白湯と夕暮れ空

白湯と夕暮れ空

東の国の、大乗の高僧が、西の国の、上座部の高僧を招き、
仏道に励む者同士、仏の教えについて、意見を交わす事になった。
大乗の高僧こと、父眼は、客人である高僧の笑山と、
寺院で合流して、茶の席を設けた。
その際、父眼の愛弟子である子眼は、二人の対話を聴かせて貰う為に、
席の西側の窓を塞ぐ形で座っていた。
父眼は、笑山と自身の器に、茶ではなく、湯を注いだ。
そして、二人分の桶を用意して、その桶の中で自らの手を洗う様に、
白湯を流して、両手を浄めた。
笑山も、何も不思議に想う事無く、父眼に倣い、
有難く、笑顔を浮かべたまま、自らの両手を浄めた。
父眼は、人々の苦しみを見てきた眼差しで語り始めた。

突然、湯を出されて手を洗われては、驚かれたかも知れません。
ですが、笑山殿が共に手を浄められて、嬉しく思います。
五十万の人々が、目の前に温かな茶を用意されたら、
五十万の人々が、喉の渇きを癒す為に、茶を飲むでしょう。
しかし、一度茶を沸かしてしまえば、茶で手を洗う事はできますまい。
私達の欲望も似ているのではないか、と思いました。
湯を用意されたなら、その湯は、白湯として飲むだけでなく、
多くの物事の為に使う事ができましょう。
私達人間は、欲望の意図を抱え込むほどに、
身動きの取れない、不自由な心を抱えるのです。

そして、語り終えた父眼は二人の桶を片付けて、
もう一度、二人の器に白湯を注ぎ、客人である笑山に振る舞った。
笑山は合掌をして、白湯を飲み、やはり、有難そうに、
噛みしめる様に、心境を語った。

有難い事です。斯様に人の心の不自由たる所以を教えていただき、
こうして、温かな白湯を共にできて、なんと、心穏やかな暮れ方でしょう。

すると、子眼は窓辺の席を立ち、窓辺を塞がない位置に座り直した。
すると、見事に真っ赤な夕焼け空が、窓より臨めて、美しく輝いた。
子眼は恭しく頭を下げて、客人に詫びた。

申し訳ありません。私は、何故この時間帯に、この位置の窓を塞ぐ様に座っていたのか、
自分の行いや心を振り返っても、解らなかったのです。
美しい夕焼け空を奪ってしまいました。どうかお赦しを。

笑山は若い僧の話を聴いて、嬉しそうに頷きながら、
その師である父眼に向き直り、彼に賛美した。

この夕焼け空も、素晴らしい。父眼殿の弟子と等しく……。

白湯と夕暮れ空

白湯と夕暮れ空

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-07-07

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