鴨川

 今日の講義は終わった。この後、特に予定があるわけでもない。サークル仲間の家に行ってもいいけれど、なんとなく今日は気が引ける。クラスの友人たちと定食屋で食事をすませた蓮は、手持ち無沙汰になった。こういう暇を持てあましたときに足がどっちの方向に進むかは決まっている。蓮は頭の中で繰り出される妄想に付き合いながら、だらだらと歩道を歩いていた。途中で自転車とぶつかりそうになり、怪訝そうな顔を向けられ、あわてて我に返ったのだが、それもよくあることだった。蓮は特に反省することもなく、また妄想を飼いならしながら歩いた。しばらくすると、出町柳の駅が見えてきた。マクドナルドに入って一休みしてもいいかなと思ったが、同じクラスの顔見知りが店の外から見えたので、やめることにした。駅を横目にしながら、蓮は交差点を横切っていく。

 いつものデルタがある。川のせせらぎが知らない間に蓮の身体の中に入ってくる。穏やかなものだ。川を渡るために設置された石の連なりを小学高学年くらいの子供たちが歩いている。服を脱いでお構いなく川の中ではしゃいでいるのは、もっと小さい子供たちだった。一通り道路から眺められるデルタの景色を堪能した蓮は川の方に降りていき、川沿いの砂でできた道の上に来た。今日は川を上って北の方に行こうか、南の方へ行こうか、それとも鴨川から離れて下鴨神社くらいまで歩いてみようか、色々選択肢は浮かんだが、やっぱり一番無難な南へ降る路線にしようと思った。

 五月も終盤にさしかかり、そろそろ梅雨に入りそうな時期である。先日まで降り続いていた雨がやみ、今日は快晴であった。鴨川に行く途中で横切ったマンションで干してあった布団たちを蓮は少しの間思い浮かべていた。気温はそれほど暑くもなく、散歩をするにはちょうどいい塩梅である。蓮は丸太町の方へ向かって歩き出した。途中で乳母車を引いた白人の若い女性とすれ違う。乳母車にいる赤子の他に、女性の子供がもう一人いて、女性の前を駆けたり、また後ろに戻ったりしていた。緑の芝生の上にシートを引いて漫画を読んでいる学生がいた。木々の向こう側に川端通りを走る車が目に入る。しばらく行くと、目前に丸太町通りの橋が見えてくる。川沿いの道から、橋の方に上がる階段があり、そこを登ろうと少し思ったが、今日はもう少し南の方まで行ってしまおうとなんとなく連は思った。しばらく橋あたりの方に視線を注いでいる間に、前方から自転車を漕いだ少年がやってきた。蓮はまた少し慌てそうになった。

 日差しが少し強いが汗ばむほどではない。蓮は大学に入ってから独り暮らしをはじめた。京都に住みはじめたときは、色々な寺院に行ってみようと思ったが、二年目に入ってたいしてまわっていない。下宿先から近い銀閣寺と永観堂くらいはまあ行ってみた。蓮はまだ若すぎた。山の近くにある歴史ものより、どうしても鴨川の向こう側の街の方に目がいってしまうのだ。いずれ年を取れば、自分も寺院なんかに今よりも興味が出てくるかもしれない。それでも、今歩いているこの鴨川よりも心に残る場所があるとは思えなかった。蓮はたいして京都について知っているわけでもないのに、出町柳から三条あたりまでの鴨川が、京都で最もすばらしい場所だということを直観的にわかっていた。このままだと市街地の方まで歩くことになりそうだ。どうせなら、丸善の方に寄って何か新刊でも買おうかと蓮は思った。

鴨川

鴨川

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-06-25

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