星空の響想
そして、幾年が経ち。
酸いも甘いも知る。まさに私は、世間の波に揉まれながらも、一人の自立した大人として成長していた。
『……教圏では、百合の花は純潔を表します。綴りはエル・アイ・エル・ワイ。発音は……』
英語力をつけようと観ていたスマホの動画がそんなことを言っている。
その時、あの時の、星空の追憶を、ふと思い出した。
「……そういえば」
私はメッセージアプリを開く。そして、『Lily』というユーザーをタップする。
『リリ、最近どう?』
その私の一言で数年前に更新が止まっているそれは、かつての彼女との唯一の繋がりだった。
「今どうなっているか、分からないけど……」
『リリィ、久しぶり。読めてたら返して〜』
そのように送ってみた。
しばらく家事をしながら待っていると、スマホがピロン、と鳴った。
「……まさかね?」
私は、期待も、して、いやせずもいて、洗っていた皿をコトンと洗桶に置く。タオルで手を拭いてスマホを確認してみた。
通知には『Lily』から、何やらどこかの住所らしき英語文が送られてきている。
「……これ、まさか……」
私は、地元の空港にいた。
なぜかって? それは分かるだろう。寿司やトンカツを食べに来たわけではない。
もはや、本能的だった。
取得したこともない赤いパスポートを苦をしてなんとか入手し、私はそこに立っていた。
旅客機に入ると、独特な雰囲気がした。そして、飛び立つその時の感覚は、数年前に母と沖縄に行ったっきりの心地だ。
(これが本当なら……古いドラマかよ)
私は内心で自らの、多少無謀な行動を半ば他人目線で笑っていた。
(ここが……彼女の故郷(ふるさと)……)
飛行機が着いた都市部から、交通機関を経由して着いたのは、私の地元以上に田舎田舎した、いや、ド田舎だった。
そこら中が農園であり、この真昼時には日本では到底考えられない大きさのコンバインを地元の農家の人が操っている。パッと見、ガソリンスタンドしか目に入らないのは、日本と同じく田舎の宿命か。
彼女に教えられた住所に着いた。
(作法は知らないけど、こういう時は、少し多めに叩いたほうがいいんだっけ……)
少しペンキの剥げた白いドアを、コンコンコンコンコン、と静かに叩く。
スマホを見ながら待っているが、反応はない。
(本当に、大丈夫かな、これ……)
自分の行動が不安になってきた。本当に彼女の住所ですら分からないのに、ようやく私は自らの早計に後悔の念を抱いてきた。
コンコンコンコンコンコン
今度は少し多めに叩いてみる。それでも反応はなさそうだった。
(やっぱり、ダメだったか……。詐欺メールでも送られてきたんだな。あーあ。地元のステーキでも食べて、さっさと帰ろ……)
と、踵を返して立ち去ろうとしたところに、全く気づかなかったが、後ろに誰かが立っているようだった。
その女性と鉢合わせる。白い目深帽とサングラスをつけているその人を、私はどこかで見かけたような気がした。
「……まさか、百合? ほんとに来てくれたの?!」
「えっ……」
その声は、もはや親の次に聞いた声かもしれない。
「ゆりゆりっ〜!! 信じられない?! Unbelievableだよ、まさしく!!」
女性はサングラスをパッと除けて素顔を晒す。その瞳は、まさしく彼女のグリーンアイだった。
リリアムは、駆け出したまま、私に乗るがごとく飛びついてくる。あわわ、と少し倒れそうになった。
彼女の体温を感じ、そこで私はようやく現実を理解した。
「リリ? リリなの? 本当に?」
「あたしじゃないあたしなんている? そうよ、わたくしはれっきとした『リリアム・灰延(はいのべ)・フリーロウ』よっ!」
星空の響想