第二章 三つ星 後編

 ティレアはアイたちと共に屋敷の外へ出た。村人たちはその様子を家の中から見ていたのか、ざわざわと波打つように話しながら心配そうな顔をして、彼らもまた外に出てきた。

「ジンジャーとバジルと、村の者がひとり、後始末をしております」
「後始末……」

 ティレアはキリエのその言葉の意味こそわかってはいたが、想像はしたくなかった。森の方から煙が上がっていないことから、おそらく彼らは燃やしたのではなく埋めたのだとティレアは感じた。あの肉に剣を突き立てた感触を思い出し、うぷ……と口を手で押さえて呻いたのをいち早く見たアイが彼の空いている方の手を握った。

「……ありがとう、アイ。大丈夫だよ」
「……。あのね、やっぱりお前を戦わせたくないよ、わたしは」
「ううん、ありがとう。でも、決めたから。キリエ、ルルスス、あなたたちのこと……僕から村の人たちに紹介しないといけないね。僕を探しに来てくれた騎士たちだって」
「殿下……それは、貴方様ご自身を旅の楽士ではなく王位継承者だと明かすことになりますが……よろしいのですか?」

 アイの手を一度ぐっと握った後、優しく離したティレアは、キリエをそっと見上げる。緊張でぎこちないながらも、その顔には微笑みが浮かんでいた。

「大丈夫。それにあの賊たち……僕の目を見て、"噂の"って言ってた。レライエは、アルシェラだけじゃなくて僕も探しているんだね」
「……おそらくは」
「じゃあ明かさないと。僕はもうここではゆっくりしていられないし……嫌な話だけど、また襲撃を受けた時にはっきりと、ティレアはここにはいないって言ってもらわないと」
「あ、あの! ティレアさま。けして、けして、今のレライエさまの元にひとりで行かないでください……」

 ティレアもアルシェラも、レライエがいるユスティーア王国に帰ってしまえば、三つ子が揃いはするだろう。しかしそれはたまらなく危険なことのようにルルススは震えた声で杖を握る手に力を込めた。

「ティレアさまの炎の紋章の力を、アーシェス王国との戦争に使うかもしれません。……そうさせないために私たちがいます。私たちは、正しき力を正しき場所へ導くために国を出た義勇軍です」
「……炎の紋章の力……王の証、神様からの贈り物、って言ってたね。本当は、僕が持つべきものじゃないかもしれないけれど……僕に炎の紋章、レライエに王たちの魂が宿ったことに、意味があるって信じたい」
「……はい。あなた方は三つのカケラ……そばにいることで真の力を発揮できるのです」

 そう──ばらばらになったことで、再び巡り会うことができるように。

「……そうだ。僕はユスティーア王族のことを何も知らないんだ。キリエ、ルルスス。アルシェラは何を先王……、……父様から引き継いだの?」
「アルシェラさまは、この大陸の神獣、鷲獅子(グリフォン)と言葉と心を交わす力を授かりました。神官や兵士の中には鷲獅子に乗る者もいますが……それは彼らに許されているだけ。アルシェラさまの声と祈りは全ての鷲獅子に届き、全ての翼がアルシェラさまのために羽ばたきます」
「す、すごい……」

 僕たち王族についてはすらすらと話せるんだね。とはティレアはルルススには言わなかった。

「あ、ミュウ!」
「キリエ殿、ただいま戻りました。血に濡れた装備はあえて見えるところへと。これでしばらくは牽制になるでしょう」
「あー疲れた。あっ、ミュウさんだっけ。戦いに巻き込んじゃってごめんな。……顔色、まだちょっと悪いぞ?」

 赤色の鎧の騎士、ジンジャーと、緑色の鎧の騎士、バジル。そして、村長の娘アマリエが帰ってきた。ミュウ、大丈夫だった? と駆け寄るアマリエを制したのはキリエであった。ティレアはキリエと再び視線を交わし、うなずき、一歩前に出た。

「皆さん、僕の名はティレア。ユスティーア王国の第一王子、王位の正統継承者です」

 それはひとつの勇気だった。
 しかし、彼の言葉を聞いた村人たちの反応は、苦いものであった。親しげに笑いかけて薪割りを共にしてくれた男たちも、井戸水をくみ上げてくれた女たちも、ひそひそと囁きながら、一歩引いてとりあえず、といった調子で頭を下げた。

『ティレア……ティレア王子? 聞いたことないよ』
『ユスティーア王国の王子だって?』
『王族はレライエ王とアルシェラ姫の双子じゃないの? アーシェス王国の双子王と同じで』
『向こうの国の王子がこっちの国にいるわけないだろ』

「あ……」

 失敗した。
 ティレアの胸の内にはかつての父からの言葉が反芻していた。冷たい言葉だ。

「ご……めんなさい。騙すつもりはなかったんだ」

 ──今度は静寂が村を支配した。
 村人たちは一歩一歩と後ろに下がる。その目は敬意というよりも、未知のものを恐れるような、あるいは遠い雲の上の存在を見るような、冷たい壁のようであった。
 ティレアの視界が、恐怖でぐにゃりと歪む。片目に宿した炎の紋章が、痛いほど熱い。

