コンプレックス
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コンプレックスだらけである。
不登校だった。
教室に入れないので、学生が共有する話題の大半に置き去りにされる。得意な教科、成績、部活、何かで表彰された、友人関係、恋愛、ほとんど蚊帳の外だ。容姿の部分でも、ニキビだらけで大きな鼻をした自分が醜く思え、鏡を見るのが怖かった。
同級生と話しても、漫画や本を読んでも、テレビをつけても、私には大半の人々が信じている常識とやらが分からない。友人の、親戚の社交辞令に黙りこくる。勝手に私の状況をああだこうだ言われ、ここを直すべきだのここが好ましいだの言われる。何だか分からないけど矯正されなければならない自己と、家庭内の重苦しい空気と、相談室と、先の見えない将来が私のリアルであった。
クラスに馴染めず私立高を中退した。留年を経て定時制高校に再入学した。
制服を着た子達とすれ違うと、胸がチクリと痛んだ。不登校だった自分を恥じ「普通の」学生になることに憧れていたからだ。また失敗してしまった。再入学できた喜びもあったが、挫折感も強く感じていた。
定時制高校はダレている生徒が多かったため、文化祭や体育祭などのイベントは惰性で行われた。実際に体験したら大したことなかったかもしれないが、学生らしい生活を楽しんでみたかった。
不登校で皆との共通話題がなかった、母が精神的に不安定だった、それらを気にして誰とも気持ちを分かち合えなかった。病気の症状が出始めたことも影響し、私の無口に拍車をかけた。もう一人の自分が後ろにいて罵ってくるだなんて頭がおかしいと思われる。相談できるはずもない。喋らない、自分の気持ちを表現しない私は、浮いていた。どこに行っても馴染めない。何を着てもどんな髪型をしても、チグハグな気がして落ち着かない。
四年制を選択し卒業する。同年代の人からは二年遅れていた。社会人になればちっぽけな二年が、当時の私には重かった。
美術大学に進学した。
これまでの学生生活でもそうなのだが、私にはパッとした取り柄がなく、何かで表彰されることもなければ一位をとることもない。上には素晴らしい、センスのある誰かがいて、私はどう努力したところで彼らには追いつけないのだ。課題では納得いくものを作れず悶々と悩み続けた。講評を冷静に受け止められず指摘があると落ち込み、手が止まってしまう。物語を作る実技では好成績だったものの、工作が苦手なことが裏目に出て形にする段階でつまずいてしまった。
不登校や高校中退、二年ダブっていること、家庭内が混乱していることが後ろめたくて、過去の出来事は誰にも話せなかった。症状の影響でアトリエにいることが辛く、静かな図書室に入り浸る。必然的に飲み会やサークル活動に参加できなくなる。人を避け続けていたらまたもや孤立していた。
社会人になる。
躁鬱病の症状に振り回される。転職を繰り返し、履歴書の職歴欄がめちゃくちゃになった。同じ会社に勤めキャリアを積むという、当たり前のことができない。慢性的にお金がなく、欲しいものが買えない。一人暮らしも諦めた。恋愛、結婚。趣味を極める。自分の居場所を築く。どれも難しい。生活がボロボロになってゆく。
面接をすると、必ずどうして高校を中退したのか聞かれる。不登校から脱した話をサクセスストーリーに昇華し語らなければならないことが苦しかった。語る度、世の中の常識がガチガチに私を縛る。「一般的な人生を歩めなかった人間は異物である」「ネガティブな経験はネガティブなまま抱えていてはいけない。そこで口ごもれば、落伍者として捉えるものとする」
だけど、私はまだ苦しんでいるのだ。
人の中にいると感じる強烈な違和感。皆と同じように振る舞いたいのに、できない。「できない」がどんどん積み重なり、息が詰まりそうだった。
祖父母からの「早く学校に行けるようにならなくちゃね」という、悪意のないプレッシャー。親戚に会いに行くと、誰かが好きな本を読んでいる私を「芸術家」とからかう。無口を破れない私と、縮まらぬ友達との距離。クラスや講義室でぽつりと座っている自分。私の履歴書に目を通す面接官や、ハローワークの職員の表情。私に面と向かって「宇宙人」「お前、仮面被ってるだろ?」と言ってのける上司たち。久々に会った友人にいつまでも、笑って近況を伝えることができない。自分の何かがねじ曲がっている気がして、何度も何度も服を着替え、鏡を見直す。
私はどこかおかしいのだろうか?おかしいから、いつまでもこの世に馴染めないのだろうか?自分がおかしいという思い込みを拭えないから病気になって、障害者という枠組みに落ち着いたのだろうか?
もし世間が定義するマジョリティというものが漠然とした幻であったとしても、私はそちらに混ざりたい。もう誰かに「変だ」「間違っている」と言われるのは嫌だ。でも、もう「普通」の人々に混ざることはできない。普通とは、人生全てがつるんとした、型通りの形を保ってこそもらえる称号だからだ。そんな価値観は古いと言う人も増えてきた。けれど社会はまだ、その常識で回っている。誰かが優越感に満ちた目で、誰かの人生の穴ぼこを蹴り飛ばす。だから皆、必死でしがみつく。悩む。馬鹿にする。嫉妬する。自慢する。
もう、諦めた方がいいのかもしれない。分かっている。私はめちゃくちゃでデコボコだ。フリースクールや定時制高校やパート、障害者等のセーフティネットにしがみついていなければ息ができない、この世界ではうまく生きられない人間だ。私はこの先も、手に入れるべきと教えこまれてきたものとは、無縁な生活を送るのかもしれない。どうしても、それでいいと思えない。どうやったら今の私を許せるのか、誇れるのか、分からない。足りない。飢えている。許してほしい。そんな物差しを振り回している全ての人間から遠ざかりたい。自分で物差しを掲げて、あちこち測って足りない足りないと嘆くのをやめたい。
私に過去があるかぎり、劣等感は消えない、そんな気がする。この世界で生きるかぎり。
どう戦っていけばいいのか、どうこの欲を手放せばいいのか、教えてほしい。
多分、その方法を老いるまで学ぶのだろう。
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