07 時の島 ①

01

 森の中に、小さな小屋があった。
 その小屋の中で男が、床の中央に切ってある囲炉裏に火を起こそうとしていた。
 年齢は三十歳くらいだろうか……
 その火起こしを手伝っているのは、あと少しで二十歳に手が届くくらいの若い女だった。
 二人で色々とやっていたが、炎はなかなか上がなかった。
 森から拾い集めてきた枝葉が、雨で濡れてしまっているからだった。
 薪と同じように、二人もびしょ濡れだった。
 それでも悪戦苦闘の末に、なんとか囲炉裏から炎を立ち上げることが出来た。
 そしてようやく、二人は濡れた服を乾かし始めたのである。
    *
 服も身体も、あらかた乾いて、ようやくゆっくり出来ると思ったときだった。
 小屋の扉が唐突に、内側に勢いよく開かれたのだった。
 囲炉裏の炎が、風で大きく揺らいだ。
 そして、吹き込んでくる風と一緒に入ってきたのは、二人の男であった。

 二人とも、鎧を身に付けており、革帯で腰に長剣を下げていた。
 兵士だった。
 先頭の男は、顔立ちから判断するに、女と同じくらいの年齢の若い男だった。
 そして後ろに並び立つ男は、五十歳くらいに見えた。
 二人とも、皮の鎧を身に付け、革帯で長剣を腰に下げていた。
 小屋の中にいた男は、二人の鎧に注目した。
 鎧は皮で出来ており、しかしワックスで硬化処理されていた。
 ワックス処理された皮は、ただ鞣(なめ)しただけのものよりも遙かに強度がある。
 体当たりでくる正面からの突きや、強い矢なら防ぎきれないだろうが、斜めからの切りつけや軽い打撃なら致命傷にならない強さがある。
 さらに、要所要所にビスが打ち込まれている。
 それは、内側に薄い鉄板を止めているからだ。
 この鎧は、鉄の鎧よりも遙かに軽く出来ていて、動きに重きを置いたものなのだった。
    *
 若い兵士は、二人を見て驚きを隠しきれなかった。
「どうして……」と思わず声に出していた。
 先客がいることを、予想していなかったのである。
 しかし、すぐに気を取り直すと、二人を威圧するように胸を突き出しながら、前に踏み出していた。
「お前たち……」と若い兵士は、低く怒りを真似た声を上げていた。
「雨宿りをしているのさ」
 そう返した男の声は、逆に飄々(ひょうひょう)としていた。
 男は、コットンリネンで編み込まれた厚手のチュニックに、同じ素材のブレー(緩やかな長ズボン)、そして踝(くるぶし)まである皮の靴を片方だけ履いていた姿だった。
 ようやく乾いた靴を履こうとしていたところに、二人が入って来たからであった。
 男の荷物なのであろう、隅には大きな革袋が置いてある。
 その縛れた袋の口から、皮で巻かれた剣の束が覗いていた。
 男は身を屈めると、もう片方の靴を履いた。
 いっぽう女の方は、足首まであるチュニックを羽織っただけの格好だった。
 そして、壁には一着のローブが干されていた。
 大きさから見て、どうやら男の物のようだった。
 男は、森の中を歩いている途中に雨に降られ、偶然見付けたこの小屋に避難したのだ、と説明した。
 すると若い方が
「嘘を言うな」と二人を睨み付けたのである。
 若い女は、二人の兵士の身体が、まったく濡れていないのに気付いていた。
 しかも扉が開けられたとき、風しか吹き込んで来なかったのを思い出していた。
 だから若い兵士は、男が嘘を言っている、と思ったのだ。
 若い兵士は、身を強張らせた。
 カシャリ、と腰の長剣が音を立てた。
 きっかけさえあれば、いつでも剣を抜いてやるぞ、と二人を威嚇(いかく)していた。
 どうしたもんかなぁ、と男は頭を掻いた。
 まったく頓着していない。
 それを目にした兵士の肩に、さらに力が入った。
 緊張の度合いが、限界を超えるスレスレまできているのが、男の横の若い女にも伝わってきた。
 そのときであった……
 今まで傍観者に徹していたもう一人が前に出て、若い兵士の横に並んだのである。
 囲炉裏の炎に照らされたその男の姿を目の当たりにして、若い女は、すごい……と緊張してしまった。
 男の鎧は、若い兵士の真新しいものと違って傷だらけだった。
 そこかしこに、戦いの跡が残っているが、丁寧に補修されている。
 しかし、若い女が緊張したのは、戦場(いくさば)を、男を守ってくぐり抜けてきた鎧のことではなかった。
 その兵士の身体付きが、他の二人の男たちとは、まるで違っていたからだった。
 背丈は三人ともあまり変わりはない。
 しかし、その男の身体は、何もかもが太かったのである。
 前にせり出したぶ厚い胸、筋肉で覆われた丸太のように太い手足、太い首の上にごつい顎を持った顔があった。
 そして岩を思わせるような存在感があり、ちょっとやそっとでは動じない何かがあった。
 男の発している熱が、そう語っていた。
 女は、その熱を直感的に感じて、すごい、と思ったのである。
「しかしこいつは……」
 若い兵士は、腰の長剣に手を掛けたままだ。
 掛けたまま、並んだ太い男に目を向けていた。
 同時に、小屋の男が手を動かしてた。
 ほんの軽くだった。
 若い兵士は、それに気付なかった。
 それから小屋の男は、太い男に向かって肩をすくめていた。
 太い男の、分厚い唇が動いた。
「未熟なのでな」
 その分厚い唇から、充分想像出来る声だった。
「驚かせてしまって済まなかった。バルガスだ」と岩のような男は名乗っていた。

