冬眠
リクエストにより書いた作品。
Yに感謝を。
アイデアの源となる
全ての偉大な先人たちに感謝を。
初めて聞く声。いや二度目だ。
その声で僕は目を覚ました。
耳を刺すような甲高い声、
それでいて包み込んでくれる優しさも
持ち合わせている。
うるさいと思ってしまった。
煩い、五月蝿い。
どちらの表現が正しい?
七畳の部屋には僕しかいない。
小さな冷蔵庫のモーター音だけが、
静かに響いている。
机の上には昨日買ったばかりの
コンビニのパンが置いてある。
半額のシールが少しだけ剥がれていた。
喉が渇いていた。
冷蔵庫を開ける。
ペットボトルの麦茶を開けた。
それしか入っていなかった。
毎日一人きりの部屋で、
一人きりの生活をしている。
部屋は広くもないが、
生活するには十分な広さがある。
僕は学校に行ってはいるが、
同級生とは殆ど関わりがない。
保健室に登校している。
小さい頃から体が弱かった。
彼女が僕の家に来たのは昨日のことだった。
最近越してきた人がいた。
正直そんなことはどうでもいい。
どうせ僕のことを嘲笑しにきたのだろう。
家のチャイムが鳴る。
僕は重い腰を上げる。
錆びついたドアを開ける。
蝉の声が聞こえた。
そこには、黒い髪に麦わら帽子を被った
同年代くらいの女の子が立っていた。
僕よりも少し小さいくらいだった。
「こんにちは。近くに住んでいます。
よろしくお願いします。」
彼女はそう言った。
それだけ言うと彼女は去っていった。
物足りなさを感じた。
僕は、いつしか嘲笑されるのを
待っていたのかもしれない。
病院の薬と、生活保護の封筒を片付けると
また一人になった実感が湧いた。
もう慣れたものだが、
人の温かみを知ると辛くなる。
それでも、弱音は人に見せるべきじゃない。
そのせいで生きづらくなっているのだとしても
僕の不幸で他人を苦しませてはいけない。
誰かに話してしまえば、
その人の心まで
曇らせてしまうかもしれないから。
まず僕には、見せる相手もいないのかもな。
そう思い、父母の遺影に手を合わせた。
仕方なく昨日と同じように、ドアを開くと
彼女は僕の手を取って連れて行こうとする。
どこに行くのかはわからないが
少しだけ嫌な予感がする。
あまりにも都合が良すぎる。
しかし、僕の体は随分弱っていたみたいで、
足を踏ん張れなかった。
彼女についていくしかなかった。
久しぶりに見る街の姿は
いつもと変わらず、人の営みに
当たり前のように溶け込んでいる。
最終的に、山奥の花畑に着いた。
人工的ではなく、自然が作り出した花畑だった。
美しかった。ただそれだけだ。
彼女は花を一輪とって、僕に渡した。
花の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
その花の名前は、ホオヅキと言った。
そこで彼女と少し話をした。
彼女はもともとこの地域に住んでいたこと。
僕のことを気にかけてくれるのは、
ただの善意だということ。
雨が降ってきたから、
彼女とはそれくらいしか話せなかった。
その後は
彼女といることがすごく増えた。
彼女は僕の知らない場所を
たくさん知っていて、連れて行ってくれた。
サイダーが近くに売っているバス停。
こじんまりとしていて、味は美味しいパン屋。
綺麗な写真が撮れる、海沿いの桟橋。
彼女は写真を撮るのは苦手だったが。
どれも今までにないほど楽しかった。
それは、幼年期の
秘密基地を作る感覚に近かった。
久々に感じる高揚感。
何故だか、僕の顔に一線の水が通った。
それから少し経った。
今日も彼女と遊び呆けていた。
遊び呆けると言っても、体が弱いから
少しだけ散歩してみたり。そんな感じだ。
帰り際、彼女は一言
「私は八月の末にはまた引っ越すから」
と言った。
少し浮ついた心臓に棘が刺さって見えた。
今日は八月二日。
彼女はそれだけ言うと
夕日に向かって歩いて行った。
帰路をゆっくりと辿りながら
これからのことを考える。
一ヶ月。あと一ヶ月だ。
それまでに何ができる?
今の僕は彼女に何をしてあげられる?
何か支えになりたい。
僕が彼女に助けられたように。
その日の夕焼けは
僕たちを、街を、焼いてしまいそうだった。
それからと言うもの、
毎日彼女と会っていた。
たまには電車に揺られて
遠くに行ってみたりもした。
人と出掛けるのも久しぶりで新鮮だった。
幸い、夏休みで
学校のことは気にしなくてよかった。
彼女のやりたい事をなんでもやった。
それでも、寂しさが和らぐことはなかった。
八月が終われば、
彼女の明日に僕はいなくなる。
でも、
彼女の昨日に僕はいたい。
思い出でありたい。
思い出は綺麗だから。
忘れてしまっても、それは美しいから。
ただ。
ただ、彼女と一緒に
九月を、秋の紅葉も見たいと
思ってしまった。
終わりは見えていたはずなのに
いつまでも望んでばかりだ。
今日ももう終わる。
人生はあまりにも長い。
だけど、一日はあまりにも短い。
人生は日々の集合体。
だから、体感は結局短いはずだ。
そんな事を考えても無駄だと知っているのに。
僕は部屋のカーテンを閉めた。
烏の鳴き声が聞こえた。
それからの毎日はあっという間に過ぎて行った。
一日。一週間と。
こんなにも時間が流れるのを憎んだ、
恐れたことは初めてだった。
眠る、起きる。
それだけで今日が昨日になってしまう
怖かった。今になって時間の大切さを知った。
彼女の幸せを無理に分かろうとした。
今日は、八月三十日。
彼女は、いつも通りの表情で
いつも通りに、過ごしていた。
悲しいのは僕だけだったのかもしれない。
それを言い出せる勇気はなかった。
明日のことは考えなかった。
考えたくなかった。
今日は、彼女と初めて行った場所。
あの花畑に行った。
花はすっかり咲き終わってしまって、
残っているのは緑の葉だけ。
それでも、僕には花が見えた。
あのホオヅキが見えた。
幻でもよかった。今だけは。
夕暮れまで、そこで彼女と話していた。
あの日のように。
思い出話はしなかった。
また会った時のために取っておくことにした。
そして、いつも通り彼女と別れた。
その時、彼女は僕の唇を啄んだ。
驚いて、僕は何も言えなかった。
ただ、手を振るだけ。
家に着いてから、彼女の声が
乾いて震えていたようだった事を思い出した。
その日の枕は湿っていた気がする。
雨漏りなら直さないとな。
朝日が窓から、僕の顔を焼いた。
とうとう、八月が終わる。
その日が来てしまった。
僕はバス停に向かう。
考えながら向かう。
別れ。悲しいもの。
それでも僕たちは、毎日別れを経験している
例えば家を出る。学校や職場から帰る
それだけでも小さな別れとも言える。
眠って仕舞えば、この世界とも暫しの別れ。
なのに、それなのに。
いつまで経っても僕たちは別れに弱い。
そういうものだ。
いつの間にか、バス停に着いていた。
彼女が、そこにいる。
大きな鞄を背負っている。
彼女は僕に気づく。
ゆっくりと近づいてくる。
僕もゆっくりと近づいていく。
彼女は口角を上げ、笑う。
それだけでよかった。僕たちの間では。
彼女は口を開く。
僕は息が詰まる。言葉に詰まる。
まだ言えてない、舌足らずの言葉があるはずなのに。
彼女の顔が蜃気楼で見えなくなっていく。
青々と緑色の葉をつけた山々。
乾いた暑さがアスファルトを焼く。
もうじき夏が終わる。
そんな夏の日だった。
聞き馴染みのある声が、入道雲の白さに響いた。
「さようなら。」
こんな物語を書いた。
タイトルはそうだ。
夏に出会い、人生が始まった。
冬眠。冬眠だ。
そう考えた時、
俺の足は既に星空の隣にあった。
数秒後、頭はアスファルトを掠めた。
鈍い音が、夏の大三角を赤く染めた。
冬眠
読んでいただいてありがとうございます。
小説というものは初めて書いたので拙い文章になってしまってすみません。
作品について
少しだけ解説させてください。
最後の部分は、
実はこの物語は架空の架空の話で
最後にこの物語を書いた人が飛び降りて死ぬ
というラストです。
実は伏線として、はじめに
「どちらの表現が正しい?」と
作者目線の気持ちを書いていました。
ホオヅキの花言葉のうちの一つ。
ぜひ調べてみて下さい。
この物語が何なのか、伏線になっています。
烏の鳴き声について。
鳥は解放の象徴とも言われます。
「僕」はもうあの時には、
ずっと部屋にいた自分から
解放されていたのかもしれませんね。
唇を啄んだのは
眠り姫等でよく使われる手法で
眠りから覚めるのは
キスがトリガーになります。
タイトルの冬眠に合わせて、
少し遊んでみました。
こんな文章を最後まで読んで、そして後書きまで読んでくれている貴方には心から感謝しています。
勿論、初めの方だけ読んだ方にも感謝しています。
一瞬でも気になってくださったのですから。
近年、スマホやパソコンで
電子書籍で本を読んだりする人が増える中で
スクロールを止めて、或いは
カーソルを合わせて
指でタップして、或いは
クリックして、作品を楽しむ。
形も違い、簡略化されているけれど
そこにある気持ちは、書店で惹かれた本を
手にとった時の気持ちと何ら変わらないと思います。
だからこそ、
読んでくれる全ての方に感謝しています。
こんなくだらないことを
言うための場所ではないので
後書きはこれくらいにしておきます。
それでは。