映画『Michael/マイケル』レビュー

 私にとってマイケル・ジャクソンはいまいちピントが合わない存在でした。
 私にはかなり歳の離れた兄姉がいるのですが、彼らにとってマイケルは常に生ける伝説。音楽でも映像でもワーキャー言いながら追いかけるべきアーティストだったのですが、一方で、テレビなどのメディアから入ってくる情報は彼をまともな人間として認識させてくれないものばかり。幼いながらにそれを見聞きしたせいで、音楽番組などで観る彼の姿との間に自然と心理的な距離を取っていました。それなりに成長して興味の赴くままに色んな音楽を聴くようになり、ぶっ飛んだ才能の様々なミュージシャンを知るようになった頃には、その中の一人として「マイケル・ジャクソン」をラベリングして片付けてしまい、その活動にも特に踏み込まずにいました。そんな私にとって映画『Michael/マイケル』は偉大すぎるパフォーマーとしての像にピントを合わせてくれた最高の一作です。映画を構成する要素の全てが、誤解と偏見を振り払ってくれる補助線として機能していました。
 例えばマイケルの思想ないし信条について。小さい頃から歌が好きで、ダンスが好きで、ステージの向こうにいる観客の笑顔に大きな喜びを感じていた少年は、そのスター性で周囲をどこまでも明るく照らすことができた。その輝きの分だけ世界を知らずに、そして世間に染まることなく、純粋に育つことができた。マイケルだけに許されたスペシャルなモラトリアムの期間。それこそがマイケル・ジャクソンの人生を識るために欠かせないピースであることを、そのカメラがしっかりと捉えていました。
 創作に関しても彼は子供みたいに無邪気なまま、ブラウン管の向こうで降るどしゃ降りの雨の中で歌い踊るジーン・ケリー、あるいは風刺を効かせた笑いで人々を楽しませるチャーリー・チャップリンといった時代の寵児からインスピレーションを得て、その核を自分の身体で表現し、誰しもが十分に楽しめるエンターテイメントにまで昇華する。音作りの面でもキレのあるリズムから全てが始まり、サウンドを響かせ、世界中が酔いしれる歌声が最も活きる形にまで曲を作り込んでいく。持ち前の鋭い感性で、自身の琴線に触れるまで作品の完成度を高めようとする完璧主義な一面は、世間の噂からは到底伺えないストイックなマイケルをスクリーンに焼き付けるカッコよさで、むちゃくちゃ痺れました。
 正直に記せば、本作は映画として詰め込める情報量のほとんどをライブといった音楽方面に割いていて、個人史に重きを置いたドラマパートが乏しいと評価できる側面を否定できません。しかしながら、その代わりに、超有名人である彼について私たち観客が知っている知識がそれを補います。いかなる内容のものであろうと、それがマイケル・ジャクソンに関するものである限り、火に炙られたポップコーンのように膨らんで、勢いよく弾けては物語の間隙を埋めるのです。そこには誤解も偏見も入り込む余地がありません。ただただ、共感と理解が積み上げられていくのみです。自然発生する連帯感によって、マイケルの物語は続いていきます。
 本作の見所というべきLIVEの再現シーンは当時の熱狂にクローズアップする演出になっており、その原因というべきマイケルの斬新なステージ演出を具に追えるのがむちゃくちゃ楽しい。生中継の公演を観ているかのような錯覚すら覚えるクオリティです。商品化している実際の映像を高画質に編集し直しても、同じようなエモーショナルを観客に感じさせることができたか、私ははなはだ疑問です。意地悪くいえばマイケルのモノマネでしかないそのパフォーマンスは、だからこそ、「今」という瞬間の力強さを得て私たちの心を打ちます。演技をベースにした『Michael/マイケル』固有のドラマ性はここにおいてこそ確保されるのです。
「自由を手に入れたい」
 ソロ活動が大成功を収め、ジャクソン5のマネージャーでもあった父親からの束縛を感じる度に強くなるその思いは、鳥籠の中で暴れる青い鳥として、彼自身の未来を切り拓く原動力にもなっていましたが、その後の彼が辿る運命を思うと、父親が彼に投げつけた台詞が真に呪いめいていて、観る側の胸に鋭い痛みを残すものでした。
 鑑賞前、TOHOシネマズが配布した冊子には鑑賞の際の手助けとなる情報がたくさん載っていましたが、その中でも、EPIC・ソニーの社員として生前のマイケルと深い親交のあった田中章さんの言葉が本作が上映される意味を如実に物語っていました。
「マイケルが音楽で訴えようとしたメッセージ。その注目度が、どうしても薄く感じてしまうのです。」
 田中さんが危惧するこの部分にも本作はホットな視線を向けています。ある種の孤独を抱え続けた少年時代、心を震わせる感動に救われてきた彼が、最も信じたものに迫らんとスタッフの才覚の全てが捧げられている。時代を超えて行われるクリエイティブな対話は頗る健康的です。その恩恵に預かれることに感謝の意を表します。お勧めの一作。興味がある方は是非。

映画『Michael/マイケル』レビュー

映画『Michael/マイケル』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-06-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted