映画『メモリィズ』レビュー
異邦人の感覚からスタートするところが俊逸な作品だった。
骨折の重症を負った義理の父親の生活をサポートするために、義理の息子が、妻の故郷である大分県に出向く。海外旅行客のアテンドの仕事が忙しく、スケジュール調整が難しかった妻の代わりに、単身で。
山間部の田舎町。そこで見るもの、聞くもの、知るものの全てが目新しく、かつ、よそよそしくて 、にも関わらず◯◯さんとこの息子さんとして声をかけられ、手招きされて、食べ物なんかを手渡される。測りかねる距離感は、義理の父親が営む写真館で過ごす二人っきりの空間で特に際立ち、探り合うようなやり取りで日一日が暮れてゆく。
当然のことながら義理の息子と義父では、普段、手にする物も違っている。
東京で暮らしていた時と同じように、スマートウォッチでスケジュールを管理する義理の息子は、アラーム音に従って義父が飼う愛犬の散歩に出かける。その合間に見つけた面白い風景をスマホでパシャリと撮り、それに短いメッセージを添えて、妻への近況報告とする。妻からもごめんねという謝罪や、娘からの動画などがたくさん届く。電波が届く限り、彼らの間の物理的な距離は気にならない。
一方、義理の父親が使うものはフィルムカメラから何から何までアナログだ。携帯電話も持ってはいるが、やっぱりガラケー。
不便さも伴うその生活においては、物理的な距離が大きな意味を持つ。小学校のアルバム撮影に出向く義父は、被写体となる小学生たちの一人ひとりに明るく声をかけ、笑わせる。朗らかなその様子をバシャ!っと収めたら「はい、次」とばかりに淡々と仕事をこなす。その日は助手として同行した義理の息子の誕生日で、一緒にディナーへ行こうと自分から誘ったものの、同じテーブルに座ってお互いにぎこちなく黙り込んで過ごしたり。それにも慣れれば、「それ」が日常になって口数も増えていく。顔と顔。それを見合わせてから、義父との時間は広がっていく。その口数が再び減り出すのは、だから、義父との仲がさらに親密になった証拠だ。そこにいて当たり前なんだから、いちいち返事をしない。記念写真だって普通に撮る。緊張した面持ちの義理の息子に対して、一枚だけ。もう一枚だけと言いながら、フラッシュを焚いてバシバシ撮っていく。笑顔の二人。フェイストゥフェイス。
ご近所さんともすっかり顔馴染みになって、ますますゆったりと大分での暮らしを送る義理の息子が、けれど義父と同年代の知り合いが亡くなった一報を受けて、彼を葬式場に送った日にいま一度、異邦人の感覚に襲われるのは物語の転換点として、どうしても必要だった。
突然のことだったために、いつものスケジュールとは違う時間に愛犬と散歩に出かけた義理の息子がお決まりのコースで目にするもの、耳にするもの、感じ取るものはまるで違っていて、誰にも会わないし、音楽も聴こえない。頭で考えれば当然のことなのだけれど(誰もが各々のスケジュールに沿って生活しているのだから)、世界のすべてが死んでしまったような静寂は、人生の最中を歩む若人に、町中が一体となって万物流転の理を教えるかのようだった。
記憶と記録。その間にある決定的な違いは、限りある人の命を思うと明白だ。保持できる情報が正確であるかどうか以上に、記憶は、それを持つ人間が死ぬと永遠に失われる。
この事実を思うと、人が目に写るもの、視界に捉えたものを撮ろうとレンズを構える瞬間に覚える衝動はひどく切実で、尊いものに感じられる。にも関わらず、カメラロールに保存された大量のデータを眺めて覚えるものは決定的な違いを見せる。それは、本当に、何故なのだろう?
懐古趣味に走る気なんて少しもない。本編にも、そんなニュアンスは込められてはいなかった。あったのは、人と人との出会いと別れに費やされた時間の積み重ね。命を手折る、丁寧な痕跡。
葬式終わりにスナックで飲んでいた義父を迎えに行った夜、彼からカメラを貰った義理の息子は最も大切な場面でそのシャッターを切る。年代物だからか、かなり大きい音を立ててしまい、被写体となったシーンを包んでいた感動をすっかり台無しにしてしまうのだが、その時に見せた彼の顔。あ、やっちゃったと物語る少年のような表情が微笑ましくて、観ているこっちも気持ち良く笑ってしまった。
写真でも映像でも残されたものの全部には、撮影者の判断として、情報として「普通じゃない」ことが記録されている。それに感動を覚えられる者が少なくとも一人、この世に確実にいる。被写体と向き合うその後ろ姿がこちらを振り向く時、何か、言葉を語りかけられる自分でありたい。そう思える人が一人でも多くいれば、幸せの糸が切れることはないだろう。
率直に言って、人を選ぶ作品であるとは思う。しかしながら、直感でも何でもいいから、本作を観たいと思った人には心臓の奥までぶっ刺さる傑作であることは間違いなく保証する。坂西未都監督のお名前も私はしっかりと記憶した。次回作も必ず観に行きます。新宿ピカデリーのようなシネコンでも上映されているので、興味がある方は是非。『メモリィズ』。激推しの一作です。
映画『メモリィズ』レビュー