鷹と卵

鷹と卵

 ある鷹が、卵を温めていました。
 何日も、ご飯を食べないまま、お腹が空いて苦しくても、卵を温めていました。
 その卵は、鷹が産んだ卵ではありません。
 通りすがりの鷹が卵を見つけた時、卵の親はどこにもいなくて、鷹としては、
「ひなが孵る前に、親鳥がどこかで死んでしまう事は、この世界ではありふれた事だ」
 その様な諦めと共に、見て見ぬふりをしようとしました。
 しかし、そのふたつの卵を、何故か見捨てる事ができませんでした。
 鷹自身も、その感情の名前を、知らなかったのです。


「ほら、お前達、早く卵の殻を割って出てこい。俺の苦労を増やすな」
 鷹が呼びかけても、卵はうんともすんとも言いません。
「まったく、なぜ俺がこの様に面倒な役目を負ったのか、全く理解できん」
 文句を言いながらも、鷹はずっとずっと、卵を温め続けました。
「ひなが孵ったら『俺はこれ程に苦労をして、お前達を温めたのだ』と威張ってやろう」
 そんな事を考えながら、鷹は一羽で、ずっとお腹を空かせたまま、卵を温めていました。


 雨の降りしぶく夜には、卵を濡らさないように、身を挺して守り続けました。
 鷹は、そのくちばしの中に僅かに入ってくる雨水を飲んで、喉の渇きを癒していました。
 くちばしの届く所を歩いている一匹の虫がいたら、僅か一口分でも、久しぶりに食事にありつけた喜びに涙しました。
「良いか、卵達よ。お前達にはこの飢えの苦しみと、たった一匹の虫の有難みは、解らないだろう。お前達も早く、その殻を破って、外の世界を見て、自分達の意志で生きなさい」


 飢えと渇きにより、力尽きてしまった鷹は、最後の最期まで卵を守りながら、地上に落下しました。もはや、地面に叩きつけられた痛みを感じる事もありませんでした。鷹にとって、頭上の巣から聴こえる、雛の可愛らしい声が聴こえるだけで、満足でした。鷹は、自分の使命を全うして、今、その命は燃え尽きようとしています。鷹にとって、ほんの僅かな心残りがあるとしたら、これからあの雛達が立派な大人に成長するまで、誰が食事を与えるのだろう。そういった、最後の最期まで続いた親心でした。未練を考えている内に、鷹は命を終えました。
 鷹は、輪廻を迎えて、芋虫に生まれ変わりました。芋虫の姿で雛達の巣に転がり落ちた彼は、二匹の雛によって、半分に喰い破られて、飲み込まれました。
 鷹は、最早苦しみを感じていませんでした。この二匹の雛達を飢えさせないためならば、何度だって繰り返し輪廻をして、この肉体を雛達に与えよう。
 鷹が神様仏様と約束をしたおかげで、雛達は飢える事無く、立派に育ちました。


 最後に、鷹にはもう一度だけ鷹として生まれ変わる機会を与えられました。自分の肉体を御布施して、立派に育った、かつての雛達を見下ろした鷹は、彼らの巣に降り立って、一言だけ言いました。
「これから空を飛ぶ練習をするぞ」
 若い鳥達は、戸惑いながらも、鷹の姿にどこか懐かしさを覚えつつ、素直に従いました。
 始めは拙い翼の動かし方で、飛ぶ方法を全く知らなかった兄弟だった。だが、鷹は辛抱強く教育を繰り返した。
そして、飛ぶ練習を何日も重ね続けて、遂に、兄弟が揃って空を自由に飛べるようになると、鷹は心から安堵を覚えて、役目を終えた喜びに、今生での未練を終えました。
 飛ぶために飛ぶ。ただそれだけの自由を翼で掴んだ鷹は、孤独な空を思いっきり飛びました。空は高く、山河は清く、世界の道理はどこまでも深い。
 鷹は翼が力を失うまで飛び続けました。これが最後の輪廻と知りながら、涅槃の心に迷いはありませんでした。鷹は何処までも勇ましく飛び、どこまでも深く、深く、墜ちました。

鷹と卵

鷹と卵

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-07-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted