07 時の島 ① ②

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01

 森の中に、小さな小屋があった。
 その小屋の中で、男が床の中央に切ってある囲炉裏に火を起こそうとしていた。
 年齢は三十歳くらいだろうか……
 その火起こしを手伝っているのは、あと少しで二十歳に手が届くであろう若い女だった。
 二人で色々とやっていたが、炎はなかなか上がなかった。
 森から拾い集めてきた枝葉が、雨で濡れてしまっているからだった。
 薪と同じように、二人もびしょ濡れだった。
 それでも悪戦苦闘の末に、なんとか囲炉裏から炎を立ち上げることが出来た。
 そしてようやく、二人は濡れた服を乾かし始めたのである。
    *
 服も身体もあらかた乾いて、これでゆっくり出来ると思っていたときだった。
 小屋の扉が唐突に、内側に勢いよく開かれたのだった。
 囲炉裏の炎が、風で大きく揺らいだ。
 そして、吹き込んでくる風と一緒に入ってきたのは、二人の男であった。
 二人とも鎧を身に付けており、革帯で腰に長剣を下げていた。
 兵士だった。
 先頭の男は、顔立ちから判断するに、女と同じくらいの若い男だった。
 そして後ろに並び立つ男は、五十歳くらいに見えた。
 二人とも、皮の鎧を身に付け、革帯で長剣を腰に下げていた。
 小屋の中にいた男は、二人の鎧に注目していた。
 鎧は皮で出来ており、ワックスで硬化処理されていた。
 ワックス処理された皮は、ただ鞣(なめ)しただけのものよりも遙かに強度がある。
 体当たりでくる正面からの突きや、強い矢なら防ぎきれないだろうが、斜めからの切りつけや軽い打撃なら致命傷にならない強さがある。
 さらに、要所要所にビスが打ち込まれている。
 それは、内側に薄い鉄板を止めているからだ。
 この鎧は、鉄の鎧よりも遙かに軽く出来ていて、動きに重きを置いたものであった。
    *
 若い兵士は、二人を見て驚きを隠しきれなかった。
「どうして……」と思わず声に出していた。
 先客がいることを、予想していなかったのである。
 しかし、すぐに気を取り直すと、二人を威圧するように胸を突き出しながら、前に踏み出していた。
「お前たち……」と若い兵士は、低く怒りを真似た声を上げていた。
 それに男が
「雨宿りをしているのさ」と逆に飄々(ひょうひょう)とした表情で返していた。
 男は、コットンリネンで編み込まれた厚手のチュニックに、同じ素材のブレー(緩やかな長ズボン)、そして踝(くるぶし)まである皮の靴を、片方だけ履いていた。
 乾いた靴を履こうとしていたところに、二人が突然入って来たからであった。
 男の荷物なのであろう、隅に大きな革袋が置いてある。
 その縛られた袋の口から、皮で巻かれた剣の束が覗いていた。
 男は身を屈めると、もう片方の靴を履いた。
 いっぽう女の方は、足首まであるチュニックを羽織っただけの格好だった。
 そして、壁には一着のローブが干されていた。
 大きさから見て、どうやら男の物のようだった。
 男は、森の中を歩いている途中に雨に降られ、偶然見付けたこの小屋に避難したのだ、と説明した。
 するとまた、若い方の兵士が
「嘘を言うな」と二人を睨み付けた。
 若い女は、二人の兵士の身体が、まったく濡れていないのに気付いていた。
 しかも扉を開けて二人が入ってきたとき、風しか吹き込んで来なかったのを覚えている。
 たとえ兵士の二人が、雨が止んだ後に、森を歩いて小屋にたどり着いたとしても、足くらいは濡れているはずだ。
 しかし、兵士の足は濡れていない。
 まったくの乾いた状態であった。
 雨は降っていなかった?
 降っていなかったのだ。
 だから若い兵士は、男が嘘をついている、と思ったのだった。
 若い兵士は、身を強張らせた。
 カシャリ、と腰の長剣が音を立てた。
 きっかけさえあれば、いつでも剣を抜いてやるぞ、と二人を威嚇(いかく)していた。
 それでも男は、どうしたもんかなぁ、と頭を掻いている。
 威嚇をまったく意に介して頓着いないようだ。
 その態度に、兵士はさらに力を込めた。
 緊張の度合いが、限界超えスレスレまできていた。
 そのときであった……
 今まで傍観者に徹していたもう一人が前に出て、若い兵士の横に並んだのである。
 囲炉裏の炎に照らされたその男の姿を目の当たりにして、すごい……と女は緊張した。
 男の鎧は、若い兵士の真新しいものと違って傷だらけだった。
 そこかしこに、戦いの跡が残っているが、丁寧に補修されていた。
 たがかえってそれが、数多くの戦を物語っていた。
 しかし、若い女が緊張したのは、戦場(いくさば)を、男を守ってくぐり抜けてきた鎧のことではなかった。
 その兵士の身体付きが、他の二人の男たちとは、まるで違っていたからだった。
 背丈は三人ともあまり変わりはない。
 しかし、その男の身体は、何もかもが太かったのである。
 前にせり出したぶ厚い胸、筋肉で覆われた丸太のように太い手足、太い首の上にごつい顎を持った顔があった。
 そして岩を思わせるような存在感があり、ちょっとやそっとでは動じない何かがあった。
 男の発している熱が、そう語っているのである。
 女は、その熱を直感的に感じて、すごい、と思ったのであった。
「しかしこいつは……」
 若い兵士は、腰の長剣に手を掛けたままだ。
 掛けたまま、並んだ太い男に目を向けていた。
 同時に、小屋の男が手を動かしてた。
 ほんの軽くだった。
 若い兵士は、それに気付なかった。
 それから小屋の男は、太い男に向かって肩をすくめていた。
 太い男の、分厚い唇が動いた。
「未熟なのでな」
 その分厚い唇から、充分想像出来る声だった。
「驚かせてしまって済まなかった。バルガスだ」と岩のような男は名乗っていた。

