景勝真理教の入信面接
世界初の人類を統一せんとする教えはもはや教えではなく、つまり宗教とは全く以て呼ぶことを得ない。
そしてそれはそこに初めて考案されたものですらなく、嘗て今までも少なからぬ者がその成立を夢見たものだろう。
教典を要せず、寺院教会を要せず、礼拝を要せず、そこにあるのは只この世界のあらゆる営みを受け入れ感謝し、それが誰の仕業だとも口にせず淡々とする人ひとりであった。
これを景勝と謂い出そうとも、忽ちその発言をした自らを恥じてはまた平気になりしかしそれにしても今の発言は愚かだったと振り返ることのできる人になりなさい。
これはもう景勝ではない。
景勝とは、人類が神へと進化を遂げる前段階である。
景勝の務めに甘んじることなく、心にあっては常にその次のその昇華体の神聖なる自らの姿を思い抱き浮かべること。
景勝とは善くも悪くもその実態からするに単なる叛差別主義思考である。
そこに拘りとどまり続けるのであれば、それは宗教的信仰の域を出ないものと思われよう。
景勝の段階では人類は、未だ創造の主とその身心を異にする。
その自らが漸く以て創造主そのものとなり果すまでに、景勝という宗教理念によってあらゆる道が妨げられ紆余曲折を強いられるのだ。
あなたに、問う。
一 神はこの世に存在しないという言葉を聞いたとき、否定も肯定もしないという形でその神性を体現することができて居ますか?
一 美しいものをみて感嘆したり醜いものをみて不快に思ったりするのではなく、神が何たるかを理解して居ない者をみて怒りを覚えることができて居ますか?
一 覚えた怒りを他の何かにではなく自分自身の信心へと転換できて居ますか?
一 その愚かさを克服することなく未だ惑わされて居る者こそのみを極めて平和的に合法的に罵倒することをその心に決めて居ますか?
一 すべてやそれぞれの事情を理解した上で敢て平和的に合法的に愚か者を罵倒することができて居ますか?
一 未開人を更生させ改まらせるために罵倒して居るわけではないようで居ますか?
一 野蛮人は正しい教えを与えられて居ないから野蛮なのではなく自らが自らを導けて居ないから野蛮であるだけであることを認めますか?
一 命は大事ですが、それは慈悲としてではなく客観的事実として述べられるべきものであると知って居ますか?
一 命を助けるでもなく見捨てるでもなく何より大事に思うことでしかないようにして居ますか?
一 布教活動は常にあなたの心の内でのみ行われて居ますか?
一 あなたが事実上、はじめて罵倒したのは何かを悔やみ何かを羨み何かを崇拝した自分自身ですか?
一 あなたは誰ですか?と訊ねられた時にはただ単純に名前を名乗り、必要であれば個人情報の一部を教えるだけに過ぎないようで居ますか?
一 旅には何一つ発見はなく、あるのはただ明日の自分のあるべき姿だということを知って居ますか?
一 時折、自分が自分であることやこの宇宙が宇宙であることを理解しきれず不思議に思い、またすぐに納得し直して何事もなかったようにして居ますか?
一 時折、自分やこの宇宙との和解が成り立たず過去の後悔や恥ずかしい場面そして悔しい出来事などを思い出し、悶え、大声で叫んでやりたいような気持になり、また軈て何事もなかったようにして居ますか?
一 いつも見慣れた街並も生活も太陽系の惑星という驚くべき宇宙の一部の星の上にあるということが信じられない!と思いはするものの、そんな途方もない話で世のすべてを凌駕し細かい物事を別にそこまで気にする必要はないかのような考えに至ってはいけないという自制に直面し続けて居ますか?
一 議論を仕掛けられた時、その相手に勝利を譲り、自らは只ひたすらに世の中からの議論の撲滅に努めるのみで居続けて居ますか?
一 相手には強い言葉ではなく沈黙を以てその心に寄り添って居ますか?
一 あなたはまさか自分のことを好きだったり嫌いだったりして居ませんか?
一 誰が自分のことを好きになったり嫌いになったりできるのですか?
一 好きだろうと嫌いだろうと、あなたはいつまでもあなたなのではありませんか?
きれいさっぱり、洗い流されること。
何もそれは宗教的な儀式や同調圧力によってでなしに、自らが選んだ行いと道が自ずと引き起してくれる出来事である。現象である。自然の中の、営みである。
どうやらここに未開人は居ないようです。我々からはもう、何も言うことはありません。
さあ、恰も明日も会うのであろう何気ない日々のお別れのように私と別れ、ここを離れなさい。そしてきっとここに来ることはなくありなさい。
ごきげんよう。丸で明日も会うかのように。
景勝真理教の入信面接