映画『ファーストキス 1st KISS』レビュー
序盤から中盤にかけての展開はドラマチックだとは決して言えません。人によっては退屈さを覚えるだろうと推測します。
というのも40代のカンナと、カンナの存在すら知らない20代の駈との間にある当初のやり取りにはロマンスは殆どなく、反対にカンナの述懐として描かれる客観的な情報、すなわち①破綻するにまで至った二人の結婚生活の実態や②駈が轢死する瞬間、その後の検証の様子、③報道のされ方や世間の騒ぎ方といったリアルな描写が砂粒のようなざらざらとした感触を観客に残していき、彼の死を経ずとも既に終わっていた関係の名残りを伝えてきます。二人のことをろくに知らないままに、その決定的な終わりだけを見せつけられるのですから、ただただ心が冷めていく。かかる時間帯における見所はカンナを演じる松たか子さんが発揮するコメディエンヌとしての才覚の方で、偶然遭遇したタイムループでの失敗談がおよそ恋愛映画とは思えない笑いを誘う。その空回りによって冒頭からやさぐれて可愛げのない人物に思えた硯カンナのパーソナルな魅力に気付くというのがメインっていう感じです。
じゃあ、そこからやっと観客が待ち望む恋愛描写が始まるのか?といえばこれまた決してそうはならない。最初は遊び半分で行っていたタイムループだったのに、未来を少しずつ変えることができるのを知ったカンナが「駈の死」という運命を変えようとだんだん必死になっていく様子は戻る度に失敗しての繰り返し。運命の「赤い」糸という言葉が呪いめいてくるばかりになります。その度に彼の不在という事実が深く、悲しくなり、今という時を刻む後悔ばかりが積み上がっていきます。生きていて欲しい、そこさえ守れれば、もう。そう思って全てをリセットしようと決意したカンナは、タイムループの期限が迫ってくる中で、何度も何度も会っているその人に向かって最悪の台詞を投げつける。その結果、過去でも現在でも、カンナは自分の心を傷付けるばかりになります。
どうしようもないタイムループのロジックと、その解法が全く見えないままストーリーが行き詰まりを見せ出した所でいつしか物語の語り部が緩やかに駈の方へと移り出し、カンナの後悔の一つであった「古代生物の教授になる夢を彼が諦めた」という事実の裏に①教授からのパワハラや、②雑用に追われて失敗ばかりの日々であったという彼にしか見えなかった真実が少しずつ明るみになる。そうして再び果たされるカンナとの邂逅、そのやり取りの中で彼女が犯す決定的なミスが、本作におけるロマンスを「誘発」します。
何が起きたかを全て知っている40代の硯カンナと、知ってはいけないことを知ってしまった20代の硯駈に存在する様々な落差は、何度だって彼女に惹かれてしまう彼の気持ちと、その気持ちにとことん打ちのめされる彼女の本心によって最高純度の会話=恋を生み出します。その有り様を、脚本を務められた坂元裕二さんは浮気だと名言していました。すれ違おうにもすれ違えない二人の噛み合い方は確かにズルく、だからこそ素敵で、世間一般で口にされる「浮気」とはまた違うニュアンスを生んでいて、最高だった。
だから迎えられたあのラスト。「何をやり直したいのか」という願望と「何をやり直せるのか」という可能性の狭間でぐるぐると悩み、足掻き、掴み取った各々の人生。変えたかったはずのその死が、忘れられない生き様となって二人を幸せにする。
パンフレットに載っていた塚原あゆ子監督の言葉が、今も私の中で息づいています。
「私たちの過去だってミルフィーユのように折り重なっている。だから、崩れ落ちた関係のその先だってあるかもしれない。」
今を生きる私たちにしかできないこと。それは、タイムループの果てで生きるカンナも駈も全く一緒だったと気付かされる。思い出補正される恋愛期間も、引き算のように語られる結婚生活も、一直線に進む人生のレールに乗せてこそ輝くもの。カンナを演じた松たか子さん、駈を演じた松村北斗さんのどちらも出演作を増やす度にその魅力が増す俳優さんだと思いますが、本作はちょっとその度合いが半端じゃない。特に松村北斗さんに関しては、あの『夜明けのすべて』を超えたベストアクトを披露してくれたと評価したい。自然体で、感情も仕草や声に乗っていて素晴らしい演技でした。
『1ST KISS』は本当に捻くれもので、多面的で、かつ美しいラブストーリーです。賛否両論の渦に巻き込まれながらも、その話型においては間違いなく映画史にその名を残した傑作だと思います。Amazonプライム会員の方はレンタルなしで鑑賞できるので、まだの方は是非。胸を張ってお勧めします。
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