02

「イルマ」……と小屋の男は頭を下げた。
「アリシアです」
 アリシアは、イルマと名乗った男の横で、丁寧に頭を下げた。
 見るとそこに、いつの間にか革袋が移動している。
 顔を上げながら、アリシアはイルマの横顔を覗き見た。
 イルマは肩をスカしながら、彼女の視線をはぐらかしていた。
 バルガスが、おい、と太い首の上に乗った顎を隣の若い兵士に向かって動かした。
「ベント」
 若い兵士は吐き捨てるように言うと、剣の束からようやく手を離していた。
 アリシアは、ベントにも頭を下げた。
 ベントは、横柄な態度を取りながら、二人を上から下へ睨(ね)め回した。
 すると、ベントの剥き出しの視線が、チュニックの裾から覗くアリシアの足に止まっていた。
 アリシアは裸足だった。
 ベントはその右足の甲に、奇妙な絵柄の入れ墨があるのに気付いたのである。
 上げたベントの顔は強張っていた。
「女、お前……」とアリシアに詰め寄ろうとした。
 しかしそのとき、今度もベントを邪魔するように、扉が再び開かれたのであった。
 風が流れ込んできた。
 アリシアとイルマの目が扉に向けられた。
 そこに大きな影が、扉を塞ぐように立っていた。
「先客がいるとは、思ってもいなかったですね」
 入って来い、というバルガスの手招きに、影は扉の上枠(かみわく)にぶつからないように頭を下げて中に入ってきた。
 そして扉を閉めた。
 三人の男たちより、頭ひとつ大きな男だった。
 バルガスと同じように、傷だらけだが、手入れの行き届いた鎧を身に付けていた。
 年齢は三〇歳くらいで、イルマと変わらないように見える。
 男は、アリシアとイルマに向かって
「ザッカレーだ」と名乗った。
 アリシアとイルマも、長身のザッカレーを見上げながら自己紹介を済ませた。
 そのザッカレーを、ベントはあからさまな態度で睨み上げていた。
 自分がアリシアに向かってしよう、としていたことを中断されて腹を立てているのだ。
 しかしどう見ても、ベントは成り立ての新米兵士だ。
 それでもベントはザッカレーを、この馬鹿野郎、と言いたげに睨んでいるのだ。
 だがザッカレーは、ベントを無視した。
「小屋の周りには、これと言って何もありません」とバルガスに報告し、それから小屋の中を見回し始めた。
 アリシアも、ザッカレーの動きに誘われて、改めて小屋の中を見回していた。
    *
 殺風景な小屋だった。
 四方の壁は、大小の石を積み上げたものを漆喰で塗り固めて作ってあった。
 天井もそうだ。
 まるで石で作り上げられた四角い箱のような小屋だった。
 床(地面)の中央には囲炉裏があるきりで、天井には小さな四角い煙出しの穴がある。
 窓は無く、石の壁に見合う頑丈で分厚い木製の扉が、たった一つあるだけだった。
 小屋自体がかなり古い物なのであろう、壁や天井には大小の染みが無数に浮き出ていた。
「五人、ですね……」とザッカレーは天井の煙出しを見ながら、呟くように言った。
 バルガスが、黙って頷いていた。
 するとベントは今更のように、なんでお前たちはこんな所にいるんだ、という怒りの顔をアリシアとイルマに向けていた。
 ベントの視線を受けて
「何をそんなに怒ることがあるんだい?」とイルマが、のんきな声で訊ねていた。
 ベントは、歯を剥き出してイルマに詰め寄った。
 すると突然、小屋の中を観察していたアリシアが、押し殺したような声を漏らしたのである。
 全員の視線が、アリシアの見ている方に向けられた。
 それは、扉の真正面にある石壁だった。
 見るなり全員が、何が起こっているんだ? という驚きの表情に変わっていた。
 石壁の染みが動いているのだ。
 まるで生きているかのように、石壁の表面を?中を? 動き回っていたのである。
 互いにくっつき合い、そして離れ、蠢いていた。
 そしてその染みは、ある形を取り始めているのに、全員が気付いたのである。
 やがて
 扉の正面の石壁の染みが……五人が入ってきた扉とそっくりな〝絵〟を浮き上がらせていたのであった。