02

「イルマ」……と小屋の男は頭を下げた。
「アリシアです」
 アリシアは、イルマと名乗った男の横で、丁寧に頭を下げた。
 見るとそこに、革袋が移動しているが目に止まった。
 顔を上げながら、アリシアはイルマの横顔を覗き見た。
 イルマは肩をスカしながら、彼女の視線をはぐらかしていた。
 バルガスは、おい、と太い首の上に乗った顎を隣の若い兵士に向かって引いた。
「ベント」
 若い兵士は吐き捨てるように言うと、ようやく剣の束から手を離していた。
 アリシアは、ベントにも頭を下げた。
 ベントは、横柄な態度を取りながら、二人を上から下へと睨(ね)め回した。
 すると、ベントの剥き出しの視線が、チュニックの裾から覗くアリシアの足に止まっていた。
 アリシアは裸足だった。
 ベントはその右足の甲に、奇妙な絵柄の入れ墨があるのに気付いたのだった。
 上げたベントの顔は強張っていた。
「女、お前……」とアリシアに詰め寄ろうとした。
 しかしとのとき、ベントを邪魔するように、扉が再び開かれたのであった。
 風が流れ込んできた。
 四人の目が扉に向けられた。
 大きな影が、扉を塞ぐように立っていた。
「先客がいるとは、思ってもいなかったですね」
 入って来い、というバルガスの手招きに、影は扉の上枠(かみわく)にぶつからないように頭を下げながら中に入ってきた。
 そして扉を閉めた。
 三人の男たちより、頭ひとつ大きな男だった。
 バルガスと同じように、傷だらけだが、手入れの行き届いた鎧を身に付けていた。
 年齢は三〇歳くらいで、イルマと変わらないように見える。
 男は、アリシアとイルマに向かって
「ザッカレーだ」と名乗った。
 アリシアとイルマも、長身のザッカレーを見上げながら自己紹介を済ませた。
 そのザッカレーを、ベントはあからさまな態度で睨み上げていた。
 自分がアリシアに向かって、何かをしよう、言おう、としていたことを中断されたことに腹を立てているのだ。
 しかしどう見ても、ベントは成り立てなりの新米兵士に見える。
 それでもベントは、ザッカレーを睨んでいるのだ。
 だがザッカレーは、ベントの睨みを無視して
「小屋の周りには、これと言って何もありません」とベントに報告し、小屋の中を見回し始めた。
 アリシアも、ザッカレーの動きに誘われるように、改めて小屋の中を見回していた。
    *
 殺風景な小屋だった。
 四方の壁は、大小の石を積み上げたものを漆喰で塗り固めて作ってあった。
 天井もそうだ。
 床(地面)の中央には囲炉裏があるきりで、天井に煙出しの穴がある。
 窓は無く、石の壁に見合う頑丈で分厚い木製の扉が、たった一つあるだけだった。
 小屋自体がかなり古い物なのであろう、壁や天井には大小の染みが無数に浮き出ていた。
「五人、ですね……」とザッカレーは天井の煙出しを見ながら、呟くように言った。
 バルガスが、黙って頷いた。
 ベントは今更のように、なんでお前たちはこんな所にいるんだ、という怒りの顔をアリシアとイルマに向けていた。
 すると、ベントのその視線を受けて
「何をそんなに怒ることがあるんだい?」とイルマが、のんきな声で訊ねていた。
 ベントは、何かを言いたそうにイルマに詰め寄った。
 すると突然、小屋の中を観察していたアリシアが、押し殺したような声を漏らしたのである。
 全員の視線が、アリシアの見ている方に向けられていた。
 それは、扉の真正面にある石壁だった。
 見るなり全員が、信じられない、という驚きの表情に変わっていた。
 石壁の染みが動いている。
 染みは、まるで生きているかのように、石壁の表面を?中を? 動き回っていたよである。
 互いにくっつき合い、そして離れ、蠢いていた。
 そしてその染みは、ある形を取り始めていた。
 やがて
 扉の正面の石壁の染みが……五人が入ってきた扉とそっくりな〝絵〟を浮き上がらせていたのである。

