続高校珈琲
おはようございます。第七話のお届けです。もうすぐ死ぬ母の見舞いに行くチロと槇。凄い剣幕でチロの母は槇を怒鳴り付ける。狂気。お楽しみに。
第七話
「続高校珈琲」
(第七話)
堀川士朗
「ああ、そうだ」
「ん?」
「あの時母の見舞いに来てくれてありがとう」
「遠い話ね。私は忘れていたわ」
「不意にね」
「お母さんは?」
「あの後二ヶ月で亡くなったよ」
「そうなんだ……チロくん大変だったね」
「ああ。確実にあの頃は心が死んでいたよ」
僕の心はまた過去へと飛んだ。
思い出したくない過去へと。
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俺は高校を卒業した。
もうすぐ死ぬ母の見舞いに立村を連れて行く。
死ぬ前に、綺麗な彼女を見せておきたかったんだ。
亀有第三病院三階の個室。
精神病でなく、胃ガンの方の入院だ。
でも鉄格子のある病室に隔離する必要性も同時にあった。
相部屋を母は嫌がった。
「他の病人に殺される!」
とか常に言っていた。
薄い白い病衣を着た母の細い腕と胸からは合計四本のチューブが何かの機械に繋がれていた。胸ははだけていた。
髪はボサボサで、あちこちカラダをかいていた。
蟻走感があるのだと担当の医師は言っていた。
母は立村の事を一切視界に入れずにいた。
こないだ来た時よりもまた更に痩せていた。
もうすぐ確実に死ぬ。
「これ田坂屋の店舗で買ってきたんです。お口にあ」
「いらないよ!こんなもんっ!人の気持ちも知らないでよぉっ!」
母は起き上がって、立村が言い終わらない内に彼女からケーキの入った箱をひったくって病室の壁に叩きつけた。すごい力とスピードだった。
ケーキはぐちゃぐちゃになった。
母はレトリックじゃなくて本当に般若の顔をしていた。
「……て、社会に出たら言われるんだよ。覚えときな小娘!」
とか訳の分からない事を母は言った。
「かわいいかわいいうちの息子をたらし込みやがって、このバイタが!」
そう言われた立村は二の句が継げず、泣きそうになっている。当たり前だ。
照明が明る過ぎるんだ。
この中にいたら、ますます狂気に拍車がかかるだろう。
広い病室が母の狂気の威圧感で非道く狭い空間だと錯覚する。
もうこの狂人とコンタクトを取るのは無理なのかもしれないな。
俺は立村の肩を抱き、
「さよなら。母さん。もう二度と来ないから」
と母に告げた。
弱い人だ。
非常に。
俺は受け止められなかったんだ、あの時。
帰り道二人で無言でゆっくりゆっくり散歩していたら、近所の公園に貼り紙がしてあった。
「ネコにエサをやるな」
と攻撃的な赤い字で記されてあるのだが、明らかに違う人がその後書き足したのだろう、黒マジックで、
「ら美味しいのをね」
と書き足してあった。
「ネコにエサをやるなら美味しいのをね」
と書き直された一文。
善意を感じた。
病室の事は一刻も忘れたかった。
俺は餓えていた。槙に餓えていた。
彼女を抱きたい。
でもなかなか抱かせてくれなかった。
喫茶モゾビーに入って「気まぐれマスターの更に気まぐれ珈琲」を二人して注文した。
砂糖を入れなかった。味の邪魔をしたくない。
苦みの中に自らを追いやると、いっそ世の中がクリアに感じられるような気がした。
会話が全く続かない。
カラオケボックス。
通信カラオケに切り替わったばかりの頃だ。
俺はシェド・ピシャスのマインウェイとかそこら辺の曲を唄った。
立村は一切唄わなかった。
面白くないので胸を揉もうとしたら、
「やめて下さい!」
と言われて本気で拒否された。
狼の眼をしている。
とても綺麗な子なんだなと思って改めてこの子に恋した。
その時、槙は何か、重要な何かを伝えたがっている感じがした。
後々考えたらそれは気のせいじゃなかった。
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現在に立ち返る。
僕は、この瞬間僕ら二人の恋を総括しているのかもしれなかった。
立村槇も同様。
30年越しの総括。
そうだ。
でないと、あの恋はあまりにも切なすぎる。
「あの頃。昔。君を幸せにする事は僕には出来なかった。ごめんよ」
「そうね。でも私もあなたを幸せには出来なかったわ。だからお相子よ」
「うん……」
「それに私、幸せにしてくれって頼んだ覚えなどないわ」
「あの頃は僕は自分に心など存在しないと思っていたんだ。でも違った。人生を重ねていくと心は確かに存在していると分かったんだ」
「そう。それが分かっただけでも良かった」
「うん」
「チロくん、あなたには心はあるわ」
「うん」
話は変わって、僕がプロの俳優の道に進む事になった品川演劇の話になった。
演出家、大巨匠、品川由紀夫の話に槇の顔が色を帯びるように一喜一憂する。
演劇を辞めても、槇は芝居が好きなんだな。
それは僕も同じだったけどね。
つづく
続高校珈琲
ご覧頂きありがとうございました。また来週土曜日にお会いしましょう。