03

 本物の木の扉と寸分違(たが)わずの絵が、反対側の壁に浮き出て描かれ?ていた。
 息を飲んで長い間、その場に立ちすくむ五人だった。
 最初に動いたのはベントだった。
 息が詰まるような沈黙に耐えられなくなり、加えて確かめたいと言う欲望に突き動かされて、たまらず絵に向かって踏み出したのだ。
「迂闊(うかつ)なことをするな!」
 ベントの腕を摑んで、慌てて止めたのはザッカレーだった。
「しかし……」
 ベントは逆の手で、扉の絵を指差している。
 まるで、何かを知っている、かのような目で扉を見ているた。
「分かっている」とザッカレーは言った。
 その声は重かった。
 重い声に促されてやっと、ベントは渋々ながらも首肯した。
 ザッカレーは、ベントから手を離した。
 離した手が、そのまま止まっていた。
 ベントがきょとんとした顔をしている。
 バルガスが ! と声にならない声を漏らしていた。
 同時にイルマは、アリシアの腕を摑んで傍らに引き寄せていた。
 アリシアも何かを感じて、自分を摑んでいる彼の腕に手を乗せていた。
    *
 直後に、それが来た。
 小屋全体が揺れた。
 地面が下から突き上げられるように振動し、次の瞬間には横揺れに変わっていた。
 バランスを崩して、地面に膝を突きそうになるほどの揺れだった。
 五人は倒れまいと踏ん張った。
 そして揺れは、一度きりで終わっていた。
 二呼吸の間に、完全に収まっていたのである。
「なんだったんだよ、今のは」
 ベントが弾かれたように声を上げた。
 あたふたしてしまった自分を恥じるように、平静を取り戻そうとしている。
「地震でした、よね?」とアリシアは、イルマの横顔を見上げた。
 イルマは頷いた。
 頷きはしたが、強(こわ)い顔をして扉の方を見ている。
 アリシアは、イルマの目線の先を追った。
 手を乗せていたイルマの腕を、今度は力を込めて摑んでしまった。
 バルガスとザッカレーも、すでに扉に注意を向けている。
 ベントがその異変に気付いたのは最後だった。

04

 扉が蠢(うごめ)いている。
 石壁に見合う、ちょっとやそっとでは壊れそうもない頑丈な扉が……その輪郭が、水の中に投げ込まれた泥の塊ように、その周囲を滲(にじ)ませているのであった。
 扉は、石壁と混ざり合いながらゆっくりと歪み、凹凸を失っていった。
 一度それが始まってしまうと、変化は加速度的に進んだ。
 五人は息を飲んで、変化の先を想像出来ないまま、そのようすを眺めていた。
    *
 そして、どれくらいの時間が経ったのであろうか?
 扉が変化する間、五人は時間の感覚を意識することが出来なかった。
 意識がそれをはっきりと理解したときには、扉は石壁と同化してしまっていたのである。
 しかも……
 石壁となってしまった扉は、そっくりそのままの〝扉の絵〟を描き出していたのである。
 扉の真正面の石壁の染みが描いた扉の絵と、そっくり同じ絵となっていた。
 ザッカレーが動いた。
 外から中に入るために使った、たったひとつしか無かった扉が、ほんとうに絵になってしまったのか?と扉だった絵に顔を寄せて、注意深く観察しようとした。
 そこにイルマが唐突に……
「扉がありますよ」と後ろから声をあげていた。
 四人は振り返った。
 そして今回も、言葉を失うことが起きていた。
 イルマが言ったとおり、扉の正面に浮き出た〝絵〟が、本物?の木の扉となっていたのである。
    *
「信じらンねぇ」
 ベントは声を押し殺し、バルガスを見た。
「気を付けろ」
 バルガスの言葉にベントは、分かってます、と頷いた。
 そしてベントは、腰に下げた長剣を静かに抜いた。
 他の四人は二人ずつ左右の石壁に移動して広がった。
 バルガスとザッカレーが右の石壁に、その反対はアリシアとイルマだ。
 ベントはおっかなびっくり、剣を握った腕を目一杯前に伸ばし、一度だけ喉を鳴らすと、扉へと近付いていった。
 そしてまさに、剣先が扉に触れようとした瞬間だった。