03

 本物の木の扉と寸分違(たが)わずの絵が、反対側の壁に浮き出て描かれ?ていた。
 息を飲んで長い間、その場に立ちすくむ五人だった。
 最初に動いたのはベントだった。
 沈黙に耐えられなくなったのだろうか? 誰かに背中を押されたかのように、絵に向かって踏み出したのである。
「迂闊(うかつ)なことをするな!」
 ベントの腕を摑んで止めたのはザッカレーだった。
「しかし……」
 ベントは逆の手で、扉の絵を指差している。
 まるで何かを知っているかのような目で扉を見ている。
「分かっている」とザッカレーは言った。
 その声は重かった。
 重い声に促されて、ベントは渋々ながらも首肯した。
 ザッカレーは、ベントから手を離した。
 手がそのまま止まっていた。
 ベントがきょとんと、部屋の中を見回していた。
 バルガスが、! と声にならない声を漏らしていた。
 同時にイルマは、アリシアの腕を摑んで傍らに引き寄せていた。
 アリシアも何かを感じて、彼の腕を握り返していた。
    *
 直後に、それが来た。
 小屋全体が揺れた。
 地面が下から突き上げられるように振動し、次の瞬間には横揺れに変わっていた。
 バランスを崩して、地面に膝を突きそうになるほどの揺れだった。
 五人は倒れまいと踏ん張った。
 しかし揺れは、一度きりの一瞬で終わっていた。
 二呼吸の間に、完全に収まっていたのである。
「なんだったんだよ、今のは」
 しばらくして、ベントが弾かれたように声を上げた。
 あたふたしてしまった自分を恥じるように、平静を取り戻そうとしている。
「地震でした、よね?」とアリシアは、イルマの横顔を見上げた。
 イルマは頷いた。
 頷きはしたが、強(こわ)い顔をして扉の方を見ていた。
 アリシアは、イルマの目線の先を追った。
 掴まっていたイルマの腕に、さらに力を込めてしまった。
 バルガスとザッカレーも、すでに扉に注意を向けている。
 ベントがその異変に気付いたのは最後だった。

