梅雨がくれば 思いだす
四季がある国
今は梅雨
それをうたった 和歌もある
梅雨には晴れ間が似合う訳。
この国には四季がある
静岡市に生まれたものにとり冬の寒さは苦手
旭川にでも生まれれば
それもないだろうに
しかし 四季にはそれなりにそれぞれの味わいも伴われるもの
梅雨は農業などには良く感じられるだろうか
和歌で言えば
平安時代の紫式部
源氏物語
恋わびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ
そうかとおもえば
紫式部が友人との別れをうたったもの
鳴き弱る籬の虫もとめがたき秋の別れや悲しかるらむ
古くは万葉集というものがあるが
まだ梅雨という言葉はうまれていない
ただ 長雨や五月雨とはいう
では 古今集では
梅雨と言えば紫陽花
此れも古今集のころにはあまりない
僅かに残る珍しい和歌
拾遺愚草 藤原定家の歌
あぢさゐの下葉にすだく蛍をば四ひらの数の添ふかとぞ見る
蛍を 紫陽花とからめたうた
当時は蛍も
歌の題材には好まれなかった
どちらも美しいのだが
紫陽花の花の種類も
実にいろいろある
鎌倉ではあじさいでら
東京では 高幡不動尊
思い出すのは
亡くなった母と二度ほど行った事
そして そこでは 中に入り
経を聞く事も出来る
母をうたったうたから
上は若山牧水 と 下は与謝野晶子
母戀しかかる夕べのふるさとの
櫻咲くらむ山の姿よ
現代語訳 母が恋しい。こんな夕暮れに、故郷では桜が咲いているだろう その山の姿よ
木の下にしら髮たれたる後ろ手の
母を見るなり山ほととぎす
現代語版 木陰で白髪を垂らし、後ろ手に立つ母の姿が見える。山ではほととぎすが鳴いている
では 私の詩を
毎年欠かさず来る梅雨の季節
うっとおしく思える日もあれ
梅雨は いつか必ずあけていく
しかし 亡くなった母
戻ることは無く
やさしい顔
覚えていますか
梅雨がくれば 思いだす
記憶は ずっと向こうからやってくる
何の記憶でも
ただ
生きている証とも