 ドン、ドン、ドン

 外から、扉が叩かれたのである。
 驚いたベントは、扉から跳びすさった。
 その拍子に、囲炉裏の横の僅かな窪みに足を取られていた。
 バランスを崩したベントは、転ぶまいとたたらを踏みながら、腕を大きく振り回した。
 長剣が部屋の中を踊った。
 踊った長剣は、アリシアに向いた。
 剣先がアリシアの顔に迫る。
 駄目……と彼女は反射的に、両腕で顔を覆った。
 身を硬くしたその瞬間、続けざまに三つの音がしていた。
 すぐに
「大丈夫だ」と声がして、肩に手が置かれた。
 恐るおそる腕を解(ほど)くと、そこにイルマの顔があった。
 見ると、イルマの右手には、革袋から頭を出していた長剣が握られていた。
 それも逆手で握らている。
 アリシアの足もとには、ベントの長剣が落ちていた。
 囲炉裏のそばに、ベントが尻餅を着いて、呆然とした顔で二人を見上げていた。
    *
 最初の音は、イルマがベントの長剣を跳ね上げた音だった。
 イルマは、革袋から逆手で剣を抜きざま、柄頭(つかがしら)を使ってベントの剣を跳ね上げたのだった。
 跳ね上げられた剣はベントの手を離れ、そのままアリシアの足下に落ちた。
 それが二つ目の音だ。
 そして最後は、ベントがひっくり返って、床に尻餅を突く音だった。
「ありがとうございます」
 アリシアはイルマに頭を下げた。
 ケガはしてないよな?と訊かれ、アリシアは即座に、大丈夫です、と返した。
 そして、イルマが持つ剣に注目していた。
 それは剣ではなかった。
 剣で言う柄にあたる部分に皮が巻いてある〝ただの鉄の棒〟だったのである。
 革袋に収まっていたときは、皮で巻かれた束?しか見えていなかったので、古い長剣だと勘違いしていたのだ。
「剣を拾え」
 ザッカレーの声で我に返ったベントは、痺れる手を押さえながら起き上がり、ようよう剣を拾い上げた。
 束頭に付いた土を手で払い落とし、鞘に納めながら、怒った目でイルマを見ている。
 何かを言いたげなベントの目線をよそに、イルマはただの棒を、革袋に無造作に差し入れていた。
「それは?」とバルガスが問うていた。
 ああこれかい、とイルマは再びそれを抜き
「旅の必需品……真金(まがね)で出来たただの杖ですよ」とバルガスに見えるように掲げた。
 それは長剣とほぼ同じ長さの漆黒の真金の棒で、二握り半ほどの長さに渡って皮が巻かれていた。
 しばらくしげしげと眺め、なるほど……とバルガスは頷いた。
 イルマは真金の棒を、革袋に締まった。
    *
 ……と再び、扉が叩かれていた。
 バルガスは、慎重ち扉に近付き
「誰だ?」と外からの音に呼び掛けた。
 五人は、外からの返事を待った。

 ②へ続く……

② 05

「お待ちしておりました」
 扉の向こうから、男の声が返ってきた。
「待っていた? どう言うことだ?」とバルガス。
 するとすぐに返事があった。
「わたくしは、貴方さまがた〝五人〟が、この小屋にお集まりになるのを知っておりました。だからお待ちしていたのでございます……」
 バルガスは、アリシアとイルマのようすを探った。
 イルマは、首を横に降った。
 我々三人と同じように、その二人も、扉の外の声を不思議がっているようだ。
「何故、我々が五人だと分かる」
「ほ、ほ、ほ……」
 扉の向こうの男から、奇妙な笑いが聞こえてきた。
「そちら様は、男の方が四人で女の方がお一人。男の方は兵士さまが三人で、旅の姿をした方がお一人です。そして女性の方は……」と声は、そこまで言うと黙った。
 五人はお互いを見やった。
 やがて声は「続けしましょうか?」と言ってきた。
 バルガスはすぐに
「もうよい」と返していた。
 ありがとうございます、と扉の向こうで、声が深々と頭を下げる気配があった。
 バルガスは続けた。
「ではそちらから扉を開けて、我々に姿を見せよ」
 しかし、返事も動きも無かった。
 聞こえなかったのだろうか?
 ならば、とバルガスは扉のそばまで寄って、同じ台詞を繰り返した。
 それでも、気配すら無かった。
「どうした、扉を開けるのだ」と野太い声を出した。
 外に聞こえないはずは無いのだ。
 するとやっと
「それが出来ないのでございます」と声が言った。
「どういうことだ?」
 すぐに問い返した。
 これまで返事が無かったのは、相手が自分のペースに巻き込もうとしているのか……
 声はまた沈黙した。
「どうしちまったんだよ」
 焦れたベントが、神経質そうな声を出していた。
 ザッカレーが、黙っていろ、と注意した。
 ベントは、分かってるよ、と肩で空気を払うような動きを見せながら、無言でザッカレーを睨み返していた。
 やがて、外から返事が帰ってきた。
「そちらから開けて下さらないのであれば、仕方がありません。誠に残念ではございますが、わたくしはこれで帰らせていただきます」
 言うなり、声が踵を返す気配があった。
 あったと言うより、声の主が気配を送ってきた……のが近いのかもしれない。
「待て」とバルガス。
 侮れない、と感じたバルガスは、ザッカレーに目を走らせた。
 お互いは瞬時に頷き合っていた。
 バルガスは
「分かった、こちらから開けよう」と返事をしていた。

