映画『劇場版モノノ怪 蛇神』レビュー

 人死の数は恐らく過去最多。惨劇に相応しい怪異。大奥というシステムを文字通りに揺れ動かして、物理的に壊滅させようとする。ストーリーの面でも第一章で女中見習い、第二章で側室、そして今回、第三章にて正室の物語へ至ることですべての始まりというべき想いと政治、その果ての情念が渦を巻く。
 天子、という公的な立場に収まる具体的な人間を巡るその構造は、合成の誤謬という劇場版三部作に貫かれるテーマに相応しい真相。引き裂かれたのは心だけじゃなく、人間としての尊厳だったというのも無慈悲なエッセンスに思えた。クライマックスのシーンで天子が幸子に対して
「これ以外の生き方を知らぬ」
と言い、これに対して幸子が返す「私もです」という台詞に無明の涙を誘われる。150年もの月日の間で、何度も頭に浮かんでは「彼」や「彼女」が飲み込んできた諦念を噛み締めずにはいられない。
 そんな彼らの現状を生み出した元凶は、しかしながら彼ら固有の「物語」を生み出した創作の淵源ともいうべき存在であり、その立場を敷衍すれば、『モノノ怪』シリーズを鑑賞してきた私たちの「眼差し」そのものになるという恐ろしさ。いわば、人の数だけ怪異が生まれるという結論に至る訳で、さすがの薬売りも「手に余る」と認めざるを得ない。
 そうして始まる本編中の本編は『化猫』からの大ファンだった私を狂わせるほどの演出。パンフレットに載っていた経緯も含め、『モノノ怪』という物語の全てで出した答えとして受け止めざるを得ませんでした。
 システマティックに運営される社会では、生まれ落ちた瞬間から選択肢が奪われる。その外に出ようと思うなら人ならざるものになるしかない。向こう側とこちら側。その境界線に身を置く薬売りが、劇場版の第一章が再び始まるようなシーンを目にして高笑いするラストカットはどんな色にも染まらない、非常に純粋な心情表現として耳に残りました。受け止める側のいかなる解釈にも耐えうるその表現は誠実さのひとつの現れです。それに真正面から応えられる観客であろうと強く思いました。
 芸術として観ても、エンタメとしても非の打ち所がないアニメーションなので多くの方に観て欲しい。劇場版『モノノ怪』最終章、お勧めです。

映画『劇場版モノノ怪 蛇神』レビュー

映画『劇場版モノノ怪 蛇神』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-06-04

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