 失敗した。
 ティレアの頭の中で思考がぐるぐると回る。──僕はまた、誰の期待にも応えられず、みんなを困らせて、居場所を失うんだ。やっぱり、僕に覚悟なんて最初から……。

「ティレア!」
 アイが鋭く叫び、凍りつきそうなティレアの体を横からきつく抱きしめた。その温もりに、ティレアはかろうじて意識を繋ぎ止める。

「殿下……」
「この子を傷つけないでくれ。わたしのたからものなんだ」

 アイが絞り出すような懇願の声を上げる。キリエはふたりを見て、思う。やはり"この子"には早すぎたのかもしれないと。ティレア王子は重い王冠を戴く覚悟の決まり切っていない、十四歳の少年なのだと。キリエは現実を痛感し、内心で悔やんだ。けれど、彼を──真の第一王子である彼を旗印(ロード)としなければ、キリエについてきたわずかな元王宮騎士たちと、はした金で雇った傭兵たちはまとまってくれないのだ。キリエの、レライエを止めるという作戦には、ティレアが必要であった。


「おいおいおい! 聞いたかよバジル!」
「あいてっ! いたた! やめろジンジャー!」

 重苦しい空気を切り裂いたのは、赤い鎧の王宮騎士だった。彼は隣にいた緑の鎧の王宮騎士の肩をばしばしと叩いている。

「あんたが王子様ぁ? 吹けば飛んじゃうような見た目しやがって。大丈夫なのか? どこか打ったか?」
「な……不躾だぞ、ジンジャー!」
「……。……うん。僕も、自分が王子だってこと、思い出しただけで自覚は全然無いんだ」
「でも、ミュウさん……いや、ティレア王子。貴方がどこの誰であろうとも、僕の故郷を……この村を守ろうとしてくれた事実は変わりません。このバジル・アダージョ、貴方のために槍を振るいましょう」
「え……信じてくれるの……?」
「もちろんです。ティレア王子」

 緑の騎士、バジルがティレアの前に跪く。それを見た赤の騎士ジンジャーも、持っていた長柄の斧を置き、ティレアに優しく微笑んだ。

「信じてないわけじゃないぜ? まったく、レライエ王もアルシェラ姫もあんたも、俺より年下なのに国のこととかいろいろと背負ってるからさ、心配になってくるんだよ。無理してんじゃないかって」
「……アルシェラもレライエも、無理してると思う。僕たち、三人でやっと一人だから」
「そのことはルルスス様から聞いてる。不思議な話だよな、三つ子ってさ。……まあそれはそれとして、この俺ジンジャー・ジュスト・スフォルツァートもしっかり頭数に入れてくれなきゃ困るぜ、キリエ殿、ティレア王子」
「ああ、お前たちのことは頼りにしている。……殿下、どうか我々を信じていただけませんか」
「バジル、ジンジャー。……キリエ……」

 アイが自分を抱きしめる力を強めたのを、ティレアは感じていた。アイの手に手を添えて、ティレアはその優しい腕から抜け出し、少しずつ再び前を見る。跪く騎士たち、困惑する民たち。後ろからは心配そうに見つめるルルススの視線。それら全てをゆっくりと胸に抱き、彼は息を吸う。

 そして、やわらかな詩を、紡いだ。

 とおい とおい くものうえの
 ひかりかがやく ほしたちよ
 ぼくはきらめく かんむりよりも
 あなたとかこむ だんろがほしい

 つるぎはおもく あしがふるえても
 あなたがくれた このぬくもりを
 まもるための たてとなろう
 さみしいよるは もうおわり

 みっつのほしが そろうひに
 ちいさなくつで いっぽずつ
 ぼくはあさへ あるきだそう

 最初は小さな響きだった。しかし、歌を聴いた村人たちと、アイははっとした。昨日、皆と笑いながら聴いたわらべ唄の旋律だったからだ。歌詞こそ即興のもの。だが、やさしい懐かしい旋律に包まれたそれは、たしかに人々の心を包み込んだ。

「……僕は、あなたたちがくれた温もりを守る盾になりたい」

 ひとつ、ふたつ。そして雨のように拍手が起こる。
 ティレア王子、万歳。誰かがそう言った。優しい光を、皆が見たのだ。

「みんな、僕は……」
「ティレア王子っ!」
「ミュウ……じゃなくて、ティレア!」
「わっ!」

 がしっとジンジャーがティレアの肩に腕を回す。アマリエが拍手をしながらぴょんと飛び跳ねた。

「王子さま、良いじゃない! 旅の楽士さんが王子さまだったなんて物語みたいよ。すっごくかっこいい! 私、あなたについていく!」
「だな! ティレア王子、俺たちみーんな、あんたの味方だぜ。他のやつらにも紹介しないと! 王子が帰ってきたって!」

 戦いにも慣れていないまだちいさな光。しかし、たしかに誰もが彼をロードと呼んだ。

「行かなくちゃ。……僕の星のカケラを、助けるために」

第二章 三つ星 後編

第二章 三つ星 後編

二次オリファイアーエムブレム 『ハルモニア叙事詩 天地の王』 第一部 黎明の星 第二章後編

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-28

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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