06

 ザッカレーが扉の前に立った。
 そして、扉が改めて本物?であることを確かめた。
 扉には、太い横木が二本、閂(かんぬき)として水平に取り付けられていた。
 これを扉側に、横に滑らせることで、外側に扉が開くようになっている。 
 ザッカレーはもう一度振り返り、今度はベントに目配せした。
 ベントは黙って剣を抜くと、扉の横に移動した。
 バルガスは腰の長剣に、静かに手を掛けていた。
 ザッカレーは、僅(わず)かに躊躇(ためら)いを見せた後に、一本目の閂に手を掛けた。
 横にスライドさせる。
 難なく動いた。
 続けて二本目に手を掛け、それも滑らせた。
 これで、扉は開くはずだ。
 ゆっくりと、扉を手で押した。
 一度だけ、蝶番(ちょうつがい)が軋(きし)む音がした。
 手には、扉の重さを感じただけだった。
 それ以外の抵抗は、何も感なかった。
 扉が石壁の厚さを超えると、その隙間から光が入ってきた。
 ザッカレーは後ろに下がった。
 そこにベントが割り込んで入り、腕を目一杯伸ばし、剣先で扉を押した。
 そして、扉は完全に開かれた。
 光が小屋の中を満たす。
 太陽の日差しであった。
 全員の頭の中は、表情には出さないものの混乱していた。
 五人が小屋に揃ったのは一時ほど前で、しかも真夜中だったからだ……
    *
 扉の向こうに、年老いた男が立っていた。
 年齢は八十を超えているだろう。
 頭髪は薄く、乾燥した肌の中に、深い皺が刻まれていた。
 その年月を経て作られた、深く彫り込まれた皺の中に、一組の目があった。
 その目だけがみずみずしく、年齢に相容れなく、どこか不釣り合いだ。
 老人は、一度反るように背筋を伸ばし、それから小屋の中に向かって、うやうやしく頭を下げた。
「モウア……でございます」
 一礼して上げたモウアの後ろには、石を敷き詰めて造られた一本の真っ直ぐな道が続いていた。
 道の両端には木々が乱立しており、青々とした葉が鬱蒼と生い茂って、道に影を作っている。
「ささ、外へ……」
 モウアは扉の前から後方へさがった。
 三人の兵士はお互いに顔を見合わせ、意を決したように動いた。
 アリシアとイルマも、それに習った。
 バルガス、ザッカレー、ベント、イルマ、アリシアの順番で扉の外に出た。
 モウアは、扉から出てくる一人ひとりに、名前を訊ねながら自分ももう一度名乗り、その都度丁寧に頭を下げた。
 ……とモウアは、最後のアリシアに対して、言葉と動きを止めていた。
 これまでのうやうやしい表情が、驚きの表情に入れ替わったのである。
 しかしそれは一瞬だった。
 そして一礼した。
 一瞬を見逃さなかったザッカレーが、どうした? と訊ねていた。
 モウアはザッカレーに向き直り
「分かっていたはずだったのですが、若い女性さまなので、少々戸惑ってしまったのでございます。しかもとてもお綺麗な方でございましたので……」
 だたそれだけの事です、それがどうかしましたか? と言った顔になっていた。
 ザッカレーは、それ以上問い詰めることはしなかった。
 するとモウアは、今一度アリシアに向き直り
「扉を閉めていただけますでしょうか?」とお願いした。
 わたしがですか? と少し驚いたアリシアだったが、それでも分かりましたと返事をして、扉に歩み寄っていた。
 すると戸惑った表情で、モウアに振り返っていた。
 アリシアの動きを追っていたバルガスとザッカレーも、その事に気付いていた。
 モウアは、ご覧の通りでございます、と微笑んでいる。