04

 扉が蠢(うごめ)いている。
 石壁に見合う、ちょっとやそっとでは壊れそうもない頑丈な扉が……その輪郭が、水の中に投げ込まれた泥団子のように、周りを滲ませているのであった。
 扉は、石壁と混ざり合いながらゆっくりと歪み、凹凸を失っていった。
 一度それが始まってしまうと、変化は加速度的に進んだ。
 五人は息を飲んで、変化の先を想像出来ないまま、その様を眺めている。
    *
 どれくらいの時間が経ったのであろうか?
 扉が変化する間、五人は時間の感覚を意識することが出来なかった。
 気付いたときには、扉は石壁と同化してしまっていたのである。
 そして……
 石壁となってしまった扉は、そっくりそのままの〝扉の絵〟を描き出していたのであった。
 先ほど、扉と反対側の石壁の染みが描いた扉の絵と、そっくり同じ絵となっていた。
 ザッカレーが動いた。
 ほんとうに絵になってしまったのか?の疑問を持ちながら、と絵の扉に顔を寄せて、注意深く観察しようとした。
 すると唐突に……
「扉がありますよ」とみんなの後ろから声をあげたのはイルマだった。
 四人は振り返った。
 そして今回も、言葉を失っていた。
 イルマが言ったとおり、扉の正目に描かれた〝絵〟が、本物?の木の扉となっていたのであった。
    *
「信じらンねぇ」
 ベントは声を押し殺し、バルガスを見た。
「気を付けろ」
 バルガスの言葉にベントは、分かってます、と頷いた。
 ベントは腰に下げた長剣を静かに抜いた。
 他の四人は二人ずつ左右の石壁に移動して広がった。
 バルガスとザッカレーが右の石壁に、反対はアリシアとイルマだ。
 ベントはおっかなびっくり、剣を握った腕を目一杯前に伸ばし、一度だけ喉を鳴らすと、扉へと近付いていった。
 そしてまさに、剣先が扉に触れようとした瞬間だった。

 ドン、ドン、ドン

 外から、扉が叩かれたのである。
 驚いたベントは、扉から跳びすさった。
 その拍子に、囲炉裏の横の僅かな窪みに足を取られていた。
 バランスを崩したベントは、転ぶまいとたたらを踏みながら、腕を大きく振り回した。
 長剣が部屋の中を踊った。
 踊った長剣は、アリシアに向きを変えていた。
 剣先がアリシアの顔に迫る。
 駄目……と彼女は反射的に、両腕で顔を覆っていた。
 剣で傷付けられる痛みに備えて、身を硬くしたその瞬間、アリシアは続きざまに三つの音を耳にしていた
 そして
「大丈夫だ」と声がして、肩に手が置かれた。
 腕を解(ほど)くと、イルマの顔があった。
 見ると、イルマの右手には、革袋から頭を出していた長剣が握られていた。
 それも逆手だった。
 アリシアの足もとには、ベントの長剣が落ちていた。
 囲炉裏のそばに、ベントが尻餅を着いて、呆然とした顔で二人を見上げていた。
    *
 最初の音は、イルマがベントの長剣を跳ね上げた音だった。
 イルマは、革袋から逆手で剣を抜きざま、柄頭(つかがしら)を使ってベントの剣を跳ね上げたのだった。
 跳ね上げられた剣は、ベントの手を離れ、そのままアリシアの足下に落ちた。
 そしてベントはひっくり返って、尻餅を突いてしまったのである。
「ありがとうございます」
 アリシアはイルマに頭を下げた。
 ケガはしなかったよな?と訊かれ、即座に大丈夫です、と返した。
 そして、イルマの持つ剣に注目した。
 イルマが手にしているのは剣ではなかった。
 剣で言う柄にあたる部分に皮が巻いてある〝ただの鉄の棒〟だったのである。
 革袋からその皮で巻かれた束?しか見えていなかったので、ボロい長剣だと勘違いしていたのだ。
「剣を拾え」
 ザッカレーの声で我に返ったベントは、痺れる手を押さえながら起き上がり、ようよう剣を拾い上げた。
 鞘に納めながら、怒った目でイルマを見ている。
 何かを言いたげなベントの目線をよそに、イルマはただの棒を、革袋に無造作に仕舞った。
「それは?」とバルガスが問うていた。
「旅の必需品……真金(まがね)で出来たただの杖ですよ」とイルマは答えていた。
    *
 ……と再び、扉が叩かれていた。
「誰だ?」
 バルガスが扉に近付き、外からの音に呼び掛けていた。
 五人は、外からの返事をじっと待った。

 ②へ続く……

07 時の島 ①

読んでいただき、ありがとう御座います。
今回の物語の続きは、この『時の島 ①』の後に繋げる形で書いていこうと思っています。
どこまで読んだっけ? と混乱しないようにしますので、なにとぞご了承ください。
ご意見、ご感想、お待ちしています。
質問も、歓迎いたします。
sinsyamon@gmail.com

07 時の島 ①

五人の男女が、森の中の石壁の小屋に集まって?いた。……昔々の、不思議でダークな物語。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-07-10

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