいいんだ」
「あたいを書いた本があるよ、日本人が書いたんじゃないんだ、イギリスの人よ、ロンドンからでているA gourmet’s book of mushrooms & tryufflesと言う本、日本語に訳されてるの、キノコとトリュフという1991年にソニーマガジン社が出した本よ、ジャッキー・ハーストらが作った本よ」
「それに食べ方がかいてあるのか」
「そうよ」
そのとき、持っていた唐笠茸から、すっと女性が現れて隣に立った。
唐笠茸であいあい傘だ。
なんでだろう、そうだった。
昨日の晩見た夢のせいだ。今隣にいる女性と相合傘をしていた。かみさんとではない、誰だろう、顔が見えない。髪の長い女性である。どうもそういうことに疎いので、高校のときはもちろん大学時代にも経験したことがない。そういえばかみさんとも相合傘をしたことがない。いまでいう草食男子といったところだろう。
「どこにいきます」
その女性が聞いた。歩いている目的が分からないのに答えられるわけは無い。するといきなり一軒の家に入った。誰の家だ。
家の中なのにあいあい傘をしたままだ。
天井から何かが落ちてきた。
「ほら、傘さしていてよかったでしょう」
女性が天井から落ちてきた白いものを拾った。
「ありゃ、ウジだ、天井に鼠の死骸でもあるのだろうか」
昔の家はそういうことが多々あった。今の家のように隙間がないキチキチの建て方をしていなくて、天井板の節目から天井裏が覗けるような作りだった。鼠もすみやすかったのだろう。
「違うのよ、これ蜂の子、おいしいのよ」
女性は赤い口紅を付けた口をあけると、白い蜂の子を放り込んだ。
「甘いわ」
どういう人だろう。赤い唇だけが見えて目鼻がない。
それにしてもやっぱり僕は草食男子だ、蜂の子を食べる気はしない。
「天井に蜂がいるんだね」
僕が言うと、相合傘の彼女も傘をずらして天井を見た。天井板の節目がぽこりと抜けると足長バチの顔がでてきた。
「子供を食ったな」
僕の方を見て言った。
「いや、僕は食べてない、こちらの女性だよ」
そういったのだが、足長バチは、
「そんなことはない、あんたが食ったんだ」
「どうしてそんなことがいえるんだ」
「お前には口があるが、ほらとなりの女には口がないよ」
そう言われ、あいあい傘の女性を見ると、ノッペラボーだった。さっきは赤い口があったじゃないか。
「ひゃ」とあいあい傘を手から離したのだが、それを受け取った女がさして、傘がくっついてくる。黒い髪をかぶったノッペラボーがどうしてもくっついてくる。
ノッペラボーがまた聞いた。
「どこに行きます」
行く目的が分からないのに行き先が分かるわけはない。あれ、同じことをさっき考えたような気がしたが。
ノッペラボーは一軒の家に入っていく。自分も引きずられていく。
その家の中でも傘をさしていた。すると、天井から水がたれてきた。雨漏りである。
「ほら傘をさしていてよかったでしょう」
ノッペラボーが言った。天井の板には沢山の節穴があって、そこから水が落ちてくる。だんだん酷くなる。
「家から出ましょう」
そう言って隣のノッペラボーを見ると、顔がだんだん出来てきた。もやもやと誰かの顔になる、足を見た。足が無い。
幽霊だ。
あいあい傘の相手は幽霊だ。
逃げ出した。だけど傘がついてくる。だから、傘をもっている幽霊もついてくる。
家から出た。
太陽がさんさんと照っていた。すると、ぱっと傘も幽霊も消えた。
「あなた、ご飯できてるわよ」
階下でかみさんの声がする。
「今日は薬をもらいに行くのじゃないの」
そうだった、都内の病院に月に一度、血圧の薬をとりに行かなければならない、今日が予定日だった。
あわてて顔を洗ってパジャマのままキッチンに行った。いつものようにトーストと果物を用意してくれていた。
「あなた、変な夢見たの」
「まあ、変な夢だったな、ノッペラボーと傘をさしていた」
「なにそれ」
外に出ると天気はよかった。
新宿に出て中央線に乗り換え御茶ノ水駅でおりた。そこに通っている病院がある。空を見上げると都内は曇りだ。
駅から一歩でたところで急に雨が降ってきた。
傘を買おうと駅の売店にもどったのだがなかった。病院は近いところだし濡れていこうかと聖橋を渡りかけたら、どうぞと傘を差してくれた人がいた。なんと唐傘である。今時唐傘を持っている人などいないだろう、なんと珍しい。
「あ、すみません、すぐそこですので」
遠慮したら、「橋の上だけでもどうぞ」と男性の声で差しかけてくれた。
「すみません」
顔を見てぎょっとした。
白粉をべったり塗り、赤い口紅を付けた女性だった。
一瞬からだが震えた。短い橋だからすぐ反対側につく。我慢して早足で歩いた。
橋のたもとに着いた、そこから左に曲がって下の道に下りるのだ。急いで唐傘からはなれた。
彼女を見た。
えっと思って、「ありがとうございました」と頭を下げた。
珍問屋さんが「どう致しまして」
笑いながらまっすぐ歩いていった。
今その帰りで、家のある駅から出て、空き地の脇を通って、唐笠茸を見つけたのだ。
そうだ、そこで唐傘茸を採って、傘にした。今自分の手にある。
傘から女性が現われたはずだ。
あいあい唐傘をしたのだ。
右を見た。
いた、若い女の子だ。夢のようなのっぺらぼーじゃない。
家に帰るところだ。
後ろを見た。
唐笠茸がたくさんぴょこぴょこくっついてくる。空き地に生えていたやつだ。
「ねええ、あの家でしょう」
あいあい傘の二十歳の女の子が言った。
意外とかわいい顔をしている。
「そうだよ」
門についた。庭を通って玄関にいくと戸を開けた。
「あなた帰ったの」
奥からかみさんが出てきた。
「唐笠茸をもってるじゃない、どうしたの」
かみさんは玄関から出ると庭を見て、
「あれー」といって、倒れてしまった。
庭にはたくさんの唐傘茸がはえていた。
みんな目玉を一つもっていて、
僕にウインクをした。
あいあい唐笠茸
私家版茸指小説「夢見茸、2027、一粒書房」所収
絵:著者