「外からは開けられない……とわたくしが言っていたのは、これが理由だったのでございます」
 扉の外側には、把手らしき〝掴む物〟が取り付けられていなかったのである。
 普通なら、中の閂の横木を動かせるための棒か何かが、扉の穴から出ているはずなのだが、それが無い。
 さらに、指を引っ掛けられるような凹凸も無かった。
 ただの真っ平らな扉だったのである。
 外れてしまったのではないか? 誰かが故意に取り外したのではないか? と疑うような痕跡も無い。
 つまりこの扉は初めから、外から開ける仕組みが無かったのである。
 五人は、それぞれに思い返していた。
 森から小屋の中に入るとき、自分たちはどうやったのか?
 何故中に入れたのか?
 そもそも外側に、把手らしきものがあったのか? 無かったのか?
 まったく思い出せなかった。
 五人全員が、だだ扉を押せば開く、と……そう思って小屋の中に入ったのだ。
 アリシアは、両手を扉に添えてゆっくりと押した。
 石壁と扉が横水平になったのを確認して、アリシアは手を離した。
 しかし扉は、またゆっくりと外側に動いていた。
 慌てたアリシアは扉を強く押し戻した。
 体重をかけて押した。
 しばらくしてからゆっくりと手を離すと、今度は動かなかった。
    *
 それを確認したモウアが
「では、出発いたしますが、よろしいでございましょうか?」と五人に顔を向けた。
 するとイルマが
「あぁと、ちょっと待ってくれないかな」と手を上げていた。
 モウアは仰々(ぎょうぎょう)しく頭を下げようとしていたのを途中で止めた。
「どうなされました」
「悪いけど、あとちょっとだけ待ってくんないかな」
 イルマは、担いでいた革袋を地面に下ろしていた。
 モウアは、お早くお願いします、と促した。
 すぐだから、とイルマは皮袋の口紐を緩めて、中に手を入れた。
 ゴソゴソと掻き回し、そして取り出したのは、皮で造られた袋状の履き物であった。
 底になる部分には厚手の皮が幾重にも重ねて貼り合わせれていて、頑丈な作りになっている。
 イルマが、今履いているのと似ていた。
 予備としての靴だった。
 イルマはそれをアリシアに渡した。
「大きいかもしれないが、履くといい。足首の部分を縛れば脱げはしないだろう。ケガの防止だ」
 突然の差し出しに驚いたアリシアは、大丈夫ですと断ろうとしたが、さぁ履きな、と無理矢理押しつけられてしまった。
 受け取った靴を、アリシアは胸に抱いて深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
 それから地面に腰を降ろし、足の裏の土を綺麗に払い落として足を入れた。
 立ち上がったアリシアは、今度はチュニックを渡された。
 これもイルマが今着ている男物の、丈が短くて動きやすい厚手のコットンリネンのやつだった。
 着替え用なのだろう。
 これも皮袋の中から出したものだ。
 戸惑うアリシアに
「その薄い(女物の)チュニック一枚じゃあ風もしのげない。上着として羽織ればいい」
 アリシアは、今度も頭を下げて礼を言い、チュニックを受け取った。
 男物だから、女性が着れば膝上の丈でコートにもなりそうだ。
「ちょっと大きいけど、無いよりはましだ」
 似合ってるじゃないか、とイルマはアリシアが着たチュニック上着の肩の糸くずを摘まんで捨てると、モウアに礼を言って軽く手を上げた。
 モウアは、よろしいですかな、と全員を見回した。
 ベントだけが、面白くない顔をしていた。
「ではまいりましょう」

