映画『SIRAT シラート』レビュー
戦争映画、と見るべき一作なのでしょうね。①レイブパーティーの面々に認められる心身の欠損は、戦争を揶揄する歌とともに、彼らが戦場に身を置いた経験があることを示唆するし、②軍隊の姿がスクリーンに現れる度に危険な道中を選ばされ、一つのミスが直ちに死に結びつく馬鹿げた状況へと追い込まれていくのも、政情が不安定なモロッコ南東部が本作の舞台になっている必然を暗に語っている。なんの脈絡もなく命が失われる場面を間抜けに思えるほど軽薄に描いていた分、その反動で強烈に浮かび上がるメッセージをダイレクトに感じて、グロッキー状態に陥ってしまった。
レイブパーティーに参加するグループ内で育まれる擬似家族の繋がりも、娘が失踪した理由みたいなものへと観客の想像を促すのに十分な文脈。息子が目の前で事故死する以前では絵面としても異物感しか伝えなかった父親の姿が、絶望に打ちひしがれた後ではしっくりとくるのも、本当の家族を失った彼の行き場がもうレイブパーティーの中にしか見つけられなくなったからだと理解すると、彼らが鳴らす音楽の意味がまるで違ってくる。あの揺れに陶酔している限り、彼らはみなこの世の嘆きから逃げ延びることができ、束の間、生き延びることができる。もう、いつ死んでもいいと誰もが思って、誰にも口にできない諦めから、自分の人生を漂白することができる。シェイクスピアの悲劇にも似たこのニュアンスを、しかしあっさりと吹っ飛ばした地雷原は、だから、あまりにも理不尽で罪深い。
自業自得で踏み入った地獄を意識した途端、生にしがみつくようになった人間を蹴落とすように次々と入る爆破のスイッチ。それをすんなりと潜り抜けた者を捉えるシーンとの間に生まれるアンバランスな印象は、正直、とびきり出来の悪いデウスマキナを観させられている気分にさせられて辟易した。けれど、あの歩みの行方を見届けている時、確かに私は何も考えていなかった。無心だった。運命に身を委ねることで通り抜けることができた『シラート』。砂漠に捨て置かれる格好になったスピーカーを撮るカットが持つ意味深さは、常人には計り知れない。
ラストシーンでも彼らは走っている。不毛の地を横断する乗り物に揺られ、再び運命に運ばれていく。モデストファッションでないから目立つ彼らの姿に覚える違和感は、もはやない。そんな所に拘っていたら、人の命の本質は見出せない。我々はまだ生きている。生きて、いるのだ。
本作に関して好き嫌いがはっきりするのは仕方ない。なんじゃこりゃ、と私も何度も思った。でも、エンディングを迎えて口に出せるのは最悪なほどにベタな「マジでヤバい」。頭のネジが何本も飛んでいる。コピーにある通りの新体験。興味があれば…といつものように〆を書くのは非常に躊躇われるのでどうか、覚悟のある方だけ観に行って下さい。なお、どれだけ胸糞悪い思いをすることになっても当方、一切の責任は負いませんので悪しからず。
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