07

「……って何処にゆくんだい?」
 今度もイルマだった。
 モウアは笑った。
 最初に扉の向こうから聞こえてきたのと同じで、奇妙な笑い声だった。
「何処へ? とは何をおっしゃっているのでございましょう。ご存じのはずですが」
 モウアは首を傾げていた。
 イルマは、なるほど、と三人の兵士を順番に見た。
 バルガスとザッカレーは、当然のごとく無反応だ。
 ベントは、よそ見をていて、イルマの視線に気付いていないふりをしている。
 するとモウアが、二人に向けて、掌を上に差し出した。
「アリシアさまとイルマさまは、お三人さまのお連れでは無いということでございましょうか?」
 不思議そうな顔で訊ねてはいるが、そのことは分かっている、というような口振りにも聞こえる。
 するとバルガスが
「我々三人だけでゆく」と口を開いた。
 モウアは驚きを見せながら、とんでも御座いません、と首を横に振った。
「それは出来ません。私はあなた様五人全員を連れて来るように……とご主人さまより仰せ使っているのでございます」
 ザッカレーは、ゆっくりと背筋を伸ばし
「二人は関係ないのだ」とモウアに圧を掛けた。
「関係があるか無いか……それは私が決めることではございません」
 モウアはザッカレーを見上げながら、圧を受け流していた。
「でなければお帰り下さい」と逆に言い放ち、一礼した。
 しかしその後に上げた顔は、一変して笑いのものとなっていた。
 食えない男だ、とバルガスはモウアを見ていた。
 するとイルマが言った。
「オレとアリシアさんが、この三人さんたちの目的の邪魔になるのであれば、解決する方法はいくらでもあるんじゃないのかなぁ~」
「ほ、ほ、ほ、それはどんな?」
 モウアが興味深そうに訊き返していた。
「例えば途中で、アリシアさんとオレに不慮の事故か何かがあったりしてさ……」
 イルマは、これからの〝不慮〟に準備するかのように、肩と首の筋肉をグルリと回していた。
「事故だったらあんたのご主人さまも、仕方ない、て納得するんじゃないの」
 するとモウアは、ほ、ほ、ほ、とまた笑と笑った。
「そうですね。それは妙案でございますね」とある意味?を含んだ言葉で返していた。
「でも〝今のところ〟は、そうじゃ無い……」
 こんなんでどうかな? とイルマはバルガスに顔を向けた。
「そうだな。それは……今、ではない」
 バルガスはザッカレーに苦笑いを送った。
 受けたザッカレーは、モウアとイルマに顎を引いた。
 イルマは笑って
「じゃあ、行こうよ」と革袋を抱え上げていた。
 モウアは一礼して五人に背を向け、首だけで振り返った。
「言い忘れていました。この石畳の道からは決して外にお出にならぬようお願いします」
「出たらどうなるんだい?」と訊いたのは、今度もイルマだった。
 すると瞬時に
「出てみますか?」と顔だけが振り返った。
 モウアはイルマでは無く、ベントを見ていた。
 それから身体で振り返ったモウアの笑みが見えた。
 顔が見えていない時のモウアさんの表情は、どんななのかしら? とアリシアは考えていた。
「一歩でも出てしまったら二度と……」
 モウアは言葉を切った。
 言葉を切るのは、モウアの癖であるようだ。
「二度と何だよ――」
 語気を荒げたベントだったが、その声は微かだが震えている。
 一歩でも踏み外したら〝何か〟が本当に起きるのか?
 踏み外したくらいで、自分に大変なことが起こるとは信じ難い。
 しかし……小屋の中であれだけの物を見せられては、無闇にやってみようという気にはなれない。
 ベントは、言い返せなかった。
 道を外したらどうなるか? 確かめようが無いからだ。
「道から外れないようにすれば良いのだな」とザッカレー。
「さようでございます」とモウアは、そこでやっとベントから目を離した。
 バルガスが全員を見回した。
「ではゆくとしよう。時間を無駄にしたくない」
 するとモウアが返していた。
「いいえ、時間はたっぷりございます」
 モウアは二度目の、まいりましょう、を言うと、五人に背を向けて先頭に立って歩きはじめていた。

08

 五人は石畳の道の上を、モウアの背中を追うように歩いていた。
 モウアの後ろを、ザッカレー、ベント、イルマとアリシア、バルガスの順で歩いている。
 アリシアとイルマは、横に並んで歩いていた。
 石畳は、二人で横並びに歩いても、踏み外さないほどの充分な幅があった。
 ふと何気なく、アリシアは横のイルマに目を向けていた。
 イルマは、外の景色を楽しんでいるのだろうか……口元が緩んでいる。
 それを見て、アリシアは何処か安心した。
 アリシアは、顔を上げて空を見上げた。
 道の両側から、木々の葉が道に覆い被さるように鬱蒼と生い茂っている。
 その枝や葉が、強い日差しをほどよく遮っていた。
 木々の間からこぼれる日差しを眺めていると、イルマが唐突に口を開いていた。
「それでさぁ、バルガスさんたちはどうして此処に来ることになったんです?」
 振り返ったのはベントで、二人を睨み付けた。
 アリシアが質問したわけでも無いのに、彼女も睨まれた。
 何かにつけて、難癖を付けたい態度が見え見えだ。
 特にアリシアに対しては、あからあさまな嫌悪感を隠そうともしない。
 汚い物でも見るようなベントの目付きだった。
 モウアが、ほ、ほ、ほ、と笑った。
「それは当然〝あれ〟が、欲しくてやって来られたのでございますよ」
 モウアは振り返らずに前を向いたままだった。
 ベントは前を向いて舌打ちした。
「あれを手に入れるには、私どもの御主人様にお会いになる他は無いのです……」
「あれ……って?」とイルマ。
「不老不死の秘密で御座いますよ」
 モウアは、あっさりと答えていた。
 会話の中でごく自然に、別に大したことでも無いように出た言葉だった。
 モウアは続けた。
「私どもの住む此処には、不老不死になるための秘密が存在している。……という噂があなた方の国ではあるそうですね」
「へぇ、そうなんだ」
 イルマはバルガスを振り返った。
 バルガスの表情は変わらない。
 イルマは、肩をすくめて前に向き直り
「此処の主が、その不老不死の秘密とやらを持っているのかい?」とモウアに訊いた。
「左様でございます。私どもの御主人様が創造なさったそれが〝此処〟で御座いますので……」
「創造した?」
「そうです。此処を創造しました」
 歩きながら揺れるモウアの肩は、どこか震えているようにも見える。
 笑っているのかしら? とアリシアは首を傾げた。
「それが本当かどうかも……いずれは分かることでございましょう」
「なるほど、それは面白いな」
 すると、モウアは歩みを止めた。
 全員が立ち止まった。
「面白い……で御座いますか?」
 モウアは振り返って、不思議そうな顔をイルマに向けた。
「ああ、面白い。そんな不可思議な世界が、現にここに存在して、オレがここに居るってことがさ」
 イルマの横顔は、新しいおもちゃを渡された子供のような顔になっていた。
「そうですか、面白い……で御座いますか」とモウアは呟いた。
 するとベントが
「面白くねェよ」と道端に唾を吐いた。
「ああベントさま、ベントさまは反対に面白くない、ということで御座いますか?」
 ベントはモウアを睨みはしたが
「そんなこたぁ……」で言葉を止めた。
 そして間があって「うんにゃ、何でもねェよ」とバツが悪そうに黙りこくってしまった。
 そうですか、とモウアは、笑い顔のままベントから目線を外した。
 そしてもう一度だけイルマに目を止め、それから前に向きなおった。
「もうそろそろ森を出ます」と歩きだしていた。
 沈黙のまま、モウアに続く五人。
「アリシアさんは知ってたのかい?」
 沈黙を壊さないように、イルマはアリシアに顔を寄せ、さらに小声で訊いていた。
 不老不死のことである。
 噂は訊いたことがあります、でもそれ以上のことは……とアリシアも小声で返していた。

09

 やがて……
 ほとんどまっすぐな石畳を歩き続けた五人は、小高い丘の上に出ていた。
 小屋を出発してから丘に出るまで、半時は掛かっていなかった。
 その場所から、なだらかに下った先に〝街〟が見えた。
 街の周辺は田や畑になっているのが丘の上から見ても分かり、多くの人々が動き回っている。
「本日は、あの街にある宿に泊まって頂くことになります」
「お前の主は何処にいるのだ?」とバルガス。
 モウアは街を示していた指先を、そのまま奥の、遠くに見える山の方へ動かしていた。
「あの岩山の麓(ふもと)に、御主人様の館が御座います」
「麓までどれくらい掛かる?」
 今度訊いたのは、ザッカレーだった。
「朝に街を出立すれば、夕方には余裕で到着いたします」とモウアは答え、空を見上げた。
 いつの間にか、辺りが薄暗くなっていた。
 気付くと、太陽は西?に傾いている。
 小屋の中に入ったのが真夜中、小屋を出たのが昼間、石畳の道は半時も歩いていない。
 だがもう夕暮れだ。
「半日以上は掛かります。ですから、今日はあの街の宿で一泊していただきます。よろしいですかな?」
 全員、ベントの提案に異論は無かった。
 モウアの案内なくしては、三人が目的とする主(あるじ)に会えないからだ。
 アリシアとイルマにしても、それに意見するつもりは無かった。
 五人の気持ちを確かめ、モウアは頷いた。
「それでは、参るといたしましょう」
 モウアは皆に背を向け、今度も先頭に立って丘を下り始めた。
 敷石の道が街まで続いている。
 ここから先も、単独で行動することは許されない、不可能だということなのだ――

 ③へ続く……

07 時の島 ① ②

読んでいただき、ありがとう御座います。
『時の島 ②』まで、掲載しました。
ご意見、ご感想、お待ちしています。
質問も、歓迎いたします。
sinsyamon@gmail.com

07 時の島 ① ②

②をアップしました。 ①五人の男女が、森の中の石壁の小屋に集まって?いた。 ②小屋を出た五人は、ある秘密を知った。……昔々の、ダークで不思議な物語。